ようかい体操


(登場人物) 有馬かな鬼太郎





『ザザーー…ピーマ…ザザーーーー…………体操……っじまるよー………』


 薄暗い闇と湿り気で包まれるリビング。
いくら家の中とはいえ、真夜中にわたし一人ぽつんと放り出されてる現状は、心の中で不安の種が芽吹いてしまう。
そんな室内にて。食卓テーブルの上に置いてあるラジオから、ノイズ混じりの歌が絶え間なく聴こえていた。

 …というかわたしの曲なんだけども。

明るいはずのそのメロディは、雑音と砂嵐音のせいで、闇夜の不気味さを増強させるいいアクセントと化している。


『………ピーマ…ザザザーーーーーーーー………食べた……ザザーーーーーーら………スーパ………ザザザザーーーーーーーーーーッーーー』


 怖っ…。

今、わたしはソファの裏側で隠れるように体育座りの姿勢を維持している。
ふとカチッ、カチ、と秒針を鳴らす壁時計を見る。…どうやら、かれこれもう2時間近く地蔵のように固まりきってるようだった。
 お尻が痛い。
姿勢を楽にして体を伸ばしたい気分だ。
わたしだってこんな泣きたくなるほど無人な暗い部屋からは今すぐにでも出ていきたい気持ちで一杯だった。
だったら早く立ち上がれよ、何故お前動かないんだ、って?
…聞くまでもないでしょ。
動く勇気が湧かないのよ。「怖い」んだから。


『みんなも…おっどれば…ピータ…ザザザザーーーーーーーーーーーーーーーーーーー……………ザザザーーーーーーーーーー…………』


 古くから、みんな「本当に怖いのは幽霊でも怪異でもなく生きている人間」と口を揃えて言っていた。
初めてその言葉を見知ったのは小学生の時の図書室でだったと思う。
当時のわたしは、オバケも何を考えてるか分からない狂人も平等に怖いだろと思ってたし、その考えは成長した今でも変わらないけども、この現状に置いての恐怖の対象は「自分以外の人間全員」とハッキリ言える。
さっきからずっと心臓が高鳴るくらい怯えてるが、それは何も丑三つ時の暗闇が怖いからという訳ではない。
わたしが一番恐れているのは、参戦者…つまり殺人鬼に出くわすことだ。

 ──あのカスサングラスから強制された「殺し合い」命令。
体力なんて並みの並みなわたしが生き残るビジョンなんてあるわけなく、必然的に疑心暗鬼にさせられる。
わたしは絶対に誰にも会いたくない。たとえどんなに善人だろうとも、腹の内なんて読めたものじゃないので一緒に行動なんてしたくない。
願わくばこの一人かくれんぼがゲーム終了まで見つからぬままでいてほしかった。

 それでいて、鬼、…いや、救世主に見つけてもらうことを願う自分もいる二律背反な思いがあった。
どうしようもなく愛を欲していた、と表現すべき、か。


「…アクア………、助けに来なさいよ……………」


 その想いが思わず独り言として漏れる。
無意識のうちに出た、か細い呟きにわたしは慌てて口を抑えた。

 アクア。
 自分の天狗な性格が故に仕事がなくなり、芸能界から干され切っていたわたしに一筋の光を差し伸べてくれた、アイツ。
まるで絶望の淵が如く仄暗いこの部屋にて、わたしは再びあいつに救いを求めてしまった。
 わたしはいつも受動的だ。
このまま黙って身動き取らずにいても危ないだけだなんて分かっているのに、体は自ら動こうだなんて一切しない。
現に、目と鼻の先の、あのやかましいラジオの電源を切りに行くことさえ、躊躇してできやしない。


『ヒ゜ィーーーマン大ずぎ…ザザザザアアーーーーーーーーーーーーーーッ……………めっちゃ………ザザザー……きーー、……ゃくちザザザザーーーー……ずぎぃい…………』


 …わたしはどうしたら……いいのよ。
四隅が暗いどんよりとした部屋の片隅で、わたしは自分のアイデンティティに悩まされる。
例えば、ルビー。一番星の生まれ変わりみたいな彼女ならこんな恐怖打ち勝って行動していただろうに。
嗚呼、恐い、怖い。コワイコワイコワイ。
死にたくなんか…ない……。


