「傭兵たち」
「先日、ザフトがマイウス市内の工場にて巨大な兵器を製造しているという情報を入手。マイウス市に潜入している諜報員に探らせるも、警備が強固で詳しい調査はできず。また、マイウスの工場では爆発事故があったという話もあるがこれは未確認。よって詳細についても、いつ投入されるかについても不明。厳重に注意されたし…こんなところか。やはり文章は苦手だ」
重戦士バスターは机の上に筆を置き、大きく伸びをしてから椅子の背もたれにその身を預けた。後はこれを決められた時間にやってくる緑の小鳥に渡しラクロアへ届けさせるだけだ。とは言っても、手紙のやりとりはある程度の時間を要すため多くの場合は情報が遅れ後手に回らざるを得ない。
事実、急遽決定したラクロア襲撃や種子捜索部隊がいち早く神殿の場所を突き止め出撃したことは伝える事ができなかった。
だが、種子集めの方はそれなりに順調らしい。騎士団が誇る隊長格一人を破って、自分達が優位と見ていたザフトの中でも無視できない存在になっている。一泡吹かせているのは構わないが、所詮強大なザフトに対しては小さな力に過ぎない。そろそろ、本気で潰しにかかる可能性がある…そのための巨大兵器かもしれない。バスターは姿勢を正すとその事を報告書に書き加える。
そこはザフト軍兵舎の一室で、一介の傭兵にはまず与えられる事のないような質の良い部屋であった。窓はカーテンによって覆われ、机の上で煌々と輝くランプだけが唯一の灯りだ。
個室を手に入れるまでにはそれなりに苦労もしたのだが、少々目立ちすぎたきらいがある。もっとも、実力的には自分より目立つ者がいるしどこまでいこうと所詮は傭兵、白い目で見られる事に変わりは無い。
バスターはふと天井を眺め、思考を切り替えた。どれぐらい経つかはわからないが、この潜入生活によってザフトがスダドアカ支配に向け準備を進めている事は確信できた。実際に、奴らは着々と領土を増やしていっている。デュエルやイージスも、正式にザフトの一員として兵を率いているという噂だ。彼らとは、あの日以来直接会った事はない。正体がばれる可能性を考慮した上で意図的に出会うことを避けていたのもあるが、下手に対面すれば自分が何をしでかすかわからないからだ。
自分としてはもはや事情はどうでもいいが、面倒ごとを増やしてくれた礼はせねばならない。長い目で見ればいつか必ず戦う相手だ。とはいえ、真っ向からあの二人とやりあうとなると少々準備が要る。特にあの連携を崩すのは至難の技だ。しかし一対一ならば、
あるいは…などと、策を巡らせるバスターだが現状では堂々巡りでしかない。
(考え事ばかりすると気が滅入るな…こういう時は戦に限る。だが、己を隠したままでは今一つ乗れん)
バスターは力を抜き、うなだれるように全ての体重を椅子に預け瞳を閉じた。
重戦士バスターは机の上に筆を置き、大きく伸びをしてから椅子の背もたれにその身を預けた。後はこれを決められた時間にやってくる緑の小鳥に渡しラクロアへ届けさせるだけだ。とは言っても、手紙のやりとりはある程度の時間を要すため多くの場合は情報が遅れ後手に回らざるを得ない。
事実、急遽決定したラクロア襲撃や種子捜索部隊がいち早く神殿の場所を突き止め出撃したことは伝える事ができなかった。
だが、種子集めの方はそれなりに順調らしい。騎士団が誇る隊長格一人を破って、自分達が優位と見ていたザフトの中でも無視できない存在になっている。一泡吹かせているのは構わないが、所詮強大なザフトに対しては小さな力に過ぎない。そろそろ、本気で潰しにかかる可能性がある…そのための巨大兵器かもしれない。バスターは姿勢を正すとその事を報告書に書き加える。
そこはザフト軍兵舎の一室で、一介の傭兵にはまず与えられる事のないような質の良い部屋であった。窓はカーテンによって覆われ、机の上で煌々と輝くランプだけが唯一の灯りだ。
個室を手に入れるまでにはそれなりに苦労もしたのだが、少々目立ちすぎたきらいがある。もっとも、実力的には自分より目立つ者がいるしどこまでいこうと所詮は傭兵、白い目で見られる事に変わりは無い。
バスターはふと天井を眺め、思考を切り替えた。どれぐらい経つかはわからないが、この潜入生活によってザフトがスダドアカ支配に向け準備を進めている事は確信できた。実際に、奴らは着々と領土を増やしていっている。デュエルやイージスも、正式にザフトの一員として兵を率いているという噂だ。彼らとは、あの日以来直接会った事はない。正体がばれる可能性を考慮した上で意図的に出会うことを避けていたのもあるが、下手に対面すれば自分が何をしでかすかわからないからだ。
