廊下を少し早足で歩いて教室へ向かっていると、優樹くんがこっちへ歩いてくるのが見えた。
「どうしたの?何か今から先生に用事?」
あと五分で授業が始まるのに。そう思って聞くと、優樹くんは少しだけ怒ったように首を振った。
「ちがうよ。透子さんが遅いから……呼びに来たんだ」
「わざわざ?」
「だって透子さん、皆出席狙ってるっていってたじゃないか。授業に遅刻したら、今までの苦労が水の泡だよ」
「そんな……大丈夫だよー。ちゃんと時間考えるって」
「そうかな……」
「ん?」
私が首をかしげると、優樹くんはいかにもさりげなさそうに、でも意地悪な気持ちがこもったような目で、私を見ていった。
「だって透子さん、三沢先生のこと好きでしょ?」
「……えっと」
しばらくの無言のあと、出てきた言葉はあまりにもありふれたものだった。
不意打ちだった。
おかげで否定するタイミングを逃してしまったじゃないか。
「……やっぱり」
「かま、かけたの?」
言ってから、これでは認めたと一緒だと思ったけど、もうばれてるみたいだから仕方ない。
「まぁ、八割くらいは確信あったけどね」
「なんで……」
「あ、透子さん授業始まる。もう行かないとね」
私の言葉を封じるように優樹くんは時計を見てそう言うと、先に立って歩き出した。
「え? ばれた?」
お昼休み。
ぼそぼそと弁当を食べながら、真奈に現国のあとの話をしてみると、かなり驚いてそう聞き返してきた。
「うん……」
「どうりで今日は……いつもはご飯時間になるとすごく喜ぶのに」
「今は関係ないでしょ!」
「ごめん、ごめん。で、誰に?」
「……優樹くん」
「優樹って、井川優樹?なんでまた?」
「わからないよ……教えてくれなかったし」
バレバレの態度は取らないようにしていた。あくまで先生に憧れているその他多数(先生はあれで結構人気がある)と同じように振る舞ってきたのだ。いつも一緒にいる真奈だって、私が先生に対して真剣に恋していることを気づかなかった。半年悩みに悩んで、やっと真奈にだけはうちあけたのだ。
「うーん……でもまぁある意味で優樹ならわからなくもないかな」
背中の中ほどまでもある長い髪をいじりながら、真奈が言った。
「なんで?」
「カンだけどさ……」
「うん」
「あくまでもカンだよ?」
「うん」
真奈はあいまいなことをまるで事実のようにいうことを、すごく嫌う。噂も嫌いだ。
「優樹はたぶん、透子のことをすきなんだと思うんだよね」
「……は?」
なんだ? 今日は厄日か? ビックリさせられ日?
「考えたこともない?」
声も出ず、がくがくととりあえず首を振る。
「透子は自分の好きな人以外は、まったく見えてないもんね」
ため息をついて真奈があきれたみたいに言う。
「そんなことは……ある。かも」
「でしょ?」
でも、優樹くんが私を好きなんてことは……考えたこともない。
優樹くんは誰に対しても優しいのだ。
重たいものを持ってくれたり、掃除の手伝いを率先してやってくれるっていうのはみんなにもやっている。
「まぁ、たしかに優樹は誰にでも優しいけどさ」
でも真奈が言うってことは、ある程度確信があるっていうことで。
「混乱してる?」
「うん……」
ぐるぐるになって机に突っ伏している私を見て、真奈がちょっと面白そうに笑う。
「うう~」
「まぁ、私も本人に確認したわけじゃないからさ」
「うん」
「でも、優樹なら透子のこと大事にしてくれると思うよ」
確かにそうかもしれない。でも、私が好きなのは三沢先生なのだ。
午後の授業も集中できなかったのは言うまでもない
最終更新:2006年07月23日 18:24