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ガラクタの魂を鳴らす者(中)

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ガラクタの魂を鳴らす者(中) ◆RLphhZZi3Y



工場一階。
エドが安藤を探しに、リンにイマリの保護を託して離れた、わずか四十分ほど後。
二人と侵入者との攻防は始まっていた。

イマリ曰く『非科学的な科学の結晶』が、無茶苦茶な理由を叫びながら追いかけてくる。

リンの気の感覚に触れていない未知の生物に、二人は踊らされる。
いや、生物ですらない。

当然だ。彼は参加者などではない。ゾッドの未確認支給品だった。
支給される品の当たり外れがひどいのはよくある話だが、これはひどかった。

かろうじて支給品だと判断できたのは、奴の背中に説明書が貼りつけてあったからだった。

「こんな無茶苦茶な支給品なんてありかヨ!」

ひとりごちるリンは、エドとの会話を思い返す。


☆


「何でこいつと待たなきゃいけなイ!何もかも嘘っぱちな女と一蓮托生は御免ダ!」
「リン言い過ぎだ!」

てこでも動かないつもりだった。

「やれやれ、嫌われてしまったようですね」
「例え『気』が普通の女でも、腹に一物あるのは信用ならナイ!だったらオレが行った方がマシだロ!?」
「そっちの方が怖いんだよ。安藤にメチャメチャ敵意持ってるだろ?」
「当たり前ダ!媚びつ乗りつ情報流してヘラヘラヘラヘラ!
あいつのいた世界がどうなんだか知らないが、危機管理が甘過ぎる!綻びはソコから出るんダ」
「だからだ!シンでもアメストリスでもない、平和な場所の人間だ!『咲夜』だってそうだったんだろ!?」

言葉に詰まった。グリードが最期まで守ろうとした、無力な少女。
惨たらしいまでに身体をにじられ、ぼろ雑巾のように死んでいったあの姿。
グリードに刃を向け、後悔と絶望の中に取り残された魂。
忘れるものか。
忘れられるものか。
忘れてたまるものか。

「三階なら一個下だ。すぐ戻ってくる。三十分たって戻って来ないなら、工場から逃げろ。
リンの力なら、侵入者をやり過ごせるだろ?無事なら神社で合流だ」
「……チッ」
感情に流されるのは良しとしない。譲ってやったが、不満は募る。エドと行動を別にさせた原因の安藤に、どうしようもなく腹が立った。
万が一はぐれた時のために、かつ奴への仕返しに、安藤が持っていた大量の食料を半分エドに渡しておいた。朝にエドに支給された分を食っていたから、これで借りは返した。


☆


工場を後にする時間が来てしまった。イマリを連れて、東側一階へ降りた途端、ソイツと鉢合わせして今に至る。
問答無用でソイツは攻撃してきた。

円柱に手足を差したブサイクな金属の固まりだった。腹にあたる部分に、大きく「8」とペイントしてある。
残念ながら、リンの力は金属にまで気配を察知できる万能な能力ではない。

「不燃ゴミとして捨てられる悲しみが貴様らにわかるのか――!!!!」
「知るカ!!」


説明文:介護用執事ロボ『エイト』
介護ガン・介護ジェット搭載
性格にやや難あり。


「とても介護用に見えないというのは無粋ですかねぇ」

丸みを帯びた金属で纏われていて、目にあたる部分が光る。
寸胴・鈍足・桃色の身体と間抜け面が緊張感を削いでいるが、腕に装着された銃に似た類であろう機器が妙にしっくりくる。
尻にあたる部分から、火を噴き出して飛んで来たりもする。
どの辺りに介護に必要な部品があるのだ。

おもちゃに命を与えたような馬鹿馬鹿しい外見とは裏腹に、相当厄介な侵入者だった。
リンにとって、『気』が完全にない敵と戦うのは初めてなのだ。
攻撃が単調かつ直線的なので次の手が読みやすいからいいが、なにせ正体も構造も不明な輩である。下手に攻撃しようなら、予測不能の反撃に出られそうだ。

ひよのの世界にロボット自体は存在するものの、自我を持たせるハイスペックな技術はない。
リンの世界には技術すら存在しない。
とにもかくにも、二人には未知の物体なのだ。

身体の造りを見る限り、中に人間が入れられる余裕はない。かといって走る音からは、空洞を示す微妙な反響は窺えない。
アル同様、魂を不恰好な鎧へ定着させたもののように思えたが、どうも違うらしい。
最悪にも、疲れ知らずの怪我知らずなのはアルと一緒のようだ。

――イマリと共闘する気はさらさらなイ。
囮になってもらおうカ。

「S●NYの技術はァァァア世界一ィィィィイ!!!!」

阿呆のような叫びを上げて、銃を向けてきた。
咄嗟に伏せたが、眼前の壁は蜂の巣になる。
囮にする余裕はなかった。
むしろ、逆に囮にされないようイマリのそばにいなければならなかった。

「何て皮肉ダ……!」

エドらの気配はまだ工場内にある。この破壊音は聞こえてるはずなのに、どうしてこっちに来ないんだ!?