『ピ…ピ……………………イーーーマ………ン…、ぴ…………ザッ……………』




『ザッ、ザァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー』


 って、電波調子悪すぎだなオイッ!
大雨のようなけたたましい音が部屋全体に響き渡る。
ノイズまじりで発せられていたラジオの曲は今やもう完全にかき消されていた。
…流石にうるさすぎ。

 ……。
…はぁ……、最悪なケースが思い浮かぶ。
もしも、この砂嵐音を聞きつけた殺人鬼がフラフラと家の中に侵入してきたら、と。
人の気配一つしない静寂の夜なうえに、ダメ押しにラジオの音量は割とボリューミーだ。白羽の矢が立つとはこのことで、まさに命とりと言う他ない。
ならば、わたしはさっさと電源を消しに行かなきゃならないのだけれども、やはり未だ身体が恐怖に屈して、身動き一つ取れないでいる。
このまま、耳障りな雑音をバックに真夜中、疑似拷問のような時を経ていくか。
それとも勇気を振り絞って、すぐそこのテーブルまで立ち上がってみるか。
……行こうかしら。
………今から5秒後に…。


『ザァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー』


5,4…………
手に汗がにじみ出る。
本当は動きたくないし、ずっと縮こまっていたい。でも、行かなきゃ……。


『ザァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー』


3…2…………………
…はぁ………っ、嫌だ……………。


『ザァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア



───────カチッ。

『プツン────…………………………………………………………。』






 えっ…………………?



 さっきまでのラジオの音が消えて、家の中は静まり返っている。
スイッチを切った音がした途端であった。

 わたしはラジオに手を伸ばすどころか、ソファの裏で固まったままで一歩たりとも動いていない。何せカウントダウンをまだ終えてないのだから。
だとしたら何故音は絶えられた…?
普通に考えてラジオ内の電池が切れた、から……?
いや…そうだったら、あの「スイッチを切った音」は何…………?

 と、そこまで気づいた時に、わたしは金縛りになってしまった。
さっきまでの葛藤から動けなくなってる状態じゃない。体に誰かがのしかかったように本当に全身が言うことを聞かなくなっている。
光一つない暗い家の中、…みしっ。………みしっ。と、誰かが床を踏みしめながら歩いてきている音がしてきた。
テーブルの方からその誰かは足音を鳴らしている。
背後から聞こえるその音は少しずつ大きくなっていって………、わたしの方へと近付いていた……?!

 一気に恐怖が襲ってくる…。
怖くて早く逃げ出したいのに金縛りは顎がガクガクさせることしか身動きを許さなかった。
体中から変な汗が止まらずに湧く。


  みしっ……………みしっ………………………


 ゆったりとした足取りながらも、奴は着実にソファに近づいてくる。
嫌ぁっ……来ないでよ……っ。
お願いだからソファの裏を確認しないでよ…っ。


  みしっ………みしっ………………………………………ギギ…キィィィッ…


──…………わたしに……気付かないでっ………………!




「いひひっ、こんばんは。おねえちゃん……。隠れてもぼくぁ分かってますよぉ………」


 戦慄が走る。
ソファの裏を覗き込んだそいつと目が合わさった。
その姿は、暗さも相まって全く見えなかったけれども、闇夜の満月のように光るギラギラとした大きな眼だけははっきりと見えさる。

「ぁ…………、ゃぁ……………ひゃぁ……、ぁっ…………………………!」

 そのぎょろついた目玉の網膜には明らかな悪意が憑いている。
声は地獄の底から響くように重たく冷たく、心臓を愛撫でされたみたいに全身をゾっとさせられる。
…………こんなところでわたしは、死ぬっていうの……?
そう思ったとき、がくんと力が抜け、パッと体が自由になった。
わたしは今までの硬直状態を晴らすが如く、右手の掌をそいつの顔に向けて一目散に突き出した。


