67-273「……そんなに妙な顔をしていたかい?」

「キョン、どうだい一口?」
「丁重に遠慮させてもらおう」
 塾帰り。珍しく俺の前を歩きながら、佐々木が飲みかけの缶コーヒーを差し出してきた。
 気遣いありがたいが、そいつはちょっと遠慮させてもらいたい。

「おや? 何か問題でもあったかな?」
「強いて言うならお前の顔だな」
「……キミは随分失礼だな」
 言って佐々木は片手で自分自身の頬を撫でる。
 ん? ああいや別にそんな意味じゃないぞ。すまんな、失言だ。

「造作がどうのじゃねえよ。むしろお前はハンサムな方だろ? そうじゃなくて表情の話だ」
「キョン、今日のキミからは次から次へと聞き質したい言葉が飛び出すね」
 佐々木は怪訝そうに眉をひそめ、くるくると細い指を回す。

「しかし佐々木よ。残念だが俺の口は一つしかないぞ」
「くく、流石の僕も増やしてくれとは言わないよ」
「むしろ俺としてはもう少し減らせと言わせて貰おう」
「くっくっく、さて何の事かな?」
「くっくっく、さて何のことだろうな?」
 口真似を試みながら、互いに明後日の方向を向きつつ脱線し放題に言葉を交わす。ま、冗談だがな。
 それは佐々木も解っているのか、いつものニヤリとした笑みに差し戻す。

「くく、ならば最初の質問に戻そう」
 言って缶を差し出す。
「どうだい一口?」
「だが断る」
「何故かな?」
「お前の表情だよ」
 斜め四十五度の角度で発した俺の否定を、佐々木は覗き込むようにして問いただしてくる。
 そうだな、そんな感じの表情だ。

「表情?」
「お前、それ飲んだときになんとも言えない顔してたぞ?」
「……そんなに妙な顔をしていたかい?」
 再び自分の頬を撫で、するりと流れるような仕草で俺の頬を引っ張ってきた。
 なにしやがる。

「僕だって年頃だよ? 妙な顔だのと言われば傷付くのさ」
「そいつはスマン。だがな佐々木」
 お前はいつもいつも笑ってるからな。そのお前が微妙な表情したらそれだけで目立つんだよ。
 一体どんな味だったんだろうなって邪推しちまうくらいにな。
「そうかな?」
「正直言うと、俺はお前の笑顔以外をロクに覚えてない」
「くっくっく。そうかい」
 佐々木に偽悪的な笑みが広がる。しかし俺は、その表情に、ふと疑問を抱いた。
 いつも笑ってばかりでいるこいつにだ。
「なあ、佐々木」
「なんだいキョン」

『お前、そんなに楽しいのか?』

 そう言いかけた俺に、佐々木はいつもの五割増しの笑顔を向けてきた。
 暗い街灯の下でもはっきりわかるというか、いつも笑っているくせに、まだこんなに笑顔のストックがあったのかと思えるような、
 俺の問いかけを発声前に無意味に帰すような眩しい笑顔は、ただ、それだけで答えになっていた。
 そう思ったって構わないだろ? そのくらいあいつの笑顔に曇りはなかったというか
 なんというか、そう、楽しそうだったんだよ。

「あの、な」
「なんだい?」
 なんとなく目をそらす。勿体無いような気もしたのは何故だろうね?
 ああ、やれやれ。やれやれだ。そう、いつか佐々木から伝わった言葉を脳内で呟くと、そっくり佐々木が返してきた。

「やれやれ。言いたい事があるなら明確に言葉にしたまえよ」
「まったく。やれやれだな」
 いつもの笑みに戻った佐々木が肩をすくめる。
 ああまったく俺達二人で何回やれやれと言ったのだろうね? 誰か数えてるなら構わんからそのまま墓まで持っていってくれ。
 別に俺は数えろなんて言ってないからな。
 やれやれだ。
)終わり

「ところで佐々木、それ何てコーヒーだ?」
「コカ・コーラ社のジョージアの一種。GEORGIA×RED UK-STYLEだね」
 ずいっと缶を押し出してきたので観念して受け取る。
 恐る恐る口をつけると、なんというか、これはなんというか変わった味がするな。

