「16年と25年か、確かに長いね」
「ベガとアルタイルの話か?」
「そう。キミから聞いた涼宮さんの話の、これまた受け売りになるがね」
SOS団の二回目の七夕からしばらく、駅前でばったり出会った佐々木との一幕だ。
七夕、笹に願いを託す行事である。
が、ハルヒにしてみれば「その願いは織姫と彦星、つまり16光年離れたベガ、同25光年のアルタイルに叶えてもらう」ものであり
だからこそ16年先、25年先に叶うように願わねばならないのだと……まあいつものハルヒ理論である。
しかし佐々木よ、少し遠い目をしているのは何故だ?
「それはそうさ。たとえ16年目に願いがかなったとしても、その願いを当人が覚えていなければ意味が無い。違うかな?」
別に覚えていなくたって構わないと言えば構わないだろう?
とは言わない。確かにその一面もないとは言わん。
「むしろ今杞憂を覚えるのは、そうして願っていた頃の自分でいられるかな、という漠然たる不安だよ」
「自分?」
「そうだな、例えば演劇部の少年が俳優になりたいと願い、友と誓い合ったとしよう。
けれど数年を経て思い破れ、16年後には若き企業家として大成し、すっかり演劇と没交渉な生活になっていたとしたらどうだい?」
佐々木はくるりと指を回す。
「そして企業家になった青年に神様は言うのさ。『さあ、これがキミの願いだったね』とね。……さて青年はどんな顔をするかな?」
すっかり変わってしまった自分を嘆くか、それともああなんて下らない願い事をしたものだと一蹴するか?
いずれにせよ、変わってしまった自分には無意味になっているかもしれない。
そう付け加えてから、くつくつと面白そうに喉奥を鳴らした。
「けれど、傍から見れば現在の彼は成功者であり、恵まれた環境に身を置いているんだよ」
「或いはだ。俳優になりたいと願った事を確かに覚えているのに、順調に企業家としての道を歩き始めたとしたらどうだい? 充実した日々の中で、ふと願った頃を思い返すのさ。
今は確かに充実している、けれどあの頃の自分は今の自分をどう思うかな? 友が今の自分を見たらどう思うかな? 今の自分はこれでいいのかな?ってね。
そんな事を考えてしまうとしたら、せっかくの日々にだって寂しさを覚えてしまうだろう」
くつくつといつものように佐々木は笑う。
「そう、実に。実に長いね16年は。きっと人が、願いが変質してしまうには十分な時間だろう」
「お前は相変わらず面倒なことばかり考えるんだな」
「くく、性分だからね」
自分自身というものを強く持っている佐々木らしい言葉かもしれん。
マイホームや金と答えてしまう俺には無縁だからな。
「おや、キミならもっとエンターテイメント性に富んだ願いを捧げるものかと思ったが?」
「ま、色々あったからな」
肩をすくめて見せるとくつくつと喉奥で笑われた。
「そう。人は数年で変わってしまうものかもしれないからね」
「強い願いを抱いた事があるのなら、そんな過去の自分から見て、今の自分はどう映るだろうか。そんな不安も生じるものさ」
『16年か……長いわね』
いつかのハルヒがフラッシュバックする。
「ましてや16年も先となるとね」
やれやれと肩をすくめる。
だがな。
「佐々木、俺からすればお前ほど自分をしっかり持とうと強く意識してる奴はいないぞ。それだけは保障してやる」
「そうかな?」
俺を親友だと言うなら多少は信用しろ。
お前はきっと自分を見失ったりはしないさ。お前はお前であり続けようとするだろう。少なくとも俺はそう思う。
お前はちゃんと工程表を策定して一歩一歩進んでいくタイプだろ? 自分の願いを決めて、そんでちゃんと一歩一歩踏みしめていくだろうさ。
だからきっと叶えるだろうし、叶ったら素直に喜ぶだろう。
ああ我が大願成就せり!ってね。
「くく、そうかな」
肩を震わせて笑う。
「そうか。なら多少は希望を持ってみることにしよう」
「いつかの夢の話だな」
「違うよ?」
佐々木がいつか語った遠大な野望を思い起こすが、にやりと笑って首を振られた。
違うのか? つうかなんだその笑みは。
「なに、ただ僕らはまだ若いんだからねって話さ」
「何を当たり前の事を言ってるんだ」
「いずれにせよアレとはまた別口さ。そして今は高校時代だ、僕は勉学、キミは青春、共に選んだ道を謳歌しようじゃないか」
言ってポンと俺の肩を叩くと、佐々木は自転車に飛び乗る。
ぴっと背筋を伸ばしているのがこいつらしい。
「けれどキョン、ちゃんと大学受験の支度はしておきたまえよ?」
ええいお前は俺のお袋か。
「くく、またね、キョン」
「おう、じゃあな」
手を振り合い、離れていく後姿を見送る。
「またね、か」
なんとなく繰り返すと、俺も帰路に発つ。
それが再会を約束する言葉だと気付いたのは、それからしばらくしての事だった。
)終わり
最終更新:2012年07月09日 09:06