23-652「佐々木さん、『スパイダーマン3』を観るの巻」

佐々木さん、『スパイダーマン3』を観るの巻

秋の週末、SOS団の活動も休みの一日。
話題のB級アクション映画の第3作が、ようやくDVDになったのでレンタルショップに赴いた。
何せ、我が団のワガママスカーレットウィッチこと団長殿が興味を持ったりすると、
一般人が手首から「シャザーム」とか言いながら蜘蛛の糸を出す世界が実現してしまう
可能性があるため、公開当時は観たくとも観られなかったのだ。
「おや、キョン? こんなところで出会うとは奇遇だね」
なんだ、佐々木もDVDを借りに来てたのか……って佐々木よ、
高校生が「ジーザスクライスト・スーパースター」のビデオを借りるのはどうなんだ。
まあ面白い映画であることは否定しないが。
「以前、衛星放送で放映されたものを録画はしたのだけれど、ちょっと画質が悪くてね。
 まあどうしても観たいというわけじゃない。君の方はDVDかい?」
ああ、アメリカのB級アクション映画だよ。お前はそういうの興味ないだろ。
「スパイダーマン3かい。そうでもないよ。それなりに関心は持っている。
これはコミック原作の中では最も恵まれた方だしね」
だったら一緒に観るか。レンタル代半分出してくれると嬉しいぜ、なんて……。
「是非そう願いたい!」
そ、そうか。お前がそんなにアクション映画好きだとは思わなかったぜ。意外だな。
「……いや、そう思ってくれてかまわないよ、うん。いちいち説明するのも面倒だから」
そうか。

二人でDVDを借りて帰りしな、佐々木はいかにスパイダーマンが恵まれているかを
語ってくれた。
ハルクとかデアデビルとかキャプテンアメリカとかゴーストライダーに比べれば、
ファンは泣いて喜ぶべきだそうだ。
意外に濃いマニアだな佐々木。だが「スティール」を忘れてはいかん。
あれに比べればたいがいのものは許せるようになるさ。

両親は買い物、妹もミヨキチと出かけているので、二人で居間を独占して鑑賞会の開始だ。
ついてるな、佐々木。妹がいたらいちいち質問するから観る方に集中できないんだ。
「そうだね。こうやって既成事実を積み重ねて、ご家族に認知させるというのも一つの手だね」
何故か会話が噛み合ってない気がしたが、気にせず観ることにする。
1泊2日で借りてしまったので明日返さねばならんのだ。

あいかわらず凄いCGでスパイダーマンがNYを飛び回り、
それが大人気になってピーター・パーカーは有頂天だ。
普段脚光を浴びない奴が、たまに注目されると舞い上がるというのは、
なんだか笑うに笑えないところではある。
凡人は凡人のままでいた方が幸せだと思うぞ、うん。
「キョン、前々から思っていたが、トビー・マグワイヤは、ハリウッドで一番
「のび太くん」を演じるのに相応しい俳優なのではないかね」
唐突だな佐々木。だが確かにこういう憎めない小心者って、
ハリウッドの大物俳優だと珍しいよな。
なんだかんだで、観てる方が体を動かしてしまうような、躍動感あふれる映像は楽しい。
こういう作品こそ、映画館の大きなスクリーンで迫力を楽しみたいんだがな。
お、なんだ佐々木、そんな爺さんのシーンでいちいち止めて巻き戻して。
「くっくっ。今回は一度で見つけたよスタン・リー。まあどんどん露出頻度が高くなるから、
難易度が下がってきている気もするけれどもね」
そうか、あれスタン・リーか。元気なじいちゃまだよ本当に。
しかし、なんというか、悪夢にうなされて目覚めたら、コスチューム着てなかったはずなのに、
突然コスチューム姿で、しかもそれが真っ黒になってるって、もうちょっと異常事態に
慌ててほしいよな。まあ話の都合上仕方ないのかもしれんが。
「そうだね。自分のベッドで寝ていたと思ったら、涼宮さんと二人だけの世界に
閉じ込められた人なんかは、もっと慌てていたと聞いた覚えがあるよ。
ああでも、そのときは冷静に涼宮さんに、せ、せ、接吻して悠々と帰還したんだっけ?」
いやお願いだからそこに突っ込むのはやめてください佐々木さん。
それにしても誰が佐々木に喋ったんだ。古泉の奴か、それともまさか長門か。
「あのブラックコスチュームはね、一時期マーブルコミックスのヒーロー全体に、
黒いコスチュームが流行した時期があったんだよ。蜘蛛男さんも同様だったのさ。
なにせ何年も同じタイツのコスチュームだから、編集部もテコ入れに気を使うわけさ」
ああ、聞いたことあるな。でも不評ですぐ元に戻したとか言ってたような。
「うん。人気ヴィランのヴェノムを生み出せたことだけが、収穫だったようだよ」

