FULL FORCE
息が切れる。どれぐらい走っただろうか。
クロックアップで距離を取ったのだ。容易には追いつけないだろう。
ガタックゼクターをバックルから外し、変身を解いた。
更に未だに脇に抱えられている明日夢君を地面に降ろしてやる。
「明日夢君、もう大丈夫だよ。」
何とか守りきる事が出来た。明日夢君も安堵の笑みを浮かべる。
ついつい此方も表情が綻んでしまった。
「…加賀美さん、有難う御座いました。」
「良いんだよ。無事で何よりだ。」
「でも加賀美さんが居なければ今頃どうなっていたか…。」
表情が暗くなる。
あんな目に遭ったのだ。恐怖を感じてしまうのも無理は無い。
躊躇い無く殺し合いに身を投じた連中。しかもかなりの実力者。
これから先、明日夢君を守り続ける事が出来るか…正直言って先行き不安である。
自分一人では到底無理だろう。
その為に、天道達と合流する必要がある。
―…あいつなら…きっとこの状況だって打開してくれるさ。
そして他にも剣、ひより…矢車さん。
矢車さんが力を貸してくれるか分からないが、剣なら強力してくれる筈だ。
ひよりの事も早く見つけだしてやらないと。
「―…明日夢君、大丈夫だよ。俺の仲間達が力になってくれる。
君みたいな子を絶対に死なせはしないから。」
笑顔と共に、そう言い切った。
強がり等では無い。皆で力を合わせればきっと神崎だって倒せる。
この状況からだって抜け出せる。
そう…確信できる。
―…あいつらほど頼りになる仲間は居ないんだ。
天道、剣、ひより、矢車さん―…絶対に生きて会おうな。
そして、
ピ~ン♪ポ~ン♪パ~ン♪ポ~ン♪
殺戮の舞台に不釣合いな程の明るい音が鳴り響いた。
-
僕はこれからどうするべきなんだろうか。
複数の鬼の存在。
ヒビキさんに勝るとも劣らない戦闘能力。
僕みたいな何の力も持たない一般人が生き残るなんて…。
到底不可能だ。奇跡でも起こらない限り不可能。
それは客観的に見ても明らか。
僕の中に眠っていた希望が音を立てて崩れ去って行く。
「―…明日夢君、大丈夫だよ。俺の仲間達が力になってくれる。
君みたいな子を絶対に死なせはしないから。」
だが、加賀美さんはこう言った。
仲間というのがどれだけ強いのかは分からないが、今動くのは得策では無い。
懐に忍ばせているナイフなんかより、加賀美さんの方がずっと役に立つ。
―…今暫くは様子を見よう。
まだまだ先は長いんだ。焦っても仕方が無いさ。
ピ~ン♪ポ~ン♪パ~ン♪ポ~ン♪
頭の中で結論を出した矢先に響く頓珍漢な音。
神崎の差し金だろうか。
そして、人を小馬鹿にしたような声の女の姿がガラスに反射して現れた。
どんな仕組みかは分からない。隣に居る加賀美さんも驚きを隠せない様子だ。
二人して呆けた表情を浮かべながら目を遣り、耳を遣る。
その女は死亡者の名を、心底腹の立つ身振り手振りで明かした。
その中には知り合いの名前が。
―…サバキさん、ザンキさんが死んだ…。
間違いなく女はそう口にした。聞き間違える筈も無い。
優勝する覚悟はある。人を殺す覚悟も。
だが、知り合いが死ぬのは矢張り精神的にキツイ。
「もう六人も死んだのか…!」
加賀美さんの口ぶりからすると、先程口にした仲間は居なかったようだ。
決意を新たにされたのに早速死なれては困る。
勿論、僕がだけど。
知り合いが死んでしまった事を加賀美さんは酷く心配してくる。
最初は動揺したが、今は大分落ち着いた。
民家で身体を休めている今はもう問題無い。
心配してくれるのは有り難いがいい加減鬱陶しい位だ。
「もう大丈夫ですから…。」
苦笑いと共にそう告げる。
「でも…。」
心配そうな顔。
