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【幻の能力者】 ドグマ編前編 - Temporal Raiding -



某都市の地下に存在する広大な地下迷路。

かつては日本政府の主要施設を結ぶために設けられた緊急用の通路だったというが、
今は放棄され、途中に点在する拠点群は犯罪組織の温床になっている。


その中の一角。部屋らしき空間に一人の男が立っていた。
夏場には珍しい黒のコートと藍色のマフラー。考えを読み取らせない無機質な瞳。
つや消し処理を施された黒髪が空調の風を受けて僅かに揺れる。

その男を取り囲むように、無数の銃が狙いを定めている。
──人が持っているのではない。それらの銃は全て、何もない空中に固定されたまま男に向けられていたのだった。

男は取り囲む銃口を無表情に眺める。
不意に、無数の銃声が地下空間に響き渡る。

男に向かって、無数の弾丸が集中する。


その刹那──男の身に着けていた腕時計が俄かに狂い始めた。

全ての様子を記録していた監視カメラでさえ、男の動きを記録媒体に納める事は出来なかった。

男は超人的な速度と動作で床の上から姿を消し、直後、幾筋もの白熱した軌跡が薄暗い部屋の中に翻る。
切り裂かれた銃の一群が宙を舞い、焼き切られた部品が弾薬に接触して爆発を起こし、弾け飛ぶ。

一瞬遅れて、残った他の銃達も同じ運命を辿った。

「……訓練終了」

男はそう呟くと、いつの間にか両腕に持っていたプラズマ・ダガーを鞘に納め、部屋を後にした。
かつて政府によって改造手術を施され人外のものとなった彼の身体には、汗一つ見当たらなかった。




  • 主人公
風魔=ホーロー (ふうま ほーろー)

犯罪組織“ドグマ”に身を置く改造人間。本名は風魔嘉幸(ふうま よしゆき)。
“昼の能力”は『時間操作』。“夜の能力”は『能力を否定する』能力。



“ホーロー”こと風魔嘉幸(フウマ ヨシユキ)が訓練室から出ると、ちょうど彼の仲間が通路を走ってくる所だった。

瓶底眼鏡を掛けた彼女の名前は“リンドウ”。本名はホーローも知らないが、
犯罪組織“ドグマ”の幹部にして、ホーローの上司だ。

「ヨシユキ、緊急出撃よ」

「今回の任務は?」

ホーローは落ち着いた態度で答えた。
ドグマは概ね大局的な計画に沿って行動を起こしている組織だが、しばしばこうした緊急の任務ができる事もある。

比留間慎也(ヒルマ シンヤ)博士はわかるわね」

「ああ、分かる」

比留間博士といえば、世界的に有名な超能力(エグザ)の研究者だ。
世界で最も有名な人物と言っても過言ではないだろう。

「今回の任務は、比留間博士を説得もしくは拉致し、“ドグマ”本部に連れてくること」

分厚い瓶底眼鏡の向こうで、リンドウの深く黒い瞳が光る。

「随分急な話だな」

とホーローは答えた。

確かに比留間博士は、ドグマにとっても喉から手が出るほど欲しい逸材だ。
しかし、彼は“ILS(国際学会)”の重要人物であり、バックには国際連合がついている。
通常なら、彼を拉致しようともなると入念な準備、計画が必要なはずだった。

「ドグマの諜報部が、比留間博士が何者かに襲われたという警察無線をキャッチしたの。
S大学内の研究室に閉じ込められて身動きが取れないそうよ」

「混乱に便乗して攫ってこよう、というわけか」

どうやら、ドグマにとって千載一遇のチャンスが巡ってきているらしい事は、ホーローにも把握できた。


「『運命レポート』は今回の事件を予見していなかったのか?」

地下通路の車庫へと続く抜け道を歩きながらホーローは訊ねる。

「今日の出来事は書かれていないわ、ただ比留間慎也は私たちの仲間になる可能性がある、としか。」

『運命レポート』はドグマの幹部、“ナタネ”の持つ未来予知能力によって書かれたレポートだ。
もっとも、制約が多いため万能の予言書ではないが──もし運命が不変なものであるならば、そもそもホーローがこの組織に入る事もなかっただろう。

