龍の陰謀(はかりごと)◆ZLtnhXzy0
大神龍が本気でこの空間に干渉すれば無間の力に匹敵する彼のこと、全てを滅茶苦茶にして灰燼に帰すだろう。
だが、そんなことはありえない。
彼が自らの手で安定を崩すのはそれが世界を崩壊させるほどの危険をはらんでいるときだけだ。
時の流れから分断され、いわば時空の迷子となった彼らを救う義理は大神龍にはない。
そして、自分と無間龍がぶつかることの混乱の大きさも実によく理解しているのだ。
―………………―
大神龍の意識が薄れていく。
龍同士の激突などあるはずがないのだ。
箱庭の哀れな囚われ人は、自分たちを救うかもしれなかった存在の遠ざかる様を知ることもない。
計画は既に順調に進んでいる―寸分の狂いもありはしない。
明石暁という男が立てた波紋もロンの内包するこの無間の中ではちっぽけな細波に過ぎない。
人の力は侮れないが、その源を崩すのは容易く、また快感だ。
ロンは球の一つを撫でる。
そこに映る者の存在がこれからのゲームをより面白くしていくだろう。
「なぜ、あなた方だけがチームで呼ばれたか…? 思い至りますかねぇ……」
愉しい
こんなに愉しいのは、若獅子が黒く染まったとき以来だろうか―?
全てが鮮血のように染まった紅い空間にロンはひとり佇んでいた。
空間を埋め尽くす球体のひとつひとつに浮かぶ怒り・困惑・絶望を眺めながら
唇をいびつに緩める。
その時だった。
ズズン…
赤い空間に歪が生じ、ロンの作った箱庭に鳴動が生じた。
「!」
天空聖者すら抗えぬ空間に作用する力を持つ者。正邪を超越したロンと対を成すもう一つの力の流れ。
「あなたですか…『大神龍』…-」
ロンはうっとおしげに接触してきた闖入者と思念を交差させる。
―ドウイウツモリダ…“無間”ヲ司ル貴様ガ時ノ流レニ干渉スルトハ…!!
ロンの意識に自らの猛々しい姿を投影しながら龍は怒りの感情を叩きつけた。
常人なら発狂するほどの精神への圧迫だ。
「世界の安定を図る貴方への礼を欠いたことは侘びますよ…
ですがね…これは遊戯なんです…
無間の時を生きるわたしのささやかで慎ましい…貴方でも手出しは無用です」
―貴様…何ヲ考エテイル…?
「別に。わたしは貴方のように職務熱心にはなれないということですよ、大神龍。
それにご心配には及びません。わたしだとて節度はわきまえているつもりです。
あなたの庭にまでわたしの悪戯がお邪魔することはありませんよ」
「
陣内恭介。激走戦隊カーレンジャーのレッドレーサーだ」
「
西堀さくら。ボウケンジャーのサブチーフ、コードネームはボウケンピンクです」
深夜の邂逅。
港をのぞむ古小屋の明かりに照らされて二人の戦士はがっちりと握手を交わした。
「しかし、驚いたな。俺たちの闘いを知ってるってことは、君は未来の人間なのか?」
「そう大きく年代は隔てていないようですが、わたしたちのいた時代とはズレがあるようですね…
恐らくは無作為に複数の時間軸からメンバーを選抜したんでしょう。敵の力はそれだけ強大だということです」
「俺たちって未来ではそんな有名人なのか?」
嬉々として尋ねる恭介に近未来とはいえ、情報を全て明かしていいものか少々逡巡しながらさくらが言の葉を紡ぐ。
「わたしたちは世界に眠るプレシャスと呼ばれる秘宝の探索および保護管理を目的として創設されたチームです。
過去の戦いの記録の中にプレシャスと思われる記録がないかの精査は仕事のうちですから、
あなた方の戦いもSGSのデータバンクで確認して知っています」
「ふーん…プレシャスねぇ……よくわからねぇがあんたが敵でないことは分かったよ」
「お互いの素性に関してはこれで大体把握できました。
それに、それぞれのつれてこられた時間が異なる可能性についても。
これだけでも十分な成果です」
「それで、これからどうする?」
「あなたは…どうしたいですか? 恭介さん?」
さくらが恭介の瞳を真剣なまなざしで覗き込む。
