「騎士団長の長い一日」
「おいおい、こりゃマズイんじゃないの~?」
硝煙に包まれ、その面影を一切残さない祖国の惨状を前にして、ラクロア騎士団長フラガが呟く。今日はめでたい毎年恒例の式典の日であり、今年勲章を授与されるのはあの近衛騎士デュエルの弟ストライク。
そのため、あまり感情を表に出さないデュエルも、友人であるイージスも随分と嬉しそうにしていた。
だが、彼らは式典の最中、王を手にかけ、門を壊し城に火を放った後同時に襲撃してきたザフト騎士団と共に国から脱出しそのまま逃走してしまった。
自分がいつまで経っても現れないストライクの様子を見に行かせるよう兵士を手配している間に、全てが起きてしまった。あの場を離れるべきではなかった。
いや、その場にいても彼ら二人を相手にしては被害は抑えられなかったのかもしれない。フラガは歯噛みして惨状を睨んだ。
未だ収まらぬ苛立ちを抑えるように瞳を閉じ息を吐いて呼吸を整える。とにかく今すべき事は状況を把握し、彼らを連れ戻すことだ。
王は重傷を負ったものの、一命はとりとめたらしく、大臣がつくとの事なので任せることにする。外に出てみると、王の間から門までは至る所が破壊され火をつけられた城はさすがにひどい状態であったが、
城下町の方は煙と異臭騒ぎだけで済んだ様だった。行動があまりにちぐはぐだ。
これは別の人物の仕業なのだろうか?思案にふけるフラガの元に、城の門番をしている兵が近づいてきた。
「あ、あの…」
「おう、どうかしたかい?」
「実は先ほどストライクがここに現れたのですが、私を瓦礫から助け出した後
事情を聞くやいなや大通りから国を飛び出してしまいまして…恐らく近衛騎士どの達とザフトの者達を追ったのではないかと…」
「何っ!そいつは大変だ」
懐から緊急招集用の笛を吹く。あっという間に騎士団が集まり整然と立ち並ぶ。
「おーし、救出作業をしているヤツ以外で手が空いてるのはこれだけだな?」
全員が頷き、フラガの次の言葉を待った。
「それではこれより近衛騎士及びザフトの追撃を開始する!――各人、言いたい事はあるだろうが、とりあえず一発ずつお見舞いしてやれ!」
少し怖気づく者もいれば、血気盛んな闘士隊などはやる気に満ちている。様々な反応を楽しんだ後、改めて命令を下す。
「あー、興奮気味の闘士隊には悪いが君達には城に残ってもらう」
間髪いれずブーイングが飛び交う。さすが、『彼』の部下だ。だが、それだけに扱いやすいものである。
「現状を見ろ!城は崩れ、未だ生き埋めになっている仲間や煙や異臭に巻かれ混乱している民を救えるのは、諸君しかいない!」
やや大袈裟に、力強く演説すると闘士隊の一人がそうか…と呟く。それが波のように全体に伝わりそのうちざわめきだしたかと思うと円陣を組み、一人が掛け声を上げた。
「俺たちはここに残ってみんなを助けるぞー!」
「「「「「「「オォーーーーーーーッ!」」」」」」」
「というわけで、後は任せたぞ、バスター」
すっかりその気の闘士隊を横目で見ながら、『彼』の肩を強く叩いてやる。
「あ、あぁ…任せてくだいや、任せろ」
一瞬体を強張らせ、落ち着かない様子で返答をする。その表情は不自然すぎるほど無表情であった。
だが、なんでこんな大変な時に副隊長はいないんだとか役立たずだなとか言われてうなだれる様には同情を禁じえない。
こうして闘士隊を残し、出られる者を連れて国を出る。敵の動向を追っていた兵に尋ねたところ、ストライクが彼らを追って行ったのはやはり本当のようだ。フラガは馬を駆ると大勢の部下を引き連れ渓谷へと急いだ。
硝煙に包まれ、その面影を一切残さない祖国の惨状を前にして、ラクロア騎士団長フラガが呟く。今日はめでたい毎年恒例の式典の日であり、今年勲章を授与されるのはあの近衛騎士デュエルの弟ストライク。
