ハルヒを家まで送り届ける。
「……バカキョン。」
「何だ?」
ハルヒは、目に涙を溜めながら、精一杯の笑顔を見せてきた。
「佐々木さん、幸せにしないと許さないんだからね!」
その笑顔が、あまりに悲痛で、俺はハルヒに手を伸ばそうとしたが……
渡橋から手を強く弾かれた。
「勿論だ。約束する。ハルヒ。また明日。」
痛む手だが、敢えて何も言わなかった。
「どうやら、見通しは相当甘かった。そう言わざるを得ませんね。」
古泉が溜め息をつく。
「ああ。」
悔恨。深い悔恨と罪の意識。
「キョンくん、涼宮さんの事、最初から嫌いだったんですか?」
朝比奈さんが、泣きそうな顔をして俺を見る。
「嫌いなら、長門が作った世界から戻っていませんよ。大好きです。長門と朝比奈さんと……ついでに古泉と同じ位に。」
皆は、嬉しそうに笑う。
「良かった……」
朝比奈さんが、安心したように微笑む。
「んっふ。」
いつもの10倍位、エエ笑顔だな……古泉。気持ち悪い。
「訂正を求める。古泉一樹と同じ序列は、私という個体は納得いかない。」
な、長門!ほら!古泉泣いちゃうから!
「ジョーク。私という個体は、胸が暖かく感じている。」
長門。
「こればかりは、涼宮さん自身が乗り越える事ですからね。我々、SOS団皆で、団長を信じましょう。」
古泉の言葉に皆が頷く。
其々に目的があり、ハルヒに近付いた皆。今は、皆がハルヒの為に団結し、ハルヒを信じている。
なぁ、ハルヒ。皆、お前を信じているんだぜ。
俺だって信じている。お前がこんなつまんねぇ事位で、潰れちまうような奴なんかじゃねぇって。
外に目を向けてみろ。ダメならいつでも背中位貸してやる。
俺みてぇなつまらん奴で良ければ、だがな……。
「キョンの記憶を消す事は出来る?私に関する記憶を。」
こうすれば。涼宮さんが如何に足掻こうが、『キョン』を手に入れられなくなる。
キョンの姿形をした、キョンの人形。それで彼女が望む人形遊びを、存分にすればいい。
「さ、佐々木さん!それはダメですよ!」
ごめん。橘さん。
「馬鹿な事はやめろ。」
藤原くん。ごめん。
「――可能――ただ――――時間が――――かかる――」
九曜さんの声に、橘さんと藤原くんが振り返る。
「九曜さん!こんなお願い聞かないで!」
「周防!聞くな!」
二人が九曜さんにつめかかる。
「どの位かかるかしら?」
「――四日」
四日。それだけあれば充分だ。
僕は無力な存在に過ぎないけど、君をそのまま神の生け贄にはさせない。
何もしないで諦めてたまるか。
「頭を冷やせ。今の君は正常でない。」
「僕は落ち着いているよ。これ以上なく。」
神様に喧嘩を売るんだ。これ以上なく落ち着いているよ。そう。怒りで。
一周過ぎた怒りは、これ程に人を冷静にさせるのか。初めての経験だ。知りたくなかったけど。
「佐々木さん!ダメです!ぜーったいダメですよ!第一、そんな真似して何になるんですか!」
橘さんが私に詰め寄る。
「どうにもならないわ。」
何にもならないさ。でも。違和感だらけなんだ。キョンが一年間も私に連絡しなかった事についても、私からキョンに一年間も連絡しなかった事についても。
あの結末……キョンが、私の気持ちを無下にした事についても。
それが『涼宮さんの願望』だとしたら。その一言で決着がついてしまう。そんな馬鹿な話なんてあるか。
「願望は、それが強まれば強まるほど、視野は狭くなり、正確な判断や洞察が不可能になる。さっきの涼宮さんのようにね。」
そう言って私は、理解した。キョンといた中学の頃が幸福に思えていたのは、それは、自分自身の正体を知らずにいることが出来たからだ、と。
私の正体は、こんなに醜く……理性的でもなんでもない。
…………私の頬に、鋭い痛みが走る。どうやら、橘さんが私を叩いたようだ。
To Be Continued 『浸食』4
最終更新:2013年03月03日 03:49