「それにしてもサンドマンが強敵になるとはねえ。くっくっ」
そうか。フリント・マルコ役の人の顔も味があって、結構いかしてると思うが。
「でもキョン、サンドマンだよ。ハイドロマンと並んで、あまりぱっとしないヴィランじゃないか。
他にエレクトロとかリザードとか……もぱっとしないか、うん」
は、ハイドロマンバカにすんなよ、サンドマンと合体してマッド・シングになって
大暴れしたこともあったんだぞ。
「流石に濃すぎる話題になってしまったかな」
そうだな、別に誰に解説してるわけでもないんだが、多分誰も話についてきてない気が
ひしひしするので、映画視聴に専念しようか。

アクションシーンの連続が終わり、エンドロールが流れだす。
エンドロールまできっちり観る人ではないので、とりあえず佐々木にお茶でも入れてやろう。
しかし、1、2と比べて質が落ちてるわけではないんだが、
なんかすっきりはしない感じがするのはなんだろうな。
「スパイダーマンが悪の誘惑に駆られる話だからね、そこはしょうがないことだよ。
 それに映画だと、話の最後でヴィランがきっちり死亡するからね。
 コミック読者はそこにも違和感があるんじゃないかな」
ああそれだな。ドクター・オクトパスが復活してメイおばさんに結婚申し込んだり、
死んだと思ったゴブリンがあれはクローンでしたとか言って再登場しないもんな。
「……クローンを出さない分だけ、映画の方が良い気もするよ。
 アメコミの中でクローンで一番評判落としたのは、多分スパイダーマンだからね。
 僕は、ベン・ライリーのファンだったんだよ……」
お前もクローンサーガで泣いた奴の一人か。あれはひどかったよなあ。

「まあ、監督の嗜好で、人気の高いヴェノムがあまりにもチャチだとか、
 女性陣がメイおばさん以外扱われ方があまりよくないとか、
 事前に聞いていた評判どおりのところもあったけど、監督の描きたいことは、
 結構ぶれずに描ききれていたんじゃないかな。僕は満足したよ。君はどうだい?」
ま、楽しめたよ。
人が善悪を選択する象徴として、スーパーパワーを描くっていうテーマもしっかりできてたしな。
「うん、それとね、僕はもう一つテーマがあると思うんだ。
 映画では、執拗なまでに「望んだわけでもないのにスーパーパワーが身につき、
 自分が人間ではなくなってしまった」人物ばかり描いてきたけれど、
 その中で、ピーター・パーカーはスパイダーマンとなり、
 他の人たちはヴィランとなり、破滅していった。
 その違いは何だと思う?」
ピーターは叔父さんの遺言で「善いこと」を志向し続けたことかな。
「僕はね、ヒドイ言い方をするようだけど、
”自分の器に見合わないものを得てしまった者は破滅する”というのが、監督が描きたかった
 裏のテーマであるような気がするんだ。原作のテーマとはまた別にね。
 ピーター・パーカーはね、たとえ放射能を浴びた蜘蛛に噛まれなくても、
 その魂の器は元来、人々が求めるヒーローのそれであり、そのおかげで力を得ても、
 多少の失敗はあるかもしれないが、自分自身のままでいることができ、
 だからこそヒーローとして、自分を保ち続けられ、破滅せずにいられる。
 そんな風に思うんだ。
 自分の器にあまる力など得ても、十中八九、それは破滅のもとにしかならないよ。
 力にふりまわされない強い人か、力を逆に振り回してしまうような人じゃないと、
 大きな力は、人にむしろ害を与えるような気がするよ」
 虎が強いのは、最初から虎が強いからだ、とかそんな感じか。
「くっくっ。ちょっと違うような気もするけど、まあそんなところかな」

いつものようにとりともめもない雑談を、コーヒー二杯と
珍しく妹の魔手を逃れていたクッキーがなくなるまで楽しんで、佐々木は辞去していった。
送ろうかと言ったのだが、玄関で謝絶された。
「今日は楽しかったよ、キョン。ありがとう」
俺も楽しかったよ。久々にお前の雑学を飽きるくらいに聞けたしな。
「そうかね。
 ……ところでキョン、君は、一体どちらになるのだろうかね。
 自分の理解も及ばないほどの力を望まずして手に入れて、いや、手にしたとしたら、
 それに振り回されて変貌するのか、それを使いこなすのか……」
俺か? 俺は凡人のままでいいよ。さっきも言ったろ。
平凡な人間は、平凡な幸せを求めるべきなんだよ。小市民万歳が俺の信条だ。
「くっくっ。君はそう言うと思ったよ。本当に、君は変わらない。嬉しいよキョン。
 じゃあ、またね」
そう言うと、本当に面白そうな、嬉しそうな笑顔を浮かべて、
橘たち一派に神と崇めたてまつられる佐々木は帰っていった。
なあ、お前は、どうなんだろうな。


ちなみに全然気づかなかったのだが、トイレのペーパーが三角折りになってたり、
コーヒーカップにリップクリームがついていたらしく、
家族が帰ってきて即効で「俺が家族のいない間に女性を家に連れ込んだ」とバレた。
しかも週明けにはさらに即効でハルヒの奴にもバレていて、
古泉がしばらくバイト漬けになった。
なあ、佐々木。俺は陰謀の臭いをひしひしと感じるんだが、気のせいじゃないよな。

「くっくっ」

                                         おしまい

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最終更新:2007年11月01日 14:37
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