67-82「キョン、リヤカーと言えばだが」

「ところでキョン、リヤカーはあるのに何故フロントカーはないのだろう」
「そりゃ引っ張る方がラクだからじゃないか?」
 実際に引いてみたらなんか解る気がするぞ。
 直進だって曲がるのだって大変だろう。

「くく、やはり経験に勝るものはないね」
「出来れば得たくなかった経験だがな」
 リヤカーを引っ張りながら軽口を叩き合う。
 九月とはいえまだ気温が高い。夏服だってのにとっくに汗でびっしょりだ。

「ちなみにリヤカーの起源とは、いわゆるサイドカーにあるという説が強いらしい」
「サイドって言うとバイクの横についてるアレだっけか?」
「そうだね」
 リヤカー後部から佐々木のうんちくが始まった。
 というか関係あるのかそれ?

「要するに荷台さ。それに日本古来の大八車が融合したらしいね」
 バイクの積載力を増やすべくサイドカーが考案され、更にそのサイドカーをヒントに、当時として高価なバイクを使うのではなく
 安価な自転車でも引ける荷台を考案、その際に大八車が取り入れられてリヤカーが誕生した、と。
 サイドカー由来だから自転車牽引用であり、そして大八車も取り入れられているから

「そう。こうやって人が引っ張るタイプもあるのさ」
 中学の授業、奉仕活動の一環として、俺達の班は廃品回収の手伝いをすることになった。
 そこで二人一組をつくりゴミをリヤカーで運んでいる訳だが、受験で忙しい三年にまで奉仕活動の授業をやらせる辺り
 ウチの中学は進学校とは縁の遠い代物なのだと断言できるな。
 せめて三年だけでも除外してくれればいいんだが。

「まったくだ。しかし先生方にも思惑があるのだろうさ」
「どんな解釈すればいいんだよ」
「うん、たとえばの話だが」
 リヤカーの後ろから数瞬の間。
 俺が主力として牽引し、後ろから佐々木が補助として押す格好なんでな。

「それこそ高校で進学校にでも進んでしまえばこんな授業などないだろうし、あるにしても格段に減るだろうからね」
「平凡な中学は中学なりに、経験だけでも積ませときたいってか」
「かもしれないね」
 進学校、か。

「なあ佐々木」
「そうだね」
 俺の言葉の半ばほどで、佐々木が一人で頷く気配がする。
「進学校に進む以上、僕はもう当分こんな経験をする事はないのかもしれないね」
「そうだな」
 少し前、あの、にわか雨の振った日の翌日だったか。
 佐々木は進路を市外の進学校に決めた。俺は平凡に北高だ。こいつとこうして過ごすのも、そう先が長い話ではないと確定した。

「くく、まあこの経験もまた稀有な経験じゃないか。キミだってそう慣れている訳ではないようだし」
「当たり前だ。リヤカーを引くなんざ俺だって初めてだ」
 俺の思考を遮るように佐々木が笑い、俺は軽口を返した。
 それがお気に召したらしく、なおも笑声が届く。

「なあ佐々木」
 ところで気になったんだが。
「なんだいキョン?」
「オチはなんだ?」
「オチ?」
 俺の当然の質問に、疑問符が付いた気配が返ってくる。
 いや佐々木、お前大抵こういう話にはなにか思うところを付け加えてくるじゃねえか。
「改めて言われると困るね。まあ、あえて言うならくらいの話ならあるが」
 なんだよ。出し惜しみするなんてらしくねえな。

「僕は」
 珍しく躊躇う気配がする。
「そう、僕はキミの役に立てているかい?」
「言うまでもねえし、そもそもこんなもんは一人で引っ張るのが定石だ。補助がついてるだけでもありがたいってもんさ」
「そうかい?」
 なお躊躇う気配がする。
 なんでこんなんに迷うのかね。

「それにな、一人でやるより、こうしてお前とバカ話でもやりながらの方が気が楽ってもんだしな」
「そうか。そうかな……おっともう少しだよキョン」
「おう」
 俺のダメ押しに納得したのか、後ろからリヤカーを押す力を強めつつ、佐々木は俺にはっぱをかける。
 しかしそれがいけなかった。

「いや待て! そこだ、そこだよキョン!」
「なに!?」
 火事場に大八車を引っ張る江戸っ子の如く加速したのがいけなかった。
 あいにくと目的地はもう傍だったのだ。

「おお!?」
「きゃっ……」
 急停止した結果、積んでいたガラクタが崩れて佐々木が右手を痛めてしまい
 受験生だというのにいらん苦労をかけることになってしまった。

 俺の苦い思い出の一つだ。
 高校二年の今でも、もしかしたらたまに夢にでも見ているかもしれないくらいにな。
 まあ俺はビューティフルなドリーム以外、起きればさっぱり消えてしまうタイプだから実際のところは判らんが。


「こんなところか。こんな感じでただグダグダやってただけだぞ?」
 そう話を締めくくろうとしたところ
「ちなみにこの話には後日談があってね」
「ああそうそう……っておい」
 と割り込んだ声があった。

「おいこら国木田。なんでお前がSOS団の部室にいるんだ」
「いやちょっと用事があってね。それより皆が聞きたそうにしているよ? せっかくだからアレも話したらどうだい?」
 いつもの飄々とした調子で続ける国木田。だがな。
「断固として断る」
「それでね」
「おいコラ!」

 その後、秀吉の一夜城の逸話もかくやという勢いで荷を片付けたキョンは、嫌がる僕をリヤカーに乗せて学校にとって返してね。
 急いで保健室に行かなければならなかったのも確かだが、いやアレは恥ずかしかったな。
 振り落とされまいと必死でしがみついていたのをよく覚えているよ。
 ま、得がたい経験だったのも確かだけどね。
 くっくっく。

「っておい佐々木!?」
「やぁ親友。実はちょっと用事があってね」
 ひょいと国木田の後ろから現れた人影が続けたっていうか、佐々木よ何故お前がここにいる!?
 つうかぺらぺらと余計な事を語るな親友!

 幸い、右手を軽くねんざしただけだったそうなのだが、一時的とはいえ聞き手を使えなくなった責任を取らされたキョンは
 翌日の学校で丸一日佐々木さんの右手の代わりをすることになってね。

「それこそ授業中から給食時間まで。ぴったり机を合わせてさ」
「おい国木田! お前は別のクラスだったのになんでそんなに詳しく知ってんだよ!?」
「いいからちょっと黙ってなさいキョン! 古泉くん?」
「お任せを」
 さるぐつわを噛ませられた俺の前でこれに留まらず次から次へと中学時代の俺のアレなエピソードが語られることになり
 国木田と佐々木が「SOS団特別外部協力者」という形で外部協力者に登録されたのはまた別の話。
 しかし国木田、なんでまた佐々木を部室に連れてくるような事態になったんだ?

「別に? 偶然校門でうろうろしてるところを見かけたものだからね」
 それから国木田は「心境の変化かな」と呟くと、秘密めかしてた笑みで付け加えた。

「困難に挑むと決めた者同士、ちょっとした親近感もあるしね」
)終わり

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最終更新:2012年05月29日 00:01
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