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【幻の能力者】 慎也編前編 - Riddle of the Time Traveller -




かつて世界に強大な災厄をもたらしたチェンジリング・デイの流星群。
それらはまた、人類に今までの科学を凌駕する超能力──Extra Abilities──をももたらした。

チェンジリング・デイの影響で減ったとはいえ、現在の地球の人口は約50億人。
「10万人に1人の才能」が、世界には5万個も存在する計算だ。

世界には驚くべき“能力”を持つ人間が、山のようにいるのだ。
中には世界の有り様そのものを変えてしまうような、とても信じ難い“能力”を持った人物も存在する。

今回は、世界中の“能力”を研究している僕が特別に、
そうした珍しい能力者の一人に出会った時のエピソードを紹介しよう。



  • 主人公
比留間慎也 (ひるま しんや)

チェンジリング・デイ以降に人類が発現した“能力”(EXA)を研究している科学者。
EXAの発見当初から研究を続けてきたお蔭で、今では世界的な有名人である。


201X年3月10日、午前2時。

長引いていた余寒も1週間ほど前から薄れ、北半球はようやく本格的な春への移行を始めたようだ。
廊下に掛けてある温度計は12.8度を指し示している。

「ふぅ…すっかり遅くなってしまったな。」
ビジネスホテルの廊下を、チェックインした自分の部屋に向かって歩きながら、僕は一人事を呟いた。
EXAそのものの基本的な研究は一段落したとはいえ、EXAは研究対象の個人差が極めて大きな学問分野である。
研究するべき事柄はまだまだ尽きない。
能力研究の第一人者である僕は、今日も東京から遠く離れたこの町まで来て、夜遅くまで仕事をしていたのだ。

窓の外の煌びやかな夜景とは対照的に、建物の中は静まり返っている。
廊下の片隅に置かれている自動販売機が、低い唸り声を上げている。
家一軒と同じ量の電力を対価に人間が得た、文明の恩恵の1つだ。

僕は自動販売機を前にして、どの商品を買おうか少し考えた。

僕は残念ながら、炭酸飲料と清涼飲料は好まない。従ってこれらに該当する商品は最初から選択肢にはない。
頭の切れる人なら、毒殺を恐れて無色の飲み物(ミネラルウォーター)を買うだろう。しかし生憎と僕はそういう人ではないので、普通の飲み物を買う事にする。
特にこれから夜更かしをする予定はないし、酒盛りをする気分でも無いので、コーヒーとビールは選択肢から外れる。

むしろ僕はこれから部屋でゆっくりくつろぐ所なのだ。となると、選択肢はこれしかない。

ガコンと無機質な音がして、ホットココアの缶が取り出し口に現れた。
「ココアには気持ちを落ち着ける成分が入っているんですよ」と、研究室の職員が以前教えてくれたからだ。
そして春になったとはいえ、今の気温では“つめた~い”を選ぶ事には抵抗がある。故に、この場合はホットココアが正解の選択肢だろう。



「にゃ~」

ココアの缶を手にしたとき、不意に猫の鳴き声がした。
この時間帯にビジネスホテルの廊下にいるのは普通の猫ではない。恐らく、彼女だろう。

「なんだ、アレフじゃないか」

検討をつけながら振り向くと、予想通り、そこには見慣れた姿の黒猫が座っていた。
銀色の髭とエメラルドグリーンの眼が、自動販売機の光に照らされて光っている。

アレフは、僕の知り合いの特別な猫である。
といっても、どう特別なのかを話し出すと少し面倒な話になってしまうので、ここでは語らない。

アレフは音も無く僕に近寄ってきて、顔を上げた。そして鳴いた。

「みゃ~~ぉ」

残念ながら、僕には猫語は分からない。
しかし、よく見るとアレフの視線は僕の手に握られたアイスココアに注がれているのが分かった。

「ん、欲しいのか?」

アレフはちょうど人間が頷くのと同じ様にして頭を少し下げた。これはこの猫が肯定の意を表す時の仕草だ。
こいつは僕が買った飲み物を時々欲しがるのだ。

「少し待ってくれ」

僕は屈んで、缶から手のひらの上にココアを少量零し、アレフの前にその手を差し出した。
アレフは首を下げると、ピチャピチャと舌鼓を打つような音を立てて、甘い茶色い液体を美味しそうに飲み干した。



