「そうそう、あとひとつ。
これは単なる都市伝説なんだが、世界には「パラレルワールドを作り出す能力」を持つ者がいて、
俺たちの世界とほとんど同じ世界がいくつもできているって話だぜ。」
──2ちゃんねるの名無しさん
────
Parallel World?
「パラレルワールド?」
ナオミ教授は訊き返した。
慎也博士はそれに対して英語で答える。
話すスピードはかなり早く、日本人には聞き取るのが難しいレベルだった。
Yes, I'd think it's only an urban legend, recently. But, that exists ... the ability "which can create parallel world."
「そうだ、僕もつい最近までは都市伝説とばかり思っていた。しかし、実在したんだ──『パラレルワールドを作る』能力が」
So... you tried to contact who has that exa, and...
「それで、博士はその能力者とコンタクトを試みた、と……」
ナオミ教授には、慎也博士の行動はある程度予測がついていたようだ。
博士にとってはいつもの事ですね、と言わんばかりの口調だ。
Well... I want to hide the fact right now.
「いや……真実は伏せておこう、今の所は─」
質問を躱しながら、慎也博士の視線は侵入者──ホーロー、ルロー、
リンドウ達に注がれる。
「─ところで、君達はどうやら警察の者ではないようだが、もしかして“ドグマ”の関係者かい?」
「なぜそう思う?」
リンドウは訊き返す。
「君達は『時を凍らせる能力』を無効化した。そしてこの部屋に充満する青い霧。
──まあ、私は命名の便宜上勝手に《フォグガード》と名付けているが──
これは犯罪組織“ドグマ”に所属する能力者のものだと僕は記憶している。違うかい?」
「……ご明察、その通りよ」
「まったく、有名になると良い人脈も悪い人脈も広がって困る」
慎也博士は不敵な微笑みを浮かべる。恐らく、彼にとってはこれが自然体なのだろう。
生まれついての自信家とでもいうべきか。そしてその根源たる明晰かつ俊敏な思考は、
世界の表舞台に躍り出て十年を過ぎてもいまだに健在だった。
Doctor... what's "Dogma"?
「博士、“ドグマ”とは?」
ナオミ教授は、まだ状況を把握できていない様子で、博士とホーロー達を交互に見つめる。
Well... such as an mafia.
「まあ、犯罪組織みたいなものだな」
Oh...と言ったまま教授は再び黙る。
ホーローの青い霧で能力も使えない今は、なんだか場慣れしていそうな慎也博士に任せたほうがいい、と判断したようだ。
「それで、その“ドグマ”が僕に何の用だい?」
「慎也博士、あなたをスカウトしに来ました。」
「それは急な話だな。それで、僕に拒否権は与えられるのかい?」
「まずは我々のアジトまでご同行願いたい。拒否権が与えられるのはそれからだ」
「まあ、待て。僕の考えを先に伝えておこう。まず、助けてくれた事については感謝しよう─」
慎也博士は構わず喋る。この男には恐怖心というものが無いのかとホーローは疑う。
「─残念ながら、僕は今の所“ドグマ”に加入する気は無い。
もっとも、君達の総帥……“
フェイヴ・オブ・グール”と言ったかな。彼には多少の興味があるが」
「それは、『大人しくついてくる』という意味でよろしいですか」
リンドウは少しいらついた様子で話を遮る。
下らない会話で時間を無駄にしている暇はないのだ。
