67-9xx 佐々木さんと「じゃあね、親友」


 僕は、あの雨の日に素直になれなかった自分を後悔した。
 だから僕の答えはこれだ。

 キミには後悔なんてして欲しくない。
 だから僕は素直にならない。

 だって私はキミが欲しい。
 それを告げれば、キミの選択のノイズになる。
 僕は、キミが今抱いている素直な気持ちを、そのまま形にして欲しいんだ。
 僕は、自分の気持ちの為に、キミの気持ちを犠牲になんかしない。させるつもりはない。

『どうもキミと話しているときは何だか笑っているような顔に固定されているようでね』

 僕は役者になれない。そう結論した。
 四年前、僕は涼宮さんに憧れて「演技」を始めた。
 性別を超越した変人を演じ、注目され、「浮いた」自分を楽しむ。
 そうやって自分の枠を作って、僕は誰にも自分を見せないようになっていた。
 けれどあの雨の日、「演技」を重んじてキミを失い、「演技」が通じない高校生活に苦悩した。

『ところでキョン。あまりこっちを見ないでくれないか』
『何でだ?』
 あの雨の日、キミが「女扱いしてくれない」事に憤慨し、そして「彼に女扱いされたい自分」を知った。
 そう、僕はキミに「僕」を演じてきたくせに、本当はキミに女と思われたかったんだ。
 何時だって僕を演じてきたのに、本当はキミに私自身を見て欲しかった。
 でも素直になれなかった。

『キョン、これじゃパンツの中まで濡れ鼠だ』
 僕らはずっと等距離だった。
 僕が無防備だったのも、ひょっとしたら期待していたからなのかもね。
 そしたら彼だって「女なんだろ」って距離を感じてくれるだろうと。彼が「どうにかなってしまう」のを期待した。
 けど、ダメだった。それくらいじゃ変わらなかった。
 僕は素直になれなかった。

 だから切り捨てた。

 僕の夢にはこんな感情は不要だ。
 僕は子供で凡人だから、もっと早く大人にならなきゃいけない。大人にならなきゃ夢なんか叶えられない。
 そうさ。僕はまだ成長途中に過ぎないから、だからキョンにだって好かれなかったんだ。
 なら早く大人になってやろう。こんな感情くらい切り捨ててやろう。

 思いを打ち明けたら関係が壊れる? 関係が壊れるのが怖い? そんな半端な思いじゃないぞ。
 だから僕は「友達」としてのキョンさえ断ったんだ。
 だから、卒業と共に関係を断ったのだ。

 それから一年。

『一つ訊いていいかな? なんでキョンと今さら?』
 国木田くんは「僕」に言った。
 そうだね。僕は自分でキョンへの想いを封じてしまった。だから「今さら」なのだ。
 彼はかつてこうも言った『どうも自覚がないようなので、この件は追求しない方が良いのかな?』と。
 キョンの中にも「無自覚な何か」があるのだよ、と。
 でも僕は自分で遮断した。

『やぁキョン』
 そして再びキミと出会った。
 キミは僕の「演技」を誰よりも見てくれる。
 キミは誰よりも僕を「僕」として、性別なんて気にかけない変人として見てくれる。
 僕はキミに憤慨するくせ、やっぱり誰より甘えていたんだ。

『なんだ佐々木か』
 また僕はひっそりと憤慨する。
 とっておきのミニ・スカートに、鎖骨むき出しの勝負服。
 身体的数値だって成長しているはずなのに、「女らしく」なったはずなのに、やっぱり距離は縮まらない。
 友達の距離のまま、やっぱりキミは、僕を女と見てくれない。
 僕の「演技」を見てくれる。

『僕は誰かに好かれるような事は何もしていない。誰かに好意を振舞う事もだ。それはキョン、キミが一番良く知っているだろう?』

 僕はまた「僕」を演じる。
 ああまったく、僕は一体どうしたいのだろうね?

『どうもキミと話しているときは何だか笑っているような顔に固定されているようでね』

 キミと居ると、僕はどうしても素直になって、どうしても「演技」を止めたくなってしまう。
 性別なんて超越できない、夢すらも語ってしまう、ただただ素直になってしまう。
 そうだよ。本当はただ素直になればよかった。

 ただ素直になるだけで、キミと一緒に居られたのに。
 いつものようにキミの顔を覗きこみ、一緒に笑っていられたのに。

 僕は後悔した。
 自分の演技、臆病、諦観に。
 中学時代の自分に、今、高校時代を過ごしている自分に。
 僕には誰かを演じるなんて向いていなかったのだ。なのに無理して演じた私は、大事なものを手放してしまった。
 それは涼宮さんに憧れて始めた演技。けれどきっと彼女だって意識的には出来ない。
 僕らは演技なんか出来ないって、それをようやく知ったのだ。

 だから「僕」はこれで終わりにしよう。
 けれど今だけは「僕」でいよう。僕が素直になってしまったらキミの選択を歪ませるから。
 この舞台を演じきり、一人になってから仮面を外そう。

