『ゴスロリ、やめるの?』
その女の子と初めて会ったのは、確か今から3年くらい前のことだ。当時はまだ僕も中学生で、この研究所で
本格的に働いてるわけじゃなく、単なる
ドクトルJのお手伝い程度の扱いだった頃。
ってそうそう、そうなんだよ。きっとみんな僕のこと、せいぜい20代だと思ってたんだろうけど、実は僕、ま
だ18歳の鼻垂れ小僧なんだ。意外に若いでしょ。え? なんでそんなガキんちょが能力研究所なんかで働けるの
かって? 生意気だって? 調子に乗るなって? うう、ひどいなあ……ちょっと死にたくなってきたよ。
でももっともな疑問だと思うんだよ。じゃあそれについて説明……と思ったんだけど、改めて思い返すと最初
の話題から著しく逸れてることに気付いちゃったから、これはまた今度ってことで。ひとつだけ言っとくと、そ
んな大した理由じゃないからね。あまり期待しないでね。
さ、気を取り直して。
その女の子と初めて会ったのは、確か今から3年くらい前のことだ。当時はまだ僕も中学生で、この研究所で
本格的に働いてるわけじゃなく、単なるドクトルJのお手伝い程度の扱いだった頃。
『助手くん。この子、今日からこの研究室に被研能力者として参加してもらうことになったんだ』
ドクトルJ(当時はもちろんまだ『主任』だったんだけど)のそんな適当な紹介とともに、彼女はここにやっ
て来た。
その出会いは、それまでのたいして長くはない人生において僕が重ねたいくつもの出会いの中で、間違いなく
一番鮮烈なものだと断言できる。きっとこれからどんなに長生きできても、あれを超える出会いにめぐり会うこ
とはきっとないと思う。
てなわけで今回は、その女の子――朝宮遥(自称白夜)――が初めてこの研究所に来た日のことを話そ……あ
あ、なんかこれも、また今度話すことになりそうだ。話したいのに話せないことリストにちゃんと書いとかなきゃ。
「助手くん! 大変だ! 一大事だ! 遥ちゃんが! 遥ちゃんがあっ!」
「どうしたんですかドクトルJ、そんな大慌てで。白夜に何かあったんですか?」
「助手くぅん! 危険だよ! また隕石でも降ってくるかもしれない! 遥ちゃんが! 遥ちゃんがゴスロリ着
てないんだよ! 髪型までなんかいつもと違うし! なんかほらこーんな感じ! こーんな!」
「こーんな」を連呼しつつ、オールバックの髪の上で両手をわさわさと動かす眼鏡の中年。うん、ぶっちゃけ少
しも伝わってこない。でもとりあえず、今日の白夜はいつもと違うらしいということだけはよくわかった。しか
しそんなことでここまで取り乱すなんて、この人はほんと子どもだよ。
と、そんなふうにはしゃぐドクトルJを、研究室入り口から氷よりも冷たく鋭い眼差しで見つめる、というより
睨んでいる、小さな少女が一人。不機嫌そうな顔のまま、その少女、白夜はこれまた不機嫌そうな声で言い放つ。
「ドクトルJ、一体何をそんなに騒がしくしているのかしら。迎えに来ておいて、人の顔を見るなり背を向けて逃げ
出すなど失礼千万。まさに万死の獄をもって臨んでもなお生温い、醜劣極まりない愚行という他ないわ」
「あ、いや、ごめん。なんか遥ちゃん、いつもと雰囲気がちがああぁぁぁあぁぁあぁぁあぁああぁぁあうっ」
言い訳を言い終える間もなく、僕の目の前で耳を押さえてもがき苦しむドクトルJ。いきなりわけのわからない
光景と思われそうだから軽く解説すると、これは白夜の能力による『罰』なんだ。問答無用のこの仕打ち、どうや
らドクトルJは、この気難しい厨二少女の機嫌を力いっぱい損ねてしまったらしい。
そんな時は僕もできる限り彼女に近寄らないほうがいいんだけど、おとなしくそうできないのが僕の悲しいと
ころだ。やっぱり、今日の白夜の服装についてイジらないわけにはいかないもん。
