16-633「二年前の七夕にて」

 あれは中学三年の七月、ちょうど七夕のころの話だったはずだ。
 よく寝られなかった翌朝の登校というのはなかなかキツイものがある。自分的にはいつもと
変わらぬ時間に寝て、いつもより少し遅れて目覚めたつもりなのだが、酷く身体が重い、疲れている。
 教室内はいつものことといえばいつものことなのだが、妙に騒がしかった。体調が悪いこと
も相まって、妙に脳みそに響く。だからといってキレるわけにも行かず、クラスメイトたちと適
当に挨拶を交わし、席につく。
「おはよう、キョン」
 隣席に座る佐々木が声を掛けてきた。
「ああ、おはよ」
 佐々木の顔が曇る。ん、どうかしたか? なんか顔にでもついているか?
「どうかしたかって、キミね、ずいぶんと疲れているようじゃないか。ふむ、昨日は七夕だったね、
何か夜を徹して願掛けでもしていたのではないかな?」
 いや、そんな大した理由はない。夜更かししたわけでもないし、悪い物を食ったわけでもない。
早めの夏バテか、バイオリズムが下がっているんだろう。
「そうかい、体調には気を付けてくれたまえよ。夏風邪は治りにくいというからね」
 あいよ、と気の抜けた返事を返す。
「七夕といえば二年前はすごかったね、僕らが一年の頃だ。覚えていないか?」
 何の話だ? 
「ほら、東中で謎の幾何学模様というかナスカの地上絵というかが校庭一杯に描かれたという
事件があったじゃないか?」
 そういえば、そんな事件もあったような気がするな。
「まぁさすがに二年前ともなれば、記憶も薄れるか」
 で、それがどうかしたのか?
「今年もあったという噂が流れている。こいつを見てくれないか」
 佐々木が差し出した携帯には不鮮明だが、石灰のようなラインが少し、残っていた。意味の
ある形を見て取ることはできないが、何か幾何学的な模様が描かれていたことが想像できる。
「校庭にラインを引く石灰で描かれていたそうだよ。写真は部活の朝練にきた生徒が校舎屋上
から撮ったということのようだ」
 しかし、これはひとりでは不可能かもしれないな。
「どうして、そんな風に思ったんだい」
 これだけの大きさで、円を綺麗に描くのは大変だ。下書きか、ロープを使うなり、上から監視
するなり必要だろ。
「たしかにね。となれば、問題は大きくなってしまうね。昨今、学校に不審者が侵入したと聞いて、
はいそうですかと流されてはかなわない」
 学校の先生たちにとっちゃ困った事態だろうなぁ。しかし、なんだな。
「エンタテインメント症候群のキミとしては気になるってところかい?」
 その言葉の中にある揶揄する調子にカチンと来たが、無視する。そのニュースを聞いて、
もやっていた頭が晴れたのは確かだったからだ。
「そこの東中だぜ。これだけ身近な怪事件、気にならないなんて嘘だろう。だから、噂が俺ら
のトコまで届くんじゃねえか」
 佐々木は唇をなで上げ、微笑んだ。
「日常の中で、娯楽としての非日常性を欲しているのは何もキミだけじゃあないということだね」
 ま、そう言うことだ。溜息と共にそういった。
「クラスのみんなは、昨日の七夕というイベントと合わせて語っている。宇宙人からの、あるいは
宇宙人に向けてのメッセージではないかという説もあるようだよ」
 七夕の短冊にしては規模が大きすぎるな。どんな笹の木を用意すればこんな物をさげられる
というのか。
「デネブやアルタイルから見れば地球そのものが砂粒みたいなものさ、校庭いっぱいのメッセー
ジだって小さすぎ……なるほど」
 佐々木は、何かに得心したようにうなずいた。
 おいおい、なんだよ。会話中にひとりで納得するなよ。一体何に気がついたんだ佐々木さん。
よろしければその知恵を分けてくれませんかね。
「単純な消去法だよ。これは宇宙へのメッセージとして考えるなら小さすぎる。普通の人間に
とっては意味不明すぎる。何かの符号や暗号というには大きすぎる。他愛のない落書きにし
ては計画的にすぎる。これが何らかの意図を持って書かれているのならば、これは僕らへの
メッセージさ」
 どういうことだ。もしかしてお前は、このいたずらをやったヤツがもう分かっているのか?