「ふむ。缶コーヒーに紅茶味の飴でも溶かしたらこんな味になるのかな?」
「そうだな、そんな感じだ」
 缶のラベルにはまさにそんな事が書いてあった。

「コーヒーと紅茶のブレンド。よってジョージア・レッド。という訳さ」
「なるほど。缶紅ヒーか」
「上手いこと言ったつもりかい?」
 いや別に。つうかどうやって俺の脳内当て字を一発で見抜いた。
「くっくっく、同じことを考えていたからだよ」
「お前な」

「妙な味なら人に寄越すなよ」
「妙な味だろうが、旨い味だろうが、きっと状況は変わらないよ」
 妙な返答を返してきたな。
「だってそうだろ?」
 にへら、と両方の口の端が広がる。
「旨かったなら僕はその喜びをキミと共有したい。妙な味ならそれをキミがどう感じるか聞いてみたい。
 僕の珍妙な思考をキミが共有してくれる時のように、僕は僕の感性をキミと共有してみたいと思ってしまった。それだけの話さ」
 言って缶を取り戻すと、残りを一息に煽ってからダストシュートに三点シュートを決める。

「それが今、僕にとって何よりも心地良い時間なのだからね」
「そうかい」
 佐々木の今にも零れ落ちるんじゃないかという笑顔を眺めながら、俺はベタでありきたりな返答を返す。
 とはいえ、そうだな。
 確かに悪くない。

 思えば六月頃だったか?
 俺が漫画やアニメみたいな非日常に憧れているのだと何となくボヤいた時
 佐々木は「それはエンターテイメント症候群だ」などとデッチあげの言葉を作ってまで俺をたしなめにかかった。
 その時は煙にまかれ、なんとなく丸め込まれただけだったのかもしれん。
 けどな。

「なんだい、キョン?」
「いや」
 ああそうだ。何も起こらない日々なんてやっぱり当たり前なのだ。けれどこんな日々が当たり前で平凡なのだと言うのなら……
 平凡な日常ってのも案外悪くないものなのかもしれん。
 少なくとも俺みたいな奴には相応に、いや。

「くく、おかしな奴だな」
 くつくつと佐々木は喉奥を振るわせる。
 その横顔は、やっぱりどこからどうみてもみても楽しげにしか見えない。
 佐々木はああ言ったが、さて、俺はこの笑顔に何%程度の貢献をしているのかね? とはいえこんな日々が続くなら

「悪くないなと思ってな」
「そうかい?」
 ああ、悪くない。
 日常って奴も悪くないのかもしれん。
 そう胸内で呟きながら、俺は自転車を押し、佐々木はその少し後ろを付いて歩く。
 いつもの日常を、俺達はいつもより心持ちゆっくりと歩いていった。そんなつまらんありふれた夜の話さ。
 やれやれ。


 んで翌日。
 黒板にデカデカとした俺と佐々木の相合傘が描かれ、あまつさえ「回し飲みだなんてラブいねっ!」などと添えてあったのは……
 まあいつもの事とは言わんがこれで何度目だ?
「まあ僕らの年頃にはよくある事さ」
「そんなもんかね」
「そんなもんだよ」
 なんたって俺らはボーイズ・アンド・ガールズ、まだ多感な中学生の小僧なんだからね。
 とはいつもの佐々木の弁である。

「しかし佐々木よ。その多感な中坊のお前は迷惑じゃないのか?」
「キョン、それは僕の表情から読み取って欲しいな?」
 そう言って、あの夜見せたのと同じくらい楽しげな笑みを返してくる。
 おい。不意打ちは止めろ佐々木。

 ……やれやれ。
)終わり

「で、キョン。一口どうだい?」
「佐々木。それは俺も知ってるぞ」
 緑をあしらった缶には俺もちょっと見覚えがある。
 それを聞いた時「さすがにあんまりだろう」と思ってしまったからな。

「くっくっく。その様子だと知っていたようだね。GEORGIA× 和-STYLEだ」
 じりじりと近寄るな。その缶を差し出すな。
「そう言わずにキミもどうだい? ほら」
「断固として断る!」
 コーヒーに北海道産生クリームをブレンドし、隠し味に京都産の宇治抹茶を使用したという噂のコーヒーを手に
 佐々木はいつもの偽悪的な笑みでにじり寄ってくるのだった。

「いやいや。そう言わずに一口いきたまえ。意外にイケるよ?」
「意外に、って冠が付いてる段階で難があるわ!」
 ええい妙な味をしめやがって。
 やれやれ。
)今度こそ終わり

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最終更新:2012年06月17日 23:06
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