このやり取りが何回繰り返されたか…。
溜め息を吐き出して壁に持たれかかる。
しかし、新たに耳に届いて来たのは加賀美さんの言葉では無かった。
この家の扉を開ける音。
更に足音はゆっくり…確実に此方へ向かって来ている。
まるで此処に僕達が居るのを知っているかのように。
狭い民家だ。直ぐに見つかってしまうだろう。
緊迫した空気が室内を包む。
「――…カ・ガーミン。」
そして静寂は、扉の先に居る男の声で破られた。
++
時間は少し遡る。
加賀美と明日夢が手頃な民家を発見した頃、一人の男も同じエリアに居たのだ。
神代剣。
彼は見てしまった。
友の姿を。
共に居た少年を励ます姿、それは自分が知っている友そのものであった。
―…カ・ガーミン。出来れば逢いたくは無かった…。
友の姿を見てしまえば新たにした決意も揺らいでしまう。
そんな気がしたからだ。当然の感情である。
目の前で民家に入って行く。その姿を遠巻きに見つめる自分。
拳に力が入った。
―…殺さねばならないのか…。
俺は、友を…。
許しては貰えないだろう。きっとカ・ガーミンは軽蔑する。
完全にワームと成り果てた、この俺を。
だが今更戻れはしないのだ。
―…剣崎、カ・ガーミン、名も知らぬショ・ミーンの少年。
許してくれとは言わない。だが俺が頂点に立つまで待っていてくれ。
全てを無かった事にする…ノブリス・オブリージュを果たして見せる。
―…だから…。
「――…カ・ガーミン。」
侵入を果たした民家の中、人の気配のする一室。
その扉の前に立ち、静かに口を開いた。
―…友を殺す。分かっているな、
神代剣。
―…成し遂げるのだ、この俺の手で…!
「―…剣か…?」
確かめるように言葉が返って来る。聞き慣れた声に胸が痛んだ。
「―…ああ。」
そう短く相槌を打った。そして聞こえてくる騒々しい物音。
大きな音と共に扉が開かれた。
目の前にあるのは…眩しい、友の笑顔。
「剣!お前…!!」
―…涙ぐんでいるのだろうか。
…友よ…。
「―…逢えて嬉しいぞ、カ・ガーミン!」
胸の内にある、吹けば消えてしまいそうな殺意を悟られぬよう笑顔で相手の手を取る
「生きてるって―…信じてたぞ…!」
力強く握り返される掌、今にも泣き出しそうな笑顔。
…だが、やらねばならない。
―…覚悟は決めた筈だ。
片手に握られていたサソードヤイバーを翳す。
カ・ガーミンは大きく目を見開いて動作を目線で追った。
握られていた手は離され、距離が空く。
交差する互いの視線。友が何かを叫んでいる。
耳には入らない。
空手となった、もう片方の手にサソードゼクターを携え。
天に掲げ、瞳を伏せる。
一寸の間。
もう二度と…友と手を取り合う事はあるまい。
―…最早、迷いは雲散霧消の彼方に消し飛んだ。
「―…友よ…」
迷いの無い澄んだ瞳で目の前の友であった相手を見据える。
そして高らかに吼えた。
「死んで貰うぞッ!」
「変身!!」
―Hensin―
小気味良い音と共に装着されるサソードゼクター。
サソードヤイバーと一つになり、変身プロセスが展開される。
電子音と共に次々形成されるマスクドフォームのアーマー。
相手の悲痛な叫びは無機質な電子音に掻き消され、全てが冷たい鎧に覆われた。
紫苑の毒蠍。高貴なる戦士にして、生まれながら悲しみを背負った男。
人間である事は捨てた。醜い心を覆い隠して、いざ。
―…仮面ライダーサソード。
全ての迷いを振り払い、目の前の相手に剣を振り降ろした。
++
「剣!何を考えてるんだッ!!」
振り下ろされる剣を横に倒れこみながら回避する。
迷いの無い太刀筋。傍らにあった本棚が一刀両断にされた。
―…本当に殺すつもりなのか!?