その前に、僕の足元で涙目になってうずくまっている情けない上司を一応気遣っておく。
「大丈夫ですかドクトルJ。立てますか?」
「う、う~ん……久しぶりに食らったけど、相変わらず強烈だよこの耳鳴りは」
知ってる人も多いと思うけど、一応説明を。白夜、またの名を朝宮遥……これじゃ逆か。いや合ってるか。合っ
てるな。彼女の昼の能力は、簡単に言うなら『狙った相手に酷い耳鳴りを聞かせる力』だ。彼女自身はこれを『な
んたらオブなんたら』って呼んでるようだけど、まあそれは今はほっとこう。
彼女は『朝宮遥』の名前で呼ばれることを嫌っていて、もし呼ぼうもんなら、最悪の場合今のドクトルJのよう
に有無を言わさず『罰』を下されてしまうわけだ。恐るべし、厨二病患者ってとこだね。
研究室窓側、適度に陽光が差し込む一等席。そこに置かれた、この雑然とした研究室には明らかに不釣り合いな、
木目の光沢具合がいかにも高級感を主張しているテーブルセットが、この研究室内での白夜の定位置だ。
なだめるための手土産を持ちだして、ドクトルJを罰して少し満足げな顔になっている彼女に近づく。
「はい白夜。生チョコ持ってきたから機嫌直して。あんまりドクトルJをいじめちゃダメだよ?」
「ふん、流石。貴方はいつも気が利くわねエージェント・ジョッシュ。ドクトルJは貴方に心の底から感謝の意を
捧げるべきだわ。貴方という人間が配下に仕えていなければ、彼はとうの昔に私の手で安息の園へと旅立ってい
るところだもの」
「はは、そいつはどうも」
主任(なんかこの呼び方懐かしい)が『ドクトルJ』と呼ばれているのと同じように、僕は白夜に『エージェン
ト・ジョッシュ』なんていうこっ恥ずかしい名前で呼ばれている。エージェントはさておき、なぜジョッシュな
のかだけど……これ説明必要かな。正直言わなくてもわかってほしいんだけど。
うん、言わないと伝わらないことってあるもんね。仕方ない。言っちゃおう。『助手』だからですよ。ええそ
うですとも。『助手』だからジョッシュなんですよ。何か文句がおありですか? ああくそ恥ずかしいなまったく。
「白夜、今日はゴスロリじゃないんだな。何かあったの?」
「少し前に私とドクトルJが巻きこまれた事件があったでしょう? あの折に私の貴い装束が、汚らわしい獣の
腐臭で汚染されてしまったの。あの後その装束は丁重かつ厳粛に、烈しくも優しく揺れ踊る紅蓮の炎が抱擁す
る中、私の涙を葬送の手向けに添えて、『無と無限の領界』へと還したのだけど……その告別の祭礼を終えて
私が自室に戻ると、私が今着ているこの装束が、ついぞさっき紅蓮の炎に抱かれて永遠の地へと駆け昇ったあ
の装束を保管していた場所に、夜空の如き静謐さを湛えて鎮座していたのよ」
……『長い、くどい、わかりにくい』。この子のトークの特徴は、たったこれだけの言葉で的確に表現できる。
それぞれの先頭に『ムダに』をつけるともう的確すぎて申し訳ないくらい。危うくあくびが出るとこだったけど、
そんなことしようもんならドクトルJの二の舞になる確率100%だ。こらえる以外に選択肢なんてあり得ない。
と言っても、今はすっかり慣れてしまった僕は、彼女の言葉を現代語に翻訳できるスキルを身につけている。
いや、なんの自慢にもならないけどね。ってわけで、わからない人のための白夜ちゃん語講座。冒頭は割愛。
『あの事件の時、私の大切なゴスロリ服に、怖くて気持ち悪いキメラの獣臭いにおいが付いちゃったの。だから
あの服は手厚く厳かに、ゆらゆらと揺れる赤い焚火にくべて燃やしたの。私、大切な服が燃えていくその光景
が悲しくて、思わず涙を流しちゃったわ。(『無と無限の領界』がどうしても翻訳できないので略)そのお別
れ会が終わってお部屋に戻ったら、ついさっき燃やして灰になったゴスロリ服をいつも置いていた場所に、今