「そして、もう一つ、無線の内容によると、『救助には能力を無効化する手段が必要』だそうよ」

「それで、俺が選ばれたというわけか」

ホーローの夜の能力は、『能力を否定する能力』。周囲30メートル程の範囲で発動している他の能力を無力化する事ができる。
自分では制御できないのが欠点だが、今までにこの能力が破られた事は一度も無い。

「出撃メンバーは、私とヨシユキ、それに“ルロー”」

ホーローの“能力”では、“能力”により創りだされた物質までは無力化できない事がある。
『あらゆる薬を創り出す』能力を持つリンドウ、『あらゆるものを切り裂く』能力を持つルローは、その点を考慮しての人選だろう。
問題は、この二人の“能力”が昼の間にしか使えない事だが……

「場所はS大学だったな。今から急げば日没までには充分間に合うだろう」

いずれにしろ、この任務はスピードが命だ。警察(バカ)共や国連軍を出し抜いて動く必要がある。
ホーローは通路をゆく足を速めた。

東京都某所、S大学──

皆さんは、大学のキャンパスに行った事はあるだろうか。
行った事がある方には、その様子を大体で良いから思い出していただきたい。
そうすれば、S大学の外観について、概ね把握していただけるはずだ。

新旧の建物が乱立するキャンパス内。
大学の総面積の3割を占めると思われるタイルやアスファルトの道路。
あちこちに景観を良くする目的で作られたと思われる噴水。
道の脇に植えられた木々の上では、羽化を終えたセミが激しく鳴いている。

比留間博士が襲われたという話は大学の一部にしか広まっておらず、ほとんどの学生は平常通りの生活を続けていた。
西日の差す道の上を、学生たちがそれぞれの目的地を目指して歩いている。
ある者は次の授業へと出るために、ある者は家へと帰るために、またある者は仲間と一緒に居酒屋へ行くために──


キャンパスの裏門に、一台のバンが進入してきた。
屋根にサイレンが取り付けられている所を見ると、どうやら覆面パトカーのようだ。
バンの助手席に乗っていた人物が、門番の目の前に警察手帳を突き出した。

「『能力に関する犯罪を専門に扱う課』…?」

「そうだ。通称『バフ課』。最近存在が公になった部署だからな、知らないのも無理もない。
“能力”の事をバッフと呼ぶ事があるのは知っているだろう?」

「そのバフ課が何の用です?」

「大学構内で比留間教授が被害に遭っていると通報があった」

「そうですか、ではどうぞお入りください」

門番は軽く会釈すると、警備室の中に入っていってしまった。

──

「大学の警備なんてチョロいもんだにゃ」

後部座席に隠れていた猫耳フードの女性、ルローがくすくす笑いながら呟く。(正確には、フードを被った猫耳の女性なのだが、それはこの際どうでも良い)
もちろん、先程ホーローが門番に見せた警察手帳は偽造品だった。(もっとも、警察に『バッフに関する犯罪を専門に扱う課』が実在するのは本当だ)

リンドウ、ホーロー、ルロー、そしてその部下数人はバンから降り、比留間教授がいるであろう“超能力学部”の建物を堂々と目指した。


「あら? 貴方達……」

裏門の駐車場を出ようとしたホーローを、向こう側から来た一人の女性が呼びとめた。

S大学には制服が定められていないため、教授と学部生とを見分けるのは難しい。
女性としては平均的な身長、ややほっそりとした体型。大人びた黒のワンピースの上から半袖のカーディガンを羽織り、頭には大きなリボンをつけている。
年齢は見たところ25歳前後に見えた。もしかしたら大学院生かもしれない。

ホーローは再び偽の警察手帳を取り出す。

「警察の者です」

「ふ~ん……」

女性は疑わしそうな目つきで警察手帳を眺める。

やがてもう一度顔を上げ──


──その瞬間、ルローの爪が女性の首を切り裂いた。


「あまりジロジロ見るにゃ!」

『あらゆるものを切り裂く能力』が喉笛を正確に捉える。
声帯を切り裂かれた女性は悲鳴を上げる事も出来ず、その場に崩れ落ちる。
出血は最小限だった。

「ルロー、あまり関係のない人を巻き込むな」

その様子を見ていたホーローは、警察手帳を胸ポケットに入れながらルローを軽くたしなめる。

「でも、もう少しで気づかれそうだったにゃ。それに、あの女は多分関係者だにゃ」

確かに、ルローの攻撃を受けた瞬間、女性が咄嗟に身を引いて致命傷を避けようとしていたことには、ホーローも気づいていた。

「どうして分かった?」

「猫の勘にゃ!」

ルローは言いながら、女性の持っていた鞄を探る。


女性の鞄の中からは、携帯電話、ノートなどに混じって、名刺大の身分証明書らしきカードが出てきた。

“ United Nations
ILS-ICSU-00000961
 Kuraya Mineko ”