「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!!!」

「ごふっ!!!」

 ぶにゃりと弾力ある柔らかい感触が伝わる。
そいつは勢いのまま吹っ飛ばされ転がると、ゴンッと頭を壁に打ち付けたように見えた。
わたしの掌にはそいつの鼻水なのか唾液なのか分からない透明な体液が粘りつく。気持ち悪いッ…。
いや気持ち悪い、気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪いっ……!!何よ、いきなり覗き込んできて…っ!

「いだっ…痛ぁいぃい! …ど、どうしてぇ! ぼ、ぼくがなにをしたって言うんだよ…!」

 そいつは頭を抱えのたうち回りながらそう言ってきた。
私はビビってすくみながらも、暗闇の中、目を凝らしてそいつの正体を確かめる。


「いぎなり殴りつけて………ぼくは殺しあいなんて乗ってないっていうのにぃいいい!!」
「…………あっ!」


 声の正体、あの気味の悪いぎょろ目野郎は子供だった。
物凄く小柄で、ちょうどわたしが「ピーマン体操の歌」をリリースした時の歳と同じような感じ。
奴の言う通り、到底殺しなんてできないような弱弱しいガキンチョがそこにはいたのだ。
 一気に恐怖心が消え去る。
…何よ。これじゃあ私がガキ相手に弱い物いじめしたみたいじゃない…。
そりゃ疑心暗鬼のこの状況だしわたしの行動は仕方ないと言えるけども、こんなガキンチョに掌底上げるなんて不運とはいえ最低なことをしたわ。
わたしは取り敢えず、死にかけの虫みたいにジタバタするあいつの元へと駆け寄った。

「あ…ごめん…! ちょっと、ねえ大丈夫よね?」

「痛い……痛い痛い痛い゛許せないぃっ! 何もしてないぼくを……殴りやがって…………くそ、ぁああッ……………」

「ちょっと! 大袈裟でしょっ?! 謝ってんだからいい加減顔上げなさいよっ」

「おねえちゃん…許せ゛ない………、たかが…オンナの分際でえっ………、なんでぼくがオンナ如きに…なじられなきゃいけないんだ………っ!」


 …はあっ?
目は合わせども、ガキンチョは世にも恐ろしい──というか不愉快な恨み言をぼやくばかりで話にならなかった。
何よこのガキ。ちょっと同情して損したわっ。
わたしだってビックリしてついやったんだから、それくらい汲み取ってくれてもいいのに、何時まで経っても発すのは恨み節ばかり。

「ぼくは絶対に許さないぞ………っ、人間のオンナ風情が僕に手を上げやがって……………っ、絶対に許さない…目にもの見せてやる……苦しませてやる……」

 …はーうっぜ死ね。何このガキ…気持ち悪すぎるわ。
こんな奴と会ったことなんか無かったことにして、いい機会だしもうこの家から出ちゃおうかな、と思う。
けれどもその考えをわたしは即座に否定した。
 ふ、と私はガキを見下ろす。
何せコイツはさっきから憎しみ全開でわたしをにらんでいるのだ。わたしが背を向けた途端、陰湿な嫌がらせ…最悪殺しなんてしだしても不思議じゃない。
ならば、コイツと和解を済ませておいた方が安全なのである。
ふん、こんなガキ。手玉にとって言い包めるのは非常に簡単だ。


「オンナ如きが…絶対に僕は許すわけにいかない………っ、殺してやるっ、僕は、絶対に殺してや…──



 チュッ

 わたしは、ブツブツうるさいガキンチョの頬に唇をつけた。
痛み止め代わりの和解のキスだ。言うまでもないが好意なんて1ミリも含めてはいない。
この不愉快なガキはボキャブラ0で女如き女如きと発し続けているが、わたしからしたら逆に男なんて適当にチューするだけで落ちる単純な生き物なのである。
これは断言できる。


