黒い涙

 鳴り響くのは放送を告げる不快な合図。
 市街地の西に存在する高層ビルの中で、城茂、安達明日夢天美あきら、津上翔一、霞のジョーは死に逝く者の名を聞いていた。
 屋上の一階下、景色を楽しむために設けられたのであろうレストランの一室で、彼らは悲痛な表情を浮かべている。
 特にあきらは高級絨毯に力なく座り、身体を震わせていた。
 茂にはかける言葉も無い。いや、誰も彼女に言葉をかけることができない。
「ヒビキさん……天道さん……」
 虚空に消える悲しみの声。耳に入ると同時に、茂の胸を締め付け、やるせない気持ちにさせている。
 彼女と同じ恩人を持つ明日夢も悲しげな表情を浮かべている。
 当然だろう。あきらの話では、弟子のように接していたという。
 やはり自分が行くべきだったのでは?
(いや、俺は木野と乾を信頼した。なのに疑ってどうする。あいつらがミスをしたなら、俺がフォローすればいい)
 茂はそう思って、窓から地上を見下ろす。
 放送で乾たちは告げられていなかった。天道という人物を助けることはできなかったが、何らかの決着はつけたのだろう。
 それならここに向かってくる可能性も高い。
(あいつらは戦った後で傷ついているはずだ。なら、俺がすることは……)
 泣き声しか聞こえない一室で、パーフェクトゼクターを置き、立ち上がる。
 茂は自分に視線が集中しているのを確認して、
「外を見回ってくる。乾たちが近くにいるかもしれないし、そうでなくても敵がいると厄介だからな。
津上とジョーは万が一ここを襲われたときに備えてくれ。パーフェクトゼクターは置いておく」
 と告げる。周りは不意を突かれたような表情をしている。確かに、親しい者が死んだのは悲しいだろう。
 だが、いつまでも悲しみに沈んでいるわけにはいかない。
 いずれは歩かなくてはならない。皆が歩むのに疲れても、自分だけはへっちゃらだという態度を示さなければならない。
 でなければ、明日夢やあきらのような子は儚く崩れてしまう。
 そうはさせない。茂はその一心で立ち上がって進む事を決意した。
「頼んだぜ」
「城さん、帰りを楽しみにしてください。俺、料理して待っています」
「ああ、楽しみにしてるぜ。でも先に食べてていいからな」
「はい。期待していてください」
 津上もまた進む事を決めたのだろう。その表情に迷いはない。
 彼も仮面ライダーだと聞いた。頼もしい後輩だ。
 彼とジョーならここを任せられる。茂は希望を紡ぐため、外へと出る。


 明日夢はあきらの泣き声を聞き、悲しむふりをしながら、放送で八人も死んだことにホッとする。
 この殺し合いは化け物ぞろいだ。善人にしろ悪人にしろ数多く死んでもらわなければ困る。
 そして、放送で上がった名に心に漣が立つ。しかし、それも一瞬。
(ヒビキさん……あなたもこの殺し合いで死んでしまいましたか。でもしょうがないですよね。
生き残れるのは、帰れるのは一人だけ。それはヒビキさんではなく僕です。
だから、ヒビキさんが死んでしまうのも当然のことです。できれば僕の盾にでもなってから逝って欲しかったですが、過ぎたことはしょうがない。
最初から最後まであなたは使えない人でしたが、あなたの教えは僕の生きる糧になっています。
あなたの想いは僕が引き継ぎましょう。それでは、永遠にさようなら)
 時間にして数秒の思考。たったそれだけで明日夢は恩師の死を切り捨てた。
 彼の心に宿るのは光ではない。ただの生き残る執念。そして……
(天美、そんなに泣かなくてもいいよ。城さんがいない今、あなたたちには用はない。
こんなにも早く始末できる機会が出来た。だから、ヒビキさんと同じところに逝きな。
仮面ライダーに僕が選ばれないなら、仮面ライダーの天美が死ねばいいんだ。そうすれば僕はいい気分になれる)
 少女に対する嫉妬があった。


 翔一は厨房にて、小屋で調達した食材で料理を始める。
 元は高級レストランで、多くの人間が働いていただろう場所に一人ポツンと立つ。
 それでも彼は野菜を切る手を緩めない。
 食事は、美味しいってことは人を笑顔にする。
 あの少女は大切な人が亡くなって泣いている。少年も苦しんだような顔をしていた。
 ジョーは無力さを噛み締めるような顔をしていた。茂は死を覚悟した男の顔をしていた。
 誰も彼も美味しくない想いを抱えている。
 こんな殺し合いに巻き込まれ、多くの知人が死んでいく中、そういった感情を抱くのが当然だろう。
 だが、生きることは美味しいことだと考える翔一には、それがたまらなく嫌だった。
 ここにいる限り誰も美味しく生きられない。
(橘さん、見ててください。神崎を倒して俺が皆を元の世界に返しますから)
 翔一は決意を固めて己の持てる術を持って料理の仕上げに取り掛かる。
 しかし、彼の背後で悪意は迫ってきた。


