05 初めての鉛玉
突然荒々しくトラックに乗せられた直人一行。
わけのわからぬまま、トラックは目的地へ走って行く。
トラックの二台というのは恐ろしい程暗く、自分の目が2つとも飾りのように役立たずになる。
座って床に手を置いた感じからして木製だろう。
引越しの積荷のような気分である。
直人を含む7人は全く会話をしようとせず、ただじっと床を見つめ座っていた。
それもそうだ。
一週間の疲れもあるだろうが、あの突然の対応は言葉にできるはずもない。
そして、誰もが呑み込みきれておらず、1人がしゃべり出すのを互いに待っている。
「へえ、結構な無礼加減じゃないか」
晴が柔らかい苦笑いを浮かべ、おもむろに口を開いた。
同時にこの暗闇を包む沈黙を一気に打ち消した。
「…それより、一体どうなってんだよ」
同じ疑問を呟くように何回も口に出す直人。
その言葉に他の5人も、不安そうな表情で顔を上げた。
「きっと…最後のプログラムはもっと凄い場所でやるんだと思うんだ。だから…」
「じゃあさ!なんであんな強引にこんな汚い二台になんかブチ込むんだよ!おかしいだろ!」
葉月の穏やかな言葉を、怒りで興奮する大樹の言葉が掻き消す。
プライドの高い大樹は司会者の男のやり方に腹を立てていた。
「大樹、ちょっと落ち着こうよ。ね?」
「うるせえな。ガキは話しかけんじゃねえよ!」
真由が大樹を落ち着かせようとするが、普段から真由を毛嫌いしている大樹はここぞとばかりに怒鳴った。
「ちょっと大樹…」
葉月が大樹の服の袖を軽く引っ張り、それ以外はなにも言わず首を横に振った。
「いいよ葉月。こんな短気君は放っとこ」
真由が困り果てる葉月をけしかけ、大樹を軽く睨み付けた。
二人の気遣いのないやり取りに、一瞬だけ目を逸らした葉月。
そしてまた表情を戻し、説得した。
「やめよやめよ喧嘩は。とりあえず座っておこう」
「そうだぞ大樹、大人気ないぞ」
対立しようとする2人の間に入り、止めようとする葉月と大志。
2人の介入と説得で、仲直りとはいかないものの、一時的な言い争いを止めることはできた。
「…よし、二人共もう喧嘩するなよ?」
大志がそう言った次の瞬間だった。
わけのわからぬまま、トラックは目的地へ走って行く。
トラックの二台というのは恐ろしい程暗く、自分の目が2つとも飾りのように役立たずになる。
座って床に手を置いた感じからして木製だろう。
引越しの積荷のような気分である。
直人を含む7人は全く会話をしようとせず、ただじっと床を見つめ座っていた。
それもそうだ。
一週間の疲れもあるだろうが、あの突然の対応は言葉にできるはずもない。
そして、誰もが呑み込みきれておらず、1人がしゃべり出すのを互いに待っている。
「へえ、結構な無礼加減じゃないか」
晴が柔らかい苦笑いを浮かべ、おもむろに口を開いた。
同時にこの暗闇を包む沈黙を一気に打ち消した。
「…それより、一体どうなってんだよ」
同じ疑問を呟くように何回も口に出す直人。
その言葉に他の5人も、不安そうな表情で顔を上げた。
「きっと…最後のプログラムはもっと凄い場所でやるんだと思うんだ。だから…」
「じゃあさ!なんであんな強引にこんな汚い二台になんかブチ込むんだよ!おかしいだろ!」
葉月の穏やかな言葉を、怒りで興奮する大樹の言葉が掻き消す。
プライドの高い大樹は司会者の男のやり方に腹を立てていた。
「大樹、ちょっと落ち着こうよ。ね?」
「うるせえな。ガキは話しかけんじゃねえよ!」
真由が大樹を落ち着かせようとするが、普段から真由を毛嫌いしている大樹はここぞとばかりに怒鳴った。
「ちょっと大樹…」
葉月が大樹の服の袖を軽く引っ張り、それ以外はなにも言わず首を横に振った。
