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レニングラード(サンクトペテルブルク)の猫
最終更新:
匿名ユーザー
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時は第二次世界大戦中期、レニングラードでのドイツ・枢軸軍包囲下での食料不足は深刻であり、日々の配給で足りるはずも無く街の人々はベルトや犬、猫を食べた。また、人肉にも手を出した言われている。生き残る為には仕方ない事である。
だがそれが1943年頃にもなると街から猫は居なくなってしまった。では、街から猫が居なくなるとどうなるのか?
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繁殖力の高いネズミが増え、街の美術館や博物館にある絵画などの芸術品や書籍を食い荒らすのである。さらに困った事に伝染病を仲介するのだ。そして衰弱した人を襲う事例も現れた。
ドイツ軍の攻勢を受けても耐え、守り続ける街の人にとってはこれほどまでにない絶望的な状況である
その後、耐え続けた市民に遂にかつてナポレオン、そして多くの敵を追い返した冬将軍が味方する
11月20日、ラドガ湖が凍ったのだ。冬に悶え苦しむドイツ兵を背に輸送部隊が湖を渡り物資を届けるようになり、鉄道も回復、市民の避難も始まった。もちろん、この状態でも枢軸軍の圧倒的有利は変わらないのでこの輸送ルートは「 命の道」と呼ばれた。
11月20日、ラドガ湖が凍ったのだ。冬に悶え苦しむドイツ兵を背に輸送部隊が湖を渡り物資を届けるようになり、鉄道も回復、市民の避難も始まった。もちろん、この状態でも枢軸軍の圧倒的有利は変わらないのでこの輸送ルートは「 命の道」と呼ばれた。
そして1944年、街の包囲が解かれた時他の街から猫を詰め込んだ列車が到達した。街に降り立ち解き放たれた猫たちはバクラチオン作戦の如く「大攻勢」を行い、街からネズミを守った。

その功績からか、今でも美術館では多くの猫達が美術館を守っている。
そしてその市民たちはその活躍を称え、今でもサンクトペテルブルクの街の至る所には猫の銅像が立っている.....
そしてその市民たちはその活躍を称え、今でもサンクトペテルブルクの街の至る所には猫の銅像が立っている.....
参考 レニングラード包囲と防衛博物館
https://jp.rbth.com/arts/86363-ikani-neko-petersburg-no-symbol-ni-natta/amp
https://jp.rbth.com/arts/86363-ikani-neko-petersburg-no-symbol-ni-natta/amp