出会いは春先だった。
 それは柔らかな光を受けて淡く輝いていた。
 女性の腰を思わせるやさしいフォルム。
 静寂と孤独、悲しみと慈しみを混ぜこんだような、淡い水色。
 わずかに触れた指に、ひんやりとした陶器の感触が伝わってきた。
 一目見て心惹かれたその壷の前のパネルには、
「タイトル:君が見た空の色/製作者:水無月 涼一」
そう書かれていた。


 手帳の切れ端には、11桁の番号が書かれている。090から始まる携帯番号だ。昨日、美穂がわざわざ調べてきてくれた電話番号。それはあの「君が見た空の色」とタイトルのついた壷を造ったひとにつながっている。
 「澪、あの壷気に入ったんでしょ?だったら造ったひとに売ってもらえないか交渉してみたら?」
 そう言って、美穂は私にメモをくれたのだ。
 美穂の通う美大の卒展であの壷に出会ってから一週間がたっていた。
 あの時、私は壷に見とれたままで動けずにいた。視界には他のものは入らず、ただ世界に私と壷だけがいて向かい合っているような錯覚におそわれた。
 しばらくして、一緒にいた友人たちにせかされて、私はしぶしぶその場を離れたのだった。友人たちが他の作品を見ている横で、私はぼんやりとあのつぼのことを考えていた。三日経っても、あの壷のことを忘れらなかったので、悩んだあげく、美穂に相談してみたのだ。
 それにしても……。
 私は一つため息をついた。ただでさえ電話は苦手なのに、話したこともない、しかも男のひとに電話をかけるなんて、考えただけで手のひらが冷たくなってしまう。さっきから番号を入れては消し、入れては消しを繰り返して、なかなかかける覚悟が決まらない。やっかいなものだ。
 あの壷を造ったのはどんなひとなのだろう? 突然電話をかけて迷惑じゃないかしら? それともやっぱり造ったものを欲しいと言われたら嬉しいものなのだろうか? あれだけ、優しい感じの作品を作るひとだから、きっと意地悪じゃないはず。きっと、そうだ。大丈夫、大丈夫……。
 そう言い聞かせて、私はおもいきって発信ボタンを押した。
 プ、プルルルル、プルルルル……切ってしまいたい衝動と戦いながら、息を殺してコール音を数えていると、五回目の途中で相手が出た。心拍数が一気に跳ね上がる。
 「はい、もしもし?」
 すこしいぶかしげだが、柔らかな声が応じる。
 「あ、あのっ……私、城間澪と申します。あの、水無月さんでしょうか?」
 「はい、そうですが」
 「あの、とつぜんすみません。うるま芸大の卒展で水無月さんの造った壷を見つけて……それであの……ご迷惑かと思ったのですけど、あの……」
 受話器の向こうの相手が、少し笑った。
 「大丈夫ですよ、そんなに慌てなくても。城間さん……でしたっけ?」
 「あ、は、はい。ありがとうございます。そ、それであの……壷って売っていただくこととかって出来るのでしょうか?」
 思い切って一気に言うと、受話器の向こうに一瞬、沈黙が落ちた。
最終更新:2006年07月23日 18:20