67-509「そこが小鍋立ての良いところなのだよ」

「キョン、そこが小鍋立ての良いところなのだよ」
 ほう、なるほど……と、佐々木の言葉を雑然たる記憶の倉庫に放り込みつつ、俺は土鍋に豚肉を足した。
 七月になろうかという時期にまさか卓上コンロを自室に引っ張り出す事になるとはさすがの俺も思わなかったが、確かに旨いな。
 差し向かいに土鍋をはさみ、昼食のメニューは小鍋立て。
 具はシンプルに新ごぼうと豚肉。
 それに各々の茶碗飯だ。

『やあ親友』
『どうした佐々木?』
 何故か昼日中からごぼうを携えて佐々木が現れた時はどうなる事かと思ったが………
 ………………
 ………


『小鍋立てというのは具は二、三品で良いんだ。代わりに出し汁は予備を多めに用意した方が良いがね』
 日曜をゴロゴロ過ごすという正統派の休日を味わっていた俺に、どこぞの本の受け売りを教えてくれたのは例によって佐々木だ。
 向かい合わせに座った俺達の真ん中には土鍋。土鍋は小さめのものだから、すぐに熱がまわって熱くなる。
 そして、そこが小鍋立ての良いところだという。

 熱いだし汁に豚肉、新ごぼうをくぐらせ、熱くなったところを小皿に取り、そのまま、或いは醤油で味をつけた出し汁や七味などで頂く。
 卓上コンロに乗った小さめの土鍋は、入れた具材もすぐに熱くなる。そこが小鍋立ての良いところなのだ。
 ただ汁は具に絡め取られる上に蒸発するから、食べながら足さねばならない。
 また普通の鍋のように具を常時入れるにはスペースも足りない。

『だから具は二、三品で良いのだ』
『ほう』
 しかし佐々木よ、この暑い季節に鍋ってのもどうなんだ。
 そう俺が反論を試みると、佐々木はテーブルで支度をしながらくつくつと笑った。

『くく、もっともだ。しかしね、せっかくの一年に一度の新ごぼうの季節なのだ。楽しまないのもつまらないよ』
 とはこれまた佐々木の弁。
 一年に一度、初夏の味覚である新ごぼう。
 その楽しみ方としてはこれに如くものはないのだ、と。実際、口にしてみたところ「つまらない」という佐々木の言葉がわかった。
 適度に柔らかく、汁気すら感じさせる瑞々しさはいつものごぼうとは一味違う。
 確かにこれは汗を拭きながらでも食う価値があるな。

『夏の快味とはよく言ったものだね』
『しかし暑いな』
 すると佐々木は「わかっていないなあ」という顔でこちらを覗きこむ。
『キョン、暑い時ほど熱いものを食べる。これもまた日本伝統の消夏法というものだよ』
 するってえと体温が一時的に上昇し、食後に涼感を得られる。それに熱いものというのはそうめんなどと比べ基本的にカロリーが高いものだ。
 しっかり食べて暑気を払う、それが日本伝統の消夏法なのだ…………。
『だったか?』
『ふくく、その通りさ』
 ま、お前に昔言われたことの受け売りだからな。


『それに、やっぱりこんなのは気があった人とじゃなきゃ出来ないからね』
 自分も汗を拭きながら、飾らない笑顔で佐々木は笑う。
 確かにこんなのは格好付けてちゃできないかもな、俺たちには丁度良いかもしれないって訳だ。
『そう。僕にとってはキョン、やっぱりキミがそうなのさ』
『持ち上げるなよ、何も出ねえぞ』
 まったく、お前はいつも俺を過剰に持ち上げすぎなんだよ。その点もハルヒの奴と真逆だな。
 そういってやると湯気の向うでくつくつといつものように笑い出した。

『くく、そうかな? 僕はこれでも難解なキャラで通しているんだ。
 いつかも言ったが、そんな僕の外殻をスルーもせず、かといって遠巻きにもせず、「僕」をそっくり受け入れてくれたのはキミだけなのだよ。
 もう少しキミは自分自身を評価してくれ。でなければ僕も立場が無いからね』
『へいへい』
 …………………
 ………


「さて佐々木」
 豚肉を口に放り込みつつ一応キリリと顔を引き締める。
「こらキョン、口の端から垂れているよ」
「ん。すまん」
 いやわざわざ拭かんでいい。拭かんで。
「そうもいくまい。というかキミもたまに抜けている事があるね」
「ほっとけ」

「……今日わざわざ来た理由は何だ?」
 リスタートだ。あの春の事件からこっち、急にお前が顔を出したという事はだ。
 一体何があった? まさか周防九曜か?

「いや、実はねキョン」
 佐々木はパチリと箸をおくと、妙に重々しく両肘を突き、両手のひらを眼前で組む。
 あからさまに俺の視線から逃れながら、しばらく沈黙していたが、ゆっくりと手の甲へと視線を移して佐々木は呟いた……。


「…………実はホントに何の用もないんだ」


「………………」
「………………」
 たっぷりと三点リーダーのみで語り合った後、佐々木はやおら窓に駆け寄ると叫びだした。
 おい待て落ち着け。

「すまない! ホントにただ新ごぼうを見ていたら思いついただけなんだ! 後生だ親友行かせてくれ! 何か話でも仕入れてくるから!」
「落ち着け佐々木ここは二階だ!」
「I Can Fly!」
「No Can Fly!」
 窓を開けて叫ぶ佐々木の腰の辺りを抱きしめ、よく解らん叫びを言い返しあう。

「落ち着け佐々木! 話せば解る!」
「問答無用!」
 佐々木、落ち着くんだ。例えばそう、ごぼうといえばささがき、ささがきと笹を絡めて七夕ネタとか
 ごぼうといえば西洋人が食わされて『木の根を食わされた』と文句を言ったがそれは出した側にとっては善意だったとか
 転じて大事なのは受け取る側の感情だとかなんだとかそういうネタとかあるじゃないかホラ!
 大事なのは受け取る側の感情だ、だから落ち着け佐々木!

「どうどう」
「僕は馬か」
「どっちかっていうと犬っぽいよな」
「うう」
「猫というのもアリだな」
「うう一体何の話だい」
 ほーらごぼう食えごぼう。新ごぼうだから柔らかくて美味いぞう。雑炊くえ雑炊。
 ほらあーんしろあーん。

「あーん……って何をやらすんだい!」
 いいから食えよ。ほら。
「ん」

「……ま、これも小鍋立ての良いところなのかな」
)終わり

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最終更新:2012年07月10日 12:55
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