私が着ているこの服が、ここにいるのが当然みたいな落ち着きを漂わせてなぜかあったのよ』
こんなとこでしょうか。最後のほうは正直自信がないけど。
そこで、だ。ドクトルJが騒いでいた通り、今目の前で幸せそうに生チョコを頬張る白夜は、トレードマーク、
または代名詞とも言えるゴスロリこそ着ていない。
しかし、だ。じゃあその服はいかにも今時の中学生女子がするようなカジュアルな格好なのかと問われれば、
全身全霊をもって首を横に振らなければならない。
女性の着る服にはまるで興味がないから的確な表現が思いつかないけど、やっぱりこれは和服の一種だろう。
少なくとも上半身はそう見える。腰の帯が、左の脇腹あたりで大きなリボン結びになっているのがポイントと
見た。なかなかかわいらしい。白夜は身長も含めて発育の足りない残念な子だから、和服が似合わないわけは
ないんだ。なんかこの発言微妙に危険だな。
それでいてなぜか腰から下はスカート。前まで着てたようなのに比べれば控えめだけど、ちらほらとフリル
がついている。これは譲れないところなんだろうか。
そして相変わらず全体的に黒っぽい。下手すれば喪服みたいだけど、その点白夜は抜かりがない。服の地に
はちらほら模様が付いていて、そしてさらに。
「袖なし和服かー。結構涼しそうだな。日焼けしないようにしないとな」
「……(こくこく)」
生チョコをいくつも頬張っているために喋れないんだろう、少しムスッとして無言でうなずく。
和服も袖がないとなかなかカジュアルに見えるものらしい。それだけで喪服疑惑は払拭できるほどに。まあ、
結局肘あたりからアームウォーマーみたいなの着けてるから、言うほど涼しそうではないけどね。
「エージェント・ジョッシュ。私の装いが普段と異なっているからとは言え、あまり必要以上に凝視しないほ
うが身のためよ。そのことで貴方にどんなに凄惨な禍(わざわい)が降りかかっても、私は責任を負えないわ」
後頭部でお団子状に結い上げられ、そこから大きく2本に分かれて背中まで流れる黒髪が、ふわふわと揺れて
いる。ドクトルJがジェスチャーで表現できなかった髪型の真相はこれだ。見た感じは別に複雑じゃないけど、
整えるのは大変そうだな。
まとまりのない格好のはずなのに、総合的に見るとこれはありだ。そう思えてしまうのは、ひとえに白夜だ
からこそだろう。これが彼女の一時の気まぐれ(白夜語で言うなら『暫しの戯れ』)なのかは、今は断定でき
ない。でも僕的には、この格好でいて欲しい気がする。
ん? 貴様さてはロリコンかって? ちょ、待ってよ! かわいいからとか二の腕がフェチっぽいからとか
そんなんじゃないし!
だってこれから先、ゴスロリは暑いでしょ? いや、本人はよくても見てるこっちが暑いんだよ。よく倒れ
ないなって思っちゃうんだよ。ただでさえ真っ黒いし長袖だし。なんとなく陽ざしに弱そうだし白夜って。
はは、つまりは心配なだけなんだよな。やれ末期の厨二だとか地味に威力のある能力を持ってるとか言って
も、結局白夜だって14歳のただの女の子だから。
ああそうだ。14歳だったよなこの子は。僕より4つ年下の。
他人から見ればどうってこともないその事実を意識するたび、僕の心はキリキリと痛む。
それは、10年前に僕が受けた心の古傷が疼く音。施しようもないほど致命的にぽっかりと開いた、巨大な風
穴。ふさがったかと思えば、時々こうして現れてはその健在ぶりをアピールしてくる。
僕の心にその大穴を穿ったもの。
チェンジリング・デイ。
世界の命運が動いたその日。
世界が悲嘆と絶望に暮れていたその日。
僕の中にはもう、『世界』さえもなくなっていた。
『ゴスロリ、やめるの?』おわり
登場キャラクター
最終更新:2010年07月16日 19:25