夢を見る。雨の中、黄金の桜は嵐となって全てを追い越していく。全てを。私のことも。
やっと足を止めて、あぁ、また負けてしまったという思いと、私の親友が勝った誇らしさが同時に胸に湧き上がり、誰よりも、あの子のトレーナーよりも早く、「おめでとう」と声をかけようとして…
その背中は崩れ落ちる。
世界から、音も光も消え去った。
世界から、音も光も消え去った。
『栄光の代償-ジェット-』
悪夢から目を覚ます。汗をびっしょりかいた体はまだ震えている。私がこんなふうになっているのに心配きてくれる優しい声はない。それこそが、これが現実だとありありと証明していた。
グローリアがいない部屋。
あの有馬記念から、グローリアはまだ戻ってこない。
あの有馬記念から、グローリアはまだ戻ってこない。
季節は移ろい、薄紅の花が蕾を膨らませる頃には、
サクラグローリアの名前がトレセン学園生の口に上ることはなくなっていった。
サクラグローリアの名前がトレセン学園生の口に上ることはなくなっていった。
あの子はいつも誰かの理想になろうとしていた。
いつも強くて、恐ろしいくらい眩しくて、惹きつけられる走り。可憐な容姿も相まって、全てを焼き尽くす天使のようだった。
グローリアがいないなら、私はどうして走っているんだろう。
いつも強くて、恐ろしいくらい眩しくて、惹きつけられる走り。可憐な容姿も相まって、全てを焼き尽くす天使のようだった。
グローリアがいないなら、私はどうして走っているんだろう。
何か大事なものを忘れそうで、忘れないために、或いはもしかしたら既に忘れてしまったことを紛らわすために、私は走ることだけに没頭した。
グローリアは無敗の女王だった。彼女が戻るまで、自分も無敗で王座を守ると決めた。
いつしか、好きだった和菓子を作ることも、食べることもなくなった。
グローリアは無敗の女王だった。彼女が戻るまで、自分も無敗で王座を守ると決めた。
いつしか、好きだった和菓子を作ることも、食べることもなくなった。
大阪杯。G1という大舞台。誰が相手だろうと関係ない。誰にも追い付かせない。喉がちぎれそうになっても、脚がバラバラになりそうでも、走る、走る、限界を越えるまで。
前には誰もいない。やっと、やっと一着!!
前には誰もいない。やっと、やっと一着!!
「やった!グローリア……ぁ……」
ゴール板を通り過ぎて、お互いの健闘を讃えあおうとした。あの子がいつもそうするように。
もちろん、そこにはグローリアは居ない。居るはずがなかったんだ。
そんな当たり前のことに気がついて…
それからどうやって帰ったか、覚えていない。
もちろん、そこにはグローリアは居ない。居るはずがなかったんだ。
そんな当たり前のことに気がついて…
それからどうやって帰ったか、覚えていない。
「お前、あんま無理すんなよ。大阪杯のウイニングライブ、ひっでー顔してたぞ。ちょっと休憩してはちみー飲みいこうぜ?抹茶ラテでもいいけど」
勝てればどうでもいいじゃないか。
そんなことより、トレーニングの邪魔をしないでくれないか?グローリアが戻ってくるまで、私は負けるわけにはいかないんだ。出かけるのは遠慮しておくよ、パストラル。
闇の中に足を取られるような心地がする。
何か、怒号のような、悲鳴のような、歓声のような、地響きのような唸りが聴こえる。
でもそれは、いつも聴こえてきた、肌が粟立つほどに恐ろしい、それでいて魂が昂るような足音ではなかった。
細かいことはどうだっていい。前を行く奴ら全員、邪魔だ!退け!!
そんなことより、トレーニングの邪魔をしないでくれないか?グローリアが戻ってくるまで、私は負けるわけにはいかないんだ。出かけるのは遠慮しておくよ、パストラル。
闇の中に足を取られるような心地がする。
何か、怒号のような、悲鳴のような、歓声のような、地響きのような唸りが聴こえる。
でもそれは、いつも聴こえてきた、肌が粟立つほどに恐ろしい、それでいて魂が昂るような足音ではなかった。
細かいことはどうだっていい。前を行く奴ら全員、邪魔だ!退け!!