余談だが、猫にココアやチョコレートを与えるのはあまり好ましい事ではない。

与えすぎるとチョコレート中毒という病気になってしまうからだ。
しかし、前述した通り、アレフは特別な猫なので、問題はなかった。

「にゃー」

ココアを飲み終わったアレフは、再び鳴いた。
状況と声調から判断するとどうやら「ありがとう」のつもりらしい。
リラックスしたのか、髭の角度がさっきよりも少し下がっている。

ココアを口につけながら、僕は少し考えた。

アレフが現れるのは必ず夜の間で、しばしば僕の身に危険が迫っている時だ。
しかし、特に何も目立った行動をしないという事は、今夜はただ飲み物をねだりに来ただけらしい。


僕がココアを飲んでいる間に、アレフはどこかへ去ってしまった。
ココアの缶を自動販売機の近くのゴミ箱に捨てると、僕は再び自分の部屋に向かって歩き出した。
これから起こる出来事をまったく予想もしないまま──


今思えばやはり、アレフの出現は、あの事件の前兆だったのかもしれない。


ドアに書かれている数字は496号室で間違いない。僕がチェックインした部屋の番号だ。鍵を開けて中に入る。

中に入ってドアを閉めると、オートロック装置が作動して自動的に鍵が閉まった。
さすがいいホテルだけあって、セキュリティがしっかりしている。

しかし、部屋の中に足を踏み入れた瞬間、僕はその感想を180度覆さざるを得ない羽目になった。

部屋の中、玄関部分からは死角になる位置に、右手に銃を持った人物が立っていたのだ。


「比留間慎也(ヒルマ シンヤ)博士ですね」

硬直する僕を尻目に、彼女は話を続けた。

「始めまして、私は黒野(クロノ)あゆみと申します」

「実は──博士にどうしても協力して欲しいことがあるのです」


こういう時に一番大事なのは、冷静になる事だ。

まず相手を観察する。背格好は一見したところ、私服の高校生か大学生に見える。
ただ、先程も述べたように、右手には銃が握られている。
また、その態度は、これまでに同じような事を何度も経験してきたかのように、平静だ。

その状況を踏まえて、最適の会話パターンを頭の中で構築する。

「どうしても──とは、その銃を使ってでも、という事かい?」

「これは護身用です。できれば使いたくはありません」

チェンジリング・デイ以降、世界中の治安は劇的に悪くなった。自分の“能力”に溺れて悪事に走る人間が多くなったためだろう。
その超能力の研究者として名を馳せている僕は、こういう「銃を持った人間と話さなければならない」状況には何度か陥った事がある。犯罪組織に手を貸せだとか、そういった類の話だ。

ただ、今回の相手は、身構えからして少し違う。戦闘慣れしていない。

僕は今までに人を平気で殺せるタイプの人間には何人も会ってきた。
しかし、彼女の瞳からは、そういう人達に特有の雰囲気がまったく感じられない。
態度を見る限りでも、殺意はないし、取り乱しているわけでもないようだ。
どうやら、僕は死ぬかどうかの瀬戸際にはいないらしい。