 明日夢は料理を盛り付ける翔一の背中を確認して、声をかける。
「津上さん、もうできたんですか?」
「お、元気なったのかな。ちょうどよかった。明日夢くん、みんなの料理を運んでくれないか?」
「分かりました」
 笑顔で答え、シチューを持って厨房を後にする。
 誰も疑っていないことに安心した。ジョーはなぜか水のエルを殺した事を話す気はないらしい。
 ありがたいことだが、いつ漏らすか分からない。だから最初は彼に死んでもらおう。
 市街地で拾ったデイバックを開け、支給品を取り出す。
 鶏の頭を模したような杖。その『ドクターケイトの杖』から毒をシチューに一滴垂らす。
 素早く事を終えた明日夢は何食わぬ顔でその場を後にした。

 明日夢は知らないが、それは彼が最初に殺した岬ユリ子の命を奪った道具だった。


 懐中時計を握り締め、霞のジョーは死んだ水のエルに想いを馳せる。
 ムカつく女の声が彼の死を肯定した。そして、その犯人は明日夢である。
 もちろん、彼を恨む気持ちがないといえば嘘になるが、それでも救ってやりたいと思う気持ちが勝っている。
 彼はこの殺し合いの犠牲者だ。真に恨むべきは、倒すべきは主催者、神崎士郎。
(大丈夫だ。仮面ライダーたちがいる。俺たちはきっと勝てる)
 懐中時計のオルゴールを起動し、風景を楽しむ場所で静かな音楽を鳴らす。
 見下ろす風景は戦闘跡が見える場所もあり、ささくれた心を音楽が癒す。
「綺麗な音楽ですね……」
「……ああ。こいつは俺たちを助けた恩人からもらったんだ。……放送で呼ばれてしまったけどな」
「ごめんなさい!」
「いいよ。君も大切な人が亡くなったんだろう? おあいこさ。
それに、君を攻めたらそいつに怒られる」
「……素敵な人だったんですね」
「人じゃない」
「…………え?」
 彼女の疑問を示す声を聞き、空に顔を向ける。
 日は沈み星が顔を覗かせてきた。あの瞬く星の一つに彼はなれたのだろうか?
水のエルっていう、心優しい怪人さ」
「怪人?」
「知らないのか? 怪人にもいい奴はいるんだぜ。
兄貴なんてクジラ怪人っていうのに一度命を助けられたって話さ。
……そういえば水のエルもクジラの怪人だったな。どうもクジラの怪人にはいい奴がいっぱいいるみてえだな」
 そう言うとあきらは笑ってはいと答えた。
 彼女を笑顔にできたことに水のエルに感謝し、彼の使命を忘れないように懐中時計を握り締める。
(アギトを倒す。大丈夫、忘れねえから)
 アギトについて何か知らないかあきらに尋ねようとしたとき、その言葉は中断される。
「料理できたみたいです。ジョーさん、天美」
 食器を配る明日夢に感謝しながら受け取る。
 シチューの匂いが鼻孔を刺激し、腹の音がなる。
 それにあきらの笑い声が響いて、いっけねえとおどけて見せた。
 明日夢も笑っており、彼が立ち直ってきたのだと確信できる材料が見つかって、安堵する。
 失ったものは多く、二度と取り戻せないものもある。それでも前へ進まなければならない。
 霞のジョーは決意を新たにシチューを見つめる。
 厨房より翔一がやってきた。
「さて、準備もできましたし、夕食にしましょう。いっぱい作ってあるので遠慮なくお代わりしてくださいね。
城さんの分はあらかじめ取って置いてあります」
「じゃあ、遠慮なく」
 ジョーはスプーンでスープをすくって、口につける。
 飲み込んだその時、腹が焼けるような痛みが走り、椅子を蹴飛ばして倒れる。
「ジョーさん!!」
 明日夢がいち早く駆けつけてくる。
 血反吐を吐いて彼を安心させるために顔を見つめる。
 目がぼやけて彼の顔が見れない。
「……だ、大丈夫だ。か、霞のジョー……は不死身……だから」
 だが言葉とは裏腹に、彼はもう駄目だと確信する。
 毒にやられたらしい。誰がやったかは知らないが、彼は一つの思いが浮かび上がるのみだった。
(悪い……明日夢。俺は……お前の兄貴に……なるって……約束したのに……叶えられそう……にもない。
お前は生き残ってくれ…………)
 霞のジョーは自分を殺した人間を探るよりも、一人の少年の生き残りを願った。
 その目に一滴の涙を流して、彼の記憶を探す長い旅は終わった。


