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闇の中で

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「闇の中で」

僕は、何をしているのだろう。
近衛騎士イージスは、わずかに保たれた自我にしがみつきながら自身の行動に疑問を感じていた。確か今日は式典の日であったはず。
ついに友人が晴れて騎士となる日が来たと思ったのに、何故僕はザフトと行動を共にしている?…デュエル、貴方もだ。
一体何が起こったのか。全くわからない。
ただ体は操り人形のように強制された力で勝手に動き、心を支配するのは強い憎しみだけ。
何が憎いのかさえわからない。ただ何かが憎い。
思考は意味を成さず黒い感情になされるがまましばらくして、誰かが我々を追ってくるのを虚ろな目で確認する。
見覚えのある顔だった。デュエルの弟にして我が友、ストライクだ。
その精悍な瞳を見た瞬間、僕の意識は途切れたのだった。

「ねぇ、君はどこから来たの?」
「…わかんない。お父さんも、お母さんも、気がついたらいなかった」
気がつくと、夢を見ていた。幼い僕が、ストライクに話しかけている夢だ。
しかしそれは夢であって夢ではない、現実の出来事。だがもう十年以上も前の話だ。
「ふぅん…ねぇ、一緒に遊ぼう。君のお兄ちゃんも呼ぶといいよ」
「…うん」
今でこそあれほど明朗快活だが、下手すれば自分よりも内気なストライクの様子が微笑ましい。
不意に笑みが零れてしまう。この話をしたら、きっと彼はこのことを力いっぱい否定するだろう。
その様子はありありと目に浮かぶようだ。何故なら僕らは、実に今までの半生以上を共に歩んできた。複雑な事情を抱えた彼ら兄弟であったが、僕らの間には紛れも無く友情と信頼が存在したと信じている…今も、それは変わらないはず。
突如、景色が歪む。目の前で様々な色がかき混ぜられ、やがて新しい景色が作られる。
「イージス、一緒に兄さんから剣術を習わないか?メビウスゼロのじいちゃんがしきりに勧めてくる法術士よりはカッコイイと思うぜ」
「…そうだね、一緒に剣術をやろう」
十二くらいの頃の記憶だ。僕は心地よい懐かしさに浸りながらあの頃が一番導師様の勧誘がしつこかったな、とどこかこそばゆい気持ちになる。
今でこそ剣を持たない彼から誘ってきたというのもなかなか面白い話だ。
彼が剣を持たなくなった理由。その事について僕が何かを思い出すことはなかった。


再び目の前の光景は懐かしいものから、一転して全く別なものへと変わる。
それは、自分がデュエルと共にストライクに向かい刃を向けているというにわかには信じがたい光景であった。
すでに彼は満身創痍で、肩で呼吸をし表情は苦痛に歪んでいる。自分達に混じって襲い掛かる、強固な武装に身を包んだ戦士の攻撃は何とか回避し掠っただけで済んだが、ストライクの死角から迫る黒い騎士のたたみかけるような急所への攻撃からは身を守るので精一杯のようだった。そして体勢が崩れるのを見計らったように僕の剣が容赦なく振り下ろされる。
(やめろ!やめてくれ!)
身体に力いっぱい拒否の命令を送る。その勢いは止まらないものの、どうにかその軌道を逸らす事には成功した。
友をこの手で殺してしまうことだけは免れた事に安堵するのもつかの間、
「何をしている、イージス」
デュエルの声が頭を揺さぶる。いつもよりも冷たい、氷のような声だ。
(僕の体よ、どうして思い通りに動いてくれない…!頼む…!)
だが、僕の身体は僕の意志を無視するように言葉を発する事すら出来ない。とにかくストライクに手を出さないようにするのが限界だった。
その間にも攻撃は続き、ストライクは傷ついていく。苦境に立たされ、ついには崖を背後に追い詰められたストライクがうめき声を上げた。僕を横目で睨んだ後、デュエルが動き出す。その動作に躊躇う様子は全くなかった。
(そんな…何故、貴方がこんなことを!)
「父上も母上も、ストライクと双子の妹ももういない。だからこれからは俺が弟を守るんだ」
出会って間もない頃、僕だけに打ち明けてくれた幼いながらも強い決意のこもった彼の言葉は今でも鮮明に覚えている。
その彼が誓いに反して守るべき弟に攻撃を加え、今まさにその命を絶とうとしていた。
(やめろ、やめてくれ!)
僕の願いも空しく別の誰かによる無慈悲な一撃が振り下ろされ、ストライクは奈落の底へと消えてしまう。
そして、僕の意識は再びそこで途切れた。


