出典5_80(2022/6/13)
その年の終わり、有馬記念。多くの伝説が金色の夕日の中で誕生した名G1レースだ。
この年の競馬を締めくくり、若いクラシックウマ娘と歴戦のシニアウマ娘がたった1つの栄光を目指し疾走するレース。
このレースで奇跡の復活を遂げたウマ娘がいる。
このレースでその実力を完全証明したウマ娘がいる。
このレースを最後にターフに別れを告げたウマ娘がいる。
オグリキャップ、トウカイテイオー、シンボリルドルフ、キタサンブラック……思い出の有馬記念とは、人それぞれで変わるだろう。
この年の競馬を締めくくり、若いクラシックウマ娘と歴戦のシニアウマ娘がたった1つの栄光を目指し疾走するレース。
このレースで奇跡の復活を遂げたウマ娘がいる。
このレースでその実力を完全証明したウマ娘がいる。
このレースを最後にターフに別れを告げたウマ娘がいる。
オグリキャップ、トウカイテイオー、シンボリルドルフ、キタサンブラック……思い出の有馬記念とは、人それぞれで変わるだろう。
私にとって、一番の思い出である有馬記念とはやはり、サクラグローリアだ。
サクラグローリア。この名前を知らぬウマ娘ファンはいないだろう。
彼女は史上初の無敗トリプルティアラウマ娘であり、サクラグローリアという名前に偽り無く、聖なる栄光を我々に見せつけてきた。
ティアラ戦線は常にハラハラしたものだ。ジュニア期では、彼女は冷たい雨の降る不良馬場の阪神競馬場を鮮烈な走りで快勝した。彼女はいわゆる重馬場巧者であったのだ。
このレースを以て、彼女はティアラ戦線の有力候補に堂々名乗りを上げたのだが、このティアラ戦線はシンボリレクイエムを筆頭に、歴代稀に見る粒ぞろいであり、彼女はせいぜい有力候補の一つに過ぎなかった。
そして翌年、チューリップ賞を勝利し、その実力に偽りなしと告げたサクラグローリアはしかし、思いもよらぬ苦戦を強いられることとなった。
ティアラ戦線は常に快晴かつ良馬場であった。つまるところ、彼女にとってホームグラウンドとは到底呼べない不利な戦場で彼女は栄光をかけて戦うことになる。
また、彼女の脚質は追い込みだ。最終直線に入るまで常に最後方に待機し、溜めに溜めたエネルギーで前に並ぶウマ娘たちをごぼう抜く、不安定な戦法。桜花賞の辛勝は彼女の自信に躊躇いを産ませるに十分すぎたらしい。オークスに直行するのではなく、彼女は確かな勝利の実感を得るべくオークスのステップレースへと向かったのだ。
サクラグローリア。この名前を知らぬウマ娘ファンはいないだろう。
彼女は史上初の無敗トリプルティアラウマ娘であり、サクラグローリアという名前に偽り無く、聖なる栄光を我々に見せつけてきた。
ティアラ戦線は常にハラハラしたものだ。ジュニア期では、彼女は冷たい雨の降る不良馬場の阪神競馬場を鮮烈な走りで快勝した。彼女はいわゆる重馬場巧者であったのだ。
このレースを以て、彼女はティアラ戦線の有力候補に堂々名乗りを上げたのだが、このティアラ戦線はシンボリレクイエムを筆頭に、歴代稀に見る粒ぞろいであり、彼女はせいぜい有力候補の一つに過ぎなかった。
そして翌年、チューリップ賞を勝利し、その実力に偽りなしと告げたサクラグローリアはしかし、思いもよらぬ苦戦を強いられることとなった。
ティアラ戦線は常に快晴かつ良馬場であった。つまるところ、彼女にとってホームグラウンドとは到底呼べない不利な戦場で彼女は栄光をかけて戦うことになる。
また、彼女の脚質は追い込みだ。最終直線に入るまで常に最後方に待機し、溜めに溜めたエネルギーで前に並ぶウマ娘たちをごぼう抜く、不安定な戦法。桜花賞の辛勝は彼女の自信に躊躇いを産ませるに十分すぎたらしい。オークスに直行するのではなく、彼女は確かな勝利の実感を得るべくオークスのステップレースへと向かったのだ。
サクラグローリアはステップレースを難なく勝利した。見ているこちらが清々しくなるほどの圧勝劇であった。この勝利で調子づいたグローリアはオークスに向かい、そこで最大のライバルであるシンボリレクイエムと相まみえることになるのであった。
シンボリレクイエム。かの皇帝・シンボリルドルフの弟子と名乗る彼女はジュニア期よりサクラグローリアを最大の敵と見なしていた。”ダービーに出走すればまず間違いなく勝てるだろう”、そう謳われるほどの実力を見せていたレクイエムはダービーではなくオークスを選択したのであった。一般において、オークスとダービーであればダービーの方が得られる栄誉は大きい。しかし、その栄誉を蹴ってまでレクイエムはグローリアを相手に勝つことをこだわったのであった。