 ジョーの死を確認して、明日夢はほくそ笑む。
 水のエルの話題を出していたときはゾッとしたが、自分のやったことは話してなかったらしい。
 しかも、死に際まで毒を仕込んだかもしれない自分を案じていた。
 救いようのないお人好しである。
「うわぁぁあぁっ! ジョーさん!」
「っ! 明日夢くん、いったい何が……」
「近寄るなっ!!」
 鋭い声を出して、二人を遠ざける。あきらの様子を伺うと、事態を飲み込めていないらしい。
 この殺し合いでも守ってもらってばかりだった所為だろう。不公平だと感じながら、翔一のほうを向く。
 今は彼をしとめるときだ。あきらをどうにかするのは最後にする。
「お前が毒を仕込んでいたんだろ?」
「違う、俺は……」
「嘘をつけ! 放送で呼ばれたジョーカーはお前じゃないのか?
ジョーさんを返せっ! 人殺し!!」
「違う。俺はアギトとして人を救うために……」
 罪を擦り付けるついでに放送の『ジョーカー』を利用しようとした矢先、自分に都合のいい単語が聞こえてきた。
 彼が水のエルの言っていた倒すべき『アギト』。そしてこの場にはジョーからその存在を知らされたあきら。
 都合がよすぎてつい笑みが浮かびそうになるが、押し殺して糾弾を続ける。
「アギト? 水のエルが人類の脅威といっていた奴じゃないか!
やっぱり僕たちを殺そうとずっと様子を探っていたんだろ! 信用できない!」
 言いながら走り、パーフェクトゼクターを取った。剣先を構えてその場を去る。
「待って、明日夢くん!!」
 翔一の制止する声を振り払い、途中でデイバックを回収して出口へと走る。
 茂はしばらく外にいるだろうが、彼らが茂と連絡を取らないようにするためだ。
(生き残る。そして帰る!)
 ただその一念で、少年は走り続ける。


 明日夢が消え去った先を悲痛な表情で見送った翔一に視線を向ける。
 明日夢は彼を殺人鬼だと決め付けたが、あきらにはそう思えなかった。
 自らが恐怖を感じた殺人鬼に勇敢に立ち向かったと聞く。
 それに、自分と巧を救ってくれ木野の仲間だ。疑うはずもない。
 もちろん、疑問もある。あの毒は誰が入れなのだろうか?
(ジョーさんを殺したのは安達くん? ううん、違う。彼は優しい人だから、それはない。
もしかして、私たちの前に誰かここに潜んでいるんじゃ……)
 ドレイクグリップを握り、万が一に備える。
 続けて、翔一に向き直る。
「安達くんを追いかけましょう」
「あきらちゃん……」
「話せば分かってくれます。彼は特殊な状況に追い込まれて、ヒビキさんを亡くして混乱しているだけです。
彼の誤解を解いてから、犯人を捜しましょう」
「……そうだね。それじゃ、彼を助けに行こうか」
 翔一に頷き、明日夢を探す。ヒビキはもういない。
 彼を一人にさせてはいけないと、地面を蹴り続けた。


 レストランの出口に佇む明日夢を見て、翔一は安堵のため息を吐く。
 遠くに行かないでよかったと考え、ゆっくりを歩みを進める。
「くるなっ!」
 明日夢がパーフェクトゼクターをガンモードに変え、こちらに向けている。
 放たれる銃弾が頬を掠めて照明を打ち抜いた。
(あれに当たったら痛いだろうな)
 翔一は場違いな事を考えながら更に歩みを進める。
 明日夢の身体は震えている。怖いのだろう。
(それじゃいけない。明日夢くんは助けなければ)
「やめて、安達くん。津上さんは……」
「いいんだ、あきらちゃん。これは毒が入っていることに気づかなかった俺のミス。
だからもし、彼に撃たれても仕方がないんだ」
「でも……」
「大丈夫。俺は死なない」
 翔一はあきらに告げて止まっていた歩みを再開する。
 銃弾が肩を抉り、血が吹き出る。だが、翔一は僅かに呻くにとどめた。
「くるなっ、くるなっ、くるなぁ~!!」
 数度血が花火のように爆ぜる。
 膝を崩しそうになるが耐え、一歩一歩確実に明日夢に近付いていった。
 両手で彼の肩を優しく掴む。ビクッと震えた少年を安心させるため、いつもの笑顔を浮かべる。
「捕まえた」