 俺がそう問うと、佐々木の奴は目を見開いて驚きを表現すると、少なく見積もって三点リー
ダー(ちなみに…だ)ふたつ分の沈黙の後に、くつくつと弾ける泡のように笑った。
「僕は別に名探偵を気取るつもりはないから、告白するがね。犯人なんか知らないよ。たった
これだけの情報では個人の特定は不可能だね」
 ちぇ、期待させるなよ、じゃあ、どうして俺たちへのメッセージだ、なんて断言できるんだ?
「より正確を期すなら、この悪戯を仕掛けた犯人は僕らと同時代を生きる同世代の人間だって
ことさ。だから、犯人くんのメッセージは、同じ時代を生きる近隣の住人、つまり僕らに宛てられ
たものなのさ。そうだねぇ、例えて言うなら、夜の校舎のガラスを割って回るのとさしてかわらな
いということさ」
 一昔前の不良のようなヤツがこれをやったと?
「結論を急ぐなよ。先ほどのキミとは比較にならないくらい察しが悪いね」
 悪かったな。
「まぁ、そんな所もキミらしいがね。つまりだ。これは自分はここにいる、というなんというかな。
アイデンティティの叫びなのだ」
 アイデン? どこのへヴィメタルバンドだ?
「アイアンメイデンではなく、アイデンティティ。同一性と和訳されるね。まぁこの場合は、心理学
における自我同一性、エゴアイデンティティという意味で、僕はこの言葉を使用しているわけだが」
 前置きはいい。いったいそれはどんな洋菓子なんだ? 意味を教えてくれよ。
「急いては事をし損じるぞ、キョン。順序立てて解説しようと言うのだから、順番に聞きたまえ」
 へいへい、しかし手短かにな、もうじき朝のHRだ。
「ふむ。それではキミは、自分が自分自身であると確信したのは何時だね?」
 ん、どういう意味だ。俺は俺であり、他の何者でもないが?
「だから、そう思うようになったのは何時頃のことなのか、と聞いているのだ」
 いつって言われてもなぁ。う~~ん、ちょっと思いつかないな。
「簡単に言えば自分は自分であるという確信、この確信のことを自我同一性エゴアイデンティティ、
転じて単にアイデンティティと呼ぶわけだ」
 ふむ、言葉の意味は分かったが、それが先ほどの発言とどう関係するのだ。
「ドイツの哲学者カール・ヤスパースは自分は自分だという連続した自我状態の四つの特性を
挙げている。ひとつは自分が行動しているという能動性、自分は自分以外の存在ではあり得な
いという単一性、自己と他者の区別、いわゆる自我境界の構築、そして昨日の自分と今日の
自分は同じ自分であるという時制的な同一性だ」
 はぁ、なるほどな。その四つをクリアすることでアイデンティティは確立したと考えるわけだ。
「いや、逆だ。これら四つの特性は個人が個人として生きていくためには失ってはいけないもの
なのだ。当然、それは明確に何年何月何日何時何分に確立したといえるようなものではない。
キミのように、“さぁ、いつだろう”と答えるのが普通のことだ」
 ふむう。それでは、例の事件はそのアイデンティティの構築に失敗したヤツがやったってことか?
「話を急ぐなよ。まだ、アイデンティティについての解説が済んではいない。つまりだね、
何となく立ち上がる物だけに、途中で失うと再構築に極めて、時間と手間がかかるのだよ」
 なるほど、それは分かりそうな気がする。
「そして、まぁ僕ら思春期の少年少女はエゴアイデンティティの存在に気がつき、再構築を行なう
時期でもある。まぁ、僕自身の言葉で他人のアイデンティティを揺るがす趣味はないので、深くは
突っ込まないが、悩んでいる当人にとっては深刻な問題なのだよ」
 人の悩みなんて物は何でも、誰でも、いつでも、そんなものだろう。
「くつくつ、確かにね、その通りだよ。で、僕はこの事件もそういう悩みが生み出したものなのだと
思うわけだ」
 つまり、自己の存在について哲学的に悩むあまり、夜の校舎に侵入して大規模な悪戯を仕掛
けたというわけか?