「ひっひひ~~~~~! お、おねえちゃんいきなり何すんですかぁあ~! ま、許してやってもいいかなあ~~~」


 うわっ、超単純。
ガキは、表情を緩ませ切ってゆらゆらと揺れ動いていた。
光悦といった面構えで、目を細めてニヤニヤしやがっている。
はあ……、こいつやっぱ超うぜェーしメチャクチャキモいですけどっ。






『ザァアアアアアアアアアアアアアーーーーー【以下後半】ザァアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーー」






「ねえっ、“鬼太郎”くんっ! いつまでディパック漁りしてるのよ?! 早く行くわよっ!」


 とりあえずの和解を終えたわたしたちは、互いの自己紹介と支給品確認を終えたのち、民家を出る準備をしていた。
…否、身支度を終えていたのはわたし──有馬かな、のみだ。
鬼太郎──と名乗ったガキンチョは、女の腐ったのみたいに、いつまでもゴチャゴチャとバッグを出しては入れたりを繰り返していた。
その顔からは焦りの表情が見えている。

「な、なんでなんだ…っ! ぼ、ぼぼ、ぼくの武器がこんなの、だなんて………! 間違いに決まってるだろおっ!!」

「あのねぇ…、鬼太郎くん。どれだけ探そうとも無い物はないわよっ。だからもうさっさと行こうって! 置いてってもいいの?!」


わたしの急かしを無視しつつ、鬼太郎はそらもう汗ダッラダラでまたバッグの中身を確認していた。
っぜ………。何回目だよ。いい加減諦めろっつうの。
…いい加減現実見なさいって。
あんたの膝元に置いてある、その“ハリセン”。
哀愁漂う紙きれが支給武器なんだよ。クソガキ、あんたの。


「ぷっ………! ふふふ…!」

「………なっ、なに笑ってんですかおねえちゃんんっ!! ぼ、ぼくを馬鹿にしてるんですかっ…!?! 自分はいい武器貰ってるからって、いい気にならないでくださいよっ…! ゆ、許せないぃい………!」

「…あっ、あーはいはい。笑ってごめんなさいねーー。でも鬼太郎くんもいい加減諦めつけましょうねーーー? 大丈夫? おっぱい揉む?」

「ううっ…! うぅぅう~~~……。こんなの、あんまりじゃないですかぁあ…………」


 鬼太郎は急にキレ出したかと思うと今はしょぼくれて落胆してて、なんとも忙しい(=ウッザイ)ガキだった。
わたしは、銃をくるくる指で合わしながら、そんな奴の様子を呆れつつ眺めた。
 そう、わたしに支給された武器はデザート・イーグルという名前の拳銃。よく刑事ドラマとかで見かけるようなあれである。
方や殺傷能力0の紙おもちゃ、方や本格的な銃なのだから、殺し合い<ファイナル・ウォーズ>とは圧倒的格差社会の世界だ。
自分がハリセンを配られていたと思うとゾっとするが、今は余裕たっぷりに鬼太郎を見下せる。


「おねえちゃん……、そのかっこいいピストル、ぼくにくださいよぉ………? これ、あげますからあぁ~…」

「だから! もういい加減にしなさいよっ! 今はそれで我慢してさっさと行かないと! 今わたしたち割と危ないの分かんないかしらっ?!」


 ムッカつく…っ。ガキのねばねばしたような声も相まって、思わず怒りを荒げてしまうわ。
この鬼太郎にはさっきも説明したが、いま私たちがいる家は、ラジオの爆音だったりわたしの悲鳴だったりで、人を引き付ける可能性が十分にあるのだ。
だからさっさとこの場を離れなくちゃいけないのだけれども、コイツはしょうもないことでグダグダと…。
代わりとして、わたしの「チェリオジュース<メロン味>」をあげたっていうのになんて奴なの。理解力0かよ?