 明日夢はパーフェクトゼクター・ガンモードの反動に翻弄され、上手く狙いを定めることができなかった。
 一発一発撃つごとに身体が泳ぐ。苛立たしげに連射をし、死ねと思いながら引き金を引く。
 本来の予定なら、恐怖に押しつぶされたフリをして一発でしとめるつもりだった。
 場所ももっと近くに来てから撃つ予定であった。
 それらが無駄になったのは、翔一を見た瞬間わきあがった恐怖が原因だ。自然と身体が震える。
 相手は仮面ライダー。しかも水のエルが脅威というほどの能力『アギト』を持つ人間。
 スマートバックルで対抗できるか自信はない。
 十発ほど外したころ、ようやく銃弾が肩に当たり、翔一が僅かに揺らぐ。だが、彼は怯まず、明日夢に近付いてきた。
 変身もしない。怯みもしない。
 そんな翔一を理解できず、得体の知れなさに恐怖心が膨れ上がった。
 咽に唾が粘りついて、飲み込むのにも一苦労。
 恐怖心を押さえ込むように、無理矢理唾の塊を飲み込んで、銃弾を放った。
 やはりぶれる銃身では人を捉えることは困難であった。それでも一、二発は当たっている。
 だが、敵は止まらない。やがて、翔一は明日夢の前に立った。
 怖くて顔が見れない。一瞬で変身されれば自分は死ぬ。
 腹に巻いているスマートバックルに手をかけようとした瞬間、肩を掴まれる。
(間に合わなかった? 殺される!)
 脳裏に浮かぶのは岬ユリ子の死に様。あんなふうに死ぬのは嫌だ。
 自分は生きる。生きて家に帰る。そう考えていても身体は動かなかった。
「捕まえた」
 明日夢は身体を震わせ、生きたいと願った。みっともなくてもいい、ユリ子や加賀美のようになるのはごめんだった。
 命乞いをしようかと迷っていると、翔一が先に話しかけてくる。
「ごめん。ジョーさんが死んだのは俺の責任だ。毒が仕込まれていたなんて、気づかなかった。
君の言っていることは正しい。たとえジョーカーじゃなくても、ジョーさんを殺したのは俺だ」
「津上さん!」
「あきらちゃん、俺は料理をして、毒を仕込まれた。人に美味しいって言ってもらう人間になりたい俺にとっては、最悪のことだ。
だから、君たちは俺が必ずもとの世界に戻す。一人で無理なら、城さんの、木野さんの、多くの仮面ライダーの力を借りる。
もう、怖がらないでくれ。明日夢くん」
(何を言っているんだ? こいつは?)
 明日夢は銃を撃った自分を殺そうとしない彼に疑問を持った。
 彼は身体中に怪我を負い、痛みに顔を顰めている。その原因になった自分を救うと宣言している。
(馬鹿だ……この人は)
 内心呟いて、目の前の彼を否定する。しかし、明日夢の目には涙が流れていた。

 ―― 俺が一緒に背負う! お前の犯した罪も悲しみも裏切りもだ!! ――

 そう言った彼はいない。なぜなら、自分で殺したからだ。
 だいたい自分が殺したと、少し考えれば分かるはずだ。なのに、疑おうともしない目の前の青年に対して、なぜか涙が止まらない。
 それが悲しみからか、疑われていないと知っての安堵からか、自分自身にも分からなかった。
 確実にいえるのは、ヒビキの死とジョーの死は、胸がポッカリ開いた気分になったということだ。
 認めたくなかった。認めてしまえば、今までの自分を否定してしまう。
 今がチャンスだ、殺せと頭が命令するが、腕はパーフェクトゼクターを力なく落としてしまう。
 その様子に翔一が微笑む。それは、出会ったときのヒビキの笑顔を思い出してしまった。


 室内に明日夢の泣き声が響く。
 どうやらもう明日夢が混乱することもないだろうと、あきらは安堵のため息を吐いた。
 翔一が振り向く。その顔には、魔化魍を倒した後のヒビキたちのような爽やかな笑顔があった。
「一件落着ってね」
「はい。それじゃ、毒を仕込んだ人を探しに……」
 あきらの声は最後まで続かなかった。
 翔一が血を吐き出し崩れていったからだ。ぐらりと彼の身体が崩れていく。
 コマ送りのように身体が傾く様子を追いながら、あきらの耳に人の倒れる音が聞こえた。
 そのあきらの視線の先には、血に染まった果物ナイフを持つ明日夢がいる。
「安達くん……なんで……?」
 あきらの声は震えていた。