自分としてはもはや事情はどうでもいいが、面倒ごとを増やしてくれた礼はせねばならない。長い目で見ればいつか必ず戦う相手だ。とはいえ、真っ向からあの二人とやりあうとなると少々準備が要る。特にあの連携を崩すのは至難の技だ。しかし一対一ならば、
あるいは…などと、策を巡らせるバスターだが現状では堂々巡りでしかない。
(考え事ばかりすると気が滅入るな…こういう時は戦に限る。だが、己を隠したままでは今一つ乗れん)
バスターは力を抜き、うなだれるように全ての体重を椅子に預け瞳を閉じた。
翌朝、まだ動いている者も少ない時間にバスターは兵舎の裏へと向かう。そこに生えている一本の大木、その枝の一つに連絡用の鳥は止まっていた。赤いマフラーが目を引くのですぐわかる。国を覆う壁や検問に遮られる事がないのがこの鳥の一番の利点だ。自分が苦労してこの国へ入った事を考えると尚更そう思う。
餌をやる振りをして、手の中に招き入れる。自分が鳥を愛でるというのもかなり滑稽な状況なのだが、そのまま直接作業するよりは幾分か誤魔化しがきく。素早く鳥の足にくくりつけられた手紙を交換し、一撫ですると手の中から解き放つ。
「さぁ、行け。お前も疲れてるんだろうが急げよ」
毎度並ならぬ距離を往復させられている鳥に、僅かに憐憫の情を感じつつ見送ってやる。いまだに名前は覚えていないが。
一仕事終えた事に対し、ひとまず溜飲の下がる思いを味わうバスターであったが、どこからか視線を感じる。
振り向くと一体いつの間に現れたのか、自分と同じく傭兵としてザフトに雇われている暗殺騎士ブリッツがいた。相変わらず全身はマントで覆い隠されている。傭兵の中でもっともザフトに貢献しているのはこいつだろう。自分のようにただ戦場で暴れるだけでなく、要人の暗殺まで請け負っているという話だ。争う事もなく、また一切の痕跡を残さず標的を仕留めるその手腕を鮮やかと評する者もいるが、戦いの中で生を見出すバスターとしてはただ命を奪うだけの彼に嫌悪を抱いていた。
厄介な相手を前に、バスターの中で今の行動を見られたことへの懸念が頭を掠める。
(口外するつもりならば…口封じ…出来るのか?)
こちらはまだ消える能力の糸口すら見つけていない。だが、今なら。片時も目を離さなければ一方的にやられる事もない…はず。
しかしブリッツは、身構えて背中の武器に手を伸ばそうとするバスターを見ることもなくそっぽを向いている。
「…あんたが何をしようと、オレは構わん。オレに干渉さえしなければな」
冷たく言い放つと、左腕に止まっていた黒い鳥の足に袋をくくりつけてどこかへと飛ばす。どうやら追求しようというつもりはないらしい。バスターは胸をなでおろし、そして身分を隠すためにもこれ以上無駄な接触は避けるべきだと早々にその場を立ち去ろうとする。
が、ブリッツの目を見てつい立ち止まってしまう。バイザーや布で覆われ表情はほとんど見えない。しかしその間からのぞく瞳には普段とは比べ物にならないほどの強い感情が込められ、バスターを惹きつけた。
光と闇。何かに対する達成感と、どこか後ろめたさが入り混じった瞳は、殺しの世界を生きる傭兵にはどこまでも相応しくなかった。その視線は、掌に収められた何かへと注がれている。しっかりと握り締められており、バスターが確認する事は出来ない。
「お前は…一体何者なんだ?」
バスターはつい、話しかけてしまう。無駄な質問だった。ブリッツは手の中のモノを仕舞い込むと、答える義務はないといわんばかりに立ち去ってしまった。残されたバスターもため息をつくとその場を離れる。
ブリッツのことは気にかかるが、今の状況ではどうしようもなかった。
餌をやる振りをして、手の中に招き入れる。自分が鳥を愛でるというのもかなり滑稽な状況なのだが、そのまま直接作業するよりは幾分か誤魔化しがきく。素早く鳥の足にくくりつけられた手紙を交換し、一撫ですると手の中から解き放つ。
「さぁ、行け。お前も疲れてるんだろうが急げよ」
毎度並ならぬ距離を往復させられている鳥に、僅かに憐憫の情を感じつつ見送ってやる。いまだに名前は覚えていないが。
一仕事終えた事に対し、ひとまず溜飲の下がる思いを味わうバスターであったが、どこからか視線を感じる。
振り向くと一体いつの間に現れたのか、自分と同じく傭兵としてザフトに雇われている暗殺騎士ブリッツがいた。相変わらず全身はマントで覆い隠されている。傭兵の中でもっともザフトに貢献しているのはこいつだろう。自分のようにただ戦場で暴れるだけでなく、要人の暗殺まで請け負っているという話だ。争う事もなく、また一切の痕跡を残さず標的を仕留めるその手腕を鮮やかと評する者もいるが、戦いの中で生を見出すバスターとしてはただ命を奪うだけの彼に嫌悪を抱いていた。
厄介な相手を前に、バスターの中で今の行動を見られたことへの懸念が頭を掠める。
(口外するつもりならば…口封じ…出来るのか?)