『踏ん切りがついたよ』

 僕は「僕」を演じた自分を後悔した。
 だから、キミにだけは後悔して欲しくない。素直に、今ありのままのキミの答えを出して欲しい。
 だから僕は素直にならない。僕の好意はキミの選択を歪ませるから。

 僕の好意はキミにはノイズ。
 だからキミには伝えない。

 僕の好意は僕の本能。だから理性でキミを守ろう。
 それが「佐々木」の仮面だから。


 僕の心の踏ん切りはついた。
 今、彼は彼の絆の為に、彼の「SOS団」の為に奔走している真っ最中だ。
 彼の為に思考を割くべきだ。とはいえなにができるだろう。

 全ての状況は「選択をキョンに委ねている」。それは間違いない。
 確かにあの会合で、藤原くんは「九曜なら力の委譲が出来る」と言い、キョンもそれを首肯していた。

 しかしそれが可能なら、何故彼らはそれをしない?
 僕らの心を宇宙的、或いは未来的に操り「はい」と言わせることさえ簡単だろう。なのに何故それをしないのか?
 それは彼自身の選択にこそ、意味がある事を示している。誰もが口先では彼を軽視する、
 しかし、選択者はやはり彼なのだ。

 だから、彼は誰より素直であるべきなのだ。

 僕が選ばれることはないだろう。
 僕が「神」となって得をするのは橘さん、藤原さん、九曜さん。なんと全員が「キョンの敵」だ。
 そしてキョンは「俺の知る佐々木は、そんな事は望まない」と信じてくれた。
 選ばれる理由なんてどこにもない。

 あるとすれば理由は二つ。
 一つは、彼の仲間である「長門さん」への干渉が止むという事。
 しかしだ。彼女は同時に「思念体」とやらに属し、その思念体は「力」が涼宮さん側にある事を望んでいる。
 彼女を助ける為に、僕に力を譲渡する? それは長門さん自身を危うくしないだろうか?

 第一、「干渉」自体は九曜さんも有用性は感じていないと言っていた。遠からず止むだろう事くらいは想像が付く。
 むしろ藤原くんの発言は「いずれ止む」事を踏まえての発言だったのではないか?
 なにせ彼は「未来人」なのだ。「何時終わるか」を知っているのだとしたら?
 それを、あたかも己の指示であるように見せかけているとしたら?

 なら、唯一のキョンの利点は「平和で常識的な世界を得られるであろう」……という事かな?

「ふ、くく」
 笑わせてもらってはいけない。
 彼はね、僕が知る限りでも最高の変わり者だ。
 きっと彼は覚えてないだろうが、「エンターテイメント症候群」と称したことさえあるくらいさ。
 きっとこの一年、素敵な体験をしたのだろう。例え宇宙人達とでさえ「言葉で解り合える」と難なく思えるくらいに。

 そんな日常を彼が面白くないと思っているはずはない。
 さあ、僕を選んで、平和な世界にしませんか?
 なんて言ったところで無駄なのさ。

 僕が選ばれるというのはそういうこと。
 僕は平凡な日常の体現、涼宮さんは彼の望む非日常の体現なのだ。
 選ばれる理屈はない。

 もちろん対抗する手段はある。
 涼宮さんは「無自覚に彼を選んでいる」が、僕は「自覚している」のだからね。

 かのロミオとジュリエットのように全ての理屈を蹴っ飛ばし、ただ「I Love You」と囁くのさ・。
 韜晦なしに、まじりっけなしの本音をぶつけられる。
 それが僕の優位性なんだ。

 彼は私の「性別を超越した態度にありたい」という演技を誰より見てくれる人だから。
 だから、本当の私を見せ付けてやればいい。
 それが唯一の活路なのだ・・・・・。

「・・・ばかだな。私は」
 愕然とする。思わずぬいぐるみに額をぶつけた。
 それは「キョンが今抱いている気持ち」にノイズを与えてしまうだけじゃないか。
 なんて情動に支配された発想だろう。

 改めて思う。
 忌避するまでも無く、僕はそもそも恋愛という奴にあまり向いてはいないのだ。
 そうさ。情動云々と言いながら、僕はこの一週間に何回塾を休んだ?
 なんで彼の電話を一晩中待っていた?
 なんで彼の家にまでわざわざ訪問した?
 たった二人で話しあうなら、つまるところは電話でよかったはずなのに。

 やはり、僕は決して「理性的な人間」ではないのだ……。

 なら僕は、今抱いているこの気持ちを、諦めるべきなのか? 今まで諦めてきた全てと共に。
 でも、この気持ちだけは決して演技じゃないのに。


 ぼんやりと至った考えを、携帯電話のアラームが中断させた。
「藤原くん、か」

 それから僕は電話した。
 藤原くんから電話を受けて、韜晦トークを咀嚼して、それからキョンへ電話した。

「やぁ親友」
『佐々木か』
「明日、また駅前で集まろう。と、藤原くんが言っている」
 さてどうやら終幕らしい。となればこれもまた僕の言葉を補強するものだった。
 僕、キミ、涼宮さん、全員が望むならば叶うのだ。