「明日夢君!窓から逃げるんだ!」
自分の後ろで呆気に取られている明日夢君に声を掛ける。
この戦いに彼を巻き込ませる訳にはいかない。
慌てて傍らにあった窓から脱出を図る。
直ぐに抜け出したようで、室内には二人だけが対峙していた。
二の撃を更に回避して同じく窓の外へ飛び出す。
背後で壁を切った甲高い金属音が響いていた。
明日夢君は、やや離れている所で此方を伺っていた。
―…よし、あれだけ離れていれば大丈夫だ!
「カ・ガーミン!」
斬撃で壁を吹き飛ばし、姿を現したサソードが此方を見据える。
崩壊した民家が盛大に崩れ落ち、凄まじい轟音と共に幾多の埃が宙を舞った。
折角再会したのにも関わらず、今こうして彼は殺意を露にしている。
どういうつもりなのか。
―…仲間じゃ無かったのかよ、剣…!
自分も、明日夢君も殺すつもりなんだろうか。
目の前の友は剣を此方へ向けて大きく言い放った。
「戦え!カ・ガーミンッ!!」
「―…剣ッ!!」
片手を空へ翳す。勢い良く其の手に目掛けて飛び込んできたのはガタックゼクター。
今、俺は死ぬ訳にはいかない。
守るべき人が、再会しなければならない仲間が居るから…!
―…目を覚ませ!剣ッ!!
「変身ッ!!」
腰に巻かれているバックル。
彼も同様、一寸の間を空けた後にゼクターを滑り込ませた。
友と戦わねばならない。悲痛なる咆哮が空しく響き渡った。
―Hensin―
電子音が鳴り響く。
サソードとは異なる、蒼いアーマーが悲しみに満ちた表情をも覆っていく。
肩に装着されている砲台。重厚な鉄鎧。
色が示すが如く空のように真っ直ぐな男。
そして、心優しき情の戦士。
―…仮面ライダーガタック。
何故、友と戦わねばならないのか。
無常な殺戮の舞台は仲間をも切り裂いて。
絆をも断ち切るのか。
何も言わず、ただ互いを見据える二人。
やがて高らかに叫んだ。
「「キャストオフッ!!」」
ゼクターホーンを倒す。
サソードニードルを倒す。
同時に行われた動作の全て。
―Cast off―
電子音もまた、同時に鳴り響いた。
凄まじい風圧と共に、幾多に弾けるアーマー。
視認出来ない程の速さで吹き飛んだ破片は民家の壁に突き刺さり、
或いはガラスを突き破って甲高い破裂音を鳴らした。
破壊の主は、静観とした脇道にて無言で対峙している。
肩に掛けられているガタックダブルカリバーを手に。
そして双角は頭上に雄々しく起き上がり、真紅の瞳は鮮やかに輝きを宿した。
―Change Stag-bettle―
手に握られていたサソードヤイバーを構えなおす。
姿を現した紫苑の蠍は目の前の相手を喰らう為に顎を引き、真っ直ぐ見据えた。
妖艶に光り輝く新緑の瞳が美しい朝焼けと共に霧を照らす。
―Change Scorpion―
振りかざされた互いの剣。甲高い金属音と共に火花を散らす。
流れるような動きで回転斬りを放つガタック。
それに対し、サソードは一撃一撃に重みを加えていた。
互いの剣がぶつかり合い、爆ぜる。
厳しい戦いを潜り抜けて来た歴戦の戦士だからこそ成せる技である。
時折混ざるガタックの豪快な対術もサソードは華麗に対応し、受け流している。
傍から見て、これが互いを認め合った友の戦いとは思うまい。
++
―…剣、本気なのか!
