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月下の魔剣~邂逅~ > 5


始めまして。僕の名は比留間慎也(ヒルマ シンヤ)だ。
普段はとある組織で“隕石に起因する超能力”の研究分析を行っている。



 『月下の魔剣~邂逅~』



はきはきと自己紹介をするその姿は、まさに第一回講義。メディアに初めて姿を現した比留間慎也そのもの。
当時より重ねた年齢をまるで感じさせない、若々しい比留間博士の姿だった。

「チェンジリング・デイから10年経った今、能力の研究は日々進みつつあるけれど、未だ謎めいた部分が多い。
より深く研究を進めるためには、より大きな…特殊な現象を及ぼす能力者の協力が不可欠なんだ」

そう言って、比留間は柔和な笑みを浮かべる。

「そこで見つけたのが君の能力だ、水野晶さん」
「えっ!? 僕の能力って…そんな大したものじゃ…」
「君自身が気付いていないだけさ。君の能力は人に大きな影響を及ぼすものだ」
「待てよ」

僕と比留間の話を遮るように、陽太が口を出す。

「有名な博士のあんたがなぜこんなまわりくどい真似をする? あんたが声をかければ能力者なんていくらでも集まるはずだ」
「それで集まる能力者はほんの一部さ。何せ全人類が能力者だ。限られた能力者を探すなら自ら調査に赴く必要がある」
「あの犬…キメラを操ってんのはお前か」
「能力の多くは、人が危機を感じた際に強く発現するものだ」
「てめえ…!」

声に静かな怒りをにじませて一歩踏み出す陽太。

「誤解しないでもらいたい。僕たちが使っているあれは、対象者に危機感だけ与えて危害は加えないようプログラムされている。
 怖がらせはするが、怪我をさせるようなことはないはずだ」

あれで…!?

数週間前の非現実空間を思い起こし、身震いする。あの漆黒の悪魔を。
地の底から響くような唸り声、むき出された牙、盛り上がる筋肉。
あれが危害を加えないなんてとても信じられなかった。

「それに表に出にくいだけで、あれはそう珍しいものではないんだ。使っている個人、団体は数知れない。
 人に危害を加えた個体がいるとしても、それは僕たちの使っているキメラじゃない」
「ハッ! そいつは都合のいいことで」
「事実、君たちには怪我一つなかっただろう? 足も遅かったはずだ。君たちの速度に合わせていたからね」
「俺に敵わなかった負け惜しみにしか聞こえねえな」
「そう、そこだよ」

パチンと指を鳴らして人差し指を立てる比留間。意外な答えに僕と同様、陽太も目を丸くする。

岬陽太君、君は実に予想外だった。今回もそうだ、見事な戦いぶりだった。
 僕は君の能力よりも、君自身に強く興味が湧いた。だからこうして自ら出向いてきたんだ。
 わざわざ来たかいがあったよ、君は実に素晴らしい」
「そっ………」

陽太は硬く強張った顔で、答えと反応に困っているようだった。それはそうだろう。

「そこで改めてお願いする。水野晶さん、そして岬陽太君。僕の研究に協力してくれないか?
 正式な研究だ。勿論危険はない。謝礼金も出す。長期間の拘束もしないと約束しよう。
 能力研究の発展のため、ゆくゆくは人類の未来のために、ぜひとも僕に協力してほしい」
「ッ………」

陽太は答えない。僕も答えることができなかった。
相手は比留間慎也。誰もが認める世界的な研究者。ここまで言われて断る理由はない、はずだった。
しかし、自らの仕業だと認めた、襲いかかるキメラ、不敵に口元を歪めるベンが脳裏に浮かんで。
比留間の浮かべる微笑みの奥に、深く暗い闇が潜んでいるように思えて。
そもそもなぜあんなことをしたのか。最初から正式に依頼していれば、こんな疑いは生まれなかったのに。

ふー…と、陽太が大きく息を吐いた。

「家族に話は」
「勿論させてもらう。心配をかけることはない」
「期間は」
「休日のみで約一か月といったところかな。それで十分さ」
「そうか…」

ちらりと僕を見て、ふっ…っと、ニヒルな微笑を浮かべる陽太。そして…

「だが断る」

その口から出た言葉は、拒絶。僕の気持ちも同じだった。

「…何故?」
「おまえ以外のキメラともやりあったことがあんだよ俺は。まっとうな組織が使うモンじゃねえだろう、アレは。
 危害を加えねえってのも嘘だな。直接ぶつかりゃ一目瞭然、あの殺意は本物だった。
 あんな明らかに裏社会の人間に依頼するってのもな。例え有名な博士だろうと…」