そのため、あまり感情を表に出さないデュエルも、友人であるイージスも随分と嬉しそうにしていた。
だが、彼らは式典の最中、王を手にかけ、門を壊し城に火を放った後同時に襲撃してきたザフト騎士団と共に国から脱出しそのまま逃走してしまった。
自分がいつまで経っても現れないストライクの様子を見に行かせるよう兵士を手配している間に、全てが起きてしまった。あの場を離れるべきではなかった。
いや、その場にいても彼ら二人を相手にしては被害は抑えられなかったのかもしれない。フラガは歯噛みして惨状を睨んだ。
未だ収まらぬ苛立ちを抑えるように瞳を閉じ息を吐いて呼吸を整える。とにかく今すべき事は状況を把握し、彼らを連れ戻すことだ。
王は重傷を負ったものの、一命はとりとめたらしく、大臣がつくとの事なので任せることにする。外に出てみると、王の間から門までは至る所が破壊され火をつけられた城はさすがにひどい状態であったが、
城下町の方は煙と異臭騒ぎだけで済んだ様だった。行動があまりにちぐはぐだ。
これは別の人物の仕業なのだろうか?思案にふけるフラガの元に、城の門番をしている兵が近づいてきた。
「あ、あの…」
「おう、どうかしたかい?」
「実は先ほどストライクがここに現れたのですが、私を瓦礫から助け出した後
事情を聞くやいなや大通りから国を飛び出してしまいまして…恐らく近衛騎士どの達とザフトの者達を追ったのではないかと…」
「何っ!そいつは大変だ」
懐から緊急招集用の笛を吹く。あっという間に騎士団が集まり整然と立ち並ぶ。
「おーし、救出作業をしているヤツ以外で手が空いてるのはこれだけだな?」
全員が頷き、フラガの次の言葉を待った。
「それではこれより近衛騎士及びザフトの追撃を開始する!――各人、言いたい事はあるだろうが、とりあえず一発ずつお見舞いしてやれ!」
少し怖気づく者もいれば、血気盛んな闘士隊などはやる気に満ちている。様々な反応を楽しんだ後、改めて命令を下す。
「あー、興奮気味の闘士隊には悪いが君達には城に残ってもらう」
間髪いれずブーイングが飛び交う。さすが、『彼』の部下だ。だが、それだけに扱いやすいものである。
「現状を見ろ!城は崩れ、未だ生き埋めになっている仲間や煙や異臭に巻かれ混乱している民を救えるのは、諸君しかいない!」
やや大袈裟に、力強く演説すると闘士隊の一人がそうか…と呟く。それが波のように全体に伝わりそのうちざわめきだしたかと思うと円陣を組み、一人が掛け声を上げた。
「俺たちはここに残ってみんなを助けるぞー!」
「「「「「「「オォーーーーーーーッ!」」」」」」」
「というわけで、後は任せたぞ、バスター」
すっかりその気の闘士隊を横目で見ながら、『彼』の肩を強く叩いてやる。
「あ、あぁ…任せてくだいや、任せろ」
一瞬体を強張らせ、落ち着かない様子で返答をする。その表情は不自然すぎるほど無表情であった。
だが、なんでこんな大変な時に副隊長はいないんだとか役立たずだなとか言われてうなだれる様には同情を禁じえない。
こうして闘士隊を残し、出られる者を連れて国を出る。敵の動向を追っていた兵に尋ねたところ、ストライクが彼らを追って行ったのはやはり本当のようだ。フラガは馬を駆ると大勢の部下を引き連れ渓谷へと急いだ。
どうにかザフトに追いつくことができたラクロア騎士団であったが不味い事にすでに戦闘が始められていた。
ストライクは四人のMS族に囲まれ、その中にはデュエルとイージスの姿があった。最悪の事態を阻止するために突撃するフラガ達の前に立ちはだかる影。観戦に興じていたらしいザフトの騎士達だった。
その中の一人が剣を抜く。ことあるごとに因縁をつけてくるザフトの騎士団長・シグーだ。