 明日夢の持つ、ドクターケイトの毒が塗られた果物ナイフを翔一の脇腹に突き刺す。
 人の肉を貫く感触は少し気持ち悪かったが、何のこともない。
 むしろ簡単すぎて驚いた。
 倒れた翔一を見下ろすが、何の感慨も沸かない。ヒビキの死もジョーの死も、もうどうでもいい。
(僕はあの人たちの死を乗り越えたんだ。これも優勝するための第一歩。
そうですよね? ヒビキさん)
 あきらを見つめると、ドレイクグリップを握っている。
 怒りが蘇り、睨みつける。
「安達くん……なんで……?」
 まだ状況を分かっていないらしい。明日夢はわざとらしくため息を吐き、笑い出す。
 意識して笑ったわけではないが、絶望に染まったあきらの顔がおかしくてつい吹き出したのだ。
 だが彼女には狂ったように見えたらしい。
「こんなところに連れてこられて混乱しているだけだよね?
ヒビキさんが死んでショックを受けているだけだよね?
すぐにいつもの優しい安達くんに戻ってくれるよね? 手を貸して。津上さんを助け……」
「まだ分からないのか? 天美」
 明日夢は呆れたように喋り続けるあきらを中断させる。
 自分でも驚くほど冷たい声。更に殺意を乗せながら言葉の刃をあきらに抉りこむ。
「ジョーさんも、津上さんも僕が殺したんだよ。津上さんが助かるわけないだろ。
このナイフには毒が塗ってあるんだからな」
「何でそんな事をっ!」
「帰りたいからさ! 誰かに守られ続け、仮面ライダーに偶然選ばれたお前には分からないだろうなっ!
僕はこの殺し合いで銃を突きつけられたよ! 斬り殺されかけたよ! 炎を吹き出す魔化魍に焼き殺されかけたよ!
対してお前は何だっ!? ぬくぬくとあの乾って人と一緒にいて、守ってもらったんだろ? 僕と違って!!」
「ちが……」
「僕はお前が憎いっ! 変身ッ!!」
 スマートバックルを倒し、その身体を光が包み込む。
 ライトブラウンの鎧を装着した黒い強化スーツの超人へと明日夢は姿を変える。
 銀のOを模した単眼は憎しみを持ってあきらを睨みつけていた。
 落ちていたパーフェクトゼクターを剣に変えて持つ。
 先程よりは軽く感じる。
「天美は毒で殺さない。僕のこの手で直接殺す」
 明日夢は更に絶望に染まるあきらの表情を、仮面の下で愉悦の笑みを浮かべて見ていた。


 ライオトルーパーが出鱈目に振るう剣をあきらは必死で避ける。
 素人が使うことによって、剣筋が読めず、白い肌に切り傷を二、三つける結果になった。
「死ねぇぇ!! 天美ぃぃぃぃ!!」
 友達だった少年の怨嗟の声にあきらの心が抉られる。
 彼がこの殺し合いでどれほど辛い目にあったかを思い、涙が一筋流れる。
 痛みを感じるが、それは罰なのではないかと考え、ドレイクへと変身ができない。

 あきらも明日夢も知らないが、二人の環境にそれほど差があるわけではない。
 あきらも帰るために闇へ落ちかけた。明日夢を守ってくれる者はいた。
 ただあるのは、闇より抜け出した者と、闇にはまる者の違いだけだった。

 あきらが明日夢を説得できる言葉を捜していると、青い影が鳴きながら明日夢の腕を弾く。
「ッ!! これはぁ~!!」
 ドレイクゼクターが現れ、あきらに変身しろと促している。
 だが、あきらは一向に構える気にはならない。
「駄目だよ。友達と戦えないよ!!」
「友達? お前なんか友達じゃない。天美、邪魔だ!!」
 否定の言葉にショックを受けるあきらの手のドレイクグリップに、ドレイクゼクターが自ら接続する。
 ライオトルーパーが焦りながら剣を振るうが、それより先に変身を開始する電子音が発せられた。