 でも僕は日常の側だ。
 宇宙人達のような力もキミのような選択権すらない。
 僕にできる事があるとすれば、ただ、キョンが気負わないように心をほぐしてやることだけだ。
 どんな選択をしたって、それが正しいのだと伝えてあげればいい。
 キミは自分に素直になれば良いのだから。

「キミならなんとかするさ。涼宮さんと僕が選んだ唯一の一般人、それがキミなのだからね」

『佐々木、お前はなぜ俺を選ぶ』
「くく、キョン。キミの鈍重なる感性には前から気を揉ませてもらっていたが、この期に及んでまでそんな事を言うとはね」

 精一杯の言葉に返ってきたのは、相変わらずの鈍感な言葉。
 呆れついでに自分に呆れた。だって今、彼は「神の力」とやらの話をしているのだよ?
 そこに遠まわしなI Love Youを混ぜて混乱させたのは僕だ。自爆という奴だ。そうさストレートには教えられないね。
 言ったりなんかしてやるもんか。

「たとえ話をしようか」

 宝くじに例えてみよう。
 キミは「報酬の為に、期限付きの選択肢」に応えねばならない。
 これが「神の力」とやら関する選択肢ではない事くらい、解るはずだよ?
 それなら、キミが選ぶ必要なんてないんだ。それは涼宮さんが今まさに所持しているのだからね。

 今、キミは「キミが得る為に選択しなければならない」んだ。

 キミは僕を「女」と見ていない。だから選ぶべきは僕じゃない。
 何より涼宮さんは気が短い。彼女が無意識であれキミを選んでいるならば、とっくにとさかにきているはずさ。
 だからキミは自分の気持ちを自覚し、そして彼女にも自覚させたまえ。
 キミ達の素直な気持ちをね。

 くく、実に嫌そうな沈黙だ。ガラにもないって事かい?
 だがキミは選びたまえ。キミの選択は必ず正しいと僕は信じているからね。

「僕だってイヤだね。そんな立場はさ。でも僕はキミが……おっとと、というかね、あー、そうだ、
 キミを信頼している、と言いたかった」

 ……そうさ、信じているからね。
 だから「キミが好きだ」なんて決して言っちゃいけない。僕はノイズを与えちゃいけない。僕は、素直になっちゃいけない。

『解ったよ佐々木。俺に任せておけ。明日、また会おう』
 そうさ。キミの選択は必ず正しい。
「ああ、期待しているよ。僕のキミへの信頼は進水式を迎えたばかりの潜水艦の圧壊深度よりも深い。思う存分、ダウントリムするといい。いささかも構わないよ」
 そうさ構わない。これは、きっと、正しい。

「じゃあね、親友」

 そうさ、これが別れの始まり。
 僕達は申し合わせでもしたかのように、ぴったり同時に電話を切った。

 そして金曜日。僕は北高の校門前で立ち尽くしていた。
 一人で。

「……………………」
 精一杯のアドバイスはやった。藤原くんが「本当は何も知らない」のだと示唆も出来た。
 でもやっぱり役には立てなかった。やっぱり僕は置いていかれた。
 おそらくは僕の内面空間とやらに入ったのだろう。
 そこなら誰も手が出せないはずだから。

 頭をぽりぽり掻いては見たが、どうにもならない。
 しかし「僕の閉鎖空間」とやらは、橘さんの手を借り「精神だけで入る」代物じゃなかったのかな?
 まあいい。このままここに居ても邪魔というものだろう。
 北高を覗き込んでも、日常風景が広がるばかりだ。

 これが、僕が「日常」の側に立っているという事なんだろうね。
 僕は結局何もしなかった。
 その結果なんだ。

 僕に選択権はない。

 信じているよ、キョン。
 キミの選択は必ず事態を打破するはずだと。
 うん。キミが誰かにせっつかれでもしない限り、僕へ連絡しないであろう事も含めてね。

 僕に選択権はない。
 彼の心が選択を決めるなら、彼の心を揺らすことこそ「権利を得る」という事なのだ。そして僕はそうしなかった。
 親友呼ばわりしたくせに、僕は、結局「私」を晒さなかった。
 僕は、結局、私を彼に見せなかった。

 そんなフィルターをかけた「親友」なんて何処の世界に居るんだい?

 だからこれは終わりの始まり。僕の「親友ごっこ」の終わりの始まり。
 だから、そうだね。だからもう一度だけ言おう。
 別れを告げよう。

「じゃあね、親友」
 そっと呟いて、僕は北高を後にした。
)終わり 

 66-178 佐々木さんのRainy Noise(驚愕(前)、Rainy day、中学時代)。
 66-209 佐々木さんの戸惑い(分裂)
 66-236 佐々木さんの踏ん切り(分裂~驚愕(前))。
 67-9xx 佐々木さんと「じゃあね、親友」(驚愕(後)時間軸)。
 67-9xx 佐々木さんと「やあ、親友」「そして」(驚愕(後)時間軸)、完結。

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最終更新:2013年03月10日 00:28
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