こちらはまだ消える能力の糸口すら見つけていない。だが、今なら。片時も目を離さなければ一方的にやられる事もない…はず。
しかしブリッツは、身構えて背中の武器に手を伸ばそうとするバスターを見ることもなくそっぽを向いている。
「…あんたが何をしようと、オレは構わん。オレに干渉さえしなければな」
冷たく言い放つと、左腕に止まっていた黒い鳥の足に袋をくくりつけてどこかへと飛ばす。どうやら追求しようというつもりはないらしい。バスターは胸をなでおろし、そして身分を隠すためにもこれ以上無駄な接触は避けるべきだと早々にその場を立ち去ろうとする。
が、ブリッツの目を見てつい立ち止まってしまう。バイザーや布で覆われ表情はほとんど見えない。しかしその間からのぞく瞳には普段とは比べ物にならないほどの強い感情が込められ、バスターを惹きつけた。
光と闇。何かに対する達成感と、どこか後ろめたさが入り混じった瞳は、殺しの世界を生きる傭兵にはどこまでも相応しくなかった。その視線は、掌に収められた何かへと注がれている。しっかりと握り締められており、バスターが確認する事は出来ない。
「お前は…一体何者なんだ?」
バスターはつい、話しかけてしまう。無駄な質問だった。ブリッツは手の中のモノを仕舞い込むと、答える義務はないといわんばかりに立ち去ってしまった。残されたバスターもため息をつくとその場を離れる。
ブリッツのことは気にかかるが、今の状況ではどうしようもなかった。
読み終えた報告書をランプの火にかけ、じんわり灰となり舞ってゆく様を見つめながらバスターは物思いに耽っていた。
ブリッツについてはさて置き、この国の軍事力は凄まじいものがある。遠方ながらラクロアのように自慢の騎士団がいることは知っていたが、ここまで軍事に傾いた国だっただろうか。
兵士達もどこから連れてきたのかゴロツキ同然の粗野な者が多く見受けられる。規律を重んじる騎士団とはいささか不釣合いだ。決して優良ではない自分にそう思わせるのだからかなりの問題と言っていい。
さらに技術力の高さを生かしてか、見たこともない兵器を次々と作り出している。一体いつからこんな事になったのかと、ザフト騎士団の隊長格の中では比較的情報を引き出しやすそうなイザークという人間の若者に尋ねてみたところ、
「傭兵風情に話す事などない!」
厳しい口調で追い返されてしまった。色々な意味でこの国の未来が不安だ。
城下町で流れる噂話によると、民衆にも親しくしていた王も姿を現すことはなくなり、同じく民衆に慕われていた王子も見なくなっただとか。そして現在はクルーゼという銀の仮面を身につけた男が色々と仕切っているようだ。この男についても調査中だが、なかなか碌な情報は得られない。そもそも誰も詳しくは知らない男がこれほど国の事に関わるというのは異常ではないだろうか。
(…いや、ラクロアでもいまいち信用ならない男が大臣をやっていたな)
どこか他人事のように、ため息をつくバスターであった。
ブリッツについてはさて置き、この国の軍事力は凄まじいものがある。遠方ながらラクロアのように自慢の騎士団がいることは知っていたが、ここまで軍事に傾いた国だっただろうか。
兵士達もどこから連れてきたのかゴロツキ同然の粗野な者が多く見受けられる。規律を重んじる騎士団とはいささか不釣合いだ。決して優良ではない自分にそう思わせるのだからかなりの問題と言っていい。
さらに技術力の高さを生かしてか、見たこともない兵器を次々と作り出している。一体いつからこんな事になったのかと、ザフト騎士団の隊長格の中では比較的情報を引き出しやすそうなイザークという人間の若者に尋ねてみたところ、
「傭兵風情に話す事などない!」
厳しい口調で追い返されてしまった。色々な意味でこの国の未来が不安だ。
城下町で流れる噂話によると、民衆にも親しくしていた王も姿を現すことはなくなり、同じく民衆に慕われていた王子も見なくなっただとか。そして現在はクルーゼという銀の仮面を身につけた男が色々と仕切っているようだ。この男についても調査中だが、なかなか碌な情報は得られない。そもそも誰も詳しくは知らない男がこれほど国の事に関わるというのは異常ではないだろうか。
