とことこと先生の後をついて歩きながら、私は先生をじっと見つめた。  

 三沢先生は、背が高い。たぶん一八○センチは越えているんじゃないかと思う。肩幅もひろくてがっしりしている。そのせいか、一五七センチしかない私は見上げるたびにちょっと威圧感を感じる。まぁ、威圧感を感じるのは体型のせいだけではないだろう。口調が丁寧なわりには結構皮肉屋で、宿題やテストに関してもわりと厳しい、ということも関係していると思う。
 でも授業中以外は、とてもやさしい顔で笑うことを私は知っている。


 国語準備室に入ると、他の先生たちはまだ戻ってきていなかった。三沢先生と二人きりなんだと思うと、どきどきする。
「先生、ノートは……」
「あ、机の上に置いてください」
 さっきよりひどくなっているような咳をしながら、先生が言った。
 先生の机の上には、写真が飾ってある。奥さんと子供と三人で写っている写真。子供の幼稚園の入学式に撮ったものらしい。
 まだその写真を見るのは慣れない。ちくちくと胸が痛んで、私は写真から目をそらして言った。
「あの……先生」
「なんですか?」
「風邪ひいてらっしゃるんですか? 大丈夫ですか?」
「はぁ、息子が幼稚園でもらってきまして……僕にもうつってしまったようです」
 そこで先生はクシュンとくしゃみをした。
「ああ、失礼」
「いえ……あの、私のど飴持ってますけど、よかったら」
「あ、ちょうど切れていまして。いただきます」
 私はポケットから二つのど飴を取り出して、先生に手渡した。
「どうぞ」
 冷え性気味の指先が、かすかに先生の手に触れる。先生の手は暖かかった。
「あ、ありがとうございます」
 授業ではあまり見せない笑顔に、私は嬉しくなって笑顔を返した。
 風邪をひいている先生に、私は、先生の奥さんがしてあげれるように、看病してあげることはできない。先生がきついときに、授業を休ませて帰してあげることもできない。
 でも。
 今この一瞬だけでも、先生の喉の痛みを少しだけ和らげるお手伝いができた。そのことが嬉しかった。
「早く治してくださいね」
「そうですね。最近は寒いですから相原さんも気をつけて」
「はい」
「そろそろ教室に戻ったほうがいいですよ。次の授業に遅れます」
「そうですね……では、失礼します」
 会釈をして私は外に出た。そっとさっき先生の手に触れた指さきをにぎる。
 叶わなくても。
 伝えることが出来なくても。
「先生のことが好きです」
 小さく呟いて、私は教室へ向かった。

最終更新:2006年07月23日 18:23