29-336「キョンが塾のテキストをもっていない理由その2」

「佐々木、なんか近頃顔色がすぐれないな。何かあったのか」
「キョン。四六時中一緒にすごしていて、何かあったのかとはごあいさつだな」
「いや、だからだよ。同じメシ食って同じ部屋に寝てて、俺は以前よりすっかり体調も快調なんだぜ。
おまえん家は夜の騒音もないしジャレてくる妹もいねーし、環境は問題ないはずだしさ」
「環境というがねキョン、環境には主観的環境と客観的環境というものがあってだね。
キミが言うのは客観的環境、つまり物理的な事実にすぎないのさ。
それとは別に個々の感性がとらえる主観的環境というものがある。
僕のそれとキョンのそれが同じであると決めてしまうのはいささか早計と思われるのだが」
「つまり俺と佐々木の見ているものが違うというのか」
「今日はなかなかものわかりがいいね、キョン」
「確かに同じフロ、同じトイレを使っちゃいるけど、一緒に入ってるわけでも様子を見てるわけでもねえしな」
「////////」

「お、おい、佐々木、顔真っ赤だぞ、やっぱ熱でもあるんじゃないか?」
「…す、すまない、キミのあまりにすばらしい応答に
僕はずっこけていいのか想像して恥じらっていいのかはかりかねた」
「ちょっとオデコ出してみろ。熱があるか比べてみよう」
「わ。わわっ。キョンやめてくれ、顔が近すぎるじゃないか。違うんだ、僕は寝不足なだけだ」
「そうか?静かでよく寝られる部屋だと思うんだがな。それに部屋の主のお前をフトンに寝させて
俺がベッド使わせてもらうのも図々しいと思ったから、交互に使うことにしたじゃないか。
どっちも寝心地は抜群だったぜ」
「キョン。キミはその、僕の寝たフトンを使うことに何か思うところはないのかい?
僕がキミの寝たベッドに寝ることになにか感じることはないのかい?」
「そりゃまあいいニオイはすると思うけどさ」
「////////」
「そうか、ひょっとして俺の体臭が気になるんだな?」
「そ、それはない、そんなことはないよキョン
キミは客観的環境にはなかなか気が回るようだけど,主観的環境には」
「結局その主観的環境って何なんだ?」
「僕に言わせるのかい。いいだろう。気持ちさ。同じ時間でも楽しい時はあっという間にすぎさり
辛い時や退屈な時はなかなか時計の針がすすまない。同じ客観的環境でも気持ち次第で
全然かわる、それが主観的環境の違いということさ」
「つまり俺が佐々木の気持ちをちっともわかってない、だから寝不足の原因も解らないというのか」
「ありていにいえばそうなるね」
「人を情け知らずの冷血漢みたいに言うな。俺だって佐々木の気持ちにくらいなれるさ。いいか、
いつもは自分ひとりだけの寝室に、同級生が泊まる。眠れない。さあ、それはどんな気持ちだろうな。」
「うん」
「ましてそいつは男だ。しかも別の部屋でなく、一緒の部屋だ。」
「うんうん」
「そいつは自分のことなど気にとめもせず、きもちよさげにグウスカねてやがる」
「うん」
「! …佐々木、わかった。俺はお前に怒られて当然なやつだ。すまんっ!
今度からはお前にそんな思いはさせない。お前が毎夜どんな気持ちで横になって
そして眠れずにいたかなんて、ちっとも考えやしなかったよ。俺ってなんてひどいやつなんだろうな!」
「えっ、あ…」
「だけどな佐々木、だったら一言言ってくれよ。言いづらかったら遠回しにでもさ」
「僕の方から言わせるのかい。こういうことはね、態度から察するものだよ。だがいいさ、
キミが今、僕の気持ちに気付いてくれた瞬間の、キミの気持ちの昂ぶりだけで十分報われた」
「それじゃ俺の気持ちが済まない。今日はちゃんと行動で示すから。」
「キョン…」
「だから、佐々木は今日はこのまま先に帰っててくれないか。俺はちょっと寄ってくとこがあるから」
「晩ごはんには遅れそうかい?」
「いや、すぐすむと思う。俺はチャリだから佐々木の家までには追いつくかもしれん」
「わかった。じゃ先にかえってるから」
「ああ、じゃあな。  さて、この近くの薬局ってまだ開いてるよなぁ…コンビニでも売ってるかな…」
(!!えっ!?キョン、それにはもう少し踏むべき段階があるだろうっ…ドキドキ)
「今日も遅くなったなぁ。じゃあそろそろ…」
「わっ、待ってくれ、僕…わたしはまだ心の準備が」
「準備なら万端さ。ちゃんと売ってたしな。今日はちゃんとこれをつけるからさ」
「…キョン。こう言ってはなんだが、もっとムードというものも考えて発言してくれないか
こう見えても僕…わたし…は、そのう、ロマンチックなムードを好まないわけではない女の子…」
「これをこうハメてさ。これでもう大丈夫さ。今日からは安眠だぜ、佐々木。
いやしかし、俺がイビキうるさかったとは。自分では解らんもんだね。」



目がさめると佐々木は珍しくもう部屋にはいなかった。
リビングで佐々木の家族に挨拶する。どうも佐々木の態度がそっけなく、
なんだか視線を合わせてくれない。良くみると寝不足らしく目が真っ赤に充血している。
しまった、どうも寝る間際の記憶がないのだが、せっかく買ったイビキ防止の鼻クリップを
はめ忘れて寝ちまったのかな。あれだけ宣言したってのになんてこった。
そりゃ佐々木も怒るだろうよ。
あと何だか頭がズキズキしたりほっぺたがヒリヒリしたりする。
そういえばとても厄介な騒ぎの当事者になってしまった夢をみたような気がするが
その影響かもしれないな。

 

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最終更新:2008年02月16日 10:35
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