彼が敵でないことは分かった。だが、彼のことは過去のデータバンクの中でしか知らない。
―カーレンジャーの一員としてボーゾックの侵攻を退けた。
しかし、彼の人となりや、危機管理能力については未知数だ。
この状況下で一般人であることは恐らくなんの美徳にもならないだろう。
豹変の危険性をはらんでいるからだ。
狂気に駆られた一般人ほど怖いものはない。そして、敵はその事態を望んでいるはずなのだ。
さくらの雰囲気に気圧されたのか、恭介は一瞬浮き足立った表情を浮かべた。
しかし。
「こんな馬鹿げた茶番はさっさと終わらせて仲間の元へ帰る。誰も殺さないし、誰も殺させない。
これが俺の行動方針だ。文句あっか!」
さくらの眼差しよりも強く、その大きな瞳で覗き込んでくる。
そして、彼の口から出た答えはさくらが望んでいた答え以上のすばらしい回答だった。
「わたしも同じ思いです。恭介さん、これから何があるか分かりませんがよろしくお願いします。
まずは…支給品の確認をしましょうか?」
テーブルの上に並べられた品々は実にシュールな光景だった。
「まるでシュールレアリズムの絵画をみてるようですね…」
思わずため息が出る。
芋ようかんが三つ。ガラスの靴。虫除けスプレー。そして、虹の反物の切れ端。
これが飲料水や食品その他の備品を除いた二人のランダムアイテムだ。
「なんで俺の支給品は芋ようかんだけなんだよ!! ふざけんな、あの野郎っっつ!!!!」
「虫除けはある意味ありがたいですが…あまり実戦向きとは言いがたいラインナップですね…虹の反物は使いようによっては便利ですが、
プレシャスならせめて三国覇剣か風水羅盤が欲しかったところですね…これではあまり派手に立ち回ることは出来ません」
「なんでだ? 変身して移動すればいいだろう? お互い変身すりゃあ二人でも立派な戦力だ」
恭介がさくらに疑問を投げかける。
「わたしたちは全員が彼の術中にあることを忘れていませんか? 彼はこれをゲームといいました。
ゲームというからにはルールがあるのが道理です。
わたしたちは程度の差はあれ、自身の肉体が持つ以上の力を引き出す術を持つ者達で構成されているのは、
一般市民の貴方がわたしたち同様の強化スーツを持つことからも明らかです。
そんな便利な能力、ゲームでは制限があって当たり前だとは思いませんか?」
なるほど、さくらの言うことは的を得ている。
「うーん…でも、まるで使えないってわけじゃないだろう?」
「勿論。敵はわたしたちが血みどろの殺し合いを展開する様を楽しむのが目的らしいですからね。
恐らくは回数制限…あるいは時間制限が用意されているとみるべきです」
「そう今までみたいにほいほい変身はできないってことか…」
「変身は最後の切り札と思っていた方が無難でしょうね。なるべく戦闘は避けるべきです」
「でも、それじゃあいつまでたってもこの世界から抜け出せないぞ。
あのロンとかいう奴が全てを支配しているのは明白だ。最終的には奴を倒すのが目的になるわけだろ?」
「それはそうです。こんな馬鹿げたことはさっさと切りあげて元の時間軸に戻ることがわたしたちの共通の目的です」
「じゃあ、どうするんだ?」
「まずは情報を集めること。そして仲間を募ることです。最初の空間で見た限り…わたしたち同様にこの空間からの脱出を望みなおかつ殺し合いには乗らない人々がかなりの数に登るはずです。
どうしてそんな人選になったかは不明ですが、わたしたちにとってはとりあえずの好材料といえますね」
「まずは仲間を増やすことからってことか!」
力強く、恭介が言い放つ。
「そうです。でも、わたしは幸運でした。話の通じる方と最初に出会うことが出来ました」
冷静な口調を和らげ、わずかに微笑んで見せるさくらの笑顔に恭介は思わず笑い返した。
「会えるといいな、仲間に。…アレ、あんたらのリーダーだろ?」
チーフのことを言っているのだろう。あの行動はいつもながら予想外だった。