(…いや、ラクロアでもいまいち信用ならない男が大臣をやっていたな)
どこか他人事のように、ため息をつくバスターであった。
数日後、今後の作戦についての会議が開かれる。傭兵の面々も召集され、その中にバスターやブリッツの姿もあった。
バスターは入ってくる情報を一語一句逃さぬよう俯いたまま黙っており、同じくブリッツも眠っているように目を閉じている。そうして会議は滞りなく進んだ、かに見えたのだが。
「ちょっと待ってもらおう」
突如としてブリッツが進行を遮る。滅多なことでは口を利かない男の発言に、空気がざわつく。バスターも顔を上げ、様子を伺った。
「おや、何か問題でも?」
会議を仕切っていたクルーゼが、仮面に覆われた顔で唯一表情があらわになる口元に薄い笑みを浮かべて返事をする。ブリッツは不服そうな態度をあらわにして言葉を続けた。
「最近オレたち傭兵の出番がないようだが」
「その点については心配なさるな…せっかく高い報酬を支払っているのだから」
「ここ最近の飼い殺し状態を見ると、それも怪しいものだ」
「我々にも都合というモノがあるのだよ」
棘のある口調で食って掛かるブリッツに対し、クルーゼは落ち着いた態度でいなす。
「アンタらが手を焼いてるという、種子の使い手…ストライク、だったか」
ブリッツがぽつりと呟き、思いついたように提案の言葉を口にする。
「なんなら、今から行って始末してもいい。報酬は三割増し程度でどうだ?」
「…!」
まるで届け物をするかの如く軽々しいブリッツの発言に、バスターは険しい顔つきになる。そんな事は意に介さず、ブリッツは毅然たる態度で返事を待った。
「ほほう、よほど自信があるようだな」
クルーゼは愉快そうに口元の笑みをさらに大きく歪ませたあと、一転して冷淡とした口調で述べる。
「だが、君は我々に雇われている身。我々の指示に従ってもらうのが道理だ」
「報酬あっての契約…そちらこそ、そのことを忘れないでもらおう」
不遜な態度を崩さず、ブリッツは確かめるように返す。クルーゼは気に障った素振りも見せずに含みのある笑みを取り戻して言う。
「何、きちんと働いてくれれば報酬は出すさ。この国以上に君達傭兵に寛大な国も、そうはないだろう?」
「…確かに、あんたらは金払いもいいしな」
ブリッツは納得したのかしていないのか、それっきり言葉を発する事はなかった。
「よろしいかな…それでは、次の議題ですが」
クルーゼが仕切りなおし、何事も無かったかのように会議が再開される。バスターは会議が終わるまでの間中、ブリッツを睨み続けていた。
先日の何かを秘めたような瞳は自分の見間違いだったのか。ここまで金に汚い男とは。バスターは、会議の内容を書き留めていた書類を後先考えずに握り潰す。
「おい」
会議が終わり、ぞろぞろと人が吐き出される会議室の前で、バスターがブリッツを呼び止める。ブリッツは無視して立ち去ろうとしたが、肩を強く掴まれ疎ましそうに振り返った。
「…何だ」
「そこまで汚い男だったとはな…そんなに金が欲しいか」
「汚い?オレは殺し屋、職務を全うしているだけだ。それに」
ブリッツは嘲るような口調の後、一拍おいてバスターを睨みつける。
「人が戦う理由にケチをつけられるような立場か?同じ雇われの身のあんたに、文句を言われる筋合いはない」
そう言ってあしらおうとするブリッツだが、割り切れないバスターの憤然たる表情が立ち去る事を許さない。観念したように、しぶしぶ次の言葉を口にした。
「…オレが殺さずとも、誰かが殺す。そういうものだろう」
「だからといって、わざわざ命を奪いに行く理由にはならん」
「オレが戦う理由は、オレだけのものだ。あんたには一生わからんさ」
「あぁ…わからん。そこまで手を汚して、何を欲する」
バスターが何気なく発した一言が、ブリッツの心の中で押し殺していた感情を引き出し彼の表情を乱す。