「いいよ葉月。こんな短気君は放っとこ」
真由が困り果てる葉月をけしかけ、大樹を軽く睨み付けた。
二人の気遣いのないやり取りに、一瞬だけ目を逸らした葉月。
そしてまた表情を戻し、説得した。
「やめよやめよ喧嘩は。とりあえず座っておこう」
「そうだぞ大樹、大人気ないぞ」
対立しようとする2人の間に入り、止めようとする葉月と大志。
2人の介入と説得で、仲直りとはいかないものの、一時的な言い争いを止めることはできた。
「…よし、二人共もう喧嘩するなよ?」
大志がそう言った次の瞬間だった。
「うん、そうよ。喧嘩はよくないわよね。醜いだけもん」
一番奥に座っている奈月のもう1歩後ろから、いきなり見知らぬ女性が姿を見せぬまま言った。
7人は驚き、思わず声のする方向へ首を曲げた。
すぐ近くでいきなり呟かれた奈月は、思わず葉月のところへと駆け込んだ。
「あぁ、まあ当然か。こんなに暗いんだもんね。でも、気配で気付いてはくれてるのかと思ったわ」
女はそう言うと、窓から日の光がわずかに射す場所へと移動し、その姿をさらした。
ファッションモデルのような細い体格に、髪はブロンドのロングストレート。
パンクな黒いデニムには幾つもの穴が開いており、ベルト辺りからシルバーのスカルチェーンが垂れている。
年齢は20歳前後だろう。
女はそのまま歩き、直人の隣に座ると、持っていた煙草に火を点け口に銜えた。
直人と目が合うと、女はにっこり笑い、「私は楓。百合野楓よ。宜しくねお兄さん」
「どうも…上原直人っていいます。楓さんもこのゲームに?」
「ええ」
そう答えると楓は顔を正面に逸らし、口からふーっと、煙を出した。
「楓さん。このトラックの運転手、私達への扱いちょっと酷くないですか?」
真由が愚痴をこぼすように言った。
「そう?どうしてからしら」
楓が首を傾げた。
「だって私達を急に放り投げるんですよ!それもこんな薄暗い二台に!」
真由が楓にあたるように言い放った。
その言葉に楓はどうでもよさそうな顔をしていた。
しばらくして口から煙草を離し、真由の顔を見つめた。
「えっと…お嬢ちゃんなんてお名前?」
「え…天童真由です」
ほんの少し嫌味っぽく聞こえた真由はむっとしながら答えた。
「真由ちゃん?私はね、別にそんな仕打ち受けちゃいないわよ」
楓はそう言うと、直人の肩にそっと手を置き立ち上がった。
そして吸い殻を床に落とし、物臭にそれを踏みつけると、何も言わずに暗闇の方へ戻って行った。
直人はただじっと、踏まれて潰れたその吸い殻を見つめていた。
しばらくして、長い走行をしていたトラックがようやく止まった。
どうやら目的地に着いたようだ。
大樹や葉月は疲れて眠っているが、直人と晴だけは起きていた。
ガラガラと、二台の鉄扉がゆっくり開いてゆく。
少しずつ開くごとに、光が射して周りが明るくなっていくのが分かる。
直人と晴、そして後から起きた5人も、その光景に目を丸くした。
なんと、自分達と楓以外にも沢山の参加者が乗っていたのだ。
その数は7人。直人達と同じメンバー数だった。
彼等は走行中、1人も口ひとつきいてないらしい。
瞬きもせず、目を見開いている者もいれば、なにかに絶望したように暗い表情をしたような人間もいた。
その不気味さに、直人は思わず唾を飲んだ。
鉄扉が完全に開かれ、外に出るように指示される。
男の態度は相変わらずだった。
外に出るとそこには、人も街も無い。岩と木だけが並ぶ湿地の森だった。
楓を除いた全ての者が驚きのあまり周りをきょろきょろ見回す。
辺りには、黒いスーツにサングラスをかけた男性が何人もこちらを監視するように見ている。
一体何が始まるというのだろうか。