情け容赦無い太刀筋に、仮面で隠された加賀美の表情が歪む。
「カ・ガーミン!本気でいくぞッ!!」
サソードの大振りな一撃で怯まされる。互いの距離が開いた。
「正気に戻れ、剣!」
「俺は正気だッ!!」
掌に握られたサソードヤイバーの切っ先が加賀美へと向けられる。
自分の言葉を掻き消すように、剣は続ける。
「この戦いの頂点に立ち、全てを無かった事にする。」
悲哀に満ちた声色。それが彼の出した答えだった。
「俺が姉さんを殺したことも!カ・ガーミンの弟のことも!!ワームのことも、全てッ!!!」
「その為に人を殺すのか!?」
己の出生の真実に苦悩し、毎夜悪夢に魘された日々。
彼もまた、純粋な願いを果たす為に剣を振るう。
決して償うことの出来ない罪を償うために。
「全てを無かった事にすれば…何もかもが元通りになる筈だッ!」
「俺も亮も、そんなことは望んでない!!」
「最早―…後戻りは出来んのだ、カ・ガーミンッ!」
問答無用と言わんばかりに激昂し、切っ先を向けていたヤイバーを構え直す。
「ライダースラッシュッ!!」
そして、無機質な電子音が短く響いた。
―Rider Srash―
腰を深く落とし、此方を見据えるサソード。
それに呼応するように叫ぶガタック。
力と力のぶつかり合い。破滅へのカウントダウンが始まる。
―1,2,3―
「剣ッー!!」
―Rider Kick―
「「うおおおおおおおおおッ!!!」」
宙を舞い放つ飛び回し蹴りと、地を掛け刻む幾重もの斬撃。
超エネルギーのぶつかり合いが凄まじい轟音と眩い閃光が辺りを包む。
一歩も退かない両者の撃。大地を揺るがす程の力が加重され、地面に身が沈んでいく。
身を焦がす程の熱が地を焼き、空気を燃やした。
…だが。
通常では有り得ない力は激しく打ち合い、暴発を呼んだ。
使用者の身が耐えられなくなる前に、行き場を無くした力が限界を来たしたのだ。
「うわあああああッ!!」
大きな爆発は中心部に居た二人を包み、遠巻きで一部始終を見ていた明日夢さえも風圧で吹き飛ばす。
人形のように成す術も無いまま民家の壁に強かに身体を打ちつけられる明日夢。
短い悲鳴が小さく発せられた。
「うっ!」
「明日夢君!!」
仰向けに倒れて気を失ったようだ。
倒れこんだ矢先にポケットから溢れ出たのは、加賀美が見慣れている物。
慌てて抱き起こしに行く加賀美の腕の中には、苦悶の表情を浮かべて気絶する明日夢の姿があった。
そして傍らに落ちている物を拾い上げる。
それは己が渇望している物であった。
「これは…」
ここから脱出する鍵。
仲間を助ける鍵。
それは案外と身近な所に眠っていたようだ。
「ハイパーゼクター!」
「カ・ガーミン!さあ、続きだッ!!」
体制を整えたサソードがガタックを見据える。
明日無を寝かせ、同じく立ち上がるガタック。
決意は固まった。
その男には、最早一片の迷いも無い。
「俺は…こんな処で負ける訳にはいかない!絶対に、負けられないんだッ!!」
仮面の下で剣の瞳は大きく開かれた。驚愕する。
ガタックの手に握られているのはハイパーゼクター。
「カ・ガーミン!」
大切な仲間達を。
未だ見ぬ人々を。
そして、
目の前の友を。
救うために、男は高らかに叫んだ。
「ハイパーキャストオフ!!」
―Hyper Cast off―
腰部に装着を果たしたゼクターから電子音が鳴り響く。
己の身体に纏う新たな力の訪れは、眩い光と共に辺りを照らす。
雄々しく聳え立つ双角は更に逞しく、勇ましく。
いかなる攻撃をも寄せ付けない強硬な鎧は身を包み。
見る者全てを威圧する王者の風格が漂う。
そして、正義の炎に燃え上がる真紅の瞳が輝いた。
―Change Hyper Stag-bettle―
加賀美は何も言わない。
ただ、その場に佇むだけである。
しかしそれだけで、相手のサソードを完全に威圧していた。
大気をも焦がす闘気はビリビリと音を鳴らす。
―…仮面ライダーガタック・ハイパーフォーム。
極限状態の中、己の運命に立ち向かう男。
心優しき勇敢戦士は今、誰もが平伏す超戦士へと姿を変えた。
友を守る為に。
++
―…状況は不利か…。
相変わらず強いな、カ・ガーミン。我が友に相応しい男よ…!