「大人しくも何も、力づくでも連れて行く気だったのだろう?」
と、慎也博士はルローの方に目線をやる。
いつの間にか彼女はナオミ教授の背後に移動している。その手袋からは金属製の“爪”がつき出ていた。
「流石“博士”様にゃ、御明察にゃ」
ルローはからかうように“博士”の部分を強調した。
「なかなか卑怯だね、やはり犯罪組織を自称するだけの事はある」
慎也博士は眉一つ動かさずに言う。この男、焦るという事を知らないのか。
よほど場馴れしているのか、それともこれも天賦の性格か。
「大人しく私達についてくれば、二人の命は保証します」
「僕は良いが、彼女まで君達のアジトに連行する気かい?」
「勿論。貴方との交渉の材料になるのなら」
「そうか、それは残念だ」
言葉と同時に博士の視線が僅かに部屋の入り口の方へと移動する。
ルローはその動きと、背後から忍び寄る気配を他のメンバーよりも一足早く察知した。
しかし──
「そこまでよ!」
その時、教員室に新たな声が響いた。その姿にドグマ達は振り返る。
ヴェールが溶けて開放されたドアに飛び込んできたのは、さきほど駐車場で会ったあの女性だった。
銀髪翠眼、透き通る高い声。
「貴方達の車と部下の命は預かっています。“ドグマ”よ、武器を捨て、2人を解放しにゃ……しなさい!」
舌を噛みながら口上を終えた彼女は、素早くリンドウに向けて拳銃を構えた。
リンドウは反射的に、比留間博士に拳銃を突きつける。
ついさっきルローが切り裂いたはずの彼女の喉元は、傷一つなく復活している。
「貴様、どうやって……!?」
「不用意に喋って敵に情報を与えるのは、三流のする事よ─」
ホーローの問いに、女性は冷たく返す。
そして、少し間を置いて言葉を続けた。
「─でも、この情報は、私にとって有利に働くでしょうから、教えておきましょう。
私は
鞍屋峰子(くらや みねこ)。“国際連合”から派遣されたエージェントです。
貴方達のような“世界の敵”から博士を護衛するためにね」
「“アンセッド”……やはり実在したのね」
と、リンドウが呟く。
国際連合には、スパイ活動を行う秘密機関が存在するという。噂では、その機関の名は、
“国際連合特務諜報部局(United Nations Secret Agency Intelligent Department)”──略して“アンセッド”と呼ばれていた。
しかし、その詳細については、リンドウも都市伝説レベル以上の事はまったく知らない。
「やあ、峰子君、遅かったじゃないか」
どうやら、慎也博士は彼女の素性を最初から知っていたようだ。
リンドウに銃を突きつけられながら緊張感の無い声で話しかける。
「ごめんなさい博士。この方達の部下と少し闘っていたもので」
鞍屋峰子は博士に向けて微笑み返す。
やりとりの間、ホーローは鞍屋峰子の容姿を分析していた。
艶消し加工の施された黒いタンクトップ越しにる、細身ながらも均整のとれた無駄のない体のラインが見て取れる。
引き締まった筋肉と堂々たる姿勢は、その持ち主が相当な体術を習得している事を示していた。
両腕に嵌めたブーツのような厚手の手袋は、現場に指紋を残さない目的だけでなく、腕を防護する役割も兼ねているのだろう。
そして右手に握られた近未来的なデザインの小柄な拳銃は──ベレッタM8000“クーガー”装弾数15発のタイプ、
と、ホーローは認識した。
しかし、何よりも“ドグマ”の行動を止めていたのは、彼女の得体の知れなさだった。
相手がこちらの戦力を何処まで把握しているかは不明だが、たった一人でここへ飛び込んでくるからには、何らかの策が用意してあることだろう。
それ以上に、逃走手段と部下の命まで握られていことが致命的だ。
