感電 ◆7XQw1Mr6P.
「あんたの話じゃ呪術界ってのは、行政や司法側に多少絡んでるんだろ。
いくら一般社会には秘匿された機密とはいえ公(おおやけ)の方で多少出回ってる情報を、このあたしが全く知らないなんてありえない。
それに、あたしに支給された"祓忍具"に、金塊の説明にあった"B(ベリー)"という貨幣単位も未知の単語だ。
あまりにも知らない『領域』が多すぎる。
殺し合いの打破のためにもまずは地盤固め、情報収集がしたいところだな」
四怨の言葉は他に誰もいないデパートのフードコートによく響き、誰に応じられるでもなく消えていく。
コート内のソファー席でだらけた姿勢の四怨は、ゲームコーナーで獲得したスナック菓子や食料品売り場からかっぱらって来た炭酸飲料を片手に、テーブルに広げた地図を見つめていた。
「とはいえ、どこぞの機関や施設にハッキングかまそうにも、この島がネットから断絶されてたらその線は詰んじまう。
つーかこのデジタルの天才サマを敵に回す時点で、重要な情報なんかはきっと孤立(スタンドアロン)化、……ようは他所から手の届かないようにしてあるだろーし、あんまりそこを必死こいて探しても時間の無駄な気がすんだよな。
あとは衛星電波や無線を捕まえようかとも思ったんだけど、結界ってのは電波の類も遮断しちまうんだろ?
となると最初の情報収集の対象はシステムじゃなく人。事情を知ってそうな参加者を探して話を聞くところから始めた方がまだ芽がありそうだ。
つーことで、あたしたちの直近の目標は同志、話の分かる連中の捜索。
それに並行して家族の捜索と合流だ」
地図を見た限り、会場となっているこの島はシステムが通ってない原野が多く残ってる。
仮にこれがすべて街中であったなら、街中のカメラやレーダーのような観測装置をハックして情報の集積が出来ただろうが、ここでは望むべくもない。
とはいえそれに関しては、ロボなりドローンなりを組んで野に放ち、無理やり人の目と耳を通せばいい。
アナログ情報をデジタル情報へ変換するのもまた、四怨の得意とするところだ。
幸い四怨がいるデパートをはじめとして、この会場には電子機器の類が豊富であろう施設も多い。
直接足を運ぶ必要はありそうだが、時間さえあれば部品を調達してマシンを組み上げることも出来るだろう。
砕けた口調ではあるが、理路整然とした考察と今後の展望が構築されていく。
しかし、仮にその姿を客観視する者がいたならば、虚空に向けて話し続ける四怨の正気を疑ったことだろう。
もっとも、彼女の気だるそうで、それでいて決意と自負と確信の光が宿る瞳を無視出来ればの話だが。
地図に記された施設や地名を指でなぞりながら、四怨は真剣な面持ちで言葉を続ける。
「無人機を急造して飛ばす程度ならこのデパートでも融通は効くだろーけど、会場内のイニシアチブを握るためには収集した情報解析、精査も必要。
それにもし今後ハッキングする標的(ターゲット)が見つかった時のことも考えれば、当然パワーのあるマシンがあった方がいいに決まってる。
そのためにはやっぱし夜桜邸、てかあたしの部屋の設備が欲しい。
まぁ夜桜邸が完全再現されてたとしても、あのロボトミー野郎があたしが組んだスパコンまで模倣出来るとはあんまし考えられねーけど。
というか仮に完全模倣が技術的に可能だったとしても、十中八九完全な再現はされてないだろうな。
……でも、ある程度は"使える"スペックのマシンが置いてあることは、期待できると思う」
『そう考える根拠はあんのか』
四怨の他に誰もいないフードコートに響いた男の声は、彼女の隣の席に投げ出されたタブレットからのものだった。
画面には通話相手、「伏黒甚爾」の名が表示されている。
ここまで一方的に持論を展開していた四怨は「良い質問だな」と首肯し、自らが雇った手勢の問い掛けに応えた。