そして、オークス。ゲートから勢いよく飛び出したシンボリレクイエムはいつものようにハナを取り、グローリアもまたいつものように最後方に待機した。
レースに淀みはない、しかしペースは早い。ともすればレコードを狙えるのではないか、初夏の気配漂う府中競馬場に言いようのない緊張感が走った。
緊張感を味わうのは私達だけではない。むしろ、レース中の彼女たちの方がずっと重く、鋭く感じていただろう。
1人、また1人、ターフを駆けるウマ娘が脱落していく。最後に残った者こそ女王であると、誰に言うまでもなく理解する。
最終直線、最後に残っていたのは──シンボリレクイエムと、サクラグローリアのただ2人。
シンボリレクイエムは尊敬するルドルフに報いるべく、最速のペースをさらに加速させ
サクラグローリアは自身を信じてくれたトレーナーのために、溜めに溜めたエネルギーを炸裂させる。
ラスト4ハロン、サクラグローリアがシンボリレクイエムの背に届く。
ラスト2ハロン、サクラグローリアがシンボリレクイエムに並ぶ。
そして、ゴール板までずっと彼女たちは並び続けて──
決着が表示するまでおよそ10分ほどかかったのを覚えている。
ようやく表示された掲示板の一着に表示されていたのは、サクラグローリアの番号。
初夏の激戦、樫の女王の栄光に選ばれたのはサクラグローリアであったのだ。
シンボリレクイエム。かの皇帝・シンボリルドルフの弟子と名乗る彼女はジュニア期よりサクラグローリアを最大の敵と見なしていた。”ダービーに出走すればまず間違いなく勝てるだろう”、そう謳われるほどの実力を見せていたレクイエムはダービーではなくオークスを選択したのであった。一般において、オークスとダービーであればダービーの方が得られる栄誉は大きい。しかし、その栄誉を蹴ってまでレクイエムはグローリアを相手に勝つことをこだわったのであった。
そして、オークス。ゲートから勢いよく飛び出したシンボリレクイエムはいつものようにハナを取り、グローリアもまたいつものように最後方に待機した。
レースに淀みはない、しかしペースは早い。ともすればレコードを狙えるのではないか、初夏の気配漂う府中競馬場に言いようのない緊張感が走った。
緊張感を味わうのは私達だけではない。むしろ、レース中の彼女たちの方がずっと重く、鋭く感じていただろう。
1人、また1人、ターフを駆けるウマ娘が脱落していく。最後に残った者こそ女王であると、誰に言うまでもなく理解する。
最終直線、最後に残っていたのは──シンボリレクイエムと、サクラグローリアのただ2人。
シンボリレクイエムは尊敬するルドルフに報いるべく、最速のペースをさらに加速させ
サクラグローリアは自身を信じてくれたトレーナーのために、溜めに溜めたエネルギーを炸裂させる。
ラスト4ハロン、サクラグローリアがシンボリレクイエムの背に届く。
ラスト2ハロン、サクラグローリアがシンボリレクイエムに並ぶ。
そして、ゴール板までずっと彼女たちは並び続けて──
決着が表示するまでおよそ10分ほどかかったのを覚えている。
ようやく表示された掲示板の一着に表示されていたのは、サクラグローリアの番号。
初夏の激戦、樫の女王の栄光に選ばれたのはサクラグローリアであったのだ。
この激戦の続きがある。
それは秋華賞。夏を経て一回りも二回りも成長した彼女たち2人はまたも最終直線にて一騎打ちのデットヒートを演じ、長きにわたる審議を経てサクラグローリアが最後のティアラ、即ち無敗でのトリプルティアラを達成したのだ。
そして、ジャパンカップ。
無敗トリプルティアラウマ娘の出走表明に世界は大きく賑わい、世界各地から有力なウマ娘が参戦表明し、またクラシック三冠路線のウマ娘も参戦を表明し、シニア戦線の東京巧者ウマ娘など歴代でも中々見ない好メンバーがそろったレースであった。
そして、来るジャパンカップ。天候は晴れ、馬場は良。かつての彼女であれば不安を覚える馬場であったが、今となってはそれは杞憂だ。
世界中が見守る府中にて、彼女はついに5冠目の栄光を手にしたのだ。
二着に入った海外ウマ娘とハグを交わし、また三着に入った東京巧者のシニアウマ娘と称え合った姿はさながら一つの名画のようであった。