相手の“能力”はホーローの霧が封じているはずだが……相手の実力が分からなければどうにも動きづらい。
「さて、“ドグマ”のみなさん。
私にも、1対3で貴方達と渡り合うのは得策でない事は分かっています。ここは穏便に物事を済ませましょう。
2人を解放して、私についてきて下さい。そうすれば、貴方達の車まで案内して、部下の方々の命と車は返します」
峰子は右手で銃を構えたまま、左手に車のキーをちらつかせる。
「……どうする?」
ホーローはリンドウに訊ねる。
あの国連からの刺客が馬鹿でないのなら、車はとっくに駐車場からは移動済みのはずだ。
無理矢理キーを奪ったとしても、車を探し出せる保証は無い。
「貴方達に選択肢は無いはずよ。のんびりしていると、
本物の“
バフ課”の方々もお目見えしてしまうことですし、ね。」
鞍屋峰子はダメ押しのようにつけ加える。
“バフ課”──言うまでも無く警察庁の特別チーム『能力に関する犯罪を専門に扱う課』の事だ。
この状況で彼らを相手にすることになればドグマにとっても厄介極まりない事態だ。
リンドウは少し考えてから口を開く。
「人質交換、というわけね。分かりました。
でも、その前に、あなたの“能力”を教えて頂きたい」
リンドウの言葉に、峰子はきょとん、とした表情になる。
「なぜそんなことを訊くのですか?」
彼女が訝しんだのも無理はない。
もちろん、ホーローの霧が峰子の能力を封じているため、リンドウの鑑定士の目は使えない。
しかし、それは裏返せば、“ドグマ”側が峰子の“能力”を警戒する必要はない、という事に他ならないのだ。
「いえ、交渉の条件としてではなく、友好の証としてです。
ちなみに私の夜の能力は、『物を置き換える』能力……」
その言葉の裏の意味に、一番初めに気がついたのは、実戦経験の豊富なルローだった。
一瞬の予備動作の後、大きく跳躍し、途中で天井を蹴り軌道を変えて獲物に襲いかかる。
突然の攻撃に、鞍屋峰子の対応は一瞬出遅れた。
間一髪、迫り来るルローの“爪”を両腕で受け止める。
硬い金属同士のぶつかる音が響き、手袋を貫いた所で刃が止まる。
(やはり、手袋の中に何かを仕込んでいるにゃ、にしてもこの腕力、常人のモノとは思えないにゃ……)
ルローは空中で峰子の腕を掴み、ハンドスプリングの要領で飛び退く。
峰子も一旦後ろに下がり、呼吸を整える。
「交渉決裂という事ね……
では、国連の力をとくと目に焼き付けなさい!」
“余計な情報は口にしない主義”の彼女だが、口にするまでも無く、その顔からは明白な覇気が感じられた。
「リンドウ、走るにゃ!」
言われるまでもない。
ルローが峰子に飛びかかった瞬間から、リンドウは窓に向かって駆け出していた。
ホーローはその状況を見て作戦を理解する。
ルローとホーローが峰子と博士を抑え、その間にリンドウが“能力”を使うため離脱する。
ホーローの“能力”は半径30m程度にまでしか届かない。
そして、そこから離れれば使えるようになるリンドウの夜の能力は、“物を置き換える”能力。
その最大の強みは、リンドウが過去に触れた事がある物体とならば、触れた時から位置が多少移動していても入れ替える事ができる点にある。
そう、例えば「自分自身の身体」と「何処かに置き去りにされている車の中の荷物」を入れ替える事が──
(一人逃がした……、まあいいわ。博士はまだ無事。)
戦闘の最中にあっても、鞍屋峰子はその任務を忘れる事なく、博士の様子に気を配っている。
それを阻止すべく、ルローは机の間を高速で移動しながら投げナイフで峰子を狙う。
峰子はそのナイフを巧みにかわしつつ、少しずつ慎也博士に近付く。