「ほら、やっぱり。この女は国連の関係者にゃ!」

「となると、事を急がなければならないわね」

リンドウが横から口を挟む。
それもそうにゃ、とルローは頷いた。そして数名の部下に向かって

「お前達は車に待機して、いつでも脱出できるように準備するにゃ。この女も一緒に連れていくのにゃ」

と指図する。

「そうね、車の中に睡眠薬があるから、念のためにそれで眠らせておきなさい」

と、リンドウは追加の指図をする。
ルローの部下達はまだ息のある女性を担ぐと、車に向かって引き返していった。

ついでに言っておくと、ルローは人体収集家でもある。

「ルローも戻ってたほうがいいんじゃないのか? こいつもお前の顔を見て気付いたみたいだし」

というホーローの発言にルローは少しムッとした顔をする。
しかし、リンドウが

「でも、2人だと比留間博士を閉じ込めている“能力”を打ち破るには心許ないわ」

とりなしたお蔭で、ルローはすぐに機嫌を取り戻した。


駐車場で出くわした女性以外に、ホーロー達を不審に思う人物はいなかった。
建物の前には既に警官が何人か到着していたが、警察手帳を見せて説明すれば怪しまれる事も無かった。


建物に入ると、小柄な金髪の女性が一同を出迎えた。
短く纏めあげた髪、如何にも理知的な瞳。
スーツ風の服に身を包んではいるが、体格が小柄なためか、一見すると10代前半に見える。

「私はこの大学で教授を務めているナオミ・ワイズマンです。ここから先は私が案内します」

「教授?」

ホーローは訊ね返す。

「はい、8歳でアメリカの大学を卒業し、11歳でこの職に就きました」

ナオミ教授は歩きながら説明した。彼女の“能力”は思考に関する能力らしい。
アメリカには飛び級制度があるため、低い年齢でも大学に入れるのだという。

建物の奥の方で、警官が黄色いテープを貼る作業をしていた。

「この線の先は“夜”になっています。気をつけてください」

ナオミ教授はそう言いながら、貼られたばかりのテープをくぐって通り抜けた。

比留間博士の研究所は昼と夜を逆転させる技術を持っている、という情報をドグマは事前に入手していた。
これはその装置が作動しているためかもしれない、とホーローは予想する。

ホーロー達も続けてテープをくぐり抜ける。

通り抜けた三人を奇妙な違和感が襲った。
ホーローの身体から、青色の霧が噴き出す。“夜の能力”が発動したのだ。
しかし、霧は広がらず、ホーローの身体の回りをわずかに青く染めているだけだった。

それを見て、ナオミ教授が訊ねる。

「あなたの夜の能力は何ですか?」

「能力を無効化する霧を出す能力だ」

ここで答えなかったら怪しまれる。ホーローは已む無く答える。

「なるほど──私の記憶には無い“能力”ね」

間を置かず教授は返答する。

ナオミ=ワイズマンの昼の能力は『ゼロ時間で考える能力』。夜の能力は『ゼロ時間で記憶を整理する能力』。
能力鑑定の才能があるリンドウはこの時、そのことを見抜いていた。

ナオミ教授は言葉を続けた。
「まあいいわ。きっと、あなたの“能力”と慎也博士の“能力”が相殺しあっているから、こういう現象が起こるのね。」

ナオミ教授の話によれば、比留間慎也の能力は『周囲の昼夜を逆転させること』だという。
昼なら夜にする《極夜》、夜なら昼にする《白夜》、という名称がつけられていた。

「周囲が夜になる事で発動したあなたの“能力”が、あなたの周囲のみを昼に戻してしまう。
そして、昼に戻る事であなたの“夜の能力”が消えてしまい、周囲は夜に戻る。
これが繰り返されるから、あなたの周りにだけ霧がたなびいているのでしょう」

