「やあキョン」
「なんで人の部屋にいるんだお前は」
例によって妹に上げてもらったらしい。
「まったく、で? わざわざ来るとは何か緊急の要件なのか佐々木?」
「いや? 単に近くに寄ったものだからね」
そんな理由か。まったく、あの春先、あんな去り際したからこっちはそれなりに心配してたってのに。
まあSOS団に巻き込んでやるぜと息巻いた手前、そっちから来てくれるなら楽でいいがね。
意外に元気で良かったのか悪かったのか。
「せっかくだから押し倒そうかと」
「は?」
素っ頓狂な返事を返したのもつかの間、カバンを置こうと背中を見せていた俺に佐々木が寄り添ってきた。
背中いっぱいに温かく柔らかな感触が伝わり、腰には細い腕が回ってくる。
おいこら止せなんの冗談だ。
「酷いなキョン。あの二週間で僕の気持ちは理解してくれたんだろう?」
「……ならお前も俺の気持ちは理解してくれたんだろう?」
「その通り」
腕に力が篭る。
「だからと言ってだ。鈍感なキミ相手にたった二週間だけトライして、一年、いや二年に渡るこの想いを諦めろとは随分無体じゃないかい?」
背中越しだがなんとなく解る。絶対こいつはいつものシニカルな笑みを浮かべている。
浮かべているに違いない。
「それでもお前も納得ずくのはずだ」
いや、そもそもお前は俺にノイズを与えない云々じゃなかったのか。
「あーあー聞こえない」
「んな訳あるか!?」
っと振り向いた俺の唇に甘く柔らかな何かが触れる。
至近距離で見返してくるのは、いつものきらきらとした、しかしどこか俺を誘い込むような佐々木の瞳で。
「大体だね、本当に理解したのならなんでキミと涼宮さんの関係もそのままなんだい? ならば僕にも考えというものがある」
言って俺の足に足を絡め、身体をこの上なく密着させながら妖艶に微笑み、再び唇をふさいでくる。ええい何でふさがれたか何て聞くな。
俺だって精一杯だな、だからその目というか、俺は…………。
『ねえキョン』
『なんだ佐々木』
『わたしだって、本当に譲れないものの前でだけは、わたしに素直になりたい。それはダメなことなのかな』
「……むしろ、二年に渡り秘め続けた想いをようやくキミへと伝えられたのだ。今が一番の好機じゃないかな?」
事後、シーツだけを羽織って膝枕し、俺の髪を軽く手ですきながら佐々木は笑う。
お前どんだけアグレッシブになったんだよ……。
俺だって健康な高校二年なんだぞ。
「さてね? これも僕の閉鎖空間、つまり内面と、涼宮さんの内面が一時融合を果たした影響かな? ……ね?」
その視線の先に怒髪のオーラ、何故か誰かさんが立っていたのは言うまでも無い。
おい、なんでお前ら俺の部屋にワープのごとく来訪するんだ。
もしかして一ヵ月後の俺があの場に居なかった理由は。
いや、考えたくもないね。
だから誰かなんとかしてくれ。
例えば一ヶ月前の俺でも誰でもいい。頼むよ。
)終わり
「確かに僕は小学生時代の涼宮さんに憧れてはいたさ。憧れているさ」
それから数日、またも俺の自室で座布団に座って向かい合い、佐々木は抗議を再会した。
そもそもなんでここなんだ。
「けれど現在の彼女とはたった2度やりあっただけに過ぎない。
その後もキミと彼女の絆を見せ付けられた……というより、キミとSOS団との絆を見せ付けられた、と言ったほうがしっくり来るだろう?