だが、それよりも早く、ホーローは慎也博士の腕を掴んでいた。
「博士、抵抗せずについてきて下さい」
「そうだな…ここでは流れ弾に当たってしまいそうだ。ナオミ君も早く逃げなさい」
ナオミ教授は腰を抜かしかけながらも、なんとか頷いてその場から遠ざかった。
ホーローはそれをチラリと見つつも黙認した。“ドグマ”の狙いは彼女ではない。
博士の舌の根も乾かぬうちに、拳銃から続けざまに発砲音が響く。
真鍮の銃口から発射されたパラベラム弾が恐るべき正確さでホーローの脚部を狙う。
しかし、“改造人間”の脚部装甲に銃弾は通らず、跳弾が周囲の机に風穴を開ける。
「さすがはルジ博士の最高傑作ね。頑丈な事……」
峰子は敵の情報をかなりの所まで把握しているような口振りで、場の心理的主導権を握ろうとする。
“国際連合特務諜報機関”の肩書きは伊達ではないようだ。
「おいおい、危ないじゃないか、僕に当たったらどうするんだ」
慎也博士がおどけたように言う。
「当たったって、どうせ脚よ─」
「おしゃべりをするにゃっ!」
ルローが再びの突進。
「─命に別状はないわ!」
峰子は空中に銃を放り投げ、スカートの切れ目から更なる武器を繰り出す。
新たな武器に脚を絡め取られかけ、ルローの勢いが殺がれる。
鞍屋峰子は跳躍してルローの突進を避けると、宙に投げ出された拳銃を左手で掴みつつデスクの上に着地した。
右手に新たに握られたのは長い鞭だった。全長のおよそ半分から先が九本の房に分かれている。
それを見て、ルローが反応する。
「珍しい武器にゃ。“キャット・オブ・ナインテイル”かにゃ?」
「ええ、猫じゃらしには丁度良いでしょう?」
言いながら、今度はルローに拳銃を向けての連続発砲。
同時に、九尾鞭を右手で操り、ホーローと慎也博士の方に向けて繰り出す。
右手に操られた九尾鞭が捻れて寄り合わさり、一本の綱となってホーローを襲う。
ルロー達はほとんど脊髄反射的に飛び退き攻撃を避けた。
床に幾つもの弾痕が穿たれ、鞭の尖端が博士とホーローの間を音速で通過する。
「それはそれは、お心遣いありがとうにゃ!」
ルローは銃弾の軌道から逃げつつ、“爪”に仕込んだ3本のナイフを同時に発射した。
が、1本は躱され、1本は鞭で叩き落とされた。残る1本が金属を仕込んだベルトに当たり、弾かれる。
偶然ではない。ナイフの軌道に自分のベルトを合わせる、超人的な動体視力と反射神経の賜物だった。
最低限の動きで攻防を制した峰子は、ルロー達が体勢を立て直す隙を縫って、
デスクの反対側、すなわち博士とホーローのいる空間に着地した。
──強い。
ホーローは思った。
“能力”抜きでの戦闘とはいえ、“ドグマ”の中でも屈指の戦闘力を誇る(と少なくともホーローが認識している)ルローと互角以上に渡り合えるとは、並大抵の実力ではない。
二人がかりなら勝てるだろうが、その隙に博士に逃げられてしまっては意味がない。
峰子の構えているベレッタM8000の装弾数は最大で16発。あと半分は残っている計算だ。
その上、予備マガジンや他の武器を持っている可能性も考慮しなくてはならない。
頼みの綱はリンドウが戻ってきてくれる事だが……
「ホーロー、見張りの警官が登ってきてるにゃ!」
異常に気づいて無謀にも部屋に飛び込んできた巡査をナイフで仕留めながら、ルローが叫ぶ。
「(あら、巻き込まれないようにわざわざ気絶させてあげてたのに……)」
ルローの脅威から逃れた鞍屋峰子は、倒れる警官を横目で見ながら豹のようなしなやかな動作でホーローに接近した。
慎也博士はいつの間にか、どさくさに紛れて部屋の隅に退避していた。