 ―― HENSHIN ――

 構成する六角形の金属片。そのうち一つがギリギリ剣を受け止め、室内に金属がぶつかり合う甲高い音が響く。
 反動で離れるライオトルーパーとドレイク・マスクドフォーム。
 涙で濡れる顔をヤゴの仮面に隠し、あきらの変身したドレイクは力無く立ち尽くしていた。
「戦えというの……? ドレイクゼクター……」
 再び振るわれるパーフェクトゼクターの衝撃によろめきながら後退する。
 痛みを胸に感じ、ドレイクは机を巻き込んで倒れる。
「何で斬れないんだよぉ!!」
 あきらはその答えを知っている。刃物などは刃筋を通さねば、どんなに切れ味のいい得物でも対象を切り裂けないと。
 弦の修行をしたときに教えられたのだ。
 どの『鬼』でも太鼓、弦、笛の修行を教えられるため、魔化魍を効率よく斬りつける術も習った。
 ドレイクはいまだにその教えを覚えている。
 今のライオトルーパーが使っている限り、パーフェクトゼクターは金属の棒としてしか活用されないだろう。
 だが、それでも自分は殺されかねない。
 ライオトルーパーに変身し、怪力を得た彼なら撲殺で充分人を殺せる。
 実際、血を吐き出し、マスクからポタポタ漏れている。
(どうしたらいいんですか? イブキさん、天道さん……)
 答えは返らない。正面には殺意を持った友達がいる。
 そう、『友達』が……
「うおぉぉぉ!!」
 ドレイクは自然に身体が動いて、剣を避ける。
 パーフェクトゼクターが床を砕いて、高級絨毯を斬り裂く。
(安達くんは友達だ。私が立ち直ったのは天道さんと巧さんのおかげだから……安達くんを立ち直らせるのは私がやる!)
「動くな!」
「イヤ! 安達くんを助けたいから……私はここで死ぬわけにはいかない」
「うるさい! お前に何が……」
「私だって巧さんを殺そうとしたよ。怖い人にいきなり襲われたよ。
だけど、脱出を諦めない人がいるから、ヒビキさんが頑張っているから、私は皆を信頼している。
それは安達くんが教えてくれたことだよ!」
 昔、彼が魔化魍の縄張りに迷い込んできたことがあった。
 電車の中で妊婦に席を譲るという、当たり前の行いをしない彼に少し苛立ちを覚えた。
 危険なところに来て、ヘラヘラしている彼をあまり好ましく思わなかった。
 だがイブキに諭され、彼と接しているうちに優しい人だというのが分かった。
 周りを考える余裕ができて、イブキや周りの人たちに変わったと言われた。
 自分はその変化が嫌いじゃない。
 その事を教えてくれた『友達』は闇に落ちている。
 変わってしまった彼を元に戻すのは自分だ。そして一緒に脱出する。
 それがもう死んでしまったヒビキや天道に報いることだと信じる。
 その彼女に答えるようにドレイクゼクターが震える。
 特に銃の後ろのレバーが大きく震えており、指をかけ、引っ張る。
 青と銀の鎧が迫り上がり、エネルギーが待機音を引き連れて鳴る。
「だから正気に戻って!!」
「僕は正気だ!!」
 ドレイクが引き金を引く。

 ―― Cast Off ――

 電子音と共に鎧が高速で弾ける。その欠片の一つがライオトルーパーを弾き飛ばした。
「ガァッ!」
「安達くん!」
 心配する声を駆けると同時に、脱皮を終えた事を告げる音が響く。

 ―― Change Dragonfly ――

 羽のようなゴーグルに悲しみを秘めた瞳を携え、ドレイク・ライダーフォームに姿を変えた。
 心配するドレイクを追い払うようにライオトルーパーは腕を振るって立ち上がる。
 剣を杖代わりにし、息を荒くしてこちらを睨みつけている。
「よくも……やってくれたな……」
「あなたが元に戻るまで……戦う」
 ドレイクはライオトルーパーの怒りの声に静かに返す。
 覚悟を決めた者だけが放てる宣言だった。