「ようやく現れたか…ラクロアの騎士団長フラガよ、いざ尋常に勝負!」
「アンタも懲りないねぇ…急いでるんだけど」
「ならば私を倒して先に進んで見せろ!」
容赦なく襲い掛かる刃を紙一重でかわし、剣を抜いて応戦する。誰かにストライクを任せようとするが、すでに周りでも戦いが始まっている。
唯一太刀打ちできそうなキラはおらず、この場を任せられそうなマリューは残してきてしまっている…決定的な戦力不足を痛感し唇を噛むフラガ。
騎士団長としては彼を切り捨てる選択肢もあった。結果として彼の死で士気が上がる可能性もある。
だが、個人としては未来の希望である彼を死なせるにはかなり気がひけた。
手立てがないまま焦るフラガだがストライクを追い詰める者達の中に、見覚えのある顔を発見すると安堵の表情に変わる。あちらは『彼』に任せても良さそうだ。さて次はどうするかと目の端で周囲をとらえていると突如シグーの剣が頬を掠めた。ぞっとする感覚を押さえ込むように剣を構え、距離をとる。
「余所見をしている余裕があるのか?さすが、ラクロアの騎士団長殿は違うな」
皮肉ったような口調のシグーに、フラガも飄々とした態度で応じる。
「ま、伊達にこの若さで務めてませんからねぇ。それより、彼ら返してくれない?」
「返すも何も、奴らは己が意志で我々の軍門に下ったのだ」
「何?」
「詳しい事は本人に聞くのだな。さて…おしゃべりはここまでだ、若造ォッ!」
一歩踏み込み突きを放つシグー。フラガは簡単に軌道を見切りそれを盾で受け止めた後、右手の剣でなぎ払う。
「そんなこと言って後悔しても、知らねぇぞ!」
ストライクは四人のMS族に囲まれ、その中にはデュエルとイージスの姿があった。最悪の事態を阻止するために突撃するフラガ達の前に立ちはだかる影。観戦に興じていたらしいザフトの騎士達だった。
その中の一人が剣を抜く。ことあるごとに因縁をつけてくるザフトの騎士団長・シグーだ。
「ようやく現れたか…ラクロアの騎士団長フラガよ、いざ尋常に勝負!」
「アンタも懲りないねぇ…急いでるんだけど」
「ならば私を倒して先に進んで見せろ!」
容赦なく襲い掛かる刃を紙一重でかわし、剣を抜いて応戦する。誰かにストライクを任せようとするが、すでに周りでも戦いが始まっている。
唯一太刀打ちできそうなキラはおらず、この場を任せられそうなマリューは残してきてしまっている…決定的な戦力不足を痛感し唇を噛むフラガ。
騎士団長としては彼を切り捨てる選択肢もあった。結果として彼の死で士気が上がる可能性もある。
だが、個人としては未来の希望である彼を死なせるにはかなり気がひけた。
手立てがないまま焦るフラガだがストライクを追い詰める者達の中に、見覚えのある顔を発見すると安堵の表情に変わる。あちらは『彼』に任せても良さそうだ。さて次はどうするかと目の端で周囲をとらえていると突如シグーの剣が頬を掠めた。ぞっとする感覚を押さえ込むように剣を構え、距離をとる。
「余所見をしている余裕があるのか?さすが、ラクロアの騎士団長殿は違うな」
皮肉ったような口調のシグーに、フラガも飄々とした態度で応じる。
「ま、伊達にこの若さで務めてませんからねぇ。それより、彼ら返してくれない?」
「返すも何も、奴らは己が意志で我々の軍門に下ったのだ」
「何?」
「詳しい事は本人に聞くのだな。さて…おしゃべりはここまでだ、若造ォッ!」
一歩踏み込み突きを放つシグー。フラガは簡単に軌道を見切りそれを盾で受け止めた後、右手の剣でなぎ払う。
「そんなこと言って後悔しても、知らねぇぞ!」
どれほど経ったのだろうか。いや、実際それほど経っていないのだろう。