「まず大前提として、主催者は参加者に"過ぎた玩具"を与えたくないだろうってのは想像がつく。
わざわざ六眼のリスクはケア済みですって明言してることを考えれば、同様に天逆鉾みたいに単品で結界をどーこうしたり、殺し合いを打破出来ちまうようなものは、少なくとも参加者の手の届くところに置いたりはしないだろーな。
同じ理由で、5人殺しの
ルール追加権や10人殺しの報酬で『五条悟を参加させろ』とか『天逆鉾を寄こせ』っつったって許可が出るとも思えないし、万が一にもそれが通ったなら、多分相当な弱体化(ナーフ)がされちまってると思う。
つーか殺し合いゲームぶっ潰そうって言ってんのに、人殺しの報酬をアテにしてちゃ本末転倒だし、この線はほとんど無しだ」
殺し合いというシステムの打破するにせよ、結界を脱出するにせよ、あるいは外部へ助けを呼ぶにせよ。
内部にある人、物、施設などの要素(ファクター)。それ一つで状況が打破できるとは思えない。
ならばそれらを組み合わせ、主催者が想定していなかった方法(グリッチ)でシステムに穴を開けるしかない。
だからこそ、殺し合いを打破するためには内部の人間が情報を共有し合うことが肝要となる。
だからこその情報収集、だからこその人探しだ。
ここまではいいかと確認する四怨に、タブレットから肯定が返ってくる。
「逆に、殺し合いを促進してくれるような武器や道具であれば、参加者が希望すれば積極的に投入してくるはず。
武器のありそうな刀鍛冶の里に、カジノ。武器にも治療にも使える薬品が調達出来そうな病院に診療所なんかが会場にあるのも、殺し合いに積極的な連中の需要を満たしてるとは思わないか?
となれば、わざわざ会場に夜桜邸と、その中にある天才ゲーマー様(あたし)の部屋を再現するなら、殺し合いの打破は出来なくても殺し合いに活用できる程度のスペックのマシンは置いてありそうだ、とあたしは考えてるわけだ」
『……成程。多少虫のいい考えだが、その分をさっぴいても現実的な推測だ』
「だろ? 一先ずの目標、会場内での人探しに使える程度のスペックがあれば我慢するさ。
それにこの辺の電子機器バラシて無理にデバイス組むより、家の設備が"ガワ"だけでもあれば、そこからあたしが中身イジってカスタムし直すほうがもうちょっとマシなシステム走らせられるだろーし。
あとは、家族との合流を目指すなら、とりあえず夜桜邸が安牌なとこだからってのもある。
……あんたはねーの? 家族と待ち合わせできそうな施設とか」
『無ぇな。皆無だ』
ほとんど間を置かず、通話相手は断じた。
この島にそう都合よく参加者の思い出の地が再現されているとは限らないが、とは言えあまりにも早い返答に、四怨は邪推する。
それが良くなかった。
「なに、娘さんと仲わりーの?」
『………………息子だ』
"息子だ"という、たった四文字の発声。
甚爾のその声に、抑揚に、ここにきて四怨の心は強く揺さぶられた。
「へ、あ……あっ、あぁ、恵クンなのか。
へぇ……そう、なんだ。そりゃ失敬」
慌てて取り繕ったような言葉の後、デバイス越しの対話が途切れる。
多様化のこの時代、男性が"恵"という名前で何が悪いか。
自分だって四"怨"なんて物騒な名付けをされているのだ、よっぽどキラキラしてない限り、人様の名前をとやかく言うつもりは無い。
それよりも。
夜桜四怨は人と会うより画面を見ていた方が楽しいタイプの、根っからのインドア派である。
カメラ越しに表情の変化を検知するプログラムを組む程度は朝飯前だが、じかに対面し人の顔や声や仕草を見てその心中を察するというのは、彼女にとってあまり磨いてこなかったスキルに類する。
そんな彼女でも、今回は顔の見えない通話でも、甚爾が子供と上手くいっていないらしいことは手に取るように分かった。
その"上手くいっていない"度合は、あるいは、自分と同じほどなのではと感づくぐらいには。