その時、1人の係員がメガホンを持ち、指示を出した。
「それではチーム530の方々、あちらの係員についていってください」
それを聞いた楓は、残りの7人を引き連れ指示通りに動いた。
直人達はただじっとしている。
メンバーの顔に、不安が浮かび上がる。
「続いてチーム333の方々はあちらの係員へ」
だが、誰も動かない。
「どうするの?私達。楓さんもどっか行っちゃったよ」
葉月が言った。
すると直人が頭をかきながら、「ちょっと訊いてくる」と言って場を離れた。
そして直人が近くに居た係員に話しかけようとした瞬間、一人の男が直人を呼び止めた。
「おいお前。どこ行くんだよ」
直人は男のこもった声に振り向いた。
男は夏にも関わらず、長袖のジャケットに黒いマフラー。
手はポケットに入れているが、わずかに見える手首を見る限り、皮の手袋をしている。
風邪気味なのか、マスクまでしており、更には茶色の前髪も鼻の辺りまで伸びていた。
「全然顔が見えないな…。あなたは誰ですか?」
晴が男に問うた。
男は見下すように瞳だけを晴の方に動かすと、ゆっくり口を開いた。
「神倉史也。お前等7人をまとめるチームリーダーだ。宜しくな」
その言葉に7人は当然ながらの疑問を抱いた。
「チームリーダー?なんですかそれ?…そもそも一体これはどういう状況なんです?」
大志が少し困った表情で訊いた。
神倉はその質問には何故か答えず、深くため息をつくと、メガホンを持っている係員の元へ向かった。
「チーム333だ。全員ちゃんと居る。どいつへついて行けばいいんだ?」
7人の疑問もそっちのけで、何やらどこかへ向かおうとしている。
スーツ姿の係員が現れ、神倉が黙ってついていく。
そして、ただ立っている直人達に気付くと、その足を止め、振り向きざまに言った。
「おいコラ、ぼーっと突っ立ってないでよ…ついてこいや」
神倉が振り向いた時のその目つきは、何故かギラリと光り、獣のようだった。
どうすることもできない直人達は神倉について行った。
係員について行く神倉の後をおどおどしながら追って行く7人。
普段うるさがられている真由でさえ黙りこくっている。
ガサガサと、生えている野草が膝に当たる。
歩いている内に、雑草程度の高さしか無い草がいつの間にか膝に触るまできていた。
無心だったのか、雑木林に入ったのは分かっていたが、かなり深部まで進んでいたのには気付かなかったようだ。
次第に足の疲れに気付き始める7人。
すると係員が足を止め、こちら側に振り向くと、神倉に鍵を渡して立ち去っていった。
目の前には目的地と思われる小さな木造の小屋があった。
「よしお前等!着いたぞ。入れ。」
そう言うと神倉は小屋の鍵を使い扉を開けた。
7人は何も言わず少し戸惑いながら入室した。
「今明かりを点ける。椅子はそこのテーブルのを使ってくれ」
小屋に入ったにも関わらず、ジャケットもマフラーも取らない神倉。
そして慣れた手つきで1つだけ吊るしてある豆電球を照らし、ランタンを取り出してはマッチで火を点けた。
真由と大志と奈月は椅子に座ってため息をつきながら天井を見上げ、疲労を訴えた。
直人と大樹は腕を組みながら神倉が話し出すのをじっと待ち、葉月は明けた小窓から顔を出している。
しばらくして神倉が一番大きな椅子にドンと座り、落ち着いた口調で話し出した。
「よしお前等、長旅ご苦労。良い運動になったんじゃないか?」
その言葉に気付きはするもの、振り向く者はいない。
神倉はそんなこともお構いなしに話し続ける。
「それじゃあちょっと休んだらシークレット・ゲーム開始だ。最後なんだから存分に楽しんでくれよ」
「ちょっと待って…。ずっと気になってたんですけど、シークレット・ゲームの内容が、プログラムにも未記入なのでよくわからないのですが」