しかし幾度となくつばぜり合いを繰り返し、どちらかが競り勝ったところで効果的な一撃が与えられることはない。たとえシグーが力で上回っても、フラガがすんでのところでかわし反撃に出るからだ。これがフラガの力であった。大局を見極め、対峙する敵の攻撃を読む『目』を持つ。
だが決して長くは続かないだろう。それは、MS族と人間族の決定的な体力の差を物語っていた。
フラガの頬を汗が伝う。部下たちがどうなっているのかも確認できないのは少々つらい。
そこで運が悪い事に『彼』一撃でストライクが崖へと落とされるのを見てしまう。フラガの動きが硬直する。
「坊主ーーーーーーーーーーーーーーッ!」
フラガの痛恨の叫び声が渓谷にこだまするが、戦場が奏でる様々な音にかき消される。シグーはその隙を逃さず長剣を振り下ろす。
フラガは慌ててそれを一歩後ろに飛んで避けると、盾を構え突進する。
「ぐっ!」
弾き飛ばされ、体勢を崩したシグーに瞬間的に全力をこめた一撃を放つ。そこでシグーは意外な行動に出た。重い盾を捨て、腕で剣を受け止めたのだ。食い込む前に、そのまま切り裂いて腕から剣を離す。シグーの腕から赤い液体が滴り落ちる。
「フフ…そう簡単にやらせはせん。だが、人間でありながらこの実力…楽しい、実に楽しいぞフラガよ!」
少々冷静さを欠いて興奮しているシグーにフラガは狂気めいたものを感じた。
だが、このままいけばやれる――そう思ったところで乱入する二つの影。デュエルとイージスだった。濁った目がもの悲しい。
『彼』の方をちらりと見やると瞳を閉じて首を振る。せめてひと思いに、といったところか。冷静に考えれば、あの状況で周囲からバレずに助けろというのも無理な話だ。彼も任務なんてなければ加勢できただろうに。フラガは肩を落とす。
「しゃあない、戦術的撤退ってことで」
別ルートから渓谷の上に登っていた数名の法術隊に合図を送る。法術隊の呪文が渓谷の一部を削り、土砂崩れを発生させる。
同時にラクロア騎士団は土砂が降り注ぐ戦場から離脱した。
「ぬぅっ!小賢しい真似を!」
土砂と砂煙でほとんど何も見えないが、シグーの悔しそうな声が聞こえた。
砂煙が晴れた頃には当然ラクロア騎士団は誰一人として存在せず、土砂をかぶったザフト兵が残るのみであった。シグーは砂塵を払う近衛騎士たちに近づく。
「貴様ら…!一対一の決闘を邪魔しおって、騎士としての誇りはないのか!」
「小うるさい男だ。そんな事でいちいち喚くんじゃない。それよりも」
イージスは何も答えず、デュエルが一度発言を止めてバスターの方を睨む。
「コイツのおかげでストライクを討ち損ねた事の方が問題だ」
睨まれた男は背を向けると、ちっとも悪びれず答えた。
「悪いが、俺はとっとと帰りたかったんでな…当然、報酬はいただくぞ」
報酬という言葉を聞いて、もう一人の傭兵がバイザーの下で悔しそうな表情を作る。
シグーは自分本位な余所者一同に態度に背を向けて吐き捨てる。
「フン、傭兵風情が…総員、ただちに体制を建て直し本国へと帰還する!」
兵に指示を出し、隊列が揃ったのを確認して騎士団を進めさせた。そして一度だけ振り返る。
「ラクロアの騎士団長よ、この決着はいずれ必ず…!」
シグーは煙の晴れた渓谷からラクロアを見つめ、血が噴き出すのも構わず負傷した方の拳を握り締めた。
しかし幾度となくつばぜり合いを繰り返し、どちらかが競り勝ったところで効果的な一撃が与えられることはない。たとえシグーが力で上回っても、フラガがすんでのところでかわし反撃に出るからだ。これがフラガの力であった。大局を見極め、対峙する敵の攻撃を読む『目』を持つ。
だが決して長くは続かないだろう。それは、MS族と人間族の決定的な体力の差を物語っていた。
フラガの頬を汗が伝う。部下たちがどうなっているのかも確認できないのは少々つらい。