「ああ、時には反社会的な行為でアイデンティティの確立を行なうものもいる。いい大人がみず
からの非行歴を“昔はヤンチャをしたものだ”と言って自嘲気味にかつ自慢げに語るのによく似
ているね」
 つまり、刺激の強い行為であれば何でもよかった?
「逆だよ。刺激の強いものでなければならないのさ。そうでないと、達成感もわかないし、みんな
の記憶に残らないからね。そういった一種のイベントを行なうことで、自己を補強する。方向性は
大分違うけれども、何かの大会を制するべく練習するのと意味する所は変わらない」
 そういった健康的かつ普遍的な行為では満足できなかったのだなぁ。
「これは言うまでもないだろうが、本人的にはアイデンティティの確立が重要な動機である
などということには気がついていないことも多いのだよ」
 青春の暴走というわけだな。そう言うと、佐々木は我が意を得たりという風に肯いた。
「後で振り返って“昔はワルだった”とほほえましい過去として語ることになるわけさ」
 で、お前はこの事件の犯人を同年代の人間と考える訳か?
「ああ、そうさ。僕は、この事件と噂は東中の在学生によるものだと考えるね。実際、二年前
は当時の一年生の女生徒が自分がやったと名乗り出て処分を受けたらしいからね」
 なんだよ、犯人知ってたのかよ。
「いや、知らないよ。調べたわけではないからね。だから、模倣犯だと思うのさ」
 どうして? 三年になったその女子がやったかもしれないじゃないか?
「それは、まずないよ。こういう悪戯は繰り返してはやらないものさ。昔やった悪戯をもう一回
やったのでは刺激が足りないだろ。恐らくは彼女の行為をまねた模倣犯だろう」
 それだけじゃ、根拠が薄いだろ、もうひとつ何か欲しいね。
「じゃあ、そのもうひとつだ。この写真をもう一度見て欲しい。距離が遠すぎることもあるが、
ちょっと正確さが足りないと思わないか?」
 消えかけの象形文字の正確さといわれてもなぁ。
そんな風に言われればそうかもしれないな、よくわからんが。
 もう一度携帯を見てみたが、なんとも判別はつかなかった。
「実は二年前のものも見たことがあるのだが、実に精緻な出来映えだった。このように書くと、
以前からデザインしてその通り実行した、という高い計画性を感じたね。何か、本当に知って
いる文字を書いたという風にも見えた」
 ふむぅ、なるほどねぇ……ん、ちょっと待て。人のことをエンタテインメント症候群だのなんだ
のと病気扱いする人間が、なんでそんなに怪事件にくわしいんだ?
 丁度その時に、担任がやって来たので、この話はこれで終わり、それきりこの話を佐々木と
することはなかった。


 あれから、二年経った今となっては、あの会話は多分に示唆的であったと言わざるを得ない。
四年前の七夕、校庭に描かれたメッセージは、宇宙に向けて涼宮ハルヒが放ったアイデンティティ
を確立させるための儀式であったからだ。そして、まぁ、その実行犯といえば、まさにこの俺であった
のだから。
 と、まぁ、なんでそんなことを思い出しているかというと、今年の七夕は土曜日であり、俺は佐々木
に呼び出されて、いつものごとくの例のSOS団御用達の喫茶店にて、コーヒーを飲む羽目に陥って
いるからだ。

「ところで、大事な話とはなんだ?」
 お互いに注文したブレンドコーヒーが届き、唇を湿らせた所で、佐々木に問うた。
「ふむ、まずは僕の不作法な呼び出しについて謝罪しておこう。よく来てくれたね」
 別に不作法でもなんでもないさ。ツレの呼び出しなんて、こんなもんだ。
「そういってもらえると助かるね。さてと、今日の目的について話しておこうか。僕はちょっと気
になる情報を入手したのだよ」
 ふむ、一体それは?