大樹が首を傾げながら言った。
神倉は何も言わずに椅子から立ち上がると、上部に腕が入るほどの穴が開いた箱を取り出した。
そしてそれを大樹の方へ近づけ、腕を穴に入れるよう指示した。
「シークレット・ゲームをより楽しくする為のくじ引きだ」
神倉はそれだけを言った。
大樹は物臭に手を穴の中に入れ、数字の書いてある紙を1枚引いた。
「4等です」
大樹は赤のペンで4と書いてある白い紙を神倉に見せた。
それを見た途端、神倉は室内の隅にある倉庫の鉄扉を開けだした。
鈍い音を響かせながら開いたドアの奥はよく見えない。
神倉は中に入るや、手探りに何かを探しだす。
「4番はこれだな。よっこらしょ」
独り言を呟きながら神倉がなにかを運んできた。
大樹に手渡されたのはずっしりと重い鉄の塊だった。
「これはモデルガン?それにしてはかなりの重量だけど」
大樹が両手で抱えるように見て言った。
「違うさ。それは正真正銘本物の機関銃だ」
「え?」
神倉の言葉に大樹だけでなく、室内にいる全ての人間が振り向いた。
すると神倉は大樹からその機関銃を取り上げ、慣れた手つきで銃弾のようなものをつめる。
そして近くの窓ガラスに銃口を向けると、引き金を引いた。
ガシャンと、喧しい程の爆音を上げながら綺麗にガラスが一瞬で粉々になった。
奈月が突然の出来事に思わず耳を塞ぐ。
更には近くで発砲された大樹は尻餅をついて、ポカンと口を開けている。
直人や大志も唖然とし、一瞬の爆音によって長い沈黙が生まれた。
神倉が機関銃を大樹に返す。
大樹は表情一つ変えず、ただ受け取るだけだった。
「ほれ、これも付属品な」
そう言って、大樹のもう片方の開いた掌に銃弾がたっぷり詰まった箱を手渡した。
その時、晴が震えが混じった声で話しかけた。
「本物の銃だってことは判ったよ神倉さん。まさかそれを使って的を打ち抜く銃撃ゲームでもしろと?」
神倉は腕を組んで言った。
「お前凄いな。よく察してくれたよ。勿論君達全員がこれからくじ引きをして、当たった武器を使いゲームをするんだ」
神倉の硬い表情が、不気味な笑顔に変わってゆく。
目が合った晴はその禍々しい笑顔に思わず怯み、目を逸らす。
くじ引きは快調なテンポで次々に行われた。
大樹同様、直人、大志、真由も同じようで全く違う種類の短銃や機関銃を受け取った。
そして、葉月が受け取ったのは見たことのない異様な短剣だった。
これで5人。晴と奈月だけがまだくじを引いていない。
どこか冷たい眼差しで奈月を見下すかのように、神倉がくじ引きの箱を手元に近づける。
「あの…まさか怪我とか痛いのとかないですよね。このゲーム」
奈月が作り笑いをしながら神倉に問いかけた。
「怪我か…。そんなもので済むならむしろラッキーだよな。まぁ、あんな武器をかっとばすんだ。死ぬだろ、何人かは」
その言葉は、奈月だけでなく、他の6人の背筋をも凍らせた。
「ちょっと待てよおい!何言ってるんだよ!」
思わず動揺する直人は声を張り上げた。
「え!何よそれ!冗談じゃないよ!」
真由も思わず叫ぶ。
だが、神倉は直人達に言葉1つ返さず、くじ引きを続行させる。
奈月は震えた手でくじを引き、神倉に渡す。
「7番は、こいつだな」
そうして奈月に渡されたのは、銃でも短刀でもなく、頭に装備する暗視ゴーグルだった。
直接物を傷つけたりするものでないことを知った奈月はほっとしたのか、表情を緩める。
「さぁ、ラストだぞ」
神倉が、晴に箱を近づける。
晴はやけになったのか、面倒臭がっているのか、誰よりも積極的にくじを引く。
そして、底の方の紙を取るなり神倉に見せつけた。
神倉は長い前髪からチラっと見える目を細め、ため息をついた。