「大阪杯に続いてシンボリレクイエムが一着ーーー!!!見事、二冠達成!!!春の盾を勝ち取りましたーーーっ!」
天皇賞春、出走の方はウイニングライブの準備を…
そんなアナウンスが聴こえてくる。くだらない。そんなことをしている場合か。
「ちょっと、どこいくの」
「……っ。気分が優れないので、ウイニングライブは欠席します。運営の方に伝えておいてください」
「え、待って、どこか悪いなら医務室に……っ!!」
そんなアナウンスが聴こえてくる。くだらない。そんなことをしている場合か。
「ちょっと、どこいくの」
「……っ。気分が優れないので、ウイニングライブは欠席します。運営の方に伝えておいてください」
「え、待って、どこか悪いなら医務室に……っ!!」
敗者は黙ってろ。
そんなことよりも。もっと。勝たなければ。これからも。もっと強くならなければ。
グローリアが戻ってくるまで、誰にも負けるわけにはいかないんだ。
そんなことよりも。もっと。勝たなければ。これからも。もっと強くならなければ。
グローリアが戻ってくるまで、誰にも負けるわけにはいかないんだ。
「レクイエム、あれは良くない。ウイニングライブを欠席してトレーニングをするなんて」
次の日、ルドルフさんに呼び出された。
動けるならウイニングライブに出ろ、勝ったとはいえ先輩に失礼な態度を取るな、わかってる、わかってるけど。聴こえてきたのは意外な言葉だった。
次の日、ルドルフさんに呼び出された。
動けるならウイニングライブに出ろ、勝ったとはいえ先輩に失礼な態度を取るな、わかってる、わかってるけど。聴こえてきたのは意外な言葉だった。
「あまり、私を心配させないでくれ」
「ルドルフさんには、わかんないよ!」
なんだよそれ。思っていたよりも大きな声が出た。
「心配してくれなんて頼んでない!こんなところで足を止めている場合じゃないの、私は!だって、こうしている間にも、グローリアは」
なんだよそれ。思っていたよりも大きな声が出た。
「心配してくれなんて頼んでない!こんなところで足を止めている場合じゃないの、私は!だって、こうしている間にも、グローリアは」
はっとした。ルドルフさんが、やるせないような、今にも泣きだしそうな顔をしていたから。
そんな顔を見るのは初めて……いいや、テイオーが菊花賞を諦めた時以来で……
そんな顔を見るのは初めて……いいや、テイオーが菊花賞を諦めた時以来で……
「…っ、失礼します」
逃げるように立ち去った。自室に戻ったら苦いものが喉から迫り上がってきて、胃の中のものは全て戻した。ほとんど何も入ってはいなかったが。
不思議と、涙は出なかった。
それから、ルドルフさんとは話せていない。
逃げるように立ち去った。自室に戻ったら苦いものが喉から迫り上がってきて、胃の中のものは全て戻した。ほとんど何も入ってはいなかったが。
不思議と、涙は出なかった。
それから、ルドルフさんとは話せていない。
時々、目の端に何かもの言いたげなパストラルが映った。全て無視した。君はそうやって人に構うようなタチではないだろう。放っておいてくれ。
春の二冠を獲って、その頃の私は「絶望の黒」「死神の鎮魂歌」と呼ばれるようになっていた。
春の二冠を獲って、その頃の私は「絶望の黒」「死神の鎮魂歌」と呼ばれるようになっていた。
ジェットという宝石をご存知ですか?
ヴィクトリア女王が好んで身につけていた漆黒のモーニングジュエリー 宝石言葉は「忘却」
ヴィクトリア女王が好んで身につけていた漆黒のモーニングジュエリー 宝石言葉は「忘却」
散りゆく桜は美しい
弾けて落ちる線香花火も
黄昏時に移ろう空も
掌で溶けていく結晶も
弾けて落ちる線香花火も
黄昏時に移ろう空も
掌で溶けていく結晶も
時を巻き戻すことはできません
失われたものは元通りにはなりません
儚いものは美しいのでしょう
忘れることが癒しになることもありましょう
失われたものは元通りにはなりません
儚いものは美しいのでしょう
忘れることが癒しになることもありましょう
それでも 忘れてはいけないものまで 忘れてはならない
だって、まだ何も失われてはいない
今も夢を見ながら 黄金の桜は再び咲く日を待っているのだから
今も夢を見ながら 黄金の桜は再び咲く日を待っているのだから
「シンボリレクイエム」
誰だ?地下道で立ち塞がる奴がいる。
「勝負だ。勝ったらオレの言うこときけよ」
「……あぁ」
どうでもいい。勝つのは私だから。
誰だ?地下道で立ち塞がる奴がいる。
「勝負だ。勝ったらオレの言うこときけよ」
「……あぁ」
どうでもいい。勝つのは私だから。
「皇帝シンボリルドルフを思わせる圧倒時な走りでこれまで春二冠を勝ち取りました。三冠が期待されています。1番人気、シンボリレクイエム」
「マイルスプリント路線から距離を伸ばして参戦、春のグランプリを華やかに彩ります。
3番人気はこの娘、パストラル」
3番人気はこの娘、パストラル」
「……今、一斉にスタートしました!」