月下の魔剣~邂逅~ > 4


「ハッ、手はあるって? 食材しか出せねェおめェに何があるってンだ?」
「あるさ。そいつは……俺の拳!」

陽太の合わされた手が離れ、固められた左の拳が右の掌に打ちこまれる。

「ばっ、馬鹿っそんなのっ!」
「いいから。俺を信用しろ」

続いて左掌に打ちこまれる右拳。バシン、と大きな音を立てる。

「拳ィ? 素手でどうなるってンだ?」
「舐めんなよ、俺の拳は鉄をも砕く!! あえて封印してたのさ、怪我じゃすまねえからな。だが…」

ビシィ!と擬音が聞こえるかの如く、見事な動作で指を突きつける陽太。

「おまえになら本気を出してよさそうだ」

ベンは一瞬驚いたように目を見開き、ふっと肩をすくめた。

「…そこまで言えりゃ大したモンだ。いいぜ、反撃はしねェ、やってみな。
 当然能力は使うがな。最後に直接触って現実を思い知るといいさ」

ダン! 決意を込めた左足が一歩踏み出す。

「いくぜっ!! 封印奥義!!」

握った右拳を後ろに構え、半身でステップ。1、2、3。

「ブウウウゥゥゥトッ!!!!」

踏み込んだ左足が地面を捉え、全身でベンに肉薄。遅れて伸びる大振りの右。
静止するベンの顔面に、投球のようなモーションで迫る右拳。

そして衝突の瞬間、開かれる右手。

「フィストオオオォォォッ!!!!」

パァァン!!

高い音と共に、顔面に右の平手が打ちこまれた。


「ぐっ!」

苦痛の声を上げたのは、右手を押さえてうずくまる陽太だった。反面微動だにしないベン。
やがて動きだしたベンの顔から、赤い何かが落ちるのが見えた。

「なんだァ? 拳がぶっ壊れるのが怖ェからパーにしたか?」

ニヤリ。陽太が不敵に口を歪める

「いや……直撃だ」
「何言ってやがる、全然効いて……ッ…!?」
「!?」

余裕だったベンに突然、変化が訪れた。

「グッ…ガアアアァァァァッ!!!! 目がああああぁぁぁ!!!! 何だこれあああぁぁぁぁ!!!!」

突如顔面を押さえて叫ぶベン。頭を振って大変な苦痛を訴える。

「てめェ何しやがったあああぁぁぁぁ!!!! 熱ッツアアアァァァァ!!!!」
「行くぞ晶、今のうちだ」

陽太の左手に引かれ、苦しむベンの脇をすり抜ける。
チラリと見たベンの足元には、グシャグシャに潰れている、赤い果実のようなものが落ちていた。

「ねえ陽太何したのっ!? あれ何っ!?」
「禁術だ。あまり使いたくはなかった」
「いや禁術って…」

ベンが追いかけてくる気配はない。
僕たちは奇跡的にも危機を脱し、最初の犬が逃げた先の狭い路地裏を駆け抜けて行った。


路地裏の先、大通りの明かりが見えた。これで安心と足を緩めた、その時。

「…っ!? 何っ!?」

大通りから現れたスーツの男が、僕たちの行く手を遮るように立ちはだかった。
僕は陽太に続いて足を止める。

若々しさを感じさせる黒の短髪。フレームの太いサングラス。
ベンのような危険な雰囲気は感じない、普通の体格の男は、ゆっくりと懐に手を入れる。

「!!?」

男が取り出したのは、注射器。
それを男は、慣れた手つきで自分の首筋に打ち込んだ。

注射器をしまうと男は手を広げて、僕たちを歓迎するようなしぐさを見せる。

「やあ、はじめまして。水野晶さん。岬陽太君」
「何だ…お前はっ!?」
「先程は僕の依頼者が君たちに大変な失礼をしたようだね。
 彼には丁重にお連れしろと依頼したんだが…依頼した僕のミスだ、申し訳ない」
「お前が奴の依頼者かっ!!」

男は黙って微笑み、陽太の言葉を肯定した。

「岬陽太君、君は実に素晴らしい。一般人、しかもその若さで彼を突破できる人間などまずいない。
 一体彼に何をしたんだい?」
「答える義理はない!」
「…そうか。それは残念」

「!!!?」

突然、男が消えた。瞬きの瞬間に、目の前から男の姿が忽然と消えていた。

ぞくり。

直後、背後に走る悪寒。

「手はどうしたんだい?」

声に反応して反射的に振り向く。背後、たった一歩の距離。陽太の右手を掴んで、そこに男が立っていた。

「なっ!!!?」

陽太が男の手を振り払ったとき、男の姿はそこから消えていた。すでに男は最初の位置に立っていた。
男は陽太の手に触れていた指先をすり合わせ、臭いを嗅ぐ。

「なるほど、これは『ブート・ジョロキア』」
「ジョロキア…?」

疑問を投げかける僕に、男はニコリと微笑んで答える。

「ブット・ジョロキアとも言う、北インド産の唐辛子さ。有名なハバネロの二倍以上、世界一の辛さを持つ品種だ。
 皮膚に付着すれば多量のカプサイシンが火傷に近い症状を引き起こし、目に入れば失明すらありえる。なんとも危険な植物だが…」

男はピンと人差し指を立て、クイと振る。

「立派な食材だ」

男は、まるで講義するのを楽しんでいるように見えた。

「さて、岬陽太君。幸い大きな怪我はないようだけど、その手は僕に原因がある。
 君の治療をしたいのだが、どうだろうか。僕の研究所は近くにあるんだ。よければ水野晶さんも一緒に」

バシィッ!

突然男の眼前に、赤い果実、リンゴが現れる。
陽太が投げたんだ。それを男は右手で受け止めていた。

「怪しすぎるんだよ…てめぇ…!」
「これはこれは、ご挨拶だね。だが素晴らしい具現化速度だ」

ガリリと一口、手にしたリンゴを齧る。

「ふむ、栄養価は通常より低いようだ」

男はリンゴを乗せた右手に、まるで何も乗っていないかのように左手を重ねる。
両手を離したとき、そこにあったはずのリンゴは消滅していた。

「てめぇ…何者だ」
「そうか。紹介が遅れたね」

男はゆっくりとサングラスに手をかける。

その下から現れた素顔は…

「なっ!!!!?」
「えっ!!!!?」

曰く、若き天才。

画面の中に、何度も目にしたことのある、その顔。
チェンジリング・デイから4年。能力に対する画期的な考察と、誰にもわかりやすい講義によるメディアへの露出により、
一躍有名となった人物。10年経った今でこそ当時ほどの露出はなくなったが、変わらず現役で活躍する能力研究の第一人者。

「比留間…慎也…!!?」

「僕を知っていてくれるとは、光栄だ」

信じがたい、信じがたい衝撃の邂逅がそこにあった。


<続く>

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最終更新:2010年07月08日 03:03
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