「お前さんは随分運が悪いようだ。そいつは残念賞だ」
そう言うと、神倉は倉庫に移動もせず、ポケットから片手で握れる程のアイスピックを取り出した。
それを晴に渡し、「ま、頑張れよ」と穏やかな声をかけた。
晴は何気なく思ってたことを訊こうとしたが、咄嗟にそれが自分の武器だと知り、言葉を殺した。
7人がくじを引き終わり、倉庫の片付けを始める神倉。
そんな神倉に葉月が震えた声で話しかけた。
「あの…さっきの、冗談ですよね?」
「何が?」神倉が聞き返す。
「だから…その、死人が出ちゃうとか」
らしくない口調をする葉月。
神倉は葉月と目も合わせず、自分の銃をハンカチで念入りに擦りながら言った。
「お前等にはしっかりと正真正銘の凶器を渡した。そいつで他のチームメンバーを殺せ。勿論俺等も他のチームから命を狙われるだろう。
制限時間なんてものは無い。仲間の顔は全部覚えてるだろう?そいつら以外は絶対に殺すんだ。やらなきゃ本当にやられるぞ」
いきなりのルール説明、そして非常に信じ難い悪夢のような内容に一同は口をポカンと開け、呑み込もうとしない。
「嘘だ嘘だ…そんなの有り得ない」
大樹が作り笑いをしながら言い聞かせるように呟く。
だが、次の瞬間、外から激しい銃撃音と人の悲鳴が聞こえた。
嫌な予感する。
とても恐ろしいイメージがメンバーの頭をよぎる。
「この部屋もいずれ見つかる。そろそろ出かけよう」
神倉が銃弾を自分の銃にセットし、コートを着直した。
突然過ぎる指令に怯える直人達の固まった足を、力強い神倉の声が動かす。
インターネットサイトのオフラインイベント。その最後を飾るシークレット・ゲーム。
それは、本物の凶器を使わせ、かつてのユーザー同士を殺し合わせる脅威のサバイバルゲーム。
当然直人達は未だにこのゲームの事実を信じようとしない。信じたくなかった。
そして今は、事実を知る為に、ただ神倉を追うことしかできないのであった。
「ちょっと出遅れたな。急ぐぞ!来い!」
走り出す神倉。奥へ進む度に耳に入る銃撃音や、聞いたことのない爆音が大きくなる。
いずれ聞き慣れる耳障りな音。
耳を塞いでいる余裕は、とうに無い。
一番奥に座っている奈月のもう1歩後ろから、いきなり見知らぬ女性が姿を見せぬまま言った。
7人は驚き、思わず声のする方向へ首を曲げた。
すぐ近くでいきなり呟かれた奈月は、思わず葉月のところへと駆け込んだ。
「あぁ、まあ当然か。こんなに暗いんだもんね。でも、気配で気付いてはくれてるのかと思ったわ」
女はそう言うと、窓から日の光がわずかに射す場所へと移動し、その姿をさらした。
ファッションモデルのような細い体格に、髪はブロンドのロングストレート。
パンクな黒いデニムには幾つもの穴が開いており、ベルト辺りからシルバーのスカルチェーンが垂れている。
年齢は20歳前後だろう。
女はそのまま歩き、直人の隣に座ると、持っていた煙草に火を点け口に銜えた。
直人と目が合うと、女はにっこり笑い、「私は楓。百合野楓よ。宜しくねお兄さん」
「どうも…上原直人っていいます。楓さんもこのゲームに?」
「ええ」
そう答えると楓は顔を正面に逸らし、口からふーっと、煙を出した。
「楓さん。このトラックの運転手、私達への扱いちょっと酷くないですか?」
真由が愚痴をこぼすように言った。
「そう?どうしてからしら」
楓が首を傾げた。
「だって私達を急に放り投げるんですよ!それもこんな薄暗い二台に!」
真由が楓にあたるように言い放った。
その言葉に楓はどうでもよさそうな顔をしていた。
しばらくして口から煙草を離し、真由の顔を見つめた。
「えっと…お嬢ちゃんなんてお名前?」
「え…天童真由です」