「キーワードはこの4つだ。四年前、七夕、東中、そして涼宮ハルヒ」
 ぐっ、俺の顔色が変わってしまったことを何故責められるだろうか? そして、佐々木はそれ
を見逃してくれるようなヤツではない。
「なるほどね、これもキミの北高不可思議スクールライフのイベントの一環だったわけか」
 な、なぜそれを知っているんだ。
「種明かしは簡単さ。ふとした偶然で、僕は4年前に東中を騒がした七夕の校庭落書き事件の
主犯が涼宮さんであることを知ってしまった」
 まぁ、谷口も知っていたくらいだからな。俺らの代の東中出身者なら、みんな涼宮ハルヒと
さまざまな珍事件を知っているんだろうな。だが、どうして俺がそれに絡んでいると考えたんだ?
「簡単なことさ、僕は一緒にその時に校庭に描かれたえ~~と、何とも表現しにくいメッセージの
写真を入手したのさ」
 ! コイツはいまメッセージと言ったか? なぜ、アレがハルヒの残した意味のあるものだと
知っているのだ。ハルヒ本人ですら、知らなかったかもしれないのに?
「ああ、キョン。僕はもちろん、校庭一面に描かれたあの紋様が示す意味を知っている」
 一体、どうやって、そこまで口にした所で、分かってしまった。九曜か。
「ご明察、二年前、この事件についてキミと語り合ったね。まさかと思ったので、聞いてみた
んだ。“私はここにいる”そう描かれていると九曜さんは教えてくれた。まぁ聞き出すにはず
いぶんと手間がかかったけどね」
 そうだろうな。九曜とまともにコミュニケーションが取れるとは思えない。
「なかなか手強かったよ。さて、この落書きのようなものに宇宙人的には有効なメッセージ
性があった。この情報を得ることで、過去の涼宮ハルヒの奇行と呼ばれているような行動は、
すべて意味のあった行動となって立ち上がってくる」
 むお、そうか。七夕は宇宙人的メッセージ、なれば机と椅子をすべて校庭に放り出したとか、
教室にお札をベタベタと貼り付けたとか、屋上の給水タンクにテニスボールを投げつけるなん
てのも、未来的、あるいは超能力的に意味のある行動だったのかもしれないってわけだ。
「その通りだよ、どうだい? 好奇心がわかないか?」
 正直、興味がわかないといったら嘘になる。ハルヒが過去に行った奇行を調べて、そこに隠
されたメッセージを見出すのはとても面白そうだと、素直に思った。だけど、同時に、それはし
てはならないことのようにも思えた。
「すまないな、それは止めとこう。代わりといってはなんだが、その四年前の七夕についてだっ
たら教えてやれるぜ」
「ふむ、じゃあ、そうさせて貰おうか」


 そうして俺は、あの不可思議な七夕を巡る冒険を佐々木に語ることになった。


「あのメッセージを校庭に描いたのはキミだって?」
 佐々木はなんともおもしろい物を見たというように、目を細めた。
 なんか、舌なめずりしている猫の前に立つネズミのような気分だぜ。
「ふむふむ、そうなると、四年前にキミが原因で涼宮さんは、その、なんだチカラに目覚めた
ということなのかな?」
 いや、それは違うようだぜ。時間の流れがどれだけ影響するのか分からないけれど、すでに
涼宮ハルヒはさまざまな勢力に監視されているんだ。つまり、七夕の件は、何かの転機になっ
ているかもしれないが、少なくともハルヒの覚醒とは関係しないはずだ。
「ふぅむ、時間をね、飛び越えることが可能なのだとすると、因果関係というものは根底から
崩れ去るからね、キミは気がついていないかもしれないがね」
 ん、俺が何に気がついていないって?
「う~~~~~~~、キミは本当に鈍い瞬間があるなぁ」
 何を言いたいんだ、お前さんは。そして、なんで、お前さんはやや頬を染めているのだ。
気色悪い。
「ぐっ、まったく失礼な男だな、キミは。僕はね、涼宮さんの転機ではなく、キミの転機だった
のではないか? そう言っているんだよ」
 なんだって? まるで意味がわからん?
「ふぅん、ごまかしているようにも、本当にわからないようにも思えるね。では、言い直そうか? 