「理解してもらう必要はない…だが、オレにはどんなに手を汚そうとも、何を犠牲にしても救いたいものがある。それだけだ」
意外な返答に驚くバスターと余計な事を口走った、と黙るブリッツ。会話は中断され、二人の間に一時の静寂が訪れた。
しんとした雰囲気を打ち破るように、気を取り直してバスターが尋ねる。
「…例え話だが、それが雇い主であるザフトの標的になった時、お前はどうするんだ?」
「そんなことはありえない…が、そうなればオレの力を示すだけだ」
「一国を相手にする事になるぞ」
「頭を潰せば、戦いは終わる。呆気ないものだろ?」
ブリッツは揶揄するように呟く。当然その自信は、あの消える能力に裏打ちされたものだろう。それを覆す手段を持たないバスターは苛立ちを込めて、皮肉気味に言う。
「これだから殺し屋という奴は…」
「あんたも、殺したい奴がいれば請け負うぞ」
冗談めいた様子もなく、いたって真面目な口調でブリッツが返した。
「強いて言うなら、お前だが……戦るか?」
必要と在らば戦うことも辞さない覚悟で呼び止めたのだ。バスターは目をぎらつかせて詰め寄る。
「いいや…あんたを殺したところで、どうせ一銭にもならん。そんな殺しはお断りだ」
顔を背けあっさりとかわすブリッツ。またもや予想外の返事に、毒気を抜かれた気がしてバスターは肩をすくめる。
「やはりわからないな。ただ、これだけは言える。殺し屋に言うのも馬鹿げているが…このまま行けば辿り着くのは地獄だぞ」
ひとまず自分の事は棚上げして、バスターは忠告じみた言葉を投げかけた。
「地獄…?これ以上の地獄など、あるものか」
ブリッツは顔を背けたまま視線を下に逸らし、マントの下で拳を強く握り締める。彼の脳裏には、ある人物が苦しむ様だけが映り続けていた。悪夢のような映像を振り払うように首を振り、
「今更恐れるものなど何もない。これが罪だろうと、生きてるうちはオレの勝手にさせてもらう。罰なら、死んだ後にいくらでも受けてやるさ」
ひとりごちるように吐き捨てると踵を返し去っていくブリッツ。やはり、何かある。確信と共にその背中からただならぬものを感じながらバスターも反対の方向へと足を踏み出す。
自らが為すべき事を、するために。
バスターは入ってくる情報を一語一句逃さぬよう俯いたまま黙っており、同じくブリッツも眠っているように目を閉じている。そうして会議は滞りなく進んだ、かに見えたのだが。
「ちょっと待ってもらおう」
突如としてブリッツが進行を遮る。滅多なことでは口を利かない男の発言に、空気がざわつく。バスターも顔を上げ、様子を伺った。
「おや、何か問題でも?」
会議を仕切っていたクルーゼが、仮面に覆われた顔で唯一表情があらわになる口元に薄い笑みを浮かべて返事をする。ブリッツは不服そうな態度をあらわにして言葉を続けた。
「最近オレたち傭兵の出番がないようだが」
「その点については心配なさるな…せっかく高い報酬を支払っているのだから」
「ここ最近の飼い殺し状態を見ると、それも怪しいものだ」
「我々にも都合というモノがあるのだよ」
棘のある口調で食って掛かるブリッツに対し、クルーゼは落ち着いた態度でいなす。
「アンタらが手を焼いてるという、種子の使い手…ストライク、だったか」
ブリッツがぽつりと呟き、思いついたように提案の言葉を口にする。
「なんなら、今から行って始末してもいい。報酬は三割増し程度でどうだ?」
「…!」
まるで届け物をするかの如く軽々しいブリッツの発言に、バスターは険しい顔つきになる。そんな事は意に介さず、ブリッツは毅然たる態度で返事を待った。
「ほほう、よほど自信があるようだな」
クルーゼは愉快そうに口元の笑みをさらに大きく歪ませたあと、一転して冷淡とした口調で述べる。
「だが、君は我々に雇われている身。我々の指示に従ってもらうのが道理だ」
「報酬あっての契約…そちらこそ、そのことを忘れないでもらおう」
不遜な態度を崩さず、ブリッツは確かめるように返す。クルーゼは気に障った素振りも見せずに含みのある笑みを取り戻して言う。