「しかし…負けられんのだ!」
臆する心に喝を入れ、気合一閃。
勝利を信じて勢い良く駆け出した。
横薙ぎに振るうサソードヤイバー。
一発、二発、と次々に剣を振るう。卓越した剣の技術である。
が、ガタックには当たらない。
全て見切られてしまっているかのように回避し、返しの拳を放った。
サソードの腹を抉るように直撃。
ハンマーで殴られるかのように胃を圧迫する。
胃液が噴き出しそうになり、加えての激痛に思わず膝を着き蹲ってしまう。
「ぐうぅぅ…ッ!!」
―…友よ、これが強さか。
痛い程に真っ直ぐな思い。昔の俺にはあったもの。
だが…今の俺は違う。
例え泥水を啜ってでも勝ち残らねばならない…!
それが、貴族である前に
神代剣という「人間」が叶えなければならない願いなのだ!!
「うおおッ!」
痛みを堪えて放つ剣戟。
悲痛なまでの覚悟が込められた刃は、遂にハイパーガタックに受け止められてしまう。
余りの強力に、どんなに動かしてもヤイバーは微動だにしない。
「もう止めろ、剣…!」
「それは出来ん!」
相手の言葉を即座に否定する。
それだけは、と言い切った。
「俺には罪を償うことしか出来ん…!分かってくれとは言わない…。」
―…だが…。
「だが、俺には…これしか無いのだ!」
その言葉に加賀美は激しい怒りと悲しみを覚えた。
彼の思いは痛いほど伝わってくる。
弟を失った悲しみ、それは加賀美の心に深く根付いている。
最愛の姉を自らの手で殺めてしまったなら悲しみは更に大きいだろう。
だが、「これしか無い。」と言った剣は間違っていると。
そう、友であり仲間である加賀美は伝えたかった。
「この…馬鹿野郎ッ!!」
鋭い拳がサソードの頬に突き刺さった。
「ぐぅッ!」
そのまま吹き飛ばされ地面に倒れこむサソード。
痛む身体を起き上がらせ、真っ直ぐガタックを見据える。
加賀美は叫んだ。力一杯。
そして、サソードヤイバーを離す。
「俺達は仲間だろ!何度だって言うぞ…。何度だって道を正してやる!
もう一度、そんな悲しいことを言ってみろ!俺は絶対に許さないからなッ!!」
「カ・ガーミン―…」
加賀美の言葉は剣に確かに届いた。
変わらぬ友の言葉。熱い思い。
最早、何も言葉など出てこなかった。
―…感謝するぞ、友よ。
化け物である自分を仲間だと言ってくれた友に感謝。
そして、思った。
何故、俺は化け物なんだ…。と。
全うな人間に生まれることが出来たら…。
素晴らしい仲間に恵まれた。涙が出るくらい嬉しかった。
「有難う、カ・ガーミン…。」
「剣…。」
もうこんな戦いはしたく無い。
紛れも無い本心だ。
…だが。
「それでも俺はやらねばならん!言った筈だ…もう後戻りは出来ないとッ!!」
―clock up―
退かぬ剣の決意。そして電子音が鳴り響いた。
再度サソードヤイバーを構えて叫ぶ。
静かに…ハッキリと。
「俺の全力だ…!ライダー…スラッシュ…ッ!」
矛先はガタックでは無い。
遠くで気を失っている明日夢こそが剣の狙いであった。
閃光を帯びていくヤイバー。
そして放たれる幾重もの斬撃。
真空波となり、遠くに居る明日夢へと真っ直ぐ向かって行く。
「明日夢君ッ!!」
このままでは明日夢は確実に死ぬだろう。
だが、そんなことはさせない。
―…俺は…もう誰かが死ぬところを見たくない!!