どういうわけか、慎也博士は《極夜》を発動させたまま部屋に閉じ込められているらしい。

ナオミ教授がそこまで説明した時、目的の部屋らしき場所に辿りついた。
部屋の前には数人の警官が見張りに就いている。

その部屋のドアは銀色のヴェールのようなものに覆われていた。
ヴェールの表面に自分たちの姿が写り込んでいる。
触ってみたが感触はツルツルとしていて、冷たさも温かさも感じられない。

ドアに近い壁や床にもそのヴェールが貼りついていて、ドアの隙間も同じ銀色の膜に覆われている。

「このヴェールはおそらく“能力”により作り出されたものと考えられます。
ドアを完全に固定していて、何をしても破ることができません。」

「試してみてもいいか?」

「どうぞ」

ホーローは慣れた手つきで短剣を取り出し、プラズマ発生装置のスイッチをONにした。
短剣の溝が灼熱の輝きで満たされてゆく。

短剣が充分な熱を帯びた事を確認した後、ホーローはドアの蝶つがいを挟むように、2本の短剣を突き立てた。
剣の間にプラズマが発生し、化学的に考えうるあらゆる物質を蒸発させる高温でその空間が満たされる。

約十秒後、ホーローは短剣をドアから離し、様子を見た。ドアを覆うヴェールには綻び一つ見あたらない。
やっぱり……という顔をしたナオミ教授が解説する。

「私の考えでは、この“能力”は、『包んだ対象の時間を停止させる能力』のようです。
また、ヴェール自体が重力以外のあらゆる物理的作用を受け付けません。
表面が鏡のように見えるのも、光を完全に反射しているからです。
仮に熱エネルギーでこのヴェールを破壊するならば、最低でも物理法則自体が崩壊するビッグバン級の温度が必要になるでしょう。」

「リンドウ、お前の能力で中に入れないか?」

ホーローは促す。
リンドウの夜の能力は、物を置き換える能力。
自分や手で触れたものを、空間を隔てて転送することができる。

「ヨシユキ、それだとあなたが入れないわ」

リンドウは答える。
ホーローの身体は青色の霧をうっすらと纏っている。
それは、彼がリンドウの能力の対象にはなれないことを意味していた。

「それなら、ヴェールに覆われていない部分をふっ飛ばせばいいにゃ!」

傍から聴いていたルローが、まるで悪戯っ子のような邪悪な微笑みを浮かべながら口を挟んだ。

「まて、ルロー」

ホーローの制止の言葉がルローの耳に届くよりも早く、
彼女の手は部屋の外壁に接触していた。

次の瞬間、盛大な爆発音とともに壁が砕け散る。

『あらゆるものを爆破する能力』。

視界の端に、耳を押さえてうずくまるナオミ教授の姿が見えた。

爆煙が晴れる前に、ルローはもう壁に空いた大きな穴を通り抜けて部屋の中に飛び込んでいた。
続いてホーローとリンドウが、少し遅れてナオミ教授も耳を押さえながら部屋の中に入ってきた。

ルローの爆破能力には指向性があるため、壁の破片はほとんど部屋の内部に飛び散っていた。
内装のあちこちが、飛んできた瓦礫で痛んでいる。

そして──
20メートル四方の部屋のほぼ中央辺りに、銀色の彫像が立っていた。
否、時間的に凍りついた比留間慎也博士が立っていた。

ホーローは持ってきた写真と見比べて、それが確かに慎也博士である事を確認する。

「ありゃりゃ、こりゃ見事に凍っちゃってるにゃ」

とルローが興味津々の眼差しで覗き込む。

髪も肌も、着ている衣服も、すべて銀色に彩られ、顔に驚愕の表情を浮かべたままピクリとも動かない。


「さて、どうしましょうか」

リンドウは机に乗ったまま凍りついたファイルに手を触れながら言った。
時間が停止した領域の中の物体は、リンドウの“能力”でも持ち出す事ができないようだ。
博士を拉致するためには、まずこの“能力”を何とかして解かなければならない。