「お父さん、探さなきゃいけないんでしょ? なら早く動かないと。ねえっ? 鬼太郎くん」

「…んぐっ………。そっか、父さん…………」


 父さん。その言葉で鬼太郎ははっとしたような顔を見せる。
さっき、支給品確認をした時にて。参加者名簿を呼んだ鬼太郎は、父親が自分と同じく殺し合いに参戦させられていることを知ったのだ。
たしかその名前は“目玉おやじ”だとか…、信じられない名前であったと思う。
まあ、息子の名前に「鬼」なんて字を入れるような奴だし、名前相応のろくでもない奴なことには間違いない。蛙の子は蛙ね。
そいつを引き合いに移動を持ちかけたら、少しは目を覚ますかなと思ったら案の定だった。
単純すぎる。


「……そ、そですよね……。おねえちゃん………。父さんに会わなきゃいけませんよね…………いひひっ」

「はあ……ったくもうっ。んじゃ行くわよ」

「あ、ところで……おねえちゃん一つ、ぼくから聞いて…いいですかぁ……?」

「あーもう! なによっ?」


 やっと立ち上がったかと思ったらテンポの悪いガキだ。
面倒臭いので、わたしは振り返ることなく耳だけを貸した。


「おねえちゃんも、この殺し合いで知り合い…いるんですかぁ…? いや、いるんです…よね………? ね? ひっひ…」



…。

「…残念ながらその様よ。友だちが……2人……巻き込まれてるけどっ」

「やっぱりぃー? …いーひっひひひひ………! いや、さっき名簿見てた時、おねえちゃん顔が曇ってたから、そぉう思ったんですよぉ………」


 鬼太郎の見透かしたような語り口調にイラつかされるが、その通り。
B-小町の仲間、星野ルビーとMEMの名前が参加者名簿にしっかり印字されていたのだ。あと見知った名前は、黒川あかねくらいか。
それらを初めて目に通した時、わたしはショックと驚きを隠し切れなかった。
…ルビーなんて、天才的な一流アイドルを目指してるだけの。ただの素直な子なのに。
なんで平穏に生きているわたしたちがこんな戦争ごっこを強制されているのか、訳が分からない。
主催者の奴にどんな思惑があるのか知らないけども、とにかく腹立たしい思いで一杯だった。


「いーひひひひっひっひっひ……っ! 気の毒ですねぇえ……それは早くおともだちと会わなきゃいけませんねぇ……! ひっひひっひっひっひーーーー!」

「……はっら立つ! わたしの友達が不幸な目に遭っててそんなに面白いかしらっっ?!! 笑うなっつうのっ!!」

「ひひひっひーーー……っ! ……まあ……そう怒らないでくださいよぉ……。こんなくだらないことでさ………」


 っ~~~~~~………。
やっぱりコイツがいっちばん癪に障るわっ。
この教養も知性も感じられない下品な笑い声に、何を考えてるか分からない薄気味悪い表情、的確にムカつく行動ばかりチョイスしてくる低能っぷり。
殺し合い…、こういう不良品こそ真っ先にのたれ死ぬべきね。
機会を見て、捨てるとしよっか。こんなガキ。

「じゃあ、行先はわたしが決めるから。着いてきなさいよ、鬼太郎くんっ」

「ひっひ………。おねえちゃんの元なら……どこへでも…………」


 まあ今はいい。
わたしは銃を片手に、玄関へ向かって歩いて行った。
遅れて、鬼太郎も二人分のディパッグ掲げてついて来る。…男の子なんだし荷物持ちは当然だよね。


「ふぅ…………………」


 わたしは右手に持つデザート・イーグルを見つめた。
この世界には二種類の人間がいるという。「陰」か、「陽」か。
陽とは明るく社交的で、何事にも積極的な別世界の生き物だ。まるで、ルビーに、MEMちょみたいな……。
対して陰は、常に周りの視線を気にして、誰にも心開くことなく、縮こまって生活をする暗い者たち。
このクッソガキに、それに黒川あかね…のような。
彼女ほどではないにしろ、わたしも芸能界で干されて以来、何事にも斜に構えて達観ぶるようになった「陰」だ。
あかねとわたしが顔を合わせるたびにバチバチ対立しちゃうのも、陰同志が惹きつけ合った証拠なのかもしれない。