ストライクが、死んだ。その事実を僕は認め切れなかった。出会ってからはいつも一緒だった。
僕が近衛騎士の称号を得たとき、最も喜び、賞賛してくれたのは彼だ。
かけがえのない、存在。
その彼が死んだのだ。僕は抑えようのない喪失感に襲われ、それから逃れる事が出来ずにいた。
すでに身体は言うことを聞かなくなっている。まるで自分の身体ではないようだ。
『なにヲイッテル。おまえガそれヲ、ノゾンダンダ』
不安定に揺らぐ意識の中で、嘲るような囁きがざわつく。どこか聞き覚えのある声だった。
『あいつガシンデ、うれしいダロ?イヤ、じぶんノてデとどめヲサセナカッタノハざんねんダッタナァ…ククク』
「そんな事はない!彼は僕の最も大切な友であり、同じ国を守る仲間だ!」
『ソウダナァ、おまえハコノてデたいせつナすとらいくヲコロシタカッタンダヨナァ?』
「違う!」
僕は耳障りな声に負けじと憤りを込めて否定する。
『チガワナイサ。おまえハあいつトいのちヲカケタしんけんしょうぶガシタカッタ…ソシテあいつヲコロシテ、じぶんガうえダトイウコトヲしょうめいシタカッタンダ、ソウダロ?』
「馬鹿な…確かに彼とは真剣勝負をしたいとは思ったが、そこまでするつもりはない!」
『アァ、ソウカ。しょうめいスルマデモナク、おまえノホウガウエダッタナ…おたがいノたちばヲクラベレバアキラカダ』
「どちらが上か下など、僕らには関係の無い事だ!」
『…うそヲツクナヨ』
突如として謎の声の口調が重くなる。先ほどとは打って変わって、恐ろしいほどの静けさが心の中を支配した。
『おまえハじぶんガいまノちいニツイタトキかくしんシタダロ?じぶんノホウガ、うえナンダト』
「それは…たまたま僕が早く認められただけだ」
『ハタシテソウカナ』
「何が言いたい…!」
『ドウいいわけシヨウト、おれガソウオモッタカラおまえはやいばヲムケタ、これハマギレモナイじじつダ』
「お前が?お前は一体、誰なんだ!」
『おれハ…おまえサ!』
「馬鹿な…お前が…僕?」
自分を追い詰めるような言葉のやりとりの末に提示された、予想だにしない返答に当惑するイージスを他所に、囁きは勢いを増していく。
『ソウダ!おまえハすとらいくガニクカッタンダヨ!ダカラへいきデコロソウトシタンダ!』
「僕が…彼を…?馬鹿な…」
『ジャアドウシテ、おまえノからだハウゴカナカッタ?ドウシテあいつヲタスケヨウトハシナカッタ?』
「それは………それは…」
『おまえガほんしんデハあいつヲサゲスンデイタことノしょうめいダロ…ほんとうハよわいクセニ、トキドキおまえヲコエルなにかヲミセルあいつガ…』
「…確かに、彼の見せる力の片鱗に恐ろしさを覚えた事がなかったわけじゃあない…しかし!」
『イイかげんウケイレロヨ、げんじつヲ』
現実。その重苦しい響きに、イージスの心に沈黙が訪れる。反論の意志は、すでに彼の中にはなかった。完全なる静寂の中で、イージスは自分の心に暗く冷たい影が忍び寄るのを感じた。
「僕が…そうか、僕は彼を…ははっ…はははははは」
乾いた笑いが、我に返ったイージスの心を蝕むように狂気を帯びていく。
本当は気づいていた。ただ認めたくなくて、気づかないフリをしていただけ。
事実を認めたことによって曇りきっていた心へ覆い被さるが如く、今までとは比べ物にならないようなどす黒い感情が侵食してくる。同時に自分を満たすどこか甘美な快感をイージスは抗うことなく受け入れた。
「ソウダ!ソウダッタンダ!ボクハすとらいくヲコロシタカッタ!アハハハハハハ!」


友をその手にかけさせる事こそ失敗したものの、どうやら成功のようだ…どれ程立派な騎士だろうが心に僅かでも闇を抱えていれば、暗黒面に落とすのは容易い…
だがもう一人はまだ少々不安定だな。自らの手で仕留め損ねたのがそんなに不満か…フフッ…ここまで愚かしいと感動すら覚えるな。策は用意してある、さして問題はない…これからは私のため、存分に働いてもらおうではないか…
邪悪なる意思の持ち主はとても満足気に、罪悪感と奥底に隠していた邪心に挟まれ苦しむ二人の騎士を眺めてその口元を大きく歪めていた。
こうしてイージスの自我は闇の中に封じ込められ、生ける死人としてスダドアカ・ワールドを彷徨う事となる。
そして彼が再び友と出会ったのは。
互いに命をかけて殺しあう、戦場だった。

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