#####


《マクガイバーは、工夫が得意なヒーローなんだ。
身近にあるものを武器に戦うから凄いんだ。》


★


「……っきしょ、左足じゃなきゃやられてたぞ」

金髪の少年が、左足に刺さったメスを抜く。
偶然左足に刺さったのではない。山中で残された足跡で、義足を装着した者の歩き方を観察した。
右足のものより深く踏み込み、かつ坂道の足跡は一般人に比べかかとまで刻まれていた。関節も義足である可能性が高い。
枝の折れ方が若干不自然であるのも留意する。太股の高さ辺りの損傷が、右側より左側の方が軽い。
そこまでを総合すると、膝上以上、付け根未満まで義足を装着しているのは確定と考えていい。
最後に、並んで歩く二人の様子を窺って大体の箇所を見当した。非常に高い技術の義足だ。隣で歩く安藤と大差が無い。
微妙な服の皺、布擦れの音、右足との動きの差から割り出した義足の弱点に、メスを投げたのだ。
ゴルゴは、演奏中のバイオリンの絃を撃ち抜く腕のスナイパーである。
照準の寸分狂い無い精度で突き立てた。
生身に攻撃しなかったのは、威嚇ついでに錬金術の情報を仕入れたかったからだった。
安藤に肩を貸していた点、ウィンリィから漏れた錬金術師の情報を重ね、有害ではなかろうと判断した。
安藤が間に割り込み、エドの反撃を止めて場が収まった。

「オッサンがウィンリィと工場で会った東郷か」
「その少女は放送で呼ばれたはずだ。何を詮索する」

表面では威勢のいい少年だが、内心畏縮しているのが見えている。

「あいつはオレの幼馴染みなんだよ!絶対に死なせたくなかった……なのに!」

エドワード・エルリックと名乗る少年は、手を出さず義手を握る。
背丈も低く、安藤より年下であろう躯につく義手義足は余りにも厳つい。
ゴルゴは足跡の大きさと歩幅から小柄で若い人間だと踏んでいたが、成人もしていないのは推測の範囲外だった。
鍛えてあるらしいがまだ幼い少年に、重厚な造りの鋼の手足が年相応以上に釣り合うのは、やはり場数を経験しているからか。
そもそもこの歳にして手足を失っている自体が精神を剛くした出来事だろう。

「オッサン、殺し合いに乗ってるか?安藤の護衛をしてる以上、無駄な殺生はしないはずだがよ、どうもそっち系らしい匂いがするぜ」

ゴルゴが見る限り、洞察力が皆無な奴ではない。熱くなりやすく、かといって冷静さを失わない。揚げ足を取って動揺させる戦略を用いる類型を窺わせる。

「錬金術師を探しているんだろ?オレが錬金術師だ。
幼馴染みと弟、短い間の仲間の弔い合戦を神にぶちかます。殺し合いをぶっ潰したい。
協力してくれ。
つーか、契約してくれ」

鳴海に続き、取り引きを持ち掛ける幼子が多い。
鳴海が静ならエルリックは動か。

「錬金術を使える証拠はあるのか」
「おお、あるさ。
ただしこの島に来てから調子が悪い。大きなものは錬成できねぇし、体力の消耗も激しい」

エルリックは両手を祈るように合わせ、床へとつく。
光輝が迸り、薄暗い工場の一室が鋭い唸りを上げる。
ズ、とリノリウムが歪む。
強度を織り成す鉄筋が中央に吸い寄せられ、一度石灰と砂利に分解されたコンクリートが覆う。
閃光の洗礼を眼に受け、瞬きをした寸刻ののち、頭痛がする奇怪なオブジェが完成していた。

「確かに、錬金術師のようだ」
「等価交換は知ってるだろ?錬金術の知識を売り渡す代わり、協力をあおぐ。あとインターネットの知識があったらそれも助言願いたい。こっちはそんなもん知らないんだ」