 この殺し合い、まるで陰のようにどこまでも薄暗く、それでいて水の底にいるような絶望のゲームだ。
ならば私は絶対に生きて脱出してやる。
陰のわたしが、今は月明かりを映えさせる玄関に向かって、そして今後は光のようなルビーたちの元へ向かって。どこまでももがきあがいてやる。



わたしはそう決意して、玄関の取っ手に手をかけた。







「あっ、もう一ついいですか………。ロリおねえちゃん」




…チッ、間が悪い。

「………なによっ」


 さっきと同じくわたしは振り返らずクッソガキに返答をする。

「ぼく………………、やっぱり……………ですよ………」

「…は? 聞こえないわよっ」



──わたしはこの瞬間にて、山の数だけ後悔させられた。
──振り返ればよかった、と。
──鬼太郎を適当にあしらわなきゃよかった、と。鬼太郎に荷物全部持たせなきゃよかった、と。鬼太郎にチェリオなんか渡さなきゃよかった、と。鬼太郎なんかさっさと見捨てて逃げればよかった、と。


「さっきの………やっぱり許せませんよ…………………………」

「…許さない? なんのはな……」



──ソファでじっとせず開始早々家から出てればよかった、と。



「さっきぃはよくも、この僕を殴りやがっでえ゛え゛ぇええええっ────!!!! やっぱりおねえちゃんには制裁が必要だああああっ──!!! 殺してやるっ、オンナああああああああぁあぁぁあ!!!!!!!」


「────────っ!!!!」


 「鬼」のような地響きたる背後の声に振り返させられた、その時。
わたしは頭に強い衝撃と痛みを感じた。
頭を地面に強打したような鈍い痛み。脳が揺れ動き、片頭痛の苦しさが発生し、勢いのまま私は仰向けで倒れた。
痛みと同時に耳に入ったのは、瓶が割れる音。そして、頭部からの出血と共にわたしの顔を濡らしていく人工甘味料の液体。
散らばるは瓶の破片たち。

「チェ─────チェ……リオッ……?!」

 玄関で倒れさせられる。
状況が全く…理解できない。
意識が徐々に薄くなり、視界がボヤけていく中、わたしははっきりと奴の顔を目に捉えた。


「…お前にふさわしいのは地獄だっ!! ぼ、ぼくが地獄に直々に送って制裁してやりますよっ!! よくも殴ってくれたなこのおっ!!!!」


 壊れた瓶を投げ捨て、裸足で床を駆け蹴る、恨みと怒りで染まったあのガキの顔。
辺りの暗さにはもう目が慣れたはずなのに、ガキは影のように全身を真っ黒に染まって見えた。──まるで、その心の邪悪さを体現するかのような漆黒さ。
それでも、奴が怒りに満ち溢れた顔と判った理由は、そのギラギラとしたぎょろ目が陽炎のように光り輝き、憎悪を示していたからだ。
 奴は、わたしに一気に駆け寄ると、首を両手にかけ締め出す。
奴の小柄な体重が全て首にかかる。わたしの頸動脈は圧迫されて脳への血流を低下させられていく。


「…が、ぎぃ……ぐぐっ……ぁ……!!」


 息が、できない。
少しも肺に空気が行き届かない。
あまりの苦しさ故、身体は打ち上げられた魚のようにビクンビクンと唸り、手足は酸素を求めて乱れ狂う。


「ぅ……ぁ……ぁ…っが………………」


そんなわたしの抵抗はまるで意味をなさず、首だけがただ異様な力で締め上げられていく。


「お前のせいだからなあっ!!! ぼくを殴ってただで済むと思うなあっ!!! ぼくが怒ったらどうなるか思い知らせてやってんだからなああああっ!!!!!」


 奴は凄まじい形相で、わたしの顔に唾を飛ばしながら怒号を発する。
…訳が分からなかった。ここまで支離滅裂で行き当たりばったりな人間がいるなんて信じられない。
さっきまで、和解を済ませて、あんなにいい感じでいたのに。
なのに、そんな思い出したかのような感じで殺人を実行するなんて、奴は本当におかしい。相当にイカれていると思う。