そこで運が悪い事に『彼』一撃でストライクが崖へと落とされるのを見てしまう。フラガの動きが硬直する。
「坊主ーーーーーーーーーーーーーーッ!」
フラガの痛恨の叫び声が渓谷にこだまするが、戦場が奏でる様々な音にかき消される。シグーはその隙を逃さず長剣を振り下ろす。
フラガは慌ててそれを一歩後ろに飛んで避けると、盾を構え突進する。
「ぐっ!」
弾き飛ばされ、体勢を崩したシグーに瞬間的に全力をこめた一撃を放つ。そこでシグーは意外な行動に出た。重い盾を捨て、腕で剣を受け止めたのだ。食い込む前に、そのまま切り裂いて腕から剣を離す。シグーの腕から赤い液体が滴り落ちる。
「フフ…そう簡単にやらせはせん。だが、人間でありながらこの実力…楽しい、実に楽しいぞフラガよ!」
少々冷静さを欠いて興奮しているシグーにフラガは狂気めいたものを感じた。
だが、このままいけばやれる――そう思ったところで乱入する二つの影。デュエルとイージスだった。濁った目がもの悲しい。
『彼』の方をちらりと見やると瞳を閉じて首を振る。せめてひと思いに、といったところか。冷静に考えれば、あの状況で周囲からバレずに助けろというのも無理な話だ。彼も任務なんてなければ加勢できただろうに。フラガは肩を落とす。
「しゃあない、戦術的撤退ってことで」
別ルートから渓谷の上に登っていた数名の法術隊に合図を送る。法術隊の呪文が渓谷の一部を削り、土砂崩れを発生させる。
同時にラクロア騎士団は土砂が降り注ぐ戦場から離脱した。
「ぬぅっ!小賢しい真似を!」
土砂と砂煙でほとんど何も見えないが、シグーの悔しそうな声が聞こえた。
砂煙が晴れた頃には当然ラクロア騎士団は誰一人として存在せず、土砂をかぶったザフト兵が残るのみであった。シグーは砂塵を払う近衛騎士たちに近づく。
「貴様ら…!一対一の決闘を邪魔しおって、騎士としての誇りはないのか!」
「小うるさい男だ。そんな事でいちいち喚くんじゃない。それよりも」
イージスは何も答えず、デュエルが一度発言を止めてバスターの方を睨む。
「コイツのおかげでストライクを討ち損ねた事の方が問題だ」
睨まれた男は背を向けると、ちっとも悪びれず答えた。
「悪いが、俺はとっとと帰りたかったんでな…当然、報酬はいただくぞ」
報酬という言葉を聞いて、もう一人の傭兵がバイザーの下で悔しそうな表情を作る。
シグーは自分本位な余所者一同に態度に背を向けて吐き捨てる。
「フン、傭兵風情が…総員、ただちに体制を建て直し本国へと帰還する!」
兵に指示を出し、隊列が揃ったのを確認して騎士団を進めさせた。そして一度だけ振り返る。
「ラクロアの騎士団長よ、この決着はいずれ必ず…!」
シグーは煙の晴れた渓谷からラクロアを見つめ、血が噴き出すのも構わず負傷した方の拳を握り締めた。
命からがら逃げ出したといってもよい状態の騎士団を率いてラクロアへと帰還する。国も騎士団も何ともひどい状態だが、谷底へ消えたストライクを除いて死人が出ていないことが唯一の救いだ。民の悲痛な視線を背に受け、無力感に苛まれながら歩くフラガ達の前に伝令が駆け寄ってくる。
「フラガ騎士団長殿!王女ラクス様が騎士団一同を会議の間に集めよとのことです!」
王女が無事だったことに胸を撫で下ろしつつ、突然の召集に戸惑いながらも会議の間へ向かう。そこに死んだとばかり思っていたストライクがいた事に、皆が戸惑いと歓喜の声を上げた。
やがて静まり返った会議の間では王女がこれからは自分が王の代わりを務めるということ、そして近衛騎士がザフトに付いた今、彼らに対抗するには種子なる力が必要という事を力強い瞳で語る。驚いたことに、今までの儚げで可憐な少女らしさはどこかへ消え失せていた。