「そろそろ時間切れのようね。どうです、もう止めにしません?」
峰子は勝ち誇ったような表情で話しかける。
「そうだな……だが、お前だけは倒させて貰う」
「あら、それは優先順位が間違っていると思いますよ?」
ホーローは峰子の発言を無視して、否、彼女の発言に反応するかのように、プラズマ発生装置のスイッチをONにした。
この敵を倒せなければこの場からの脱出さえも危ういと、ホーローは勘で悟っていた。
──その時、窓の外に緑色の閃光が輝いた。
数秒遅れて、爆発音が轟く。
リンドウ特製の爆薬。特殊な薬品が混ぜてあるために、炎の色ですぐに“ドグマ”のものだと判別できる。
車と部下を確保できたというリンドウからの合図だった。
しかしその狼煙は、この部屋の戦闘において、リンドウが意図していた以上の重要な意味を持つ事になった。
音と閃光に峰子が気を取られて生じた一瞬の隙。
ホーローはそれを逃さなかった。
連撃。高温の刃が空中に二本の弧を描く。
1万度のプラズマは、鞭で止める事も弾で逸らす事もできない。
「くっ……!!」
鞍屋峰子はやむを得ず、後ろに下がりながら斬撃を回避する。
体勢が崩れた所にすかさずホーローの連撃が浴びせられる。
ベレッタM8000の前半分がプラズマを浴びて蒸発する。
だが、次の瞬間、峰子の手がホーローの手首を掴んでいた。
両手の武器を手放しての決死の防御行動。鞭と銃の残骸が床に転がる音が室内に響く。
「“国連”を、舐めないことね」
その表情からは余裕が消えていたが、その声色は極めて強気だった。
女性とは思えない程の恐ろしい腕力と握力。
「お前は……」
ホーローには、彼女の強さが不可解だった。
“改造人間”であるホーローと互角に渡り合うこの超人的な力は、修練や体質で説明がつけられるものだろうか。
だが“能力を無効化する霧”の中にいる以上は、“能力”とは考え難い。何か未知の……?
ホーローがその先を考える前に、決着はついた。
峰子の背中に三本のナイフが同時に突き刺さる。
「“ドグマ”を、ナメるにゃ!」
右肺、左肺、そして心蔵。
ルローの完璧な投擲術は、人体の急所を的確に捉えていた。
ナイフが刺さった瞬間、相手の身体が一瞬震えたのが、ホーローには分かった。
力の抜けた手を瞬時に振りほどき、プラズマ・ダガーで相手の心蔵を貫く。
本日二度目の決着。
国連からの刺客は胸を焼き尽くされ、床に崩れ落ちた。
ホーローが首を刎ねて止めを刺さなかったのは、昼間の経験を踏まえての事か、
それともホーローなりの敬意か──その答えは彼のみぞ知る。
「してやられたか……」
闘いが終わって、ホーローは呟いた。
慎也博士の姿が見当たらない。
ホーローとルローの注意が鞍屋峰子に注がれていた、今の攻防の間に逃げおおせたのだろう。
とぼけた振りをして、なかなか行動力のある男だ。
窓の外でヘリコプターの音が響いていた。
音から判断して機種はEC155、すなわち警視庁配備のヘリである可能性が高い。
乗っているのは恐らく、『バッフに関する犯罪を専門に扱う課』の精鋭部隊。
慎也博士をもう一度探し出して捕えている時間はなかった。
「ルロー、撤退しよう」
「その方が良さそうだにゃ」
二人は峰子を置き去りにしたまま、部屋を後にした。
────
「それデ、アナタ達はドクター・慎也を、ミスミス逃してしまったわけですかァ」
“ドグマ”首領、“フェイヴ・オブ・グール”は、気持ちの悪いイントネーションでリンドウ達に訊ねる。
コートに身を包んだ異常者。その表情には怒りも失望もなく、狂気的な瞳がまるでただ嘲笑うかのようにリンドウ達を見つめていた。
「その通りです。“国連”の手の者が現れたのは誤算でした」
