カチャ、カチャという足音と共に、男を肩に担いだ銀色の怪人が公園に現れた。
銀と黒とに彩られた身体に、エメラルドの輝きを持ち、昆虫を思わされる複眼。
銀色の怪人の名はシャドームーン。
ブラックサンと共にゴルゴムの世紀王として、生まれ、次期創生王となるべく、ブラックサンと戦う運命にある男。
ただ、今のシャドームーンには記憶はない。あるのはブラックサンである仮面ライダーBLACKRX――
南光太郎への復讐心のみ。
今、彼はRXとの決着を着けるための餌として利用することに決めた男を担いでいた。
シャドームーンに担がれた男は右腕がなく、右腕の付け根と腹からは血がポタポタと垂れている。
公園の地面に落ちていく赤色の血。それはたちまち地面へと吸い取られ、血の匂いを染み込ませていった。
片腕の男の名は
結城丈二。
元デストロンの科学者ながらも、その命がけの行動により、仮面ライダー4号の名を持つ男。
だが、彼は自らの意思で、シャドームーンに敗れ、瀕死の重傷を負っていた。
二人が向かう先は公園の隣に位置する雑居ビル。RXを誘い出す場所に指定した建物。
ここでシャドームーンは自分の宿敵が現れるのを待つ。
シャドームーンにとって、誰が死んだかなどどうでもいいことだが、今回の放送にシャドームーンは安堵する。
南光太郎の名が呼ばれなかったことではない。もとより南光太郎はそう簡単に死ぬ男ではなく、心配などしていなかった。
シャドームーンが確認したかった名前は
相川始。彼がメッセンジャーを頼んだ男だ。
傷を癒す間だけ、わずかな期間の同盟関係。そのはずだったが、南光太郎と同じ場所に向かうと言う彼に伝言を託した。
自分が結城丈二を人質にとり、ここで待っていることを。
死んでいないのなら、伝言は伝わったのだろう。安心して待てるというものだ。
「て、てんどう……」
声のした方を向くと、結城が口をパクパクさせていた。どうやら意識を取り戻したようだ。
「起きたか、結城丈二」
「シャドームーン……俺を殺さなかったのか?」
かすれた声でシャドームーンに訪ねる結城。どうやら傷は深いらしい。
だが、シャドームーンはそんな結城の様子にもまったく意に介さない。淡々と質問に答える。
「勘違いするな。お前は南光太郎を誘き寄せるための人質だ。今度は俺がお前を利用してやる」
「……そういうことか」
シャドームーンの発言に結城は苦い顔をした。
あの時、結城は死を覚悟していた。にも関わらず、生きているということはシャドームーンが止めを刺さなかったということだ。
その事実にわずかな希望を見出したのだが、どうやら勘違いだったようだ。
(南、奴を仮面ライダーにするのは中々難しいぞ。それにしても……)
結城は先程の放送内容を思い出す。
告げられた天道という名前。告げられなかったドラスという名前。
一体、ドラスとの戦いで何が起こったのか。まだ戦闘中なのか、それともドラスに逃げられたのか。
本当ならすぐにでも研究所に駆けつけたかった。しかし、それは出来ない。
シャドームーンの人質になっているというのもあるが、一番の理由は自分の身体だ。
右腕は肩からばっさりと斬られ、もうそこにはなく、腹は貫かれ、今でも血を垂らせていた。
身体からは冷たい汗が吹き出ており、咽喉はひどく渇いている。
いくら改造人間といえども、このまま放っておけば、死は免れない。
自分の状態の分析を終えると、結城は来ていた南光太郎のジャンバーを脱ぎ、破る作業に入った。
左腕で服を掴み、歯の力で破っていく。服から布となっていくジャンバー。
それを時には紐に、時には当て布に、時には包帯として、自分の身体に応急処置を施していく。
傷口は持っていたペットボトルの水で洗った。そして、残った水で咽喉の渇きも癒した。
(とりあえずこれで処置は完了だ。完璧とはいえないが、死ぬことはあるまい)
応急処置を終えた結城は改めて、シャドームーンを見る。
シャドームーンは柱を背に、休息をとっているようだ。
「シャドームーン」
「なんだ」
結城にはいくつか確認しておかなければならないことがあった。
「さっき、南光太郎を誘き寄せると言ったが、どうやってやるつもりだ?南は俺とお前がここにいるということを知っているのか?」
「そんなことか。それなら研究所に行くという奴に伝言を頼んだ。お前を返して欲しければ、ここに来いとな」
「それは首輪探知機の持ち主か?」
「そうだ」
なるほどと、結城は思う。シャドームーンは最初に会ったときから、今まで、ディパックを持っている様子がない。
おそらくシャドームーンにとって、支給品や食料など、どうでもいいものなのだろう。
だが、そうなると首輪探知機を持っていた説明がつかない。ならば、答えは簡単だ。襲撃を掛けた時、もう一人誰かがいたのだ。
「そいつの名前は?」
「そんなことまで言う必要はない」
(さすがに相手は明かさないか。だが、首輪を探知する装置を持っている参加者がいるというのは重要な情報だ。
持っている候補者としては、相川始、ガライ、
キング、ジェネラルシャドウあたりが有力か?)