「っぁ………………………………………………゛ぁ……………」

 唾液が口から溢れ出る。涙も止められずただ流れ出ていく。
それだけではない、体中のあらゆる穴という穴から体液が溢れ出てくる。苦しいっ、苦しい苦しい。
意識は朦朧としてきて、白目をひん剥き返さずいられない。
これが、死………………。


「まあ安心してくださいよロリおねえちゃんっ!! 地獄には、僕の知り合いの“金づる”がいますから。腹が減ったらそいつにコッペパンを買ってもらえばいいですよおおっ!! …いーひっひっひっひっひひ!! あーはっはっはっはっはははははっはっはっはあーーーーーーーーーーーーーー!!」


 視界が真っ白になる中、最期に響いたのは気狂い染みた笑い声だった。
わたしの首がぐったり傾いても、なおも恐ろしい高笑いが止まらずにいてる。

鬼太郎
この……餓鬼は、………文字…通りの…、


────『鬼』だ。









「…選手宣誓ーーーーーっ!!」


「我々選手一同はーーーー!! …いいえ、このぼく鬼太郎はーーーーーーーーーーーー」


「スポーツマンシップに則り、正々堂々と殺しまくることを誓いますーーーーー!!!」


「代表者、鬼太郎ーーーーーーっ!!! いっひひ………父さんにいい手土産ができた………。」



 幽霊族の末裔。
少年・鬼太郎は、傍らの青白い少女から銃を抜き取ると履き散らかした自分の下駄に足を入れる。
ガラガラガラ…と玄関を後にし、鬼太郎はその場から立ち去った。
気味の悪い独り言を、絶えずしゃべり続けながら。


「待っててください父さん………っ! 僕が愚かで間抜けな人間どもと戦い抜き優勝しますから…基本騙し討ちで………ひっひひ………!」


カラン、コロン……と下駄の音が獲物を探して鳴り響く。



【C6/1日目/黎明】
鬼太郎@墓場鬼太郎】
[状態]:健康
[装備]:ハリセン、デザート・イーグル@中二恋
[道具]:食料一式(ドクペ、レーションx2)
[思考]基本:優勝
1:父さんは何処かな……ヒヒッ…
2:ムカつく奴は始末、いい奴はとことん利用


【有馬かな@推しの子 死亡】













 暗い真夜中の部屋に、リビングのテーブル上にあるラジオが静かに置かれていた。
ふと何となく、電源をかけてみる。
自分でも何故この殺し合いというリスキーな状況でそんなことをしたのか分からない。
もしかしたら、『あの時』の『彼女の』あの歌が流れていることを期待したのかもしれなかった。心の底から求めているあの歌が。
だがラジオからはいくらチューナーを合わせども砂嵐しか流れぬため、電源を落とした。いやほんとに電波悪っ。

 この静寂の部屋、今は時計の音だけが聞こえる。
時計は壁に掛かり、その針がゆっくりと進む音が、この静かな真夜中を音楽のように彩っていた。
毎秒ごとに聞こえる「トック、トック」という音が、時の経過を教えてくれる唯一の存在だった。
人などこの場には一人もいないことを表す、その静かさ。
…いや、死人なら。今もなおここに存在しているのだが。


「彼女はたしか……有馬、かな、だね……」

 光量映さぬ瞳を天に向け、身動き一つせず眠っている彼女。
首に付いた、青々とした扼殺痕が彼女の真っ白くなった肌を強調させている。


私は、有馬かなを見殺しにした。

私に与えられた技術と、格闘柔術をもってすればあの殺人は確実に止めれた。
彼女を救うことなんて容易かった。

だけど、だけれども。私は彼女が死にゆく様をただ見届けるしかなかった。
引き起こしてはいけないのだから。
戦闘の介入によって生じてしまう『バタフライ・エフェクト』を。