そして、12月。激戦の疲れを理由にサクラグローリアは年内救療予定であった。しかし、ファン投票一位であることを知った彼女は無理を押して有馬記念に参加すると予定を変更した。
調子が比較的良かったことも理由だろう。トレーニング風景もこれまでと何ら変わりはなかった。
6つ目の栄光。シンボリルドルフ、テイエムオペラオーらの七冠に次ぐ栄誉を掴むべくサクラグローリアは中山競馬場に参戦した。
その日の中山は冷たい雨雲……奇しくも去年の阪神JF以来の不良馬場となっていた。言うまでもなく、それは彼女にとって自身の力を最大限まで魅せられる至高のステージ。この一年間、一度も無かったホームグラウンドに、私はさながら神様からのご褒美のように思えた。
トレーナー陣のコメント、そして当日のパドック。サクラグローリアに陰りは一つもなく、雨に濡れる彼女の姿は天使のベールに包まれた聖人のようであった。
ゲートが開いた。
オークス、秋華賞はハイペースのレースであり、サクラグローリアはそのレースで難敵シンボリレクイエムを二度下した。それ故か、その年の中山は近年稀にみる不良馬場も相まってかなりのスローペースとなっていた。
勝負が動いたのは、否、決着がついたのは第四コーナーのことであった。
最後方に待機していた彼女はいつものように、身体に溜めた全エネルギーを炸裂させ泥のようなターフを切り裂き進撃を開始したのだ。
こうなれば敵うウマ娘なんていない。ぐんぐんと加速するグローリアは次々先頭集団のウマ娘を追い越し、先頭で粘っていた逃げウマ娘もあっという間に追い越したのであった。
そのレースでいつもと違うことがあったのはこの後のことだろう。
全ウマ娘を追い越したサクラグローリアは一切緩めることなく、その圧倒的な末脚で2バ身、3バ身と他のウマ娘たちを突き放していく。場内の盛り上がりは最高潮に達した、あのトリプルティアラウマ娘が真の実力を見せつけているのだと、その場にいる……否、このレースを見る全ての人は理解した。
決着は6バ身。泥に汚れた彼女の桜色の勝負服を、私は確かに聖なるドレスだと思った。
圧倒的な勝利を刻んだ雨中の勝者を讃えようと、観客は一斉にサクラグローリアコールを起こそうと口を開いた、その瞬間のことであった。
サクラグローリアが芝生に倒れたのであった。
途切れる実況の声、信じられないモノを見るかのように目を見開くウマ娘たち、開いた口から悲鳴のような呼気が漏れる我々。
そして、必死の形相でサクラグローリアに駆け寄るトレーナーと、彼に近づこうと必死に立ち上がろうとするサクラグローリアの姿。
サクラグローリアの故障。彼女の最大の敵はこの場にいた誰でもなく、彼女自身であったのだ。
……栄光の代償、などという不吉な言葉が脳裏に過ぎる。
緊急搬送されるサクラグローリアの姿を、我々はただ祈りながら見送った。
このレースは一つのドラマの終着点だ。
無敗の女王に泥をつけたのは自分自身。栄光の直後に訪れた理不尽な幕引きに私は怒りを覚え、虚しさを感じ、そして彼女の無事に安堵した。
彼女の最高のレースは何かと聞かれて、返ってくる答えは違うだろう。
あの伝説のオークスを挙げる人もいれば、世界に実力を示したジャパンカップを挙げる人もいるだろう。
しかし、私はこの有馬記念を挙げる。
非難する人もいるだろう。しかし、彼女の持つポテンシャルを最大限まで引き出したレースはまず間違いなくこのレースであり、彼女の伝説を最も知ろしめたレースはやはりこのレースだと私は考える。
そして何より、あの雨の中、誇るようにゴール板を踏み越えた彼女の姿は、満開の桜のように美しかったのだ。
それは秋華賞。夏を経て一回りも二回りも成長した彼女たち2人はまたも最終直線にて一騎打ちのデットヒートを演じ、長きにわたる審議を経てサクラグローリアが最後のティアラ、即ち無敗でのトリプルティアラを達成したのだ。
そして、ジャパンカップ。
無敗トリプルティアラウマ娘の出走表明に世界は大きく賑わい、世界各地から有力なウマ娘が参戦表明し、またクラシック三冠路線のウマ娘も参戦を表明し、シニア戦線の東京巧者ウマ娘など歴代でも中々見ない好メンバーがそろったレースであった。
そして、来るジャパンカップ。天候は晴れ、馬場は良。かつての彼女であれば不安を覚える馬場であったが、今となってはそれは杞憂だ。
世界中が見守る府中にて、彼女はついに5冠目の栄光を手にしたのだ。
二着に入った海外ウマ娘とハグを交わし、また三着に入った東京巧者のシニアウマ娘と称え合った姿はさながら一つの名画のようであった。