脳裏をちらりと、自分たち兄弟姉妹の父親の忌々しい顔がよぎる。
ふいにフードコートの静寂に気が付き、四怨は少しだけ居心地の悪さを感じた。
心を乱されている場合ではない。
頭を振り払い、今後の方針についての話に戻す。
「ときに甚爾、周辺の探索はどうだった?」
『……オール・クリアだ、雇い主殿。
他の参加者も、呪霊も、それらの痕跡も見当たらない』
「了解了解……。
それじゃ、ここから南下してまっすぐ夜桜邸へ向かおうと思う。
もちろん道中も他の参加者や危険要素、懸念事項になりそうな事象があれば調べるけどな。
んで、いまあんたどこにいんの?」
『……』
応答がない。
やはり話題の戻し方が強引だったかと気まずくなる四怨。
元々人の顔色が気になるような性分ではないが今回ばかりは、少なくともRPGの会話パートでルート分岐をミスった程度には後悔していた。
気を紛らわせようとテーブルの地図と食べかけのスナック菓子を片付けながら、再度タブレットに声をかける。
「甚爾?」
『あぁ、俺ァいま、屋上にいる。
オマエはまだフードコートか』
「そだけど」
『―――そこにいろ。何か来るのが見える』
何か。
その曖昧な表現に四怨の警戒レベルが上がる。
「どっからだ。
正面口か、それとも北口側か」
『……上だ』
「……ん?」
『空から何かが、落ちて来てやがる』
・・・
落下する"ソレ"は激怒していた。
突然殺し合いを強制されたこと。
追い詰めた獲物に予想外の反撃を受けたこと。
突然の乱入者に散々煽られた挙句四肢をもがれ、乱雑に上空へ投げ飛ばされたこと。
特に最後のそれが大きかった。
己が心血を注いて修めた武術と、人間を超越したことで得た力。
それをあたかも羽虫を払うかのように一蹴されたことで、"ソレ"の矜持は見事に砕け散っていた。
自身に降りかかったあらゆる事象に対する激しい怒りと憎悪が、"ソレ"に残された全てだった。
"ソレ"は人ではなかった。人を喰う鬼であった。怒れる稲妻であった。
もはや道理の欠片も通らぬ、暴力の具現としか言いようのない、まさに人型の災害。
全てにたがが外れた"ソレ"の内に溢れ出す悪意と殺意は留まることを知らず、ただ視界が赤く染まるほどの激情に駆られている。
身体の内側から焼けつくような熱に意識が集中し、他の一切が思考から排除されている。
今なお四肢の再生に手間取り、このまま地面へと墜落すれば、いかな人外となった己とてひとたまりもないことさえも意識の外だ。
仮にその様を理知ある者が見たならば、滅びに向かいゆく激情などただ無様でしかないというのに。
だというのに、運命の悪戯か、あるいは悪魔の導きか。
"ソレ"には一筋の幸運が与えられていた。
生き延びるためではなく、破壊をもたらす手段、さらなる強さへの渇望に導かれ、"ソレ"は最善と呼べる手を打った。
四肢を均等に再生するのではなく片腕に集中し、背負い袋(デイパック)から品物を取り出す。
呪術界御三家が一つ、加茂家嫡男所縁の品。
ランダム支給品、『加茂憲紀の輸血パック』
もしこれが何の変哲もない輸血パックであったなら足りなかった。
だが加茂家相伝の術式にとって血液は重要な意味を持つ。
中に詰められているのは血中成分を調整され、生体的にも呪術的にも利用価値を高めた血液。
それはあろうことか、人を喰い、喰えば喰うほど強くなる悪鬼にとって最高のエネルギー源であり、治療薬であった。
世界が異なれば、あるいは"稀血"と呼ばれたかもしれないほどの代物に、怒れる鬼は口をつけた。
果たして、肉体の再生は間に合った。
五体満足となった"ソレ"は雷霆の如き勢いでもって、巨大な建造物の屋上へと着弾する。
激突の衝撃には耐えることが出来た。だがまだ回復したばかりの四肢が、全身が、とても本調子とは言えない。