成績優秀でいくらでも進路を選べたはずの涼宮さんがどうして県立の普通科高校に進学した
のだろう? キョン、言ってしまえばキミは北高しかなかった。だけど、彼女はそうじゃないんだ」
 それは俺としても、疑問に思っていることだ。世の中に目を向ければ、もっと面白いカリキュ
ラムを持っている高校なんていくらもある。もっとも、存外、涼宮ハルヒの世界は狭い。本当に
人と違った経験を積みたかったなら、大阪や東京に出るなり、留学するなりしてもいいはずな
のだ。古泉がいつも言うように、涼宮ハルヒの本質は、普通の女子高生なのだということなの
だろう。いまいち、信じられんが。
「違う、彼女が進学する先は北高でなければならなかった。そうしなければならない理由があっ
たのだ」
 ほう、そうなのか? もし、よければその理由とやらを聞かせて欲しいね。
 そう告げた俺を佐々木は珍しい物でも見たかのように大きな瞳を見開き、そして、唇を悪魔的
に歪めて見せた。
「北高には、キミがいたからだよ、ジョン・スミス。彼女はキミを追いかけて北高にいるんだ。
そうなれば、彼女がすべての部活動に仮入部したという行為の意味も変わってくる」
 ん、そりゃどういうことだ?
「キミにはわからないかい? 初恋の人を追いかけた少女の純情は?」
 お生憎様。そういうのとは無縁の人生を送っているからな。
「なかなか聞き捨てならないことをさらりと言ってくれるが、いまは深くは突っ込まないよ。
さて、中学一年の時に出会った高校一年のお兄さんは、同じ高校に行った時、どうなって
いると思うね」
 真っ当な人間なら、その高校を卒業してるだろ、ふつー。
「その通りだね。涼宮さんは行動的な女性だ。おそらく、ジョン・スミスが北高生だと知った
以上、すぐに北高の在校生を調べただろうね。校門で見張るとかいかにもしそうじゃないか」
 実際、年末に出会ったもうひとりの涼宮ハルヒは、そういうことをしたと俺に告げた。
ん、だがあっちのハルヒは、北高ではなく光陽園女子、っとあの世界では光陽園は共学校だった、
に通っていたのだっけか。この違いはなんだろうな。
「さて、そんなことをしても、ジョン・スミスは見つからない。彼は、実は北高生ではなかった
のだろうか? いろいろ考えたろうねぇ。一年経っても、二年経っても彼には会えない。一瞬
だけすれ違った非日常。彼女がそれに過度の期待をかけたのもムリはないだろうね」
 わかったようなことを言う佐々木。すこしだけムカついてしまったのは、俺が今や、押しも
押されぬ涼宮ハルヒの一味、ことSOS団の団員になってしまったからだったのだろうか?
 佐々木は、悪戯が見つかった子供のように、ぺろりと舌を出した。
「ふふ、気を悪くしたかい。済まないね、謝罪しよう。コレは単なる岡目八目というやつさ。
人間の行動なんてものは当事者よりは周辺の人間の方が正確に分析できている、なん
てことは珍しくもない。さて、彼女はすべての部活動に参加した。彼女が探していたのは
トンチキな活動をしているクラブや同好会ではない。大体、彼女の興味を満たせるような
ヘンな部活なんてマンガの中くらいにしか存在しないというものだ」
 その事に関しては、まったく否定する気にはなれないな。
「そんなことに涼宮ハルヒが気がつかないとでも思っているかい? 」
 そうだ、あのハルヒがそんなことに気がつかないはずもないのだ。じゃあ、ダメだとわかって
あれだけの行為を無為に繰り返したのか。
「人間の行動には必ず何らかの理由がある。本人すら気がついていないこともあるがね」
 じゃあ、プロファイラーさんは涼宮ハルヒの一見、意味のない行動の理由が分かっているのか?