第一、一年も連絡を断っていたんだ、その間の「空白」くらい承知の上じゃないか、その場で決着だなんて無体だよ。
関係はゆっくり熟成すべきだし、そもそも僕はそのままじゃ通用しないことくらい嫌になるほど解ってるんだ。
おまけに「選択」の際、涼宮さんを選ばなければ彼女は死んでいただろうというオマケ付きと来た」
矢継ぎ早な言葉の弾幕、佐々木らしくもない、諦めの悪さがたっぷり、感情たっぷりの言葉。
言葉も、行動も、佐々木らしくない。
「そりゃ僕は諦めてたさ。でもさ……」
声がしぼんでいく。
「……ちょっと、ズルくはないか」
けどな、佐々木。それはお前らしくないぞ。
お前は常に理性的にありたいんだろ? 自分の理性を感情で遮るような真似はお前らしくないぞ。
「それに今回の件はハルヒのトンデモパワー云々が絡んでるんだ。自覚した上でそれを持つなんて俺が考えたって気が狂うぞ」
お前だって言ったろ? 誰だって他人を一切恨まずには生きられない。そしてもし恨んでしまえばそいつにオートで実害を与えちまう。
ハルヒみたいに無意識の上でもああなんだ、自覚した上で「実際にそいつが傷付いていく」様を見ていくとしたら
それは絶対にお前の為にならん。お前自身を傷つけることになる。
それにだ。お前は努力を旨とする奴だろ。
何かに注力し勝ち取ろうとするたびに、オートで「それ」が手に入るだなんて、いずれはお前自身を壊しちまう。
お前が夢を、何かの概念や言葉を作り出して後世に残した言って夢を持ってることも俺は知ってる。
けれどその夢も、トンデモパワーは無意識に叶えてお前自身を台無しにする。
お前はそんなの望まない、俺はそれを知っているつもりだ。
「解ってる! 解ってるさ!」
「佐々木、逆ギレなんてらしくないぞ」
「解ってるんだよ!」
それでも佐々木は頭を抱え続け、感情を吐き出し続けた。
「僕にそれは合わない、それを無意識下とはいえ運用できる涼宮さんの精神が黄金である事もよくわかる。それは解るんだ」
ずいっと俺に指を突き立てる。人を指差すな。他でもないお前が前に俺に言ったことだろ。
「けれど、それでも、どんなにらしくなくったって、望んじゃいけないのか?」
「佐々木。お前はお前の夢があるんだろ」
「キョン、けれど僕はキミと一緒に居ることが僕の思考を止めないことも今回の件でよく解ったんだよ」
あの事件、他ならぬこの部屋での会話がフラッシュバックする。
「キミと一緒にいたって、情動的になったって、僕は僕の思考を止めることはないんだ」
「俺はお前の邪魔をしない。だから俺がいいのか?」
「そうじゃない、そうじゃないよ」
らしくもなく激しく頭を振る。
「あの雨の日、キミといると僕は僕らしくいられないと思った。けれどそれは間違いだった! だから」
「間違いをやり直したいのか?」
佐々木、それはお前らしくない。
お前らしく、ない。
「……僕が僕らしくあろうとするほど、僕は、僕は……」
言葉に詰まる。
けれど手を貸しやるべきじゃない。
妹に極極々稀にそうやるように、頭を撫でてやったりするなんて論外だ。
こいつが俺にそうしてくれたように、俺はこいつにノイズを与えるべきじゃない。こいつは自分自身で考えるのがベストなんだ。
でなければ、あの春の日の決断が嘘になる。
こいつの覚悟が嘘になる。
「……キョン。キミの持論はわかるつもりだ」
「そうかい」
「でもね、それなら僕の傍にいて結論を待ってくれるのも、僕へのノイズなんだぞ」
「……確かにそうだったかもしれんな」
だからお前は、俺の最後の決断を電話越しで済まさせたのか?
どこまでも「日常」の側に立って、非日常にいる俺を送り出してくれたのか?
俺の決断が、事件が終わるまで、直接的な言葉を送らずに、自分が女なんだって事を主張せずに、自分の家庭の事情さえ隠したのか?
ああそうだ。だから俺だってお前の選択を邪魔したくなかった。
お前の恋愛相談に、俺はノイズを与えるべきじゃない。
去っていこうとするお前を、止めるべきじゃない。
「……けどな、そうやって俺の選択を尊重してくれたお前を、少しでも気遣いたいと思っちゃダメなのか?」
「……それは僕へのノイズになる」
どちらからともなく、長い溜息が漏れた。
「それにだキョン。キミは既にノイズを与えたじゃないか。去り際の僕にキミはなんて言った?」
『あばよ親友、また同窓会で会おうぜ!』
「……キミは僕を引き止めなかった。それは僕の選択にノイズを与えるから。僕の傍にキミがいてくれたら、それだけでノイズになるんだ」
そうだろう? という目線で俺を見つめてくる。
「その仮定で考えたらなら、これは結構秀逸な台詞なのだぜ?」
「そんなたいした台詞かよ」
「たいした台詞だよ」
くつくつと喉奥で笑ってみせる。
「キミは『一人に考えたいならそうしろ、けれど再会しないってのはナシだ』って言ったのも同然だろ?」
「さてな。俺はただ思ったことを言っただけだ」
また長い溜息。
「……そんなキミだから、僕は頼るべきじゃない。それは僕らしくない。だから僕は想いを断ち切りここで退場すべきなんだ……」
徐々に頭を垂れ、力なく呟く。
そうだな。それがお前らしい結論だって俺にだって解るさ。
それがお前らしいってことだって。
「けどね!」
くわっとこちらを見る。おい空気を読め佐々木。
「そうやって全部こっちで飲み込んで、一人で勝手に退場して、一人で勝手に悲劇のヒロインぶって! あまりにも都合が良すぎだろ!」
「誰にだよ」
「誰にだろうね!?」
ふん、と明後日を向く。
「僕はキミに全部ぶっちゃけたい。喜びも悲しみも全部だ。演技も仮面もとっくに剥げかけているんだ
そうだよ、確かに嬉しかった、再会をキミが望んでくれたことが嬉しかった。でも本当に欲しかったのはそんな言葉じゃないんだ。
ただ、……またいつでも電話しろって言って欲しかったんだ」
高飛び前のように、すっと息を呑む。
「そうさ、僕は僕の決断に、キミのノイズを与えて欲しかったんだ」
矛盾した一言。
「そうだよ、きれいごとや言葉の飾りなんて全部取っ払おう。
要するにだ、想いを再確認して、幸せを改めて知って、改めて今度こそホントに捨てろって事かい?