―Hyper clock up―
世界はガタックとサソードだけのものとなった。
今にも真空波は明日夢に届こうとしている。
例えクロックアップを超える速さで動けるハイパークロックアップでも届くかどうか…。
「うおおおッ!!!」
眼にも留まらぬスピードで駆けるガタック。
―…絶対に守る。
この加賀美の強い意志に呼応するように真っ直ぐ伸ばす腕。
コマ送りで再生される、この瞬間…。
ガタックは見事明日夢を抱き寄せた。
間一髪、間に合ったのだ。
…そして、直ぐに背中へと与えられる衝撃。
甲高い金属音が無常にも一帯に響き渡った。
「ぐうッ!」
―…明日夢君…。
――…つる…ぎ……。
++
―clock over―
世界は再び流れ出した。
まるで別世界へ行っていたサソード、ガタックも含めて。
そして同時に剣の変身も解けた。
己から解いた…というのは確かに正しい。
が、もう神崎の制限の範疇であったというのも理由の一つである。
頬を伝う一筋の汗。
そして剣は、重い口を開いた。
「―…友よ。身を挺して少年を救ったか…。」
目の前には背中に惨たらしい傷跡を残して明日夢を抱くガタックの姿。
やがて光がガタックを包み、傷ついた戦士の姿に戻って行く。
それと同時に夥しい量の血液が、鈍い音と共に溢れ出した。
弾ける音を鳴らしながら盛大に地面へばら撒かれ、大きな血溜まりを作っていく。
「まさに…。」
やがて抱かれていた明日夢も眼を覚ました。
「―…ノブリス・オブリージュ。素晴らしいぞ、カ・ガーミン…。」
「――…加賀美さん?う…うわああああああッ!!!」
決壊した感情。断末魔の叫びが響き渡る。
身を翻して偉大な友へ背を向ける剣。
―…最早、涙は流さん。
そして友を殺した罪から眼を背けることは決してしない。
俺すら眩む高貴な振る舞いをした…剣崎、カ・ガーミン。
必ず願いは果たす。
この俺の手で…全てを元に戻してみせる。
―…だから…。
「暫く眠っていてくれ、友よ…。」
―…剣。
何処かで友が呼んだ気がした。
―…信じてるぞ。
空が青い。
白い雲は風に流されて、ゆっくりと動いていく。
仲間を信じ、散った男。
加賀美 新。
美しい夜明けと共に永遠の眠りに着いた。
そして剣は歩き出す。
未だ見ぬ、希望に満ち溢れた世界を求めて。
++
【
加賀美新 死亡】
残り40人
【
安達明日夢@仮面ライダー響鬼】
【1日目 現時刻:朝】
【現在地:市街地F-5】
[時間軸]:番組前期終了辺り。
[状態]:右手に痛み。殆ど完治。 錯乱状態。
[装備]: デイパックニ人分。加賀美と影月。影月は支給品不明です。
[道具]:果物ナイフ数本。
[思考・状況]
※現在、加賀美の死に激しく動揺しています。まともに頭が働きません。
【
神代剣@仮面ライダーカブト】
【1日目 現時刻:朝】
【現在地:市街地F-5】
[時間軸]:スコルピオワームとして死んだ後。
[状態]:心身共に疲弊。が、気合は充分。
[装備]:サソードヤイバー。剣崎の装備一式。
[道具]:陰陽環(使い方は不明) ラウズカードのスペード9&10
[思考・状況]
1:この戦いに勝ち残り、ワームの存在を無かったことにすることで贖罪を行う。
2:迷いは完全に消えた。