彼はいつもわたしを置いて先へ進んでしまう。
「えぇ…会えるかどうか…わかりませんけど…」
急に翳を帯びたさくらの機微を感じ取ったのか、そうでないのか、恭介は胸をドン、と叩いて言い切った。
「大丈夫だ! 絶対、会える!! そしてみんなで生きて、ここを出られるさ!!」
いつの時代も“赤”を背負う男には何か共通する輝きがあるのだろうか。
恭介の根拠のない、しかし心強い啖呵にさくらはもう一度微笑みを取り戻す。
「はいっ!」
その時、さくらの首にはめ込まれた金色の首輪が僅かに鈍く輝いたのに恭介は気づかなかった。
…―数時間前
始まりの空間で順番をよばれたさくらは内心に抱える明石の消滅を垣間見た動揺をおくびにも出さずに、いつものように毅然とした態度で立ち上がった。
「さくらさぁん…」
別離を悲しみ、まるで子供のように袖をつかむ菜月に微笑みかける。
「大丈夫ですよ。チーフは必ず生きています。わたしも絶対、生き延びます。だから菜月も死なないで。…いいですね?」
「うん…わかった。約束だよ」
菜月の表情にまたひまわりが咲いたのを見届けると、さくらは歩を進めた。
暗闇の中を迷いなく進む彼女の眼前に光が指す。
出口だろうか―?
しかし、輝きは益々強くなり、全てが極彩色に染まっていく。
さくらを飲み込まんとする巨大な“龍の頭”
金色の龍はその顎を大きく開き、そして―…
「…きゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
深闇にさくらの絶叫が轟いた―
「起きなさい…
西堀さくら……」
さくらはゆっくりと瞼を開いた。
「……………………」
その瞳は虚ろに曇り、焦点が定まっていない。
呆けた表情からは、普段の屹然としたさくらは微塵も感じられなかった。
「立ちなさい」
命令に従い、さくらは夢遊病者の様にふらふらと立ち上がった。
「………………―――……」
敵の要塞中枢で諸悪の根源を目の当たりにしてもさくらに変化はなく、ただ命令されたとおりに呆然と立ちつくしていた。
「すごいネ!! 完全に操り人形ヨ!!」
サンヨが興奮して横から顔の前で手をひらひらさせる。
「――…………」
全く、反応はない。
「お黙りなさい、サンヨ。こんなものはゴウを操ったときの軽い応用です…人の心など脆いもの…
ことに大事な人間が目の前で消えるという出来事の前に隙が生れていたのですから付け入るのは赤子の首を縊るようなものです…さて―…」
ロンは茫然自失のさくらへ向き直る。
「
西堀さくら…あなたの基本行動方針と最終目的をお聞かせ願えますか?」
ロンの問いかけにさくらは抑揚のない口調で答える。
「……メンバーと合流後、状況を見ながら仲間を募り、ロンの計画を阻止することです…」
心底の思いがすらすらと口を突く。最悪の相手を前にして。
ロンの表情がみるみるうちに歪な笑顔に染まっていく。
「ねぇ、サンヨ。これが人間ですよ! わたしの百分の一、いえ千分の一の力もないのにこうして抗おうとする…実に愚かで哀れな生き物です。これだから人を弄ぶのは楽しいんですよ!!」
興奮気味にロンが叫んだ。抗おうとする人間がいるのは予想の範疇だ。
むしろ、そうでなくては困る。
「これであなたはわたしの従順な奴隷というわけですね…結構。実は貴方にはゲームに参加してもらう前に頼みたいことがあるんですよ…」
「――――……………………」
さくらは無言のままだ。
「このゲームには多数の参加者がいますが、どれも修羅場を潜り抜けてきた猛者揃い…
それはいいんですが、少々、毒に欠けています。
参加する面々の選抜はもうどうしようもないことなのですが…
あなたには引っ掻き回し役をお願いしたいのです…
平たく言えばわたしのゲームの“サクラ”になって欲しいんですよ。
理解できましたか?」
傍らのサンヨが両手を口に当てて笑いをこらえる。
悪趣味なサクラもあったものだ。
『……つまり…言われるままに殺し合いをしろということですか…?』