そして、12月。激戦の疲れを理由にサクラグローリアは年内救療予定であった。しかし、ファン投票一位であることを知った彼女は無理を押して有馬記念に参加すると予定を変更した。
調子が比較的良かったことも理由だろう。トレーニング風景もこれまでと何ら変わりはなかった。
6つ目の栄光。シンボリルドルフ、テイエムオペラオーらの七冠に次ぐ栄誉を掴むべくサクラグローリアは中山競馬場に参戦した。
その日の中山は冷たい雨雲……奇しくも去年の阪神JF以来の不良馬場となっていた。言うまでもなく、それは彼女にとって自身の力を最大限まで魅せられる至高のステージ。この一年間、一度も無かったホームグラウンドに、私はさながら神様からのご褒美のように思えた。
トレーナー陣のコメント、そして当日のパドック。サクラグローリアに陰りは一つもなく、雨に濡れる彼女の姿は天使のベールに包まれた聖人のようであった。
ゲートが開いた。
オークス、秋華賞はハイペースのレースであり、サクラグローリアはそのレースで難敵シンボリレクイエムを二度下した。それ故か、その年の中山は近年稀にみる不良馬場も相まってかなりのスローペースとなっていた。
勝負が動いたのは、否、決着がついたのは第四コーナーのことであった。
最後方に待機していた彼女はいつものように、身体に溜めた全エネルギーを炸裂させ泥のようなターフを切り裂き進撃を開始したのだ。
こうなれば敵うウマ娘なんていない。ぐんぐんと加速するグローリアは次々先頭集団のウマ娘を追い越し、先頭で粘っていた逃げウマ娘もあっという間に追い越したのであった。
そのレースでいつもと違うことがあったのはこの後のことだろう。
全ウマ娘を追い越したサクラグローリアは一切緩めることなく、その圧倒的な末脚で2バ身、3バ身と他のウマ娘たちを突き放していく。場内の盛り上がりは最高潮に達した、あのトリプルティアラウマ娘が真の実力を見せつけているのだと、その場にいる……否、このレースを見る全ての人は理解した。
決着は6バ身。泥に汚れた彼女の桜色の勝負服を、私は確かに聖なるドレスだと思った。
圧倒的な勝利を刻んだ雨中の勝者を讃えようと、観客は一斉にサクラグローリアコールを起こそうと口を開いた、その瞬間のことであった。
サクラグローリアが芝生に倒れたのであった。
途切れる実況の声、信じられないモノを見るかのように目を見開くウマ娘たち、開いた口から悲鳴のような呼気が漏れる我々。
そして、必死の形相でサクラグローリアに駆け寄るトレーナーと、彼に近づこうと必死に立ち上がろうとするサクラグローリアの姿。
サクラグローリアの故障。彼女の最大の敵はこの場にいた誰でもなく、彼女自身であったのだ。
……栄光の代償、などという不吉な言葉が脳裏に過ぎる。
緊急搬送されるサクラグローリアの姿を、我々はただ祈りながら見送った。
このレースは一つのドラマの終着点だ。
無敗の女王に泥をつけたのは自分自身。栄光の直後に訪れた理不尽な幕引きに私は怒りを覚え、虚しさを感じ、そして彼女の無事に安堵した。
彼女の最高のレースは何かと聞かれて、返ってくる答えは違うだろう。
あの伝説のオークスを挙げる人もいれば、世界に実力を示したジャパンカップを挙げる人もいるだろう。
しかし、私はこの有馬記念を挙げる。
非難する人もいるだろう。しかし、彼女の持つポテンシャルを最大限まで引き出したレースはまず間違いなくこのレースであり、彼女の伝説を最も知ろしめたレースはやはりこのレースだと私は考える。
そして何より、あの雨の中、誇るようにゴール板を踏み越えた彼女の姿は、満開の桜のように美しかったのだ。
今日はサクラグローリアの復帰レースである。
長きにわたる療養生活を経て、彼女は再び中山競馬場のターフに帰ってきたのだ。
彼女は復活するだろう。なにせ、彼女はまだ中山で勝利者インタビューを受けていないのだ。無敗の女王がその忘れ物を取りに来ない、そんなことは絶対にあり得ない。
さあ、もうすぐレースが始まる。彼女の次の栄光はすぐそこだ。
長きにわたる療養生活を経て、彼女は再び中山競馬場のターフに帰ってきたのだ。
彼女は復活するだろう。なにせ、彼女はまだ中山で勝利者インタビューを受けていないのだ。無敗の女王がその忘れ物を取りに来ない、そんなことは絶対にあり得ない。
さあ、もうすぐレースが始まる。彼女の次の栄光はすぐそこだ。