────蝶の羽ばたき一つが巡り巡って大きな台風になることもある。

────もう一度言っておく。『過去』に着いたときはアクションを最小限に留めるんだ。そして、できる限り殺し合い参戦者との干渉は控えてもらいたい。

────…うむ、難しいだろうがな。我々は既に起きた出来事をリブートするという禁垢を犯さねばなるまいのだ。堪えて、君は目標達成だけを考えてくれ。



 思い出す博士の言葉。
だから仕方ない。私は悪くない。
有馬かながここで死ぬのは運命なのだから、止めてはいけなかったんだ。
…免罪符のように私は自分に言い聞かせた。彼女を間接的に殺したことは事実なのに。


「…………っ!! ごめん、なさい………。ごめんなさいごめんなさい、ごめんなさい……」

 私はせめてもの許しを請うかの如く、かなの眼をそっと閉じさせた。
これぐらいの干渉ならタイムパラドックス的に何も問題はないだろう。時間を司る神もまた許してくれるはず。
仕上げで、彼女の口から溢れる体液も拭うとしよう。死相だけでもせめて穏やかにさせてあげたい。
ポケットから布切れを取り出した、その折だった。

「…………………えっ?」

 わたしは気づいた。
先程、「この暗くよどんだ家からは時計の音しか聞こえない」と綴ったが、訂正させてもらう。
一つの呼吸音が。
絶え絶えしく今にも消えそうでありながらも、その確かな呼吸音が聞こえたのだ。

すぐそばの絞殺体、有馬かな。彼女の口から。


有馬かなはまだ、生きて……………………いる……………」



 仮死状態──というものがある。
呼吸や心拍の一方または両方が停止し、意識もなく、外見上死んだかのように見えるが、自然にまたは適切な処置により蘇生する余地のある状態だ。
窒息による扼殺は、脳への血液が遮断されて引き起こされるもの。
つまりは、完全に締め落とさなければまだ生命反応が吹き返す可能性はあるということだ。

 有馬かな、彼女は『史実通り』ならこの深夜2時58分26秒にて、この古ぼけた民家で死ぬはずだった。もちろん死因は絞殺。
そんな彼女が生きている、とは。
…もしかしたらタイムトラベルで生じた余波が、既に『バタフライ・エフェクト』を引き起こした、という由々しき事態なのかもしれない。



 彼女の口に唇を合わせた私は、息をゆっくりと2秒間かけて2回吹き込んだ。
辛うじて生えている砂漠の中の一輪の花に、水を流し込むように。
彼女の小さな胸が、送り込まれた空気で満たされ膨張を始める。
微弱だった呼吸音は、徐々に正常な物へと変貌していくのが分かった。


「これ以上の干渉は私からはもうできない。……有馬さん、あとは自分で道を切り開いて、ね」

 自分の口に付着した有馬かなの口液をハンカチで拭い取る。
バタフライ・エフェクトは、私の、自分自身のこの手ではっきりと始めてしまった。罪悪感を埋め合わせるための、蘇生活動として。
もう後戻りはできないし、先も消えかけてゆくのが分かる。

 だから、私は今すぐにでも任務を終えなくちゃいけない。
開けっ放しの玄関を通り抜けると、私は今この会場のあの場所にいるであろう、『あの人』に思いを飛ばした。



「わたしが絶対に打破してやるから。このBATTLE ROYALEという運命から今度こそ救い出すから。生きて帰ろうね、お姉ちゃん」



不気味な静けさを演出する住宅街にて。
私は再び『透明』に切り替えて、この会場に潜り込んだ。




【C6/1日目/黎明】
有馬かな@推しの子】
[状態]:仮死状態、首に青い扼痕、頭部に傷
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]基本:…
1:…


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有馬かな
鬼太郎

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最終更新:2023年12月17日 23:22