だがそれよりも、加えて何よりも、怒りが全く収まっていない。
目につくもの全てを焼き尽くさんと、血肉を喰らって更なる高みへ至らんと。
"ソレ"は落下地点の陥没をさらに抉る踏み込みでもって、獲物目掛けて飛びかかった。
人を喰う鬼、怒れる稲妻、"ソレ"の名は獪岳といった。
・・・
―――雷の呼吸 肆ノ型 遠雷
それは小さな呟きでしかなかった。
少なくとも話しかけたり、誰かに聞かせるための発声では無かった。
実のところ独り言ですらなく、本人ですら発言を自覚していないほどの、無意識の呟き。
それでも天与呪縛によって超人的な身体能力を持つ甚爾の聴覚に、デパートの屋上に墜落してきた物体の、たち込める砂埃の向こう側の呟きは届いていた。
甚爾が防御態勢をとったこと。
それはもちろん未知の来訪者に対する警戒心はあったものの。
呟きの内容からわずかな武術的な意味合い(ニュアンス)を読み取ったなどという理屈ではなく。
あるいは砂埃の急激な変化から何者かが突貫してくると察したが故反射というわけでもなく。
突き詰めるならば、ただ何となく、としか言いようが無かった。
甚爾はその直感によって、完全に虚を突いていた黒き稲妻の直撃を天羽々斬で受け止めた。
受け止めはしたものの、ビリビリと刀越しに伝わる異様な衝撃に戸惑いを禁じ得ない。
生まれつき呪力を持たない体質でありながら、それと引き換えに極限まで強化された五感は呪力を感知することが出来る。
だから砂埃の向こうから飛来した攻撃は、呪力操作や術式にまつわるものではないことは分かる。
であるならばただの斬撃がどうやって黒い稲妻を伴い、これだけの振動と熱を生み出すに至ったか。
――――――あまりにも知らない『領域』が多すぎる
脳裏をよぎる此度のうら若い雇い主の言葉に心の中で再度同意しつつ、すぐにその思考を意識の彼方へと追いやる。
奇襲への驚きや困惑が無いわけでもないが、それでも甚爾の意識は冷静に状況把握への努力に集中した。
ここで初めて、異様な攻撃の主が、今自分と鍔迫り合いをしているのが、異様な風貌の青年であることを認識する。
一方、初撃を防がれた獪岳だったが、意外なことにそれに対する憤りはなかった。
もっとも、すでに怒りは限界に達しているが故に、もはや相手を殺傷することにしか意識が向いていないだけ。
殺せていないならば、死ぬまで続けるだけの話だ。
―――雷の呼吸 伍ノ型
再び呟きが甚爾の耳に届く。
さっきが肆で、次は伍。
つまり雷の呼吸というものが体系化されたものなのだと甚爾が認識すると同時。
鍔迫り合いから一転、獪岳は刀を大きく降ろし身を屈めた。
つんのめる形になった甚爾は、下からの切り上げに対して万全の体勢で受けられない。
―――熱界雷
力強い踏み込みからの強烈な切り上げは、蓄えられた雷が放電され天へ上るが如く。
単に力強いだけの剣であれば、適切に受けさえすれば多少吹き飛ぶ程度の話。
だが血鬼術によって強化された技は斬撃波を生じ、受ける者の身体を罅割り、焼き焦がす。
崩れた姿勢の中、甚爾はなんとか刀で獪岳の技を受けている。
だが刀越しに伝わる振動が、まるで感電したかのように身体を震わせ自由を奪う。
加えて獪岳の刀から放たれた余波までは受けきれず、甚爾の全身を傷つけ罅割っていく。
慣れぬ手応え、久方ぶりの手傷。
それに何より、いつまでたっても調子の戻らない己の身体。
四怨への奇襲に気取られ、彼女が操るデク人形を下すにも手間取った。
あの一戦で勘が戻ったかとも思ったが、此度の剣戟の最中もやはりどこか身体に違和感があった。
現に、突然の襲撃者に対して受け身の対応をしている自分に、甚爾自身が驚きを隠せない。
毒か、呪いか。とっさに連想はするものの、天与呪縛のフィジカルギフテッドに有効、なおかつ悟られないほど隠匿性の高いデバフなどそうはない。
ならば、この身体の倦怠感は一体……?