リンドウは感情を押し殺したような口調で答える。
「まァ、ィィでス。気が向ィたらワタシ自ラが出向いてみまショう。ドクターもそレをぉ望みのようデスカらネ。
ヒョッとスルと彼のほゥから訪ねてくルかも知れマセン」
フェイヴ・オブ・グールは、リンドウ達の任務失敗を意にも介さないと言った素振りだ。
「ィずれにせョ、パーキングでのアナタ達の判断は間違っテいなかったと思いマス」
フェイヴ・オブ・グールは話題を変えた。
鞍屋峰子が最初に現れた時、リンドウ達が確実に彼女を殺していれば、この作戦が失敗する事も無かっただろう。
しかし、
「盛大に殺してシまッテは、ァト始末が大変デス。
何よりも、生かしてォイて一緒に拉致してクるとイぅ発想が、ジツにエクセレント、ゎタシ好ミでス」
彼の言う通りだった。万が一返り血でも浴びれば、それだけでも後の行動に支障が出てしまう。
だから、車内に運び込んで睡眠薬と能力抑制剤を投与するよう、部下に指示したのだった。
リンドウがあの場で自ら薬を処方しなかったのは、少しでも時間を短縮するための判断だったのだが、結果的にはそれがあだとなった。
峰子を車内に運び込んだルローの部下達は、いつの間にか復活していた彼女に不意打ちを喰らって制圧されてしまった。
部下の話によれば、どこに隠し持っていたのか分からないが、小型の麻酔銃のようなもので昏倒させられたのだと言う。
最初に無抵抗で倒れたのは、ドグマの戦力を分断し、各個撃破するための彼女の計略だったのだ。
「ミネコ・クラヤ……ナカナカ可愛いデスネ」
フェイヴ・オブ・グールは邪悪な笑みを浮かべながら駐車場で“ドグマ”が奪った身分証をくるくると手で弄ぶ。
「ところでリンドウチャン、彼女の“エグザ(能力)”は何だっタと思いますか?」
「ちゃん付け気持ち悪いです……
私の目の前で使われたわけではないですから、明確には分かりませんが、
一番可能性が高いのは、再生能力ではないでしょうか」
「フム……ツマラなぃ推理デスね。ァナタ達はいったィ何の任務に行ってキたのですか?」
「何の任務って……」
リンドウにはフェイヴ・オブ・グールの真意が分からない。
「それデハもう1つヒントです。ドクター慎也はサイショ、誰に襲われタのだと思いマスか?」
「……まさか、彼女が博士を襲った犯人?」
「ノー、ノー、それなら、ドクター慎也が真っ先に気づくハズですネ。
でも、ソノ事件の裏にも彼女が一枚噛んでいるコトにハ、間違いなさそうデス」
「それは、アイツがルジ博士を知っていたことと関係があるのかにゃ?」
と、ルローが口を挟む。
「ンー、どういうコトですか? 関係ナイとは思いマスが」
「二度目に戦った時、アイツの身体はホーローと同じ“改造人間”になっていたにゃ。
だからウチやホーローとぶつかった時に互角の力で押し返す事が出来たのにゃ」
その可能性にはホーローも思い当っていた。
文字通り人間離れした相手と互角以上の動体視力、反射神経、射撃精度、そして筋力。
思い返してみれば、ルローのナイフが刺さった時も、単に衝撃と動揺で力が抜けただけで、致命的なダメージは負っていないように思えた。
「でもウチの部下の話では、車に運び込む段階では間違いなく生身だったみたいなんだがにゃー」
ルローは首をかしげる。
「ァァ、ナルほド。ルローチャン良く気づきまシタ。ソれナら、オーケー、ツナガりマァス。
ワタシの予想では、ミネコの能力は『パラレルワールドの自分と入れ替わる能力』ダと思いマス」
例えば、どこか別の世界に「ルジ博士の改造手術を受けた鞍屋峰子B」がいて、
この世界の「ドグマに拉致された生身の鞍屋峰子A」と途中で入れ替わっていたとしたら?
