27-388「正月風景」

「お前の様な男っぽい事を言う小生意気には買ってやらん」

 ウチの父親はそう言って僕に晴れ着を買ってくれなかったのだけど、僕は確信しているのさ。
きっと娘の晴れ着姿を見たい筈に違いないってね。
 そう考えた僕はお年玉と解約した銀行預金を握り締めて衣装レンタルの店へと行ったんだ。
正月明けは実は安いのだ。

 そこは僕も想像絶する程に色んな衣装が揃っていて、浴衣や着物、ウェディンドレスやアダルティックな毛皮物、それに何に使えば
いいのか判りかねる派手な原色系の洋服とか、とにかく色んな衣装があってね、女だったら一度は行ってみるのも悪くはないと思うよ。
 そして僕はウェディングドレス・・・いや、着物を選ぼうと思ったのだが今まで着物に袖を通した事がない僕としては、何を選べばい
いのか判らなくなって頭が真っ白になったんだよ。キミ達だってきっとあるだろう?選択肢が多すぎる事の悩み。
その時の僕はまさにそんな状態だったのさ。心理学的にあれこれ言えるけど、平たく言えば王様気分と言えよう。

 結局僕が何を選んだかって?
以前にキョンから聞いた話に、いとこの姐さんがブラジル蝶の様になって・・・という小話を思い出して、暖色系の明るい下地に大きな
蝶があしらわれた、少し派手かな?と自分自身でも思ってしまう様な着物を選んだんだよ。
1泊2日で意外にもリーズナブルな料金だったので素材は化繊かな?と思ったけど要は中身が重要なのさ!
 和装に似合うヘアスタイルに整えてもらおうと、その足で今度は美容院に向かったんだよ。
ちょっと失礼だなぁって思ったよ。昔から通い慣れているお店だけど、晴れ着を抱えた僕を見てお店のおばさん、目が点になったんだ。
確かに自分でも少しジャンプした気分だけど、僕だって生物学上は雌なんだしこれぐらいしてもいいじゃない。
小話を少しするとおばさんも我が意を得たりって感じで、僕の髪を色々と触り始めたんだけど結局は髪を切り揃えて、後ろをバレッタ
で少し結ぶ感じに仕上がった。
 もっと正月らしくならないのかな?と聞たけど、僕の髪の長さではこれが精一杯らしい。おばさんとしては「後れ毛が色気よ」と言
って「他にはカツラがあるわ」と薦めたけど、カツラはちょっとねと話すと低い声で笑った。
「少し待ってなさいね」とおばさんが言うと家の中に戻り、暫くすると白い手提げを持ってきた。「うちの娘のお下がりだけどね」と
おばさんが言うと娘さんの話を始めた。そうだ、ここのお姉ちゃん、おととし結婚したんだよね。
 結局、バレッタと手提げはおばさんから僕へのプレゼントになったらしい。

 全身鏡を見て着付けと髪と小物のカルテットに満足した僕はおばさんに土産話をするからと言い残し、さっそく家に帰ったんだ。
家に帰った時の両親の姿を見ると今でも笑ってしまうよ。
お母さんは「あんた誰?」って言うし、お父さんも目を点にして文字通りの「絶句」の状態だからね。
それから両親も着替えて親子揃っての撮影会になったんだけど、本当におばさんの言う通りだったのには笑いが止まらなかったね。
お父さん、僕の後ろから首筋にかけてのショットを撮りたがってたんだ。それをお母さんが止めようとして少し騒ぎになったよ。


 両親でもこんな具合だからキョンならどう言うだろうと思った僕は、小走りにキョンの家へと向かった。
少々お転婆すぎるかな?と思ったけど、裾を両手でちょこんと掴んで掛けたのはここだけの秘密にして欲しい。
 キョンの家の前で身なりを整えてから大きく何回も深呼吸を繰り返して呼び鈴を押すと、ピンポ~ンのピの字でキョンが出て来た。
あまりのタイミングに僕も驚いたし、キョンもビックリした表情で僕を見詰めていた。
「よう、佐々木!」
 あれっ?両親ですらあの醜態だったのに、君の反応はいつも通りなのかい?

 どこかへお出かけ出来るかも!?って考えていた僕は大きく予想を覆され、キョンの部屋まで入ることになったのさ。
キョンはいつだってそうだ。僕のタイムスケジュールを大きく狂わせてくれる。
その後、色んな話をしたと思うけど詳細は僕自身記憶の範疇になかったから詳細はキョンに聞いて欲しい。
僕は必死に話の穂を継ぎつつ、以下の様な話題になるのを必死に誘導していたんだ。

「なぁ、佐々木よ。
 新年の抱負というか、予定好きのお前なら今年は何をしたいとか目標があるのか?」

・・・・・・待ってました!この質問!!このシチュエーションを導き出す為に幾度となく眠れぬ夜を過ごしたのか君は知るまい!!

「ぼ、ボク。
 姫始めと云うのに興味があってね、君となら構わないと思っているんだ」

・・・・・・言っちゃったよ、わ・た・し!!・・・お父さんお母さんゴメンナサイ。娘はこんなはしたない子だったんです。

「じゃぁ、佐々木。両足を揃えて立ってくれ」

・・・そのまま押し倒してくれても僕はいっこうに構わない。立ったままの剥衣プレイが君の好みなのか?
 こんな時、僕はどうすればいいのかい?胸に手を重ねて首を上げたポーズがいいのだろうか??

 僕の聴覚にどくどくと鼓動が感じられる。
知っての通り、鼓動を聴覚で確認することは出来ない。これは耳殻の末梢神経に流れる血液の摩擦音を・・・と考えてみたけれど、頭の
中がパニックを起こし始め、たぶん脳内血液ハイウェイで出入り禁止の措置が行われているに違いない。おそらく、行き先を失った
血液の一部は僕の頬を真っ赤に染めて、健全な青少年の劣情を催しているに違いない!そうあると願いたい、この瞬間だけ!!

 腰に自分ではない誰かの力が加わる。
・・・いきなりそっちなんだ。
既に瞳を閉じていた僕はこれまでになかった感情、すなわち他人の為すがままでいようと思っていたから、それに抗しない。

「うりゃ!」
「あ~れ~!!」
 僕の世界は暗転した。
・・・キョ、キョン。それは「生娘独楽回し」と言って「姫始め」とは違うんだが・・・・結果が同じならまぁいいか。

「あっ、キョン君。佐々木ちゃんでコマ回ししてる~!わたしもするのぉ~!!」
・・・しまった!これも想定外の一種なのか!?なのね!!
その後、キョン一家と遊びに遊んで顔を墨で真っ黒にして家に帰ったのさ。


 ん~、なんだい? 佐々木さんはツキが無いって??
何を言っているんだキミは。少し遅くはなったけど、キョンと一緒に素肌の正月風景を味わったんだ。
これ以上の幸運を望むって贅沢極まりないよ。願わくば僕とキョンが主人公の正月風景であればと思うけど、それは僕の努力次第さ!
年頭の気合い入れにはこれで充分じゃないか。
 僕はそう思った。

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最終更新:2008年01月05日 22:45
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