ほんの少し嫌味っぽく聞こえた真由はむっとしながら答えた。
「真由ちゃん?私はね、別にそんな仕打ち受けちゃいないわよ」
楓はそう言うと、直人の肩にそっと手を置き立ち上がった。
そして吸い殻を床に落とし、物臭にそれを踏みつけると、何も言わずに暗闇の方へ戻って行った。
直人はただじっと、踏まれて潰れたその吸い殻を見つめていた。
しばらくして、長い走行をしていたトラックがようやく止まった。
どうやら目的地に着いたようだ。
大樹や葉月は疲れて眠っているが、直人と晴だけは起きていた。
ガラガラと、二台の鉄扉がゆっくり開いてゆく。
少しずつ開くごとに、光が射して周りが明るくなっていくのが分かる。
直人と晴、そして後から起きた5人も、その光景に目を丸くした。
なんと、自分達と楓以外にも沢山の参加者が乗っていたのだ。
その数は7人。直人達と同じメンバー数だった。
彼等は走行中、1人も口ひとつきいてないらしい。
瞬きもせず、目を見開いている者もいれば、なにかに絶望したように暗い表情をしたような人間もいた。
その不気味さに、直人は思わず唾を飲んだ。
鉄扉が完全に開かれ、外に出るように指示される。
男の態度は相変わらずだった。
外に出るとそこには、人も街も無い。岩と木だけが並ぶ湿地の森だった。
楓を除いた全ての者が驚きのあまり周りをきょろきょろ見回す。
辺りには、黒いスーツにサングラスをかけた男性が何人もこちらを監視するように見ている。
一体何が始まるというのだろうか。
その時、1人の係員がメガホンを持ち、指示を出した。
「それではチーム530の方々、あちらの係員についていってください」
それを聞いた楓は、残りの7人を引き連れ指示通りに動いた。
直人達はただじっとしている。
メンバーの顔に、不安が浮かび上がる。
「続いてチーム333の方々はあちらの係員へ」
だが、誰も動かない。
「どうするの?私達。楓さんもどっか行っちゃったよ」
葉月が言った。
すると直人が頭をかきながら、「ちょっと訊いてくる」と言って場を離れた。
そして直人が近くに居た係員に話しかけようとした瞬間、一人の男が直人を呼び止めた。
「おいお前。どこ行くんだよ」
直人は男のこもった声に振り向いた。
男は夏にも関わらず、長袖のジャケットに黒いマフラー。
手はポケットに入れているが、わずかに見える手首を見る限り、皮の手袋をしている。
風邪気味なのか、マスクまでしており、更には茶色の前髪も鼻の辺りまで伸びていた。
「全然顔が見えないな…。あなたは誰ですか?」
晴が男に問うた。
男は見下すように瞳だけを晴の方に動かすと、ゆっくり口を開いた。
「神倉史也。お前等7人をまとめるチームリーダーだ。宜しくな」
その言葉に7人は当然ながらの疑問を抱いた。
「チームリーダー?なんですかそれ?…そもそも一体これはどういう状況なんです?」
大志が少し困った表情で訊いた。
神倉はその質問には何故か答えず、深くため息をつくと、メガホンを持っている係員の元へ向かった。
「チーム333だ。全員ちゃんと居る。どいつへついて行けばいいんだ?」
7人の疑問もそっちのけで、何やらどこかへ向かおうとしている。
スーツ姿の係員が現れ、神倉が黙ってついていく。
そして、ただ立っている直人達に気付くと、その足を止め、振り向きざまに言った。
「おいコラ、ぼーっと突っ立ってないでよ…ついてこいや」
神倉が振り向いた時のその目つきは、何故かギラリと光り、獣のようだった。
どうすることもできない直人達は神倉について行った。
係員について行く神倉の後をおどおどしながら追って行く7人。
普段うるさがられている真由でさえ黙りこくっている。
ガサガサと、生えている野草が膝に当たる。
