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セルビア帝国の崩壊
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匿名ユーザー
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本項では、セルビア帝国の歴史について記述する。
ドゥシャン帝の治世
ドゥシャンの治世開始は、セルビアが帝国を名乗る以前の1331年にさかのぼる。同年7月に起きたヴェルブジュドの戦いでブルガリア軍に大勝した皇太子時代のドゥシャンは、当時の王デチャンスキに代わって貴族から支持を集めていた。彼らの支持を背景にドゥシャンはデチャンスキから王位を簒奪し、ドゥシャンの治世は始まった。
当時のバルカン半島南部における政治情勢は、セルビア王国の領域的発展に優位に働いた。ビザンツ帝国は帝位の簒奪、宗教闘争、政治闘争が絶え間なく続き、内戦の様相を呈していた。ドゥシャン王はこの機を逃さず、ヨハネス世カンタクゼノスによる蜂起の混乱に乗じテッサリア、テサロニケを除くマケドニア地方を併合。1346年に「セルビア人とローマ人(わざわざ書く必要はないかもしれないが、ここでいうローマ人はギリシア人を指す)の皇帝」に即位。こうしてセルビア帝国の歴史が始まった。
当時のバルカン半島南部における政治情勢は、セルビア王国の領域的発展に優位に働いた。ビザンツ帝国は帝位の簒奪、宗教闘争、政治闘争が絶え間なく続き、内戦の様相を呈していた。ドゥシャン王はこの機を逃さず、ヨハネス世カンタクゼノスによる蜂起の混乱に乗じテッサリア、テサロニケを除くマケドニア地方を併合。1346年に「セルビア人とローマ人(わざわざ書く必要はないかもしれないが、ここでいうローマ人はギリシア人を指す)の皇帝」に即位。こうしてセルビア帝国の歴史が始まった。