67-460 斜め45℃のサスペンダー

「暑いな……」
「キョン、そんな事を言うとなお暑くなるというものだよ」
 中学三年も三ヶ月が過ぎ、七月になろうかって頃のムシムシとする昼休み。なんとなく呟いた俺に佐々木は呆れたような声を出した。
 ああ、ああ解っとる。誰だって暑い。それを口にすればなお暑い。
 暑いと言えば言うほど暑いし、聞けば聞くほど暑いのだ。
 解っちゃあいるんだが暑いもんは暑い。
 暑いんだから仕方ないだろう。

「ま、僕も気持ちは理解できるつもりだがね」
「解ってくれるか友よ」
「……ちょっと岡本さん、キョンが壊れたみたいなのだけれど」
 前言撤回だ。おいこら佐々木。

「大丈夫よササッキー。そんな時はそう、斜め四十五度からキスすれば治るわ」
「キョン、岡本さんも壊れているみたいなんだが」
「知らんわ」
 岡本も妙なアドリブ入れるな。
「えー」
 えーじゃない。
 ウチの女子はこんなんばっかりか。

「くく、ま、女子はコレだしね」
「そうそう」
 言って佐々木と岡本は、ぺし、と肩のサスペンダーを弾く。
「こいつのおかげで上半身が余計ブラウスと密着してね。どうにも暑苦しくていけない」
「そそそそそ」
 二者二様のポーズで肩をすくめる。
 なるほど、さっきのアレはともかくお前らの脳が茹だってるのはよく解った。ついでにお前らの体型も
「確かにウチの制服はちと妙なデザインだからな」
 何がだ須藤。ていうか人の思考に割り込むな。

「くく、いまどき吊りスカート、それもサスペンダーなんてちょっとね」
「それはそうかもしれんが」
 ウチの中学では、女子はブラウスにサスペンダーの吊りスカートだ。
 確かに珍しいっちゃ珍しいのかもしれんが、俺は他所の制服なんぞ知らんしな。判断材料に困る。

「ふ、くく」
 どうした佐々木?
「確かにそうだ。キミが他校の女子の制服に精通しているとは到底思えないね」
「うんうん。普段が普段なだけにね」
 何がだ岡本。……っと。

「そうだ佐々木、それ片方かしてくれ」
「うん? いやそれは無理だ」
「そうなのか?」
「キョン、普通こういう吊りスカートというのは、こうして背中側で交差しているものなのだよ」
「ほう」
 くるりと背中を向ける。
 前から見れば二本下がっているように見えるサスペンダーは、佐々木の言うように背中側の交差部とスカートの接続部で縫いとめられていた。
 佐々木曰く、吊りスカートは大抵こんなデザインらしい。
 確かにこれじゃ取れないわな。悪かった。

「くく、この制服とも付き合いは三年目じゃなかったのかな?」
 放っとけ。自分で着てる訳じゃねえからな。
「それでも女子の背中なんて腐るほど見ているだろうに」
 俺に女子の背中を凝視する趣味もなければ、記憶しておくほど脳の余裕も無い。
 今現在の塾通いで精一杯だ。

「あいにくだが興味がなけりゃそんなもんだ」
「そうか。……そうかな」
 佐々木の笑みが少しだけ色を変える。
「まあ確かにそんなガっついたタイプじゃないものね」
「うんうん。それにどっちかっていやキョンは背中って言うより……おっといけねえ」
 そこまで言った須藤が岡本に下敷きチョップを喰らう。はは、そんな露骨な目線をしているからだバカめ。

「すまんな佐々木。お前のサスペンダーを見てたらつい思いついちまったもんでね」
「ふむ。サスペンダーなんて借りてどうするつもりだったんだい?」
「ちょうどハンガーがあるからな」
「うん?」
 机の片側に引っ掛けた、V字型のハンガーを取り出してやる。
 これにこうサスペンダーを引っ掛ければ

「でっかいパチンコが作れるなって思っただけさ」
「アホかキミは」
)終わり

「やれやれ」
 言って思いついたように立ち上がる佐々木を見ていると、ふと俺も思いつくものがあった。
「佐々木、もしかして購買に行くのか?」
「うん? 確かにそうだが」
 振り返り、何故かあいつは妙に物問いたげな顔をする。
 なんだそんなに妙な事を言ったか?

「なら俺にもMサイズのコーラ買って来てくれ。ほれ」
 100円玉を放ってやる。それに購買のカップコーラなら釣りが出るはずだ。
 釣りはお前が使ってくれて構わんから頼むよ。
「くく、キミはたったの20円で僕をパシろうというのかい?」
「なら今度、俺が行く時にお前のも買って来てやる」
「くっくっく、交渉成立だ。了解した」


「……なあ岡本さんや」
「なんだい須藤さんや」
「今のやりとりって、なあ?」
「ふふ、なんだかんだでよく見てるのよね、彼」
 そのあからさまなひそひそ話を耳ざとくも意識的に聞き流しつつ、僕はぼそりと呟いた。
「……そうだね。そんなんだから僕も困るのさ」
 後ろ手に引き戸を閉め、肩をすくめる。
「やれやれ」
)終わり

「ところでキョン。ものは相談だが」
 その帰り道、というより塾に向かう道の途上、俺の背中越しに佐々木は言った。
 なんだ佐々木? 今自転車こいでるから後の方が良いんじゃないか?
「いや今の方が具合がいい。高さ的にも人目的にもね」
「ひとめ?」
「いや、先程の岡本さんの話を実行してみようかと思ってね」
 言うや俺の後頭部になにやら妙な感触が発生した。

 勘違いするなよ?
 いくら俺にだって何が起きたのかくらいは想像がつく。
 だが俺の頭の回転がそんなに早いのかというとそれはまた別の問題な訳であり、つまるところ俺の口から捻り出せたのは何ともひねりのない一言が精一杯だった。

「……おい」
「どうだいキョン、治ったかな?」
「何がだ。というか何をした?」
「くく、その反応。どうやら治っていないようだね。角度が悪かったかな?」
 見当違いな返答を返しながら俺の自転車の荷台で佐々木は笑う。きっといつものように偽悪的に笑っているのだろう。
 背中越しにあるはずの、見えるはずの無い顔が、何故かリアルに想像できた。

 こいつに出会ってたったの三ヶ月、なのにとっくの昔に慣れきってしまった自分のフレキシブルな感性に今更ながら感服する。
 或いは毎日見ているから一種のサブリミナル効果のようなものなのかもしれんな。
 別に意図してのものではなかろうが、そのくらいのインパクトはある奴だ。
 そう思える程度には変わった奴だと俺だって思う。
 変人、とまでは言わないがね。

「まったく難しいものだ」
「そうなのか」
「そうなのさ」
 そんなある日の夕暮れの話。
)今度こそ終わり

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最終更新:2012年07月04日 23:29
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