3:加賀美へ静かに黙祷。
[備考]神代は食パンを「パンに良く似た食べ物」だと思ってます。
※加賀美が身を挺した明日夢は見逃しました。
次に会ったら容赦はしません。
※また、剣崎と
神代剣両方の姿に切り替えることができます。
剣崎の記憶にある人物と遭遇しそうなら、剣崎の姿に切り替えるつもりです。
++
―…此処はどこだ…。
気がつけば加賀美は見知らぬ場所に立っていた。
地に足が着かない浮遊感。身体が軽くなった感覚。
例えるなら雲の上に居るような…。
―…そこで気がつく。
「そうか…俺は…。」
志半ばにして力尽きたのだ。
友を信じぬき、明日夢を守った。
後悔はしていない。自分が間違っていたとも思わない。
だが、無念だった。
もっと自分に力が有れば…。そう思わずにはいられない。
また、ひよりの鯖の味噌煮が食べたかった。
天道と肩を並べて闘いたかった。
沢山の人を守りたかった。
岬さんや田所さんにも会いたかった。
最期に…剣を救ってやりたかった。
何も叶わなかった。
悔しい…。
不意に目尻が熱くなる。
次々に涙が流れ出て、嗚咽交じりの泣き声は切なく響き渡った。
涙でぼやけた視界の中に現れた物。
それは長い間、戦い続けてきた相棒。
「ガタックゼクター…。」
相棒は何も言わずに加賀美の肩に乗り、羽を休めた。
「お前…来てくれたのか。」
何も応えない。
だが、ゼクターは静かに頷いたように見えた。
嬉しかった。願うならば一緒に居たいと思ったから。
信頼してくれたこと、自分を思ってくれたこと。
感激である。共に戦ってきて良かった…と、そう思う。
しかし、
「―…ガタックゼクター。お前は行け。」
自分の意志を継いでハイパーゼクターを天道に渡せるのは相棒しか居ない。
信頼に対しての答えだった。
それが、先行く事となった自分の務め。
ゼクターは目の前に移動して此方を見つめる。
心なしか寂しそうに見える。
それでも、行かせなければならない。
「行けよッ!ハイパーゼクターを天道に届けるんだ!!」
それでも、ゼクターは動かない。
「お前しか居ないんだ…!俺の最期の頼みを聞いてくれ!!」
「―…頼む。」
羽音を鳴らしてゼクターは虚空の彼方へ消えていった。
必ず、加賀美の願いを叶えると。
そう誓って。
一度も振り返る事も無く、ベルトに装着されたハイパーゼクターを外す。
そして力無く飛び去って行った。
フラフラと頼りなさ気に揺れながら、未だ見ぬ天道の下へ。
―…行ったか。
「頼んだぞ、ガタックゼクター。そして…天道。」
消え去っていったゼクターを見送ると加賀美は、宛ても無く歩き出した。
「兄ちゃん!」
掛けられた声。
その主の声を聞き間違える筈も無い。
「――…亮…!」
紛れも無い弟の姿。
再度目頭が熱くなる。
「―…お疲れ様。」
互いに泣き出しそうな兄弟は対峙し、暫く見詰め合った後に小さく笑った。
「―…ああ。」
そして弟から放られた白球。
加賀美は受け止め、そして再度涙を流した。
腕で溢れ出す涙を拭い、そして笑顔で投げ返す。
「――…行くぞーッ!」
鮮やかな太陽の光が差し込む。
美しい弧を描いて白球は、亮へと向かって行った。
最終更新:2018年11月29日 17:10