残る参加者は半分。考えれば、ある程度の予測はつく。少なくとも敵側が持っていることは頭に留めておいた方がいいだろう。
結城が考えをまとめるため、しゃべるのを辞めると、シャドームーンも黙る。
そのことから結城は、本当にシャドームーンはRXを倒すことしか考えていないのだなと思う。
記憶を失っているせいもあるのだろうが、シャドームーンには自分というものがないのだ。
RXを倒すという復讐心のみが唯一の拠り所。
(だが、もしそれが満たされたときには、きっとこいつは壊れる)
結城はもう一度ある決意をする。それはシャドームーンと先程戦う前にもした決意。命を賭けた決意。
「シャドームーン、おそらく南はしばらくは来ない」
「何?」
「今の放送では俺たちが倒そうとしていたドラスの名前は呼ばれなかった。まだ戦っているのか、それとも逃げられたのか。
どちらにせよ、ドラスを倒すまでは俺よりそちらを優先するはずだ。それに戦えない皆を守るという使命もある。俺に人質としての価値はない」
シャドームーンをまっすぐに見つめる結城。シャドームーンもその眼をまっすぐに見つめ返す。
「だから、その間に考えておいて欲しいことがある。もう一度、改めて問いたい。南を倒した後、お前はどうするつもりだ?」
「また、その質問か」
「お前が答えを出すまで、何度でもするさ。俺にはお前を暴走させた責任があるからな。
このままだとお前は南を倒した後、存在意義をなくし、自滅の道を歩むことになる。そんなことはさせたくない!」
突如、シャドームーンは立ち上がり、無言のまま、結城に近寄る。そして、首へと手をかけた。
「貴様、今度は何を企んでいる」
「何も企んではいないさ。ただ、お前が勝つにしても、南が勝つにしても、その死を無駄にはしたくない。もっとも……」
結城は一拍の間をおき、覚悟の言葉を紡いだ。
「今のお前では南には勝てない。空っぽの心のお前に、南が負けるはずはない」
シャドームーンの手に力が込められる。たちまち、絞まっていく首。身体から頭へと伝達される血液は止まり、結城の顔は赤くなっていく。
「お前に人質としての価値がないなら、ここで殺しても同じことだな。それにもし、お前が死ねば、RXは復讐の念に駆られ、俺と戦うことを優先するかも知れない」
益々込められるシャドームーンの力。赤くなっていた顔が、今度は青白くなっていく。
だが、それでも結城はシャドームーンから眼を逸らさない。シャドームーンの心までを見るように真っ直ぐにシャドームーンを見据える。
「……っ」
結城が限界を迎える一歩手前で、シャドームーンの手は離された。
空気を取り込むため、結城は口を大きく開け、呼吸を始める。
「何か思惑があるようだが、その手には乗らん。お前はそう簡単に死なせない。俺が受けた屈辱を味あわせるまではな」
そう言い放つと、シャドームーンは休んでいた柱へと戻っていった。