歩いている内に、雑草程度の高さしか無い草がいつの間にか膝に触るまできていた。
無心だったのか、雑木林に入ったのは分かっていたが、かなり深部まで進んでいたのには気付かなかったようだ。
次第に足の疲れに気付き始める7人。
すると係員が足を止め、こちら側に振り向くと、神倉に鍵を渡して立ち去っていった。
目の前には目的地と思われる小さな木造の小屋があった。
「よしお前等!着いたぞ。入れ。」
そう言うと神倉は小屋の鍵を使い扉を開けた。
7人は何も言わず少し戸惑いながら入室した。
「今明かりを点ける。椅子はそこのテーブルのを使ってくれ」
小屋に入ったにも関わらず、ジャケットもマフラーも取らない神倉。
そして慣れた手つきで1つだけ吊るしてある豆電球を照らし、ランタンを取り出してはマッチで火を点けた。
真由と大志と奈月は椅子に座ってため息をつきながら天井を見上げ、疲労を訴えた。
直人と大樹は腕を組みながら神倉が話し出すのをじっと待ち、葉月は明けた小窓から顔を出している。
しばらくして神倉が一番大きな椅子にドンと座り、落ち着いた口調で話し出した。
「よしお前等、長旅ご苦労。良い運動になったんじゃないか?」
その言葉に気付きはするもの、振り向く者はいない。
神倉はそんなこともお構いなしに話し続ける。
「それじゃあちょっと休んだらシークレット・ゲーム開始だ。最後なんだから存分に楽しんでくれよ」
「ちょっと待って…。ずっと気になってたんですけど、シークレット・ゲームの内容が、プログラムにも未記入なのでよくわからないのですが」
大樹が首を傾げながら言った。
神倉は何も言わずに椅子から立ち上がると、上部に腕が入るほどの穴が開いた箱を取り出した。
そしてそれを大樹の方へ近づけ、腕を穴に入れるよう指示した。
「シークレット・ゲームをより楽しくする為のくじ引きだ」
神倉はそれだけを言った。
大樹は物臭に手を穴の中に入れ、数字の書いてある紙を1枚引いた。
「4等です」
大樹は赤のペンで4と書いてある白い紙を神倉に見せた。
それを見た途端、神倉は室内の隅にある倉庫の鉄扉を開けだした。
鈍い音を響かせながら開いたドアの奥はよく見えない。
神倉は中に入るや、手探りに何かを探しだす。
「4番はこれだな。よっこらしょ」
独り言を呟きながら神倉がなにかを運んできた。
大樹に手渡されたのはずっしりと重い鉄の塊だった。
「これはモデルガン?それにしてはかなりの重量だけど」
大樹が両手で抱えるように見て言った。
「違うさ。それは正真正銘本物の機関銃だ」
「え?」
神倉の言葉に大樹だけでなく、室内にいる全ての人間が振り向いた。
すると神倉は大樹からその機関銃を取り上げ、慣れた手つきで銃弾のようなものをつめる。
そして近くの窓ガラスに銃口を向けると、引き金を引いた。
ガシャンと、喧しい程の爆音を上げながら綺麗にガラスが一瞬で粉々になった。
奈月が突然の出来事に思わず耳を塞ぐ。
更には近くで発砲された大樹は尻餅をついて、ポカンと口を開けている。
直人や大志も唖然とし、一瞬の爆音によって長い沈黙が生まれた。
神倉が機関銃を大樹に返す。
大樹は表情一つ変えず、ただ受け取るだけだった。
「ほれ、これも付属品な」
そう言って、大樹のもう片方の開いた掌に銃弾がたっぷり詰まった箱を手渡した。
その時、晴が震えが混じった声で話しかけた。
「本物の銃だってことは判ったよ神倉さん。まさかそれを使って的を打ち抜く銃撃ゲームでもしろと?」
神倉は腕を組んで言った。
「お前凄いな。よく察してくれたよ。勿論君達全員がこれからくじ引きをして、当たった武器を使いゲームをするんだ」
神倉の硬い表情が、不気味な笑顔に変わってゆく。