これなら、受けていた傷が「何事も無かったかのように」治っている説明もつくし、
「どこに隠し持っていたのか分からない」麻酔銃の出所も説明がつく。
さらに言えば、彼女の表向きの顔はS大学で量子物理学を教えている講師であり、ここにもパラレルワールドとの関連性を見い出すことができる。
実際、ドグマが奪った彼女のハンドバッグの中にも、パラレルワールドに関する講義メモが何枚か入っていた。
フェイヴ・オブ・グールの推理は、恐らく正しい。
「それでは、喉を切り裂かれた方の鞍屋峰子は?」
「ぉそらく死んではいなィでショウ、何処かのパラレルワールドで治療を受けてィルと思いマス。
“国連”には非常に腕のィい『再生医療』の能力者がィるコトをご存知デスか?」
フェイヴ・オブ・グールは国連軍とどこまでの因縁があるのだろうか。
ドグマに入って日の浅いホーローは知らなかった。
もっとも、彼が“世界の敵”と呼ばれている事からして、並々ならぬ因縁がある事は間違いないだろう。
「ナヵナヵ興味深ィ能力でス。そシて、ワタシの勘デハ、彼女はまダ死んデいまセンネー。むしろ死んデもらってィテは寂しイです。
コレだケ面白ィ能力、ぜひトモ我々のモノにしたィですョねェ? リンドウチャン?」
「ちゃん付け気持ち悪いです。ハァ……」
都心の何処かに存在する広大な地下空間に、“世界の敵”の笑い声がこだました。
────
『バッフに関する犯罪を専門に扱う課』、通称“バフ課”により、慎也博士とナオミ教授が保護されたのは、
教員室での戦いから約10分後の事だった。余談だが、“ドグマ”一味がS大学を脱出したのとほぼ同時刻である。
「……とまあ、こんな感じで、事情は複雑だが、理解して貰えただろうか」
慎也博士はいつもの調子で事態を手短に説明する。
鞍屋峰子の正体については巧みに誤魔化しているあたりがまた見事だ。
「それで、君達を助けに来たという“国連”の職員は?」
「分からない。もし無事なら無傷で現れるはずだが」
慎也博士は答える。
「私なら無事よ、博士」
計ったようなタイミングで、聞き覚えのある高い声が廊下に響いた。
廊下の影から音も無く現れたのは一匹の猫。黒い体毛、緑色の眼、銀色の髭。
「やあ“アレフ”、無事だったか」
その姿を見て、慎也博士は鞍屋峰子のコードネームを口にする。
「ええ、殺されかけましたけれど……一度この姿になれれば、大抵の傷は治りますから」
鞍屋峰子の夜の能力、『何にでも変身できる猫』──慎也博士は《グレマルキン》と名付けている──は、
慎也博士の最初の予想よりも遥かに便利な能力だった。
「何にでも変身できる」という事は、無傷の状態にも変身できるという事に他ならない。
「敵の死を確認しないのは、二流のする事、って所かしら」と、鞍屋峰子=アレフは言おうとして、心の中に留めた。
必要以上の情報は口に出さない主義だったからだ。
「それより、私の正体も彼に明かしちゃった方が都合がいいわよね、博士?」
アレフはシルスクの方を指さし──もとい尻尾でさした。
「ああ、そうかもしれない」
博士は軽く指を鳴らしながら答えた。
「それでは…」
と、アレフのシルエットが徐々に変わり始めた。
縦に長く伸び、尻尾は短くなり、頭頂からは長い髪の毛が伸び始める。
完全に人の形になると、今度は色が変わり始めた。眼を残してほとんど黒一色だった色彩から、衣服の黒、肌の褐色、髪の毛の銀色などが徐々に現われていく。
先の一戦で負った背中と胸の傷は完治していた。
「…はじめまして、“バフ課”の二班隊長、コードネーム“シルスク”さん。
私は“国際連合特務諜報部局”の鞍屋峰子。コードネームは“アレフ”です
以後、お見知りおきを」
(【幻の能力者】ドグマ編 ~終~)
登場キャラクター
最終更新:2013年05月15日 16:13