「……今日の日没は何時だ?」

ホーローは腕時計を眺めながら喋る。

「18時57分。あと5分程ね。このまま“夜”を待ちましょう」

ナオミ教授は即答する。
日没を過ぎれば、ホーローの夜の能力が発動する。

「仮に時間停止領域の中にまで効力が及ばなくとも、銀色のヴェールそのものを無効化すれば解除は可能なはずです」

とナオミ教授は解説を続けた。

ホーロー達はなるべく一刻も早く任務を遂行したかったのだが、他にベストな方法がない以上は仕方がない。
幸いにも、今のところドグマの動向は、警察にも国連にも、また他の組織にも勘づかれていないようだった。


「慎也博士は侵入者と争ったようね」

リンドウは部屋を見回して呟く。
部屋の中には書類や筆記用具や、マグカップなどが散乱している。

その中の一部はルローの爆破のせいで飛び散ったのかもしれないが、それ以前にこの部屋で争いがあった事は、
無造作に横倒しになったまま銀色に凍りついた椅子を見れば明らかだった。

「襲われた博士は、相手の『昼の能力』を封じるために『極夜』を使用した。
しかし、相手の夜の能力によって凍らされてしまった、と言ったところでしょうか」

部屋の状況を見て、ナオミ教授は推理を下す。

「なんで相手は博士を凍らせただけで逃走したんだにゃ?」

と、ルロー。
銀色に凍った椅子で武器を研いでいる。

「分かりません。少なくとも物盗りではなさそうですが……」

ナオミがそう答えた時、ホーローの腕時計のアラームが鳴った。

「日没か」

ホーローが立ちあがると同時に、その周りに青い霧が、徐々にその色を濃くしながら広がってゆく。
青い霧は広がりながら『能力を否定する能力』が、博士の《極夜》を上書きし、そして銀色のヴェールをも溶かし始める。
ナオミ教授は目を見張りながら、その様子を見守っている。

日没から数十秒後、博士は完全に復活した。

「……?」

博士の目には、時間の檻に閉じ込められてから解放されるまでの間は、ほんの一瞬の出来事として映ったはずだ。
博士は急な状況の変化に一瞬戸惑ったような表情を見せたが、すぐに落ち着きを取り戻したように、ナオミ教授とドグマのメンバーを見渡して、それから口を開いた。

「……そうか、君達が助けてくれたのか」


──これが、比留間慎也という男か。

一目で理系と分かる白衣の下に黒のシャツ、そして白いネクタイ、黒い髪に明るい金色のメッシュを入れた頭髪。
ナオミ教授とはまた違う方向性の知性を宿した若造りの顔は、一瞬前まで事件に巻き込まれていたにも関わらず、微かに不敵な余裕の表情を湛えていた。

この男はドグマの仲間になってくれるかもしれない、とホーローは直感した。
ルローは慎也博士の瞳に、かつて彼女を人体実験に巻き込んだルジ博士のものと、同じ光を見ていた。


Doctor!
「博士!」

気を取り戻した博士にナオミ教授が駆け寄る。

Ms. Naomi, I'm OK. Though my coffee was spilled over.
「ナオミ君、僕は大丈夫だ。コーヒーはこぼれてしまったようだが」

慎也博士は落ちていたコーヒーカップを拾いながら、ナオミに合わせるように英語で答えた。
博士の落ちついた態度に、ナオミ教授の方がむしろ取り乱しているようにすら見えてくる。

What happened here? Who...
「ここで一体何が? 誰が──」

It's not necessary to pursue the raider.
「いや、犯人を追う必要は無いよ」

ナオミ教授が続けざまに質問するのを、慎也博士は遮った。
喋りながら、博士は手近にあった布巾を床に落とし、足で踏んでこぼれたコーヒーをそれに染み込ませていた。器用だ。

Why?
「なぜ?」

She has already disappeared from this world.
「犯人は、既にこの世界にはいない」



「この世界?」

博士の意味ありげな表現に、リンドウが思わず口を挟んだ。
博士は少し後ろに下がると、部屋にいる全員を、真剣かつ少し残念そうな表情で見渡しながら言った。


She has...
「彼女は──


...the ability of "Parallel World".
“パラレルワールド”の能力者だ」


(ドグマ編後編に続く)


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最終更新:2019年05月02日 00:23
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