目が合った晴はその禍々しい笑顔に思わず怯み、目を逸らす。
くじ引きは快調なテンポで次々に行われた。
大樹同様、直人、大志、真由も同じようで全く違う種類の短銃や機関銃を受け取った。
そして、葉月が受け取ったのは見たことのない異様な短剣だった。
これで5人。晴と奈月だけがまだくじを引いていない。
どこか冷たい眼差しで奈月を見下すかのように、神倉がくじ引きの箱を手元に近づける。
「あの…まさか怪我とか痛いのとかないですよね。このゲーム」
奈月が作り笑いをしながら神倉に問いかけた。
「怪我か…。そんなもので済むならむしろラッキーだよな。まぁ、あんな武器をかっとばすんだ。死ぬだろ、何人かは」
その言葉は、奈月だけでなく、他の6人の背筋をも凍らせた。
「ちょっと待てよおい!何言ってるんだよ!」
思わず動揺する直人は声を張り上げた。
「え!何よそれ!冗談じゃないよ!」
真由も思わず叫ぶ。
だが、神倉は直人達に言葉1つ返さず、くじ引きを続行させる。
奈月は震えた手でくじを引き、神倉に渡す。
「7番は、こいつだな」
そうして奈月に渡されたのは、銃でも短刀でもなく、頭に装備する暗視ゴーグルだった。
直接物を傷つけたりするものでないことを知った奈月はほっとしたのか、表情を緩める。
「さぁ、ラストだぞ」
神倉が、晴に箱を近づける。
晴はやけになったのか、面倒臭がっているのか、誰よりも積極的にくじを引く。
そして、底の方の紙を取るなり神倉に見せつけた。
神倉は長い前髪からチラっと見える目を細め、ため息をついた。
「お前さんは随分運が悪いようだ。そいつは残念賞だ」
そう言うと、神倉は倉庫に移動もせず、ポケットから片手で握れる程のアイスピックを取り出した。
それを晴に渡し、「ま、頑張れよ」と穏やかな声をかけた。
晴は何気なく思ってたことを訊こうとしたが、咄嗟にそれが自分の武器だと知り、言葉を殺した。
7人がくじを引き終わり、倉庫の片付けを始める神倉。
そんな神倉に葉月が震えた声で話しかけた。
「あの…さっきの、冗談ですよね?」
「何が?」神倉が聞き返す。
「だから…その、死人が出ちゃうとか」
らしくない口調をする葉月。
神倉は葉月と目も合わせず、自分の銃をハンカチで念入りに擦りながら言った。
「お前等にはしっかりと正真正銘の凶器を渡した。そいつで他のチームメンバーを殺せ。勿論俺等も他のチームから命を狙われるだろう。
制限時間なんてものは無い。仲間の顔は全部覚えてるだろう?そいつら以外は絶対に殺すんだ。やらなきゃ本当にやられるぞ」
いきなりのルール説明、そして非常に信じ難い悪夢のような内容に一同は口をポカンと開け、呑み込もうとしない。
「嘘だ嘘だ…そんなの有り得ない」
大樹が作り笑いをしながら言い聞かせるように呟く。
だが、次の瞬間、外から激しい銃撃音と人の悲鳴が聞こえた。
嫌な予感する。
とても恐ろしいイメージがメンバーの頭をよぎる。
「この部屋もいずれ見つかる。そろそろ出かけよう」
神倉が銃弾を自分の銃にセットし、コートを着直した。
突然過ぎる指令に怯える直人達の固まった足を、力強い神倉の声が動かす。
インターネットサイトのオフラインイベント。その最後を飾るシークレット・ゲーム。
それは、本物の凶器を使わせ、かつてのユーザー同士を殺し合わせる脅威のサバイバルゲーム。
当然直人達は未だにこのゲームの事実を信じようとしない。信じたくなかった。
そして今は、事実を知る為に、ただ神倉を追うことしかできないのであった。
「ちょっと出遅れたな。急ぐぞ!来い!」
走り出す神倉。奥へ進む度に耳に入る銃撃音や、聞いたことのない爆音が大きくなる。
いずれ聞き慣れる耳障りな音。
耳を塞いでいる余裕は、とうに無い。