「僕が思うに、彼女はきっとキミを探していたのだよ」
 は? 俺はハルヒがそんな奇行に精を出している間にも、あいつの前に座って授業を受けて
いたのだぜ。
「幸せの青い鳥は目の前にいる、の典型というわけだね。彼女はすべての部活を調べて回った。
だけど、そこにはジョン、つまりキミの影はなかった。卒業したばかりの一代前のOBだ。もし、
所属していればなんらかの記念品なり、活動の記録が残っていても不思議はない。中学生時代
の彼女は、ジョン・スミスを見つけることができなかったんだ。だから、彼女は北高生になるしかな
かった。そうすることで、彼女はジョン・スミスと同じ空気を吸おうと思ったのだ。卒業アルバムなん
かはとっくにチェックしているだろうね。もちろん、その中にはジョン・スミスの実在を証明する物は
写真一葉たりともなかっただろうが、ね。さて、彼女は落胆したのだろうか? それともジョン氏の
不可思議性にさらなる磨きがかかったと喜んだかな? はてさて、その後のことを思うと、どうやら、
彼女は誰かさんのおかげで、コペルニクス的転回を迎えたようだね」
 一気に喋り、佐々木はコーヒーで喉を湿らせ、糸のように瞳を細めて、俺をじっと見つめた。
 お前もSOS団の結成は、俺の責任だというのか。つうか、なんでそんなことまで知っているんだ?
「僕にも独自の情報網はあるし、キミが思っている以上にキミたち涼宮ハルヒの一味ことSOS団
は有名だ。そしてキミの知らない友人も僕にはいるということさ」
 橘やら九曜やらの顔が思い出された。よくよく考えれば、この近辺では、SOS団の知名度は
意味なく上がっている。そして、国木田当たりはSOS団結成の顛末も、北高における涼宮ハルヒ
の奇行も、佐々木の電話番号も知っている。この程度の情報はいまや秘匿レベルが大いに下がっ
ていると言うことなのだろう。まったく、やれやれだ。
「実のところ、僕も、七夕にはちょっとした思い出があるんだ。ま、それについては別の機会に
教えてあげるよ」
 へぇ、そうかい。別に興味ないが、話してくれるんなら聞いてやらないでもないぜ。
「おやおや、ずいぶんとご機嫌斜めになってしまったようだ」
 別に、気を悪くする理由なんかない。だが、現実として、俺の心は妙にささくれだっている。
なんでだ。SOS団の奇行なんて今に始まったことじゃあない。別段、誰に後ろ指さされようが、
恥じるところなぞない。……そのはずだ。
「これは、これは、正直、妬けてしまうね。一年余りのブランクはあまりに長すぎたというわけか、
これは僕の愚かさゆえの罪だな。ねぇ、よく逃した魚は大きいっていうよね、キミはどう思う?」
 はぁ、一体なんでそんな話になってるんだ?
「いいから、答えておくれよ」
 そんなの隣の芝生は青いの類語だろ? 冷めてしまったコーヒーを嚥下する。
 右の拳をかるく唇に当てて、佐々木は上品に、くく、と笑った。それはまさに苦笑という言葉が
相応しい音を立てた。
「なるほど。さすがはキョンだ。隣の芝生は青い、か。確かにその通りだね。じゃあ、もうひとつ
質問させてくれないか。僕が世界に唯一のものを落としてしまったとしよう。探したのだけれど
見つからない。半年は落としたことに気づかなかった。半年は探したけれど見つからなかった。
それは物の道理というヤツで、それはもう誰かに拾われてしまっていたのだ。さて、半年経って
も、落とし主の現われない落とし物は拾得者のものになる、それがルールだ。落とし主が一年
後にそれを取り戻そうとした。キミが拾い主だったとして、キミはそれを返すかい?」
 なんだかよくわからん質問だな。たとえ話にしてはまったくもって具体的ではないし、大体、
落としたことに半年気づかなかったんならそりゃ大事な物じゃなかったんだろ。取り戻せなく
ても自業自得じゃないか。
「くくっ、まったくもって耳が痛いね。まぁ、この場合は、気づかなかったというより気がつくこと
を無意識の内に避けていたというのが正解ではあるんだけどね」
 ま、どっちにしろ、まずは話し合いだろう。世界にひとつしかなくったって、共有できるもの
なら、共有したっていいわけだしさ。
「確かに、一夫多妻制は野生動物の間では珍しくはないからね。相手にとっても、それが本当
に世界で唯一のものなら、そういう解決手段もありといえばありだね。道徳的な観点は、まぁ置
いておくとして」
 おいおい、一体何の話だ。
「ん、なに。世の中、本当に代えの効かないものがあるのかどうかという話さ」
 お前が何を言っているのか、さっぱり分からん。
 俺がそういうと、佐々木は艶っぽく微笑んで、唇を軽くなで上げ、その指で俺の頬に触れた。
 な、なにするんだ、いきなり。
「ふふ、許可を取れば、許してくれるのかい? 僕はこう思ってる。人の出会いは先手必勝、と。
どんな魅力的な人物でも、出会いが遅ければ、意中の人物がいる可能性は上がる。もちろん、
自分の魅力に自信があるなら、その人の興味を引くこともできるだろう。だけど、まぁ、難易度は
上昇する。なら出会った瞬間に自分が相手に興味があることを即座に伝えたほうがいい。興味
をもった人物には近付く、好きな人には好きという。相手に自分を知ってもらうことから人間関係
は成立する。もちろん、時には、それが哀しい結果を招くこともあるだろうね、しかし次の出会い
がいつ来るかは誰にもわからない。ならば、その時、その時の自分の本能にはしたがった方が
よい、そうは思わないか?」
 一理ある言葉だが、今の行為と、その言葉が俺には結びつかないのだが?
