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決別

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「決別」


ヘリオポリス神殿を脱出し、ザフト王国・ドゥーエ城へ帰還したデュエル。
顔面を押さえる右手の隙間からは、血の跡が滲んでいた。白と蒼を基調とした鎧もところどころが真紅に染められている。
「デュエル!一体何事だ!」
馬を降り、うずくまるデュエルを出迎えたザフト騎士団ジュール隊の若き隊長イザークが叫ぶ。
他の騎士団員同様に裏切りという行為にこそ嫌悪を感じていたイザ-クだが、辺境からでも響き渡るラクロアの近衛騎士の実力は認めていた。
だからといって、余所者である彼らに世話を焼いているのは自分でも不思議に思う。
周囲から期待と疎みを同時に受けるその姿に、異例の若さで隊長という立場につき孤立しつつあった自分と彼らを重ねていたのかもしれない。
もちろん、憐憫の情だけではない。騎士として、より己を高めるためという上昇志向の強さも動機には含まれていた。
こうしてイザークは余り得意ではない他人との意思疎通を必死になって図ったが、当初は何の反応も帰ってこなかった。
それどころか、明らかに殺気を向けられていた時もあった。だが現在、彼と自分にそのようなものは必要ない。
数日前の出来事が、イザークの脳裏に蘇る。

「貴様ら、俺が若いから相手をするまでもないと無視しているのか?
  年齢など関係ないだろう!俺はすでに一人前の騎士だ!」
「うるさい奴だ…あの愚かな弟を思い出して吐き気がする。失せろ」
「何だと、貴様ァ!」
「俺の刃を恐れぬのならばかかってこい、脆弱な人間の騎士よ」
「ぬかせぇっ!痴れ事をッ!」

デュエルに挑発され、イザークは激情して斬りかかった。
決して手を抜いたつもりはない。だが、まるで太刀打ちできずに終わった。
上には上がいる、その距離の遠さをその身をもって思い知らされたのだ。だが、デュエルは剣を収めると素っ気なく呟いた。
「筋は悪くない…あいつと違って、癪に障るところもない…たまには手合わせしてやってもいい」
イザークはその言葉をしっかりと聞き取り、静かに微笑んだ。『あいつ』が誰なのかはわからないが、どうやら認めてくれたのは確かだった。
それからはイザークの努力の甲斐あってか、僅かな日数でイージスはともかくデュエルとは親しいという程ではないが言葉を交わせるようにはなっていた。
短い回想を終え、イザークはデュエルに肩を貸すべくしゃがみこむ。
「イザークか…お前から、戦場での油断はその顔の傷のように返ってくると聞かされていたのにな…」
かつてイザークの顔を抉り、今もなお残る深い傷を見て自嘲気味に笑うデュエル。
「おかげで、このザマだ」
その顔に走るのは、イザークのそれとほぼ同じような傷であった。
ところどころに飛び散った血痕が凄惨さを感じさせ、イザークは息を呑む。
「とにかく治療だ!カームグーン殿の所へ連れてゆけ!」
立ち上がり叫ぶイザークの命令で、デュエルを医療部隊が連れて行く。イザークはその様子を落ち着かない様子で見送った。
この出来事以外にもイザークにとっては心を揺さぶられる出来事があったのだが、それはまた別の話である。
翌日、顔に包帯を巻いた姿でデュエルが現れる。それ以外は特に目立つ変化は見られなかった。
呪術師クルーゼが仮面に隠されていない口元を歪ませながら
「今日はゆっくり休むといい。君にはまだまだやってもわねばならんことがあるからね…フフ」
そう言い残すと去っていく。相変わらず不気味なヤツだ。イザークは気に入らなさそうにその姿を睨みつけた。
その日の会議はヘリオポリス神殿での戦いにて散った仲間達を弔う間もなく、ラクロアが一つ目の種子を手に入れたこと、その対策についての話し合いが行われた。
手柄を立てようと各部隊長が名乗りを上げるが、すでにクルーゼが策を用意しているとの事で会議は一方的に終了した。
会議が終わった後、イザークはデュエルが何をするでもなく城の塔の一角で佇んでいるのを発見する。
「よう、同類」
デュエルはその声に反応し声の主を見た。
まるで自分を鏡に映したかのように、同じ傷を持つ男が立っていた。