隣で話を聞いているストライクの表情も真剣そのもので、ラクロアもまだまだ安泰だと感じさせられる。ちなみに王は大臣のアズラエルがつきっきりで治療するので任せて欲しいとの事だ。
「ついでに…いやなんでもありませんよ」
アズラエルが何かを言いかけたが、無駄話を嫌う宰相ナタルに睨まれて口をつぐんだ。そのやりとりはさて置いて、フラガは種子捜索隊に名乗り出る。当然のように場がざわめいた。
「団長である貴方が出てしまってどうするんですか!」
マリューが大声を上げて反論する。
「これは俺がやらなきゃならないんだよ。俺があの時王の側から離れなけりゃ、あんなことにはならなかったハズだ。いわば騎士団長としての、責任さ」
「それは…」
マリューは返す言葉が見つからないのか黙り込む。フラガは彼女が納得したのだと判断し肩をすくめた。
こうなると一緒に行こうという者がなかなか出てこないが、名乗り出るものが一人。
「俺も行くぜ。このまま終われるハズがねぇ」
ストライクだった。命知らずな坊主に呆れて一応遊びじゃないんだぞと忠告するが、当たり前だと抗議を受けてしまう。
王女は少々悩んでいたものの、ストライクが詰め寄るとあっさり承諾してしまった。幼い頃から共に育ってきた彼女らなりに通じ合うものがあるのだろうが、俺にはわからない。
次いでマリューも名乗り出る。まさか沈黙していたのは自分も行くべきか迷っていたからだろうか。
君には国を守ってもらわなきゃならんのだよ、と説得にかかるが貴方だけを行かせるわけにはいきません、と頑として拒否される。
「国の守りならバスターに任せれば大丈夫ですわ」
と王女様が柔和な表情で有難い言葉をかけてくださった。真実を知ってるのか知らないのか…凍りついたように動かない『彼』がひたすら哀れに感じられる。
おもしろそうじゃのう、と導師様までもが名乗りでる。もう歳なんだからやめておけ、とは流石に言えない。
「どうしたフラガ殿、何か言いたげじゃな」
「いえ何も…導師様の知恵をお貸しいただければ、旅も安心です」
心情を読まれたフラガが慌てて取り繕う。ラクロアの重鎮だけあって、流石に侮れない。
「そうじゃろうそうじゃろう、それに心配せんでも己の身を守るぐらいの力はまだあるわい」
そのやりとりを、宰相ナタル呆れた表情で見つめていた。こういう師匠を持つと弟子が苦労するんだよな、フラガはメビウスゼロから顔を背けて苦笑する。調子を良くした導師様は懐から二つの水晶を取り出す。
「この水晶球があれば、いつでも王女様と話ができるぞい」
「まぁ、それはステキですわ。ストライク、これでたまには顔を見せてくださいね」
「え?うん、あぁ…」
生返事をするストライク。そんなんじゃ女性にもてないぞ、フラガは目を細めた。
「これ以上の人数は敵に察知される恐れがあります。このメンバーで、異存はありませんね?」
全員が頷く。約一名に不安は残るが、よくよく考えればこれほどのパーティはないだろう。異を唱える者はいない。
「それでは皆さん、頑張ってくださいね。それとナタルさん、私のペガサスを」
ペガサスという言葉に一同がざわめく。ペガサスといえば、ラクロア王家に代々伝わる伝説の動物で、今でもその子孫は王家のために育てられているという。王の代のペガサスは何度か拝見したが王女のはフラガもまだお目にかかったことがない。
少し経って、ナタルに連れられ現れたのは美しい馬だった。通常の馬よりいくらか大きい体とそれ以上に目を引く白い翼が特徴的だ。歴代のペガサスでもかなり良い部類ではないだろうか。
「これが私のペガサスです。ですが私はこれからお父様の代わりに国を率いていかねばなりません。ですからこの子、アークエンジェルは皆さんにお貸ししますわ。アークエンジェル、ご挨拶なさい」