ごまかしきれない己の不調に思考を割いたことが、甚爾の身体からさらに力みを奪う。
結果、甚爾の身体は獪岳の切り上げに踏ん張りが効かず、その身を数メートル上空へと弾き飛ばされることとなる。
「――――クソ、ッてェな」
戦闘中に雑念に捕らわれた不覚に悪態をつきながら、甚爾の眼は再度獪岳に集中する。
追撃が来るか、飛び道具はあるか、それとも着地を狙われるか。
上空へ打ち上げられ行動の選択肢が限られる中、思考時間を引き延ばそうと拳銃で牽制する。
六発装填式のリボルバーから二発の弾丸が放たれ、獪岳の右耳と左頬を深々と抉った。
―――シ ィ ィ ィ ィ ィ ィ ィ ィ
不思議な呼吸音が、抉れた左頬から漏れだした。
獪岳は身に受けた弾丸も漏れる息も意に介せず、落ちてくる甚爾を堂と待ち構えている。
着地狙いの構え。だが、落下地点に近づいてくる気配はない。
ならば先ほどの技と同様、斬撃を放ってくるのか。
こちらに迎撃(カウンター)の機会を与えず間合いを保ち、先ほど以上の威力を以て仕留めに来るか。
「(これは、マズイか……?)」
―――雷の呼吸 陸ノ型 電轟雷轟
甚爾の懸念と獪岳の呟きはほぼ同時だった。
獪岳が振るった刀から無数の斬撃が放たれ、黒い稲妻が獲物の命を刈り取らんと、着地直後の受け身で硬直した甚爾の身体を襲う。
そして―――。
雷鳴が轟き、デパートの屋上が崩落した。
・・・
轟音がフロア全体に響き、四怨は驚いて身を竦ませる。
直後、建物が崩れるかと思うほどの衝撃が起こり、四怨はソファーから転げ落ちた。
「マズっ」
慌てて受け身を取ろうとするが、床に接触する直前で誰かに抱き留められる。
思わず身を固くする四怨。
恐る恐る見上げてみれば、目付きの悪い黒髪の男の顔が見え、四怨は身体の力を抜いた。
「あ、甚爾……っ!」
戻って来た自身の手勢の顔を見て安堵したのもつかの間、その肩の大きな裂傷に息を詰める。
よく見れば全身に細かい罅のような傷がある。
奇妙なその傷は少しの衝撃でさらに皮膚を割ってしまいそうな、見るからに痛ましい形状をしていた。
だというのに、傷ついた当の本人はなんてことは無いとでもいう様な表情で。
詳しく問い詰めようと口を開きかけた四怨を遮り、甚爾は短く言い放つ。
「逃げんぞ」
「……え? ちょと、待っ」
四怨が制止を言い切る前に、腕の中にあった彼女の華奢な身体を横抱きにして、甚爾は駆け出した。
「どぅ、え、え、え、え、えぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
おおよそ女子力の欠片もない悲鳴が上がるが、甚爾は気にも留めない。
というよりも、それどころではなかった。
四怨に見せている表情とは裏腹に、甚爾の胸中は穏やかとは言えない。
戦闘中の謎の不調。このコンディションで対峙するには分が悪い襲撃者。
戦闘技術においてはともかく、身体能力で遅れを取りかねない現状では正面対決は望ましくない。
とはいえ、甚爾はこの不調の原因にほぼ見当がついていた。
「(……今は身体が軽い。やっぱ調子が悪いのはこの刀を握ってる間だけか)」
甚爾の腰に吊るされた名刀、"天羽々斬"。