「そうか──とにかく話を聞こう。銃はしまってくれないか」

午前2時30分。

黒野あゆみと名乗る侵入者は、テーブルの上に銃を置いて話し始めた。

「私は、未来からやってきました。」

「“能力”で?」


「ええ、私の“昼の能力”は『時間を遡る能力』です。私はこの力を使って過去への旅を続けています。」

時間旅行の能力──世界でもほとんど例が報告されていない珍しい能力だ。──純粋な好奇心が僕の科学者精神をくすぐる。

「それは驚くべき能力だ。……何年後から来たんだい?」

「それはお答えできません。」

黒野あゆみはそっけなく答える。

「過去に戻って何をするつもりだい?」

「慎也博士、質問は最後に纏めてお願いします」

「そうか、すまない、話を続けてくれ。」

彼女の言葉に、僕は苦笑いした。
ついつい会話の主導権を握りたがるのは僕の悪い癖だ。同僚からも何回か指摘された事がある。
もっとも、そういう癖は往々にして中々直す事のできないものなのだが……

黒野あゆみは話を続けた。

「私の能力では半日前、つまり前日の夜までしか遡る事ができません。
そして、この能力は昼の間にしか使う事ができません。そこで、博士にご協力いただきたいのです。」

成程、大体の話は掴めてきた。

「博士の“能力”──《白夜》は、『昼夜を逆転させる能力』だと聞きました。」

タイムトラベルを行うため、僕に《白夜》を使ってくれ、という訳か。

「その《白夜》を使って、私の能力を使えるようにしていただきたいのです。
もちろん、博士にはタイムトラベルにつきあっていただく必要はありません。
私はそこまで迷惑をかけたくはありませんし、そもそも他人を連れ出すことまではできない力のようですから。」

しかし、夜中に人の部屋に押し掛けてまでする事だろうか。いや、逆に考えれば、
それほど、この子にとっては切迫した事態なのかもしれない。

「なるほど、話は理解した。
けれども、僕の質問にも少しは答えてくれないか。そうでなければ、君を信用できない。」

懲りずに会話の主導権を握ろうとする。
分かっていても止められないのだから、我ながら可笑しい。

「分かりました。」

聞きたい事は山ほどある。まずは何から聞くべきか──



「まず──僕の“能力”は身の安全を考慮して、一般には公表されていない。
僕の“能力”の情報は何処で手に入れたんだい?」

「その程度ならお答えできます。
未来の慎也博士から教えていただいたのです」

そうか、この子は未来の僕に会っているのか。合点がいった。
そうでなければ、そもそも、彼女が時を遡り始めた日からこの日まで、辿りつく事は出来ないはずだ。

彼女の平静な態度の理由が解けた。彼女は今夜のような出来事を、何度も繰り返してここまで来たに違いない。
すなわちそれは、僕の行動は全て先読みされてしまう可能性が高いという事だ。

「過去に戻って何をするつもりだい?」

まあ、普通の人間が過去に戻ってする事と言えば、1つしか思い当らないが。

「過去をやり直したいのです」

「それはそうだろう。僕が聞いているのは、何をやり直したいかだ。
もし国家レベルの犯罪に関わる事なら、君に協力することはできない」

「いいえ、私的な事です」

「それなら良いのだが……」




「──博士、私はこの“能力”のために、世界中の犯罪組織や心ない研究者たちから狙われてきました。
そして、そのたびに“能力”を使って窮地を脱出してきたのです。」

この時、「心ない研究者」という言葉が、地味に僕の心に突き刺さった。
科学者には、倫理観よりも知識欲を重視するタイプの人間が多い。

そして僕も、その例外ではない。

その証拠に、僕が彼女の“能力”を聞いた時、真っ先に思い浮かべた事は何だったのかを思い出してみるがいい。
純粋な好奇心だ。──彼女を研究対象にしたい、という類の。


僕は自覚している。

自分が、俗に「狂った科学者(マッドサイエンティスト)」と呼ばれる人間と紙一重の存在である事を。



「私は“能力”を憎んでいます。
この力のせいで、私の人生は滅茶苦茶に狂わされました。
“能力”を悪用して自分の欲望を満たそうとする心の汚れた人間に、私は何度も襲われました。