「何、きちんと働いてくれれば報酬は出すさ。この国以上に君達傭兵に寛大な国も、そうはないだろう?」
「…確かに、あんたらは金払いもいいしな」
ブリッツは納得したのかしていないのか、それっきり言葉を発する事はなかった。
「よろしいかな…それでは、次の議題ですが」
クルーゼが仕切りなおし、何事も無かったかのように会議が再開される。バスターは会議が終わるまでの間中、ブリッツを睨み続けていた。
先日の何かを秘めたような瞳は自分の見間違いだったのか。ここまで金に汚い男とは。バスターは、会議の内容を書き留めていた書類を後先考えずに握り潰す。
「おい」
会議が終わり、ぞろぞろと人が吐き出される会議室の前で、バスターがブリッツを呼び止める。ブリッツは無視して立ち去ろうとしたが、肩を強く掴まれ疎ましそうに振り返った。
「…何だ」
「そこまで汚い男だったとはな…そんなに金が欲しいか」
「汚い?オレは殺し屋、職務を全うしているだけだ。それに」
ブリッツは嘲るような口調の後、一拍おいてバスターを睨みつける。
「人が戦う理由にケチをつけられるような立場か?同じ雇われの身のあんたに、文句を言われる筋合いはない」
そう言ってあしらおうとするブリッツだが、割り切れないバスターの憤然たる表情が立ち去る事を許さない。観念したように、しぶしぶ次の言葉を口にした。
「…オレが殺さずとも、誰かが殺す。そういうものだろう」
「だからといって、わざわざ命を奪いに行く理由にはならん」
「オレが戦う理由は、オレだけのものだ。あんたには一生わからんさ」
「あぁ…わからん。そこまで手を汚して、何を欲する」
バスターが何気なく発した一言が、ブリッツの心の中で押し殺していた感情を引き出し彼の表情を乱す。
「理解してもらう必要はない…だが、オレにはどんなに手を汚そうとも、何を犠牲にしても救いたいものがある。それだけだ」
意外な返答に驚くバスターと余計な事を口走った、と黙るブリッツ。会話は中断され、二人の間に一時の静寂が訪れた。
しんとした雰囲気を打ち破るように、気を取り直してバスターが尋ねる。
「…例え話だが、それが雇い主であるザフトの標的になった時、お前はどうするんだ?」
「そんなことはありえない…が、そうなればオレの力を示すだけだ」
「一国を相手にする事になるぞ」
「頭を潰せば、戦いは終わる。呆気ないものだろ?」
ブリッツは揶揄するように呟く。当然その自信は、あの消える能力に裏打ちされたものだろう。それを覆す手段を持たないバスターは苛立ちを込めて、皮肉気味に言う。
「これだから殺し屋という奴は…」
「あんたも、殺したい奴がいれば請け負うぞ」
冗談めいた様子もなく、いたって真面目な口調でブリッツが返した。
「強いて言うなら、お前だが……戦るか?」
必要と在らば戦うことも辞さない覚悟で呼び止めたのだ。バスターは目をぎらつかせて詰め寄る。
「いいや…あんたを殺したところで、どうせ一銭にもならん。そんな殺しはお断りだ」
顔を背けあっさりとかわすブリッツ。またもや予想外の返事に、毒気を抜かれた気がしてバスターは肩をすくめる。
「やはりわからないな。ただ、これだけは言える。殺し屋に言うのも馬鹿げているが…このまま行けば辿り着くのは地獄だぞ」
ひとまず自分の事は棚上げして、バスターは忠告じみた言葉を投げかけた。
「地獄…?これ以上の地獄など、あるものか」
ブリッツは顔を背けたまま視線を下に逸らし、マントの下で拳を強く握り締める。彼の脳裏には、ある人物が苦しむ様だけが映り続けていた。悪夢のような映像を振り払うように首を振り、
「今更恐れるものなど何もない。これが罪だろうと、生きてるうちはオレの勝手にさせてもらう。罰なら、死んだ後にいくらでも受けてやるさ」
ひとりごちるように吐き捨てると踵を返し去っていくブリッツ。やはり、何かある。確信と共にその背中からただならぬものを感じながらバスターも反対の方向へと足を踏み出す。
自らが為すべき事を、するために。