渾身の力を込めて、相手に指を突きつける。

「お前は信じるに値しない!」

比留間は一瞬目を見開き、やれやれといった表情で目を閉じた。

「…水野晶さん、君は?」
「ぼ、僕も…お断りします!」
「やはりか……」

がくりと肩を落とし、サングラスをかけなおす比留間。

「残念だよ。実に残念だ」
「残念? よく言うぜ。まさに計画通りって顔しやがって」

落ち込んでいるように見えていた比留間。陽太の言葉にその顔をはっと見直して、僕も気付く。
目元は隠れているが、口角は僅かに上がっていて。くっくっと、小さな笑みが耳に届く。

「いやぁ、残念さ。何故かって…」

懐に手を入れて、ゆっくりと引き出す、棒状の何か。

「せっかくの若い才能がこんなところで…失われてしまうんだからねえ!」

比留間の内面に潜んでいた闇が。狂気が。その全身から噴き出したように見えた。
手にしたのは警棒、そう思った矢先、棒の表面に電気の光が走る。

「スタンロッド!? また物騒なモンを」
「さあ! 僕に見せてくれ」

瞬間フッと消え、陽太の目の前に出現する比留間。ロッドはすでに頭上。

「君の能力を!」
「ッ!? レイディッシュ!!」

即座に振り下ろされるロッドを受け止める陽太の大根。バチチチと電気の音が耳に響く。

「ハハッ! やはり早いな!」
「……っく、だっ!」

両手で押してロッドをはねのけ、ブンと横に振るわれた大根を、ロッドで斜めに受け軌道を逸らす。
続けざまに振られる大根を、受け止め、逸らし、避ける。全ての攻撃が最小限の動きで防がれる。
比留間は力を使っていない。ただ、陽太の動きが完全に見切られている。

「さあ、どうした! それしかないのか?」
「っちっきしょ!!」

しかしそれ以上に、陽太の動きにキレがない。あきらかに疲労している。
比留間が積極的に攻撃してこないのが不幸中の幸いと言えるのか。
それにしたってこのままでは……

「はああああっ!!」

大上段から渾身の一撃が、涼しい顔で回避される。疲労も限界なのか、ついに膝をつく陽太。
緩んだ手から離れた大根が、ころころと地面を転がる。

「……結局この程度か。期待は」

 ビュオン!!

鋭く風を切る音が響く。その一瞬で何が起こったのか、すぐにはわからなかった。

その場から消え、陽太から離れた位置に立つ比留間。
立ち上がっていた陽太、水平に伸ばされた右手には黒く、長い…ゴボウが握られていた。

「なん…だと…!?」
「…なるほど。さっきのは危なかった」

驚愕の声を上げる陽太と対照的に、感心したように声を出す比留間。

「白く目立つ大根を囮に、本命は闇に溶け込むゴボウか。タイミングも絶妙。常人ならまず反応できないだろうね」
「っくそっ!!」

すぐさまゴボウを手放し大量のクルミを右手に発生、一度に投げつける。
広範囲を高速で迫るクルミの嵐を前に、涼しい顔を見せる比留間。空の右手を前に伸ばし…
瞬間、その肩から先がぶれて、消えて。同時に全てのクルミが消えた。
一瞬後、戻った右手には…大量のクルミが収まっていた。

「なっ………!?」
「クルミか。効果的な攻撃だ。何より君自身の切り替えの早さがいい」

あのクルミを一瞬で…全て受け止めた!!?

絶句。ただそれしかできなかった。
陽太もまた、言葉を失っていた。

傾けた右手から次々と零れ落ちるクルミが、アスファルトとぶつかり硬質な音を立てる。
ふぅ…と、比留間は大きく息を吐いた。

「見事だったよ、岬陽太君。判断力、洞察力、機転、戦術。どれをとっても非常に優れている。
 君が成長すれば、きっと一流の戦士になれただろうね」

気だるげな様子で腰に手を伸ばす。

「だけど、残念ながら…」

取り出して、カチリと陽太に向ける、それは…

「僕は能力研究者なんだ」

黒く、冷たい光を放つ…拳銃だった。


<続く>

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最終更新:2010年07月16日 09:12
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