「フフ…流石、話が早いですね。賢い人間は嫌いじゃありませんよ。しかしね…あなたにしてもらいたい引っ掻き回しはそこじゃないんですよ、別なんです」
『別のこと…』
「思いつきませんか?…ならば教えてあげましょう…」
「貴方の役割は死ぬことです」
『…………………………………………』
「考え付く限り、なるべく惨めで見苦しい死に様を演出します…
他の参加者の嗜虐を煽るような…そんな無様な死に様を晒すのです」
元・自衛官の彼女の肩書きはサバイバル戦となる今回のゲームの中で際立つ存在だ。
あの
明石暁に次ぐ現SGS財団創設のスペシャリストチームボウケンジャーのナンバー2。
その冷静な思考力と高い判断力を持つ彼女の死はゲームに大きな波紋を投げかけるだろう。
これ以上ない極上の生け贄だ。
「お願いといいましたがね…貴方の意思など関係ありません。これは決定事項で絶対に覆らない…
わたしからあなたへの至上命令です…わかったならもう一度、貴方のこのゲームでの役割を教えていただけますか?…わたしの操り人形…」
『ゲームの円滑な進行及びその過熱に拍車をかけるために、なるべく無残で惨めな死を選択し実行することです…
わたしの命を持って速やかな運営を目指すことが今回の至上ミッションです……』
「…よろしい。では、いきなさい…あぁ、アタック! でしたか? そして死になさい、
西堀さくら」
ロンがおどけて指を鳴らす。それを合図にさくらは弾かれた様に前へと進む。
身体に金色の首輪を嵌められ、精神(こころ)に視認できぬ枷を嵌められさくらは自らの歩む道がグリーンマイルとも知らずに歩みだす。
「記憶は霞のように消えているはずですが、わたしが彼女の心のスイッチを押すだけでいとも簡単に自らを差し出す奴隷に変わることでしょう…」
「相当、腹が立ったんだネ、さっきの男…」
「えぇ。あの見透かしたような眼…気に入りません。あのしたり顔がどんな驚愕の表情へ変貌するか楽しみです…」
「回りくどいヨ、ロン。あの男の目の前であの女のきれいな顔を吹き飛ばしてやればいいのに…」
ロンはその問いには答えなかった。
彼は人間を虐げながら、その一方で人間を恐れている。一度、敗れた彼だからこそ感じる恐怖。
「彼女はあくまでゲームの駒として死ななければ意味がありません。弄び方を間違えば、その怒りの矛先の向かう先は我々です。それでは、ゲームにならない。あくまで箱庭の中で踊ってもらわねば、ね」
「お前の悪い癖ヨ。回りくどくて陰湿ネ」
さくらの運命についてあれこれ思索をはじめているのだろうか。
いや、あるいはもう既に決定しているのか。
人が抗えぬ神域に潜む悪意の権化は、ふらふらと所定の場所へとおぼつかない足取りで向かうさくらの背を眺めながらほくそ笑んだ。
【名前】
陣内恭介@激走戦隊カーレンジャー
[時間軸]:メガレンジャーVSカーレンジャー終了後
[現在地]:H-2港/古小屋 1日目 深夜
[状態]:健康
[装備]:アクセルチェンジャー
[道具]:芋ようかん×3
[思考]
基本方針:殺し合いから生き延びる。
第一行動方針:女性(さくら)と情報交換を完了。当面の目的は仲間作り。気合は十分。
【名前】
西堀さくら@轟轟戦隊ボウケンジャー
[時間軸]:Task42以降
[現在地]:H-2港/古小屋 1日目 深夜
[状態]:健康 (ただし、ロンによる洗脳を受けており、いつでも傀儡になる危険性あり)
[装備]:アクセルラー
[道具]:ガラスの靴、虫除けスプレー、虹の反物の切れ端
[思考]
基本方針:仲間と合流し、ここから脱出する。
第一行動方針:恭介と共闘して仲間を増やす。このゲームのルールを把握する。
※)裏行動方針:ロンの言われるままにいいように操られ、見苦しく惨めな死に様を晒す。
ただし、本人にその自覚はなく洗脳行動も全て自分の意思であると思い込む。
最終更新:2018年02月11日 01:25