だから、私はやり直したい。私が“能力”を鑑定する前の日まで戻って、普通の人生をあゆみたいのです。」


僕は返す言葉もなく押し黙った。
深夜の部屋に重い沈黙が流れる。


……一般的には「罪悪感」と呼ばれていたかな、この感覚は。

彼女を苦しめてきたのはつまるところ、僕と同類の人間に他ならない。その事を思うと──



いや、余計な感傷に浸っている場合ではなかった。


結論を出す。


「分かった」


パチン、と指を鳴らす。

窓の外が瞬時に明るくなる。
《白夜》が人の認識に干渉して起こる錯覚だ。

「これで君は、昼の“能力”を使う事が出来るようになった。
君の願いは真摯であり、正当だ。僕はそれを止める権利も、道理も持ち合わせていない。」

「……ありがとうございます、博士」

奇妙な夜が、偽りの夜明けと共に終わりを告げようとしている。


「だけど、少し待ってくれ」

やはり、この話は何処かがおかしい。僕の頭脳の一部はそう叫んでいた。
まだ腑に落ちない事があった。その違和感を元に、僕の科学者としての頭脳が急速に理論を組み立ててゆく。

「昨夜に戻った君は、また僕を見つけて同じ事を繰り返すつもりなのか?」

「ええ、お嫌ですか?」

「いや、別に僕は構わないが、しかし、昨日の僕は君に会っていない。
つまりこれは、君がこれ以上時間を遡っても、過去の僕には会えないことを意味するんじゃないか?」

彼女は僕と接触しなければ、夜の間に時間を遡る事は出来ない。
つまり、彼女がこれから1日以上時間を遡る事ができないという事実は、既に成立しているのだ。

それとも、彼女の“能力”はこの因果の制約を打ち破ることができるのだろうか。
だとすれば、彼女の“能力”は予想以上にとんでもない力なのかもしれない……

「それについては御心配には及びません。なぜなら、
明日の比留間博士も、まったく同じ事を言っていましたから」

「──!?」

「しかし、現に私は時間を遡り続けることが出来ているのです」

これは意外な返答だった。
つまり、彼女が今までに会ってきた僕は、現在の僕とは異なる記憶を持っているということか?

「だとすると……」

しかし、僕の言葉は彼女に遮られた。

「少し長く喋りすぎたようです。博士、貴方は頭が回る分、私にとって危険な人間です。
悪いですが、貴方の気が変わらないうちに、失礼します」

ああ、その方がいいだろう。僕は頷いた。
早く行った方がいい。僕の気が変わらぬ内に。比留間慎也が知的好奇心を抑えていられる間に。

「比留間博士、ご協力ありがとうございました。
今日の博士にはもうお会いすることはないでしょう。さようなら」

黒野あゆみは私に背を向けると、部屋の隅の暗がりに向かって歩き出した。
歩みを進めるに従って、その後ろ姿が徐々にぼやけてゆく。


これが、時間旅行の“能力”か……

僕の専門分野は物理学ではないため、時間に関する理論には疎い。
こんな事になるのなら、詳しい友人に聞いておけばよかったか。
たとえば、ILS(国際学会)の──

そこまで考えた時、僕の頭に突如閃いた事があった。


「時間を遡る能力」「半日前にしか遡る事ができません」「世界中の犯罪組織や心ない研究者たちから狙われてきました」
「未来の慎也博士から教えていただいたのです」「心ない科学者」「今日の博士にはもうお会いすることはないでしょう」

──そして記憶の片隅に浮かんだ研究ファイルの1ページ。
何故今まで思い出せなかったのだろう。

パズルのピースが組み合わさるように、いや、難解なプラモデルが組み立てられるように、
頭の中ですべての手掛かりが繋がった。


僕の推理が正しければ、彼女は、


「待ってくれ、君は……」


しかし、僕の声は恐らく彼女には届かなかっただろう。

彼女の姿は既に時空の彼方へと消え去っていた。








もう二度と出会う事のない並行世界(パラレルワールド)へと。


(慎也編後編に続く)


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最終更新:2013年05月15日 16:07
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