王女に言われ、ペガサスがこちらを向く。どこか面倒くさそうに見えたのは気のせいだろうか。
「どうも、アークエンジェルと申します」
礼儀の正しい馬だ、馬の割りに慇懃な物腰にフラガは感心した。
「まず皆さんに宣言しておきますが、私は女性しか乗せませんよ」
なんだこの馬。フラガは眉をしかめた。
「アークエンジェル、おイタはいけませんわ」
王女様にたしなめられながら、ナタルに擦り寄っているアークエンジェルだったがマリューを発見すると、態度を一変させ恭しく礼をする。
「これはこれは、アナタのようなお美しい方のお供をできるなんて、このアークエンジェル光栄のきわみにございます」
「あら、お上手ね。よろしく、アークエンジェル」
マリューが笑みを作りアークエンジェルの頭を撫でる。なんだか釈然としないフラガであった。
こうして四人と一匹が旅に出ることになる。王女によれば、最初の種子はヘリオポリス神殿にあるという。騎士団の今後については『彼』だけでは心許ないのでナタルにも頼んでおく。彼女も忙しいだろうが頼れるのは彼女だけだ。特に不満も見せず承諾してくれたが、フラガは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
やがて夜になり、旅の準備をしながら窓の外で輝く満月を眺めたフラガは長い一日が終わりを告げたことに安堵する。
「さて、これからどうなることやら」
皮肉っぽく笑い、フラガは視線を落とす。月は、悲しみに包まれるラクロアを優しい光で照らし続けていた。
「フラガ騎士団長殿!王女ラクス様が騎士団一同を会議の間に集めよとのことです!」
王女が無事だったことに胸を撫で下ろしつつ、突然の召集に戸惑いながらも会議の間へ向かう。そこに死んだとばかり思っていたストライクがいた事に、皆が戸惑いと歓喜の声を上げた。
やがて静まり返った会議の間では王女がこれからは自分が王の代わりを務めるということ、そして近衛騎士がザフトに付いた今、彼らに対抗するには種子なる力が必要という事を力強い瞳で語る。驚いたことに、今までの儚げで可憐な少女らしさはどこかへ消え失せていた。
隣で話を聞いているストライクの表情も真剣そのもので、ラクロアもまだまだ安泰だと感じさせられる。ちなみに王は大臣のアズラエルがつきっきりで治療するので任せて欲しいとの事だ。
「ついでに…いやなんでもありませんよ」
アズラエルが何かを言いかけたが、無駄話を嫌う宰相ナタルに睨まれて口をつぐんだ。そのやりとりはさて置いて、フラガは種子捜索隊に名乗り出る。当然のように場がざわめいた。
「団長である貴方が出てしまってどうするんですか!」
マリューが大声を上げて反論する。
「これは俺がやらなきゃならないんだよ。俺があの時王の側から離れなけりゃ、あんなことにはならなかったハズだ。いわば騎士団長としての、責任さ」
「それは…」
マリューは返す言葉が見つからないのか黙り込む。フラガは彼女が納得したのだと判断し肩をすくめた。
こうなると一緒に行こうという者がなかなか出てこないが、名乗り出るものが一人。
「俺も行くぜ。このまま終われるハズがねぇ」
ストライクだった。命知らずな坊主に呆れて一応遊びじゃないんだぞと忠告するが、当たり前だと抗議を受けてしまう。
王女は少々悩んでいたものの、ストライクが詰め寄るとあっさり承諾してしまった。幼い頃から共に育ってきた彼女らなりに通じ合うものがあるのだろうが、俺にはわからない。
次いでマリューも名乗り出る。まさか沈黙していたのは自分も行くべきか迷っていたからだろうか。
君には国を守ってもらわなきゃならんのだよ、と説得にかかるが貴方だけを行かせるわけにはいきません、と頑として拒否される。