甚爾の知る由もないことではあるが、これと対を成す妖刀"閻魔"は持ち主の意志の力"覇気"を吸い上げ、力なき者を干乾びさせるほど危険な代物。
同等の力を持つ天羽々斬もまた、異常な経緯から自身を手にした甚爾を担い手と認めず、彼が刀を抜くたびにその肉体から"覇気"を奪い取っていた。
真相として、天羽々斬によって衰弱死しかねないほどのエネルギーを奪われたことが、比類なき頑健の肉体に不調が現れた原因であった。
無論、手元の武器に使用のリスクがあるとわかれば相応の扱いをすればいいだけの話。
屋上で空中に打ち上げられた際にも、刀による防御を諦めて鞘に納めたおかげ天羽々斬による不調が解決。
肩に大きな傷を負いながらも、戦線離脱に成功したのである。
「(とはいえ、リボルバーも効かない相手にナイフと妖刀じゃ心許ない。
それに、今回の仕事は極力殺すなって注文だしな……)」
腕の中にいる依頼主を一瞥し、甚爾は階段を駆け下りて建物を出る。
無人の市街地に灯る街灯が、デパートの屋上から立ち上る粉塵を微かに浮かび上がらせている。
あの雷サマはまだ屋上だろうか。
脚力には自信があるが、見知らぬ土地で荷物も多く、加えて相手の瞬間最高速度は甚爾のそれとほぼ等しい。
うかうかしていると直に追いついてくるだろう。
その前に身を隠して体制を整え、なんとか四怨を夜桜邸へ連れて行かねばならない。
加えて、甚爾には気になることがあった。
「(呪力を持たねぇこの俺の中に、吸い出されるような"力"があるってことか)」
己の内に宿、刀へと流れ込んでゆく"力"の感覚。
それを、この天与の肉体は確かに感じ取っていた。
その事実に、感触に。
呪力を持たない透明人間は、静かで透明な感情を抱いていた。
【B-3/デパート前/1日目・黎明】
【夜桜四怨@夜桜さんちの大作戦】
[状態]:健康、甚爾への気まずさ(極小)、動揺病(軽)
[装備]:韋駄天輪@あやかしトライアングル
[道具]:基本支給品一式、工具一式、タブレット端末、飲みかけの炭酸飲料
[思考]
基本:家族の生還とクソゲー攻略
0:甚爾の全力疾走でグロッキー状態
1:雇った甚爾と行動を共にする
2:まずは夜桜邸を目指す(自身の部屋を確認)
3:話の出来る他の参加者と接触し情報交換。
4:六美に太陽……死ぬんじゃねぇぞ。あと、バカ長男もな
[備考]
※参戦時期は104話後。
※伏黒甚爾から呪力や呪術界(五条悟・天逆鉾)の存在について知りました。
※伏黒甚爾に夜桜家について簡単に伝えました。(能力や開花については自身のみ)
※四怨が所持していた大量の菓子と機巧木人・測型@あやかしトライアングルはデパート内に置き去りにされました。
機巧木人は破壊されたままですが、機巧木人とセットだったタブレット端末は持ち出しています。
四怨のクソゲー攻略へのルート ※最新話現在
ルートA五条悟というバグキャラでのクリア
五条悟に接触(ハッキング)→結界外との連絡手段確立を目標とする
(5人殺しでの報酬)→主催側の都合を推察するに望み薄か
ルートB天逆鉾といったチートアイテムによるクリア
チートアイテムの入手(探索)→結界内にある要素を組み合わせて再現できないか検討する
(5人殺しの報酬)→こちらも主催者側の都合としては望み薄か