「うぉぉぉぉ!!」
 迫るライオトルーパーの装甲が厚い部分を狙って銃弾を撃ち込む。
 火花が散って衝撃を与え、幾度か揺さぶるもの、彼は突進をやめない。
 彼をなるべく軽傷で済ませたいドレイクは躊躇しながら撃っている。
 あきらの年齢にしては狙いが正確だが、連射をして足止めをすることができないのは大きかった。
 対して、ライオトルーパーは技術は拙くても、こちらを殺すために動いている。
 あっという間に間合いがつまり、力任せに振るわれる攻撃はドレイクにダメージを蓄積させていく。
 ライオトルーパーの剣がドレイクの脇腹に直撃し、コンクリートの壁に叩きつけられた。
「グゥ……」
 思わず呻き、痛みに身体が震える。
 あまりの激痛に骨が折れたのだろうか心配になる。
 だが、動けるならまだいい。彼を救うまで持てばいいのだから。
 雄たけびを上げながらライオトルーパーが迫ってくる。
 魔化魍のような、人とは思えない唸り声に、ドレイクの鍛えられた戦闘技術が反応する。
 何度も何度も練習し、最早反射に至った行為。それを彼女は後悔した。
「痛いぃぃぃ!」
 銃弾がライオトルーパーの脚を貫いて、花火のように血が吹き出る。
 魔化魍に奇襲されたとき、とっさに反撃できるようにも鍛えたことがある。
 その結果無意識とはいえ、友達を傷つけたことにショックを受ける。
「安達くん!」
「ハッ、何が救うだ。結局自分の命が惜しいんだろ!? 絶対に許さない。天美ぃ!」
 ドレイクは足を引きずるライオトルーパーに責められ、絶句して立ちすくむ。
 だが、彼女を鼓舞するようにドレイクゼクターが再び震えた。
(ドレイクゼクター……諦めるなって言っているの?
そうだね、諦めない!! もう二度と、巧さんを襲ったときのように諦めない!!)
 ドレイクゼクターの羽をたたみ再び尾を引っ張る。
 エネルギーが迸り、銃口へと集中される。そのことに恐怖を感じたライオトルーパーが無理矢理立ち上がり、一足飛びに迫る。
 だがこちらが引き金を引く方が早い。
「目を覚まして! 安達くん!!」

 ―― Rider Shooting ――

 青い光弾が放たれる。反動を身体に感じながら、ドレイクは正面を睨みつけていた。

 ドレイクはぺたりとへたり込んだライオトルーパーに近付き、優しく声をかける。
「安達くん、もうやめよう。あなたが罪を背負ったなら、私が一緒に背負う。
巧さんと天道さんがしてくれたように」
 彼女が紡いだ言葉は、偶然にも霞のジョーと同じ言葉だった。
 ライダーシューティングは最初からライオトルーパーを狙っていない。
 彼の脇を掠め、天井を打ち砕いた。
「うるさいっ!」
 再びガンモードとなっていくパーフェクトゼクター。
 ライオトルーパーはそれを構えて、赤いボタンを押している。

 ―― KABUTO POWER ――
 ―― HYPER CANNON ――

 放たれる光弾をやすやすと避け、彼の目の前に立つ。
 後ろで天井が撃ちぬかれた音が聞こえる。
「行こう、城さんのところへ。私が傍にいるから……」
 ドレイクは手を差し出す。握り返して欲しいと心から思う。
 どれほど時間が経ったのだろうか。やがてライオトルーパーは銃を降ろして、手を握り返した。
「安達くん……」
「…………ぇ……」
 ドレイクは安堵のため息を漏らす。ライオトルーパーが何か呟いているが聞こえない。
 耳を寄せて聞き取ろうとすると、ドレイクの身体が引っ張られた。
「死んでしまえ!!」

 ―― KABUTO POWER ――
 ―― Hyper Blade ――

 エネルギーを纏った剣に胴を切り付けられ、ドレイクの視界に天井が入る。
 ドサッと衝撃を感じたと同時に、倒れる自分の下半身を見つける。
 真っ二つにされたのだと気づき、絶望に染まりながらあきらは息を引き取った。