「お前、その傷は弟にやられたらしいじゃないか」
イザークのその言葉に、デュエルは一瞬間を置いて、
「あぁ…」
と一言だけ答えた。
しばらくの静寂が訪れる。デュエルは顔の傷を包帯の上からさすり、何かを考えているようだった。
沈黙に耐え切れず、イザークが発言する。
「しかしまぁ弟にやられるとは、兄の威厳も形無しだな」
少しおどけて言う。彼としては先日逝った仲間譲りの軽い冗談のつもりだったのだが、
「貴様に、何がわかる…!」
かつてないほどに狂気に満ちた目でイザークをにらみつけるデュエル。
イザークはその気迫に、つい押されてしまう。
「気分を害してしまったようだな、すまん」
イザークは素直に謝る。誇りを重んじる騎士としては、軽率すぎた発言だったかもしれない。
やはり彼とは違い。自分にこういう事は剥いていないのかもしれない。改めて喪失感がイザークを襲う。
そして未熟な己を恥じ、イザークはこの後どう罵倒されようが受け入れるつもりでいた。
しかし素直に謝罪をしたからなのか、拍子抜けしたからなのか、いずれにせよデュエルは落ち着いた様子で返す。
「まぁ、そう気にすることはない。兄弟のいないお前にはわからんだろうな、追い抜かれるかもしれん恐怖と比べられる辛さは…」
「どういうことだ?」
「俺は怖いのだよ…弟によって自分の力が、存在が否定されるのが…」
デュエルは自嘲気味に笑う。笑ってはいたが、表情は硬かった。
イザークは自分の中で反省を終えると、その笑いに対し気に入らない様子を見せた。
「確かに俺にはお前の気持ちはわからん。だが、お前はお前だろう。弟がどうであろうとお前が気にする必要などないはずだ」
今度は自分がデュエルを戒めるように、イザークは自分の思いを当然のように口にする。
その言葉を聞いたデュエルは、途端に顔を歪め、
「フフ…ハハ…フハハハハッ…ハーハッハッハ!」
突然大声で笑い出した。
もしや狂ったわけではないだろうが、イザークは少々身構えた。
「貴様、なかなかどうしておもしろい事を言うではないか。確かにそうだ!俺は俺だ。弟など関係ないかもしれんな!」
その瞳は曇ったままだったが、イザークは彼と出会って初めて彼の自嘲ではない笑いを見た気がした。


不敵な笑いの後、それからしばらくはデュエルは何かを考え込んでいるのか再び沈黙がその場を支配した。
塔の頂上へと吹き付ける風が、二人の身体をやや乱暴に撫でる。
やがて陽も落ちかける頃、イザークがそろそろ飯にでも誘おうかと思案した時、兵士ジンが駆け込んでくる。
「デュエル殿!クルーゼ様が、王の間で折り入って話したいことがあるとのことです!」
「クルーゼが?一体何の用だ?」
デュエルではなく、イザークが眉をしかめる。
「自分は伝令を預かっただけですのでわかりません!それではこれで失礼いたします!」
それだけ伝えると兵士は早々と去っていった。デュエルはイザークの方へと向き直ると、まっすぐと彼を見つめた。
「それでは行ってくる…終わったら飯でもどうだ、ザフトの名物を教えてくれ」
意外な発言に、イザークのやや鋭い目が丸くなる。デュエルとの会話で、剣以外の話題になったのは初めての事だった。
自分に心を開いてくれたのなら、それは喜ばしい事だ。イザークには、その時の彼の瞳には少し光が宿っているようにも見えた。
あぁ、と短く答え頷くと彼を見送る。
しかし同時に、妙な感覚がイザークを襲う。何故か、デュエルが帰ってこないかのような気がした。
まさかそんなはずはない、気のせいだと首を振ると彼の背中を見つめる。
もう戻れぬ道へと歩き出した友の背中を、薄暗い闇の中に消えるまで見送り続けた。

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