僕には失敗をやり直すことも、振り返ることも、キミとただ笑って過ごす時間をほんの少しもらう事さえ許されないってのかい!?」
「そうは言ってねえ」
というかそんな事言ったらさっきまでの全部台無しじゃねえか。
「構うもんか、僕は、僕はただ」
座布団から膝を乗り出し、俺の襟元を掴んでくる。まるでハルヒがそうするように。
「僕はただ、こうしてキミと二人で語り合いたい、それだけでどこまでも笑顔でいられるんだ。それっぽっちも許されないのかい」
「……誰もそうは言ってないだろ」
「……言ったようなもんじゃないか」
再び、ぺたりと座布団に戻る。
「……やっぱりズルいよ。あんな決着」
「佐々木、それはお前らしくないぞ」
それからしばらく、延々とループする言葉を俺は佐々木と繰り返した。
ああ今回は押し倒されなかったぞ? まあ……いや、まあ。
そうだな。俺はあの春の事件、結局全部を佐々木に任せてしまった面もあるのかもしれん。
けれど、あいつは全部先回りしてしまう奴だから、全部先回りして、勝手に結論をつけてしまうような奴だから。
今度こそ、俺は判じ物だのと誤魔化さず、ただ「ちゃんと全部話せ」って言うべきなのかもしれん。
俺達はいつか別れた俺達じゃない、今は親友なのだから。
そして俺だって、昔の、いや、「ついこないだまでの俺」じゃない。
関係なんて全部リセットしながら前に進むのが正しいなんて、俺だってもう思っちゃいないんだ。
俺は俺を仲間だと思ってくれる奴らと、俺が仲間と思っている奴らと、一緒にいけるところまで歩いて行きたいって思っちまった。
その点で「俺」と俺は違うんだ。
それにあいつはいつでも俺の味方でいてくれた。
きっと佐々木は、佐々木自身からも俺の選択を守ってくれた。
なら、俺だってあいつの味方であるべきだろ? 今度は俺が佐々木自身から佐々木を守ってやるべきなんだ。
あいつ自身に苛まれてるあいつから、あいつの本音を引き出してやるべきなんだ。
放っときゃすぐに奥に引っ込む奴なんだからな。
何? 俺は佐々木の望みを、そう、あいつの好意を知ってるんだろうって?
その通りだ悪いか? ハルヒが好きなんだろって? その通りだ。
ハーレムでも作りたいんだろってか?
知るかアホンダラ。
俺はハルヒが好きだ。
佐々木を異性として意識はしたが、好きとは言い切れん。
だからって、あんなどうにもやるせないような顔なんかさせておけるかよ。
俺はあいつはちゃんと笑える奴だって知ってるんだ。いつだってあいつは笑っていてくれてたんだよ。
放っておくのも優しさだなんて知るか。
そうやって放っておいた結果、あんな顔させちまったんだろ。
頼りない橘や、佐々木に一年間あんな顔をさせてたっていう進学校、ましてやどこの馬の骨ともしれん野郎なんかに任せてられるか。
今は俺があいつの力になれるって言うならやってやるさ。
でなきゃ俺はとんだ恩知らずになっちまう。
そう思って何が悪い?
確かに俺は何も出来んかもしれん。けれど出来る事さえ試みもしないのは怠惰でしかない。お前だってそう言ってたろ。
「なあ、佐々木」
)終わり
最終更新:2012年06月21日 14:20