「国の守りならバスターに任せれば大丈夫ですわ」
と王女様が柔和な表情で有難い言葉をかけてくださった。真実を知ってるのか知らないのか…凍りついたように動かない『彼』がひたすら哀れに感じられる。
おもしろそうじゃのう、と導師様までもが名乗りでる。もう歳なんだからやめておけ、とは流石に言えない。
「どうしたフラガ殿、何か言いたげじゃな」
「いえ何も…導師様の知恵をお貸しいただければ、旅も安心です」
心情を読まれたフラガが慌てて取り繕う。ラクロアの重鎮だけあって、流石に侮れない。
「そうじゃろうそうじゃろう、それに心配せんでも己の身を守るぐらいの力はまだあるわい」
そのやりとりを、宰相ナタル呆れた表情で見つめていた。こういう師匠を持つと弟子が苦労するんだよな、フラガはメビウスゼロから顔を背けて苦笑する。調子を良くした導師様は懐から二つの水晶を取り出す。
「この水晶球があれば、いつでも王女様と話ができるぞい」
「まぁ、それはステキですわ。ストライク、これでたまには顔を見せてくださいね」
「え?うん、あぁ…」
生返事をするストライク。そんなんじゃ女性にもてないぞ、フラガは目を細めた。
「これ以上の人数は敵に察知される恐れがあります。このメンバーで、異存はありませんね?」
全員が頷く。約一名に不安は残るが、よくよく考えればこれほどのパーティはないだろう。異を唱える者はいない。
「それでは皆さん、頑張ってくださいね。それとナタルさん、私のペガサスを」
ペガサスという言葉に一同がざわめく。ペガサスといえば、ラクロア王家に代々伝わる伝説の動物で、今でもその子孫は王家のために育てられているという。王の代のペガサスは何度か拝見したが王女のはフラガもまだお目にかかったことがない。
少し経って、ナタルに連れられ現れたのは美しい馬だった。通常の馬よりいくらか大きい体とそれ以上に目を引く白い翼が特徴的だ。歴代のペガサスでもかなり良い部類ではないだろうか。
「これが私のペガサスです。ですが私はこれからお父様の代わりに国を率いていかねばなりません。ですからこの子、アークエンジェルは皆さんにお貸ししますわ。アークエンジェル、ご挨拶なさい」
王女に言われ、ペガサスがこちらを向く。どこか面倒くさそうに見えたのは気のせいだろうか。
「どうも、アークエンジェルと申します」
礼儀の正しい馬だ、馬の割りに慇懃な物腰にフラガは感心した。
「まず皆さんに宣言しておきますが、私は女性しか乗せませんよ」
なんだこの馬。フラガは眉をしかめた。
「アークエンジェル、おイタはいけませんわ」
王女様にたしなめられながら、ナタルに擦り寄っているアークエンジェルだったがマリューを発見すると、態度を一変させ恭しく礼をする。
「これはこれは、アナタのようなお美しい方のお供をできるなんて、このアークエンジェル光栄のきわみにございます」
「あら、お上手ね。よろしく、アークエンジェル」
マリューが笑みを作りアークエンジェルの頭を撫でる。なんだか釈然としないフラガであった。
こうして四人と一匹が旅に出ることになる。王女によれば、最初の種子はヘリオポリス神殿にあるという。騎士団の今後については『彼』だけでは心許ないのでナタルにも頼んでおく。彼女も忙しいだろうが頼れるのは彼女だけだ。特に不満も見せず承諾してくれたが、フラガは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
やがて夜になり、旅の準備をしながら窓の外で輝く満月を眺めたフラガは長い一日が終わりを告げたことに安堵する。
「さて、これからどうなることやら」
皮肉っぽく笑い、フラガは視線を落とす。月は、悲しみに包まれるラクロアを優しい光で照らし続けていた。