「ハハッ、あっけない」
 変身を解いた明日夢は笑い、脚を引きずって進む。
 ドクターケイトの杖を窓から投げ捨てた。
 屋上に近い部屋で戦ったのが幸いして城に気づかれていない。
 誰かに襲われたことにして怖がり、彼の保護欲を刺激する。
 そうすれば帰れる。守ってもらうことには自信がある。
 加賀美やジョーのように彼を利用する。
「僕は生き残る……」
 呟いて進むと、パラパラと埃が落ちて上を向く。
 天井が崩れて、瓦礫が落ちかけてくる。
(まずい、天美の攻撃の所為だ。このままでは死んじゃう。早く行かないと)
 明日夢は離れようとするが、怪我のおかげで思うように進まない。
 バキバキと音を立てて、瓦礫が自重に耐えれずに明日夢へと襲い掛かってきた。
「うわぁぁぁぁ!!」
 悲鳴をあげるがヒビキも加賀美もジョーもいない。
(嫌だ、死にたくない。誰か、助け――――)
 明日夢は目を瞑りながらも必死に足掻く。
 瓦礫が落ちる音が耳に入る。だが、身体に痛みは無い。
 恐る恐る目を開くと、アギトが瓦礫を支えていた。
「早く……逃げて……」
 忠告通りに這い出す。
 振り向くと、アギトは膝を崩して瓦礫に押しつぶされる。
「何で僕を……」
「……もう……誰にも……死んで欲しくないから。
人を殺すのは……俺で最後に……して、あきらちゃんと……一緒に生きて……」
 それっきり彼は喋らなくなった。変身が解かれ、瓦礫に押しつぶされていく。
 ナイフに塗った毒の量が少なかったのか、アギトの力のおかげかは分からないが、まだ生きていたらしい。
 おそらく今まで気絶していて、自分が押しつぶされかけたときに目を覚ましたのだろう。
(僕は運がいい。今まで危険な目に遭っても生きている。
これは僕に生き延びろってことか。素敵だ、神様)
 声を押し殺して笑う。
 不気味な笑い声をあげる明日夢の耳に、足音が聞こえる。
 おそらくは茂なのだろう。大声を張り上げ、明日夢は叫ぶ。
「城さん、助けて! 急に怪人に襲われて皆死んじゃったんだ!」
「待っていろ! 明日夢、今駆けつける!」
 茂の声が返り、明日夢は馬鹿が罠にかかったと、足を引きずって入り口に向かう。
(あの入り口が、僕の帰り道の過程になるんだ。全員殺して帰る! 僕ならできる!)
 執念の右手を入り口に伸ばす。自然と浮かぶ笑み。

 だが、彼の頭上に瓦礫が落ち、ズシンと音を立てて、右手を残し全身を潰した。
 脳漿が飛び散り、血が床に広がる。伸ばされた右手は栄光を掴むように、パーフェクトゼクターを強く握っていた。
 この瓦礫は、明日夢がハイパーキャノンを外した結果落ちたのだ。
 彼の帰り道は、彼自身の手によって断たれる結果となった。


 展望レストランの中央で、茂は崩れ落ち、身体を震わせている。
 彼の傍らには真実を知る剣、パーフェクトゼクターと残された右手、四人の残した荷物のみだった。
 もちろん、茂はドクターケイトの杖に気づかなかった。明日夢のスマートバックルは破壊されている。
 ドレイクグリップも瓦礫に埋まっているため、茂は気づくことができなかった。
 窓が割れているのを確認し、茂は怒りを再燃させる。
 本当は明日夢が翔一を撃ったときに割れたものだが、彼の最期の言葉を信じ、空を飛べる怪人によって破壊されたと思ったのだ。
「また……守れなかった……」
 ユリ子、風見、北岡に続き茂は誰も守ることができなかった。そのことで自分を責め、惨状を引き起こした怪人に怒りを持つ。
「許さない……許さないぞ!! 怪人! 神崎士郎!!」
 仮面ライダーの慟哭が月に照らされた室内で響く。
 目からは血の涙が流れていた。
 ジョーの形見の懐中時計が悲しい音楽を奏でている。


安達明日夢 死亡】
天美あきら 死亡】
【霞のジョー 死亡】
津上翔一 死亡】
残り21人
【城茂@仮面ライダーストロンガー】
【1日目 現時刻:夜】
【現在地:市街地E-4】
[時間軸]:デルザー軍団壊滅後
[状態]:全身に負傷中。疲労中。応急処置済み。守れなかったことによる後悔。
[装備]:V3ホッパー。パーフェクトゼクター。
[道具]:支給品一式×4(茂、霞のジョー、加賀美、影月)。サイ。オルゴール付懐中時計。鬼笛。
[思考・状況]
1:謎の怪人に怒り。みんなの仇を討つ。
2:木野と乾の合流を待つ。
3:浅倉を倒す。
4:殺し合いを阻止し、主催者を倒す。
5:明日、ジェネラルシャドウと決着をつける。
6:自分に掛けられた制限を理解する。
※首輪の制限により、24時間はチャージアップすると強制的に変身が解除されます。
※制限により、パーフェクトゼクターは自分で動くことが出来ません。
 パーフェクトゼクターはザビー、ドレイク、サソードが変身中には、各ゼクターを呼び出せません。
 また、ゼクターの優先順位が変身アイテム>パーフェクトゼクターになっています。
※明日夢の言葉を信じたため、謎の怪人によって全滅したと思い込んでいます。

[その他共通事項]
※1:破壊されたスマートバックル、ドレイクグリップ、果物ナイフ数本はE-4エリアの高層ビルのレストラン内部、瓦礫の下に放置されています。
※2:ドクターケイトの杖はE-4エリア内の高層ビル付近に落ちています。
※3:アクセルレイガンは樹海エリアC-4に放置されたままです。

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最終更新:2018年11月29日 17:44