【伏黒甚爾@呪術廻戦】
[状態]:疲労(小)、全身に裂傷(小)、右肩に刀傷(小)
[装備]:天羽々斬@ONE PIECE
リボルバー(残弾数 4/6)@アンデッドアンラック
サバイバルナイフ@僕のヒーローアカデミア
[道具]:基本支給品一式。金塊の山@ONE PIECE
[思考]
基本:雇い主を守りつつ猿の手によるエンディング
1:襲撃者(獪岳)から逃げる
2:雇い主の女(四怨)を連れて夜桜邸へ向かう
3:妖刀(天羽々斬)の扱いに気を付ける
4:俺の中にある"力"か……
5:伏黒恵……よかったじゃねぇか
[備考]
※参戦時期は75話死亡後。
※名簿を確認して恵の名字が伏黒であることを知りました。
※四怨から夜桜家のことについて簡単に知りました。(能力や開花については四怨のみ)
※全身に小さな傷を負っていますが、血は出ていません。
右肩の傷は表面上は大きいものの、さほど深くないため軽傷の部類です。
※体内に存在する"覇気"を知覚しました。
※所持している天羽々斬は持ち主を担い手として認めない限り、抜身で持ち続けると"覇気"を吸い出され続けます。
甚爾は天与呪縛のフィジカルギフテッドによって不調程度で済んでいますが、常人が持った際は一振りで衰弱死します。
・・・
底面が崩落したデパートの屋上部分にて。
獪岳はつかの間、忘我の時を過ごしていた。
怒りを忘れたわけでは無い。
むしろ逆で、彼は怒りに集中していたと言える。
ただしその内情は、いささか複雑にして甚だ極端だった。
身を焼き焦がすほどの絶対的な、糸目の男への憎悪。
巌のように巨大なその感情の上から、薄皮のようにして別の感情が覆いかぶさっている。
忘れることは無い怒り、消えることのない殺意。
だが、今の獪岳は別のことに気を取られていた。
それは、鬼としての本能。
「(なん、だ。この香り……)」
天与呪縛のフィジカルギフテッド。
それによって発揮される人類最高峰の身体能力。
その躍動を支える彼の血液もまた、天よりの……。
【B-3/デパート屋上/1日目・黎明】
【獪岳@鬼滅の刃】
[状態]:激怒、"稀血"による陶酔感(軽)、頭痛(狂乱の咆哮の後遺症、陶酔感により軽減)、右耳と左頬欠損(再生中)
[装備]:獪岳の日輪刀@鬼滅の刃
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品0~1
[思考・状況]
基本方針:条件を満たすまで参加者を殺す。
0:男(甚爾)を追って殺す。その血肉を喰らう。
1:糸目の男(夜桜凶一郎)に対する憎悪と怒り。わずかな恐怖。
[備考]
※参戦時期は無限城で善逸と遭遇する前です。
※"稀血"に匹敵する栄養価を持つ甚爾の血液に引き寄せられています。
甚爾の血の匂いが途絶えるか、無惨の支配権が復活する、あるいは怒りの元凶である凶一郎と再会しない限り、甚爾の追跡に集中します。
【支給品紹介】
【加茂憲紀の輸血パック@呪術廻戦】
獪岳に支給。
加茂家相伝の術式『赤血操術』における貧血のリスクを回避するために用意された品。
稀血ほどではないが成分が調整された血液の栄養価は高く、鬼に再起の機会を与えた。
最終更新:2022年06月14日 11:06