「まぁ、つまりだ。出会ったのは彼女の方が早く、ツバを付けたのは僕の方が早い、とこう言いた
いわけさ」
 はぁ? とは言う物の頬に添えられた佐々木の指先は冷たく、俺は頬がほてっているのを感じ
ていた。いかん、いかん。何、雰囲気だしてんだ。冷静になるんだ。俺の人生に、そんなにうまい
話があるわけねぇ。
 俺は佐々木の右手を頬から剥がし、そっとテーブルの上に置、こうとした。その瞬間、佐々木の
右手は俺の左手をさっと絡め取る。
「キョン、この夏は一緒に遊びに行こう。僕は一年間、お預けを食ってしまっているからね、キミと
一緒にしたいことが溜まっているのだよ中学生の頃にはできなかったことも多いしね。大体、キミ
との夏の思い出の多くが夏期講習というのも我慢できない」
 ま、まぁ遊びに行くぐらいなら大歓迎だが。

「ああっと、順序がおかしくなっているね。僕も大分、興奮しているようだよ、まったく手続き
をおろそかにしてはイケナイね。キョン、僕はキミに興味がある。僕の本能が訴えかけるん
だ。この手を離してはいけない、ってね。中学生の時には理性で押さえ込んだ。高校生に
なって、それが意味のないことだと知った。人間だって動物の一種に過ぎないのさ、キョン。
僕らは惹かれ合うようにできているんだよ。僕が幸運だったってことを知るのに一年かかった。
キミ以上に僕の本能を揺り動かす存在はいないんだってことを、そしてそんな人物に十代の
内に出会えるのは素晴らしいことなんだよ」
 ぎゅっと佐々木の右手に力がこもった。
「あ~~、もしかして俺は遠回しに愛の告白とやらをされているのだろうか?」
「酷いな、キョン。こんなにあからさまな告白なんてそうはないよ。僕はキミに興味を持っている。
もっとキミのことが知りたい。キミにね、僕のことを知って貰いたいんだ。平凡すぎてイヤになる
が、僕はキミのことがきっと好きなのだよ。ちなみに、これは僕の感情だから、キミは別に応える
必要はないぞ」
 よくわからんがそういうものなのか?
「もちろん、キミが応えてくれるというなら、僕はいつでも大歓迎さ。でも、それはキミの感情として、
キミの意志の元で行なって欲しい」
 はてさて、俺はどうした物だろうか? とりあえずは、ふたりでどこかに遊びに行こう。
そうすれば、きっと何かがわかるだろうさ。
 この変わり者の中学時代の親友が今の俺にとってどんな存在なのかってことが。
「さぁ、高校2年の夏は短いよ、勉強も遊びも精一杯やらないといけないのだからね。
キミと夏の間にやっておきたいことは山ほどあるのだ」
 佐々木は喜々として、持っていた鞄からノートを取り出し、夏休みの計画表を作り始めたのだった。
 まったく、お前も、そういうことをするのか? やれやれ、今年の夏も長くなりそうだ。

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最終更新:2007年08月07日 23:58
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