ほとんど捲し立てるエルリックの焦りの理由は、なんてことのない。もう一人の錬金術師に、危険な雰囲気を発するゴルゴを取られないようにするためだった。
もう一人の錬金術師は、国の崩壊に手を貸す軍事テロリスト集団の人間らしい。
そちらと先にコンタクトを取られると、要注意人物同士の組合せになり、全てが後手後手に回される危険があった。
更に安藤の弟も人質に取られる疑いがあり、下手に刺激ができない。

ゴルゴはエルリックの情報を仕入れた上で、聞き入れた。エルリックが優位そうだが、彼をねじ伏せる切り札があっての承諾だった。

賢者の石。エルリックが焦がれる高エネルギー体を、表に出しはしない。

運命の秒針は、容赦なく時を刻み続ける。ある者は僅かな時間に感謝し、ある者は一瞬を悔いた。
エドは工場において最大の失態を犯した。
ゴルゴに気を取られ、約束の時間を忘れていたのだ。
家族、友人、仲間。永久に繋がりを絶つきっかけは、往々にしてそういうごく自然なものである。


『考えろ考えろマクガイバー。
考えろ考えろマクガイバー』

任務を完遂させるゴルゴと、出逢いの不審な運命を翻したいエドの板挟みになった安藤は、為す術なく傍観しぶつぶつと俯いていた。
劣等感の渦が肝の隅々まで染み付いてきているのは、二人の慧眼を持ってしてもそうそう察せはしなかった。

ただ、エドとゴルゴは交渉中でも安藤の行動は目の端にしっかり収めていた。
安藤が南側の窓へ、外を警戒しながら覗きに寄っていたのは放置していたが、すぐに真っ青になってへたり込んだのは逃さなかった。
先程の落下音が気になったらしい。
一時取引を中断し、エドとゴルゴは共に駆け寄った。
今度はエドが屈む番だった。金髪をかきむしる腕すら、血の気が引いていた。

「モンタージュの危険人物だ……」
「いつの間に妙なのとつるんでるんだよ、クソッ!」

外野は五人。
二百メートルほど先に三人、その後百メートル先に二人いた。

空中を蹴るように足技を繰り出す少女。
攻撃を交わし逃げながら応戦する青年。
青年に抱えられ、額から血を流す少女。
ゆっくり歩きつつ、三人を観戦する男。
ヒトらしきものを抱えその隣を歩く女。
十中八九、後ろ二人と前線の攻撃している女はつるんでいる。

逃げる二人が、襲う女が、悠々と眺める殺人者が、工場へ近づいてくる。
波乱は免れない。
ゴルゴには、彼を無敵神にする拳銃がない。
エドには、遠隔操作できる錬丹術がない。
安藤にはそもそも技能がない。
見殺して逃げるか、勝ち目のわからない加勢をするか。
二つに一つの答え。





「ここでアイツに手を打たねーと、囮になって死んだタカマチに合わす顔がねーだろーがよぉぉお!!!!」

抗う。
奮い立たせるようでもあり、エド自身を追い詰めるようでもあった。
相手はこちらの存在に気づいていない。今のところ先手を打てる状況ではある。
やればなんとかなる相手でないのは身を持って知っているのに、歯向かおうとする無茶は譲れなかった。


(あえて死ぬ方を選ぶなんてバカのすることだ!!)


いつぞやの怒号がよぎる。
でも、女の子抱えて逃げる奴を見殺ししたら、それこそ恥だらけの大バカだ。

「……エド、どれぐらいの大きさと精度なら負担なく錬成できるか?」

安藤の機略が呼びかける。

「材料にもよるが、大体1メートルぐらいだ」
「ここに来て、飲み食いしたか?」
「した。どうかしたか?」

食料品を見せてほしいという。出した中から、安藤は攻撃性のかけらもない『あるもの』を選んだ。

「……小学校の、理科の実験をしようと思う」

安藤は二人に案を話す。
真っ赤な瞳が、火の点いた光を発していた。


#####


ひよのは知っていた。
不可思議なからくりは説明しようもないが、不格好なロボットは初見ではなかった。
博物館の展示物に混じって佇む、粗大ごみからひっぱり出してきたような姿。
一昔前のブリキのおもちゃを大きくしたイメージそのままの形は一際目立った。
自我を持ち、攻撃力を備えていたのは想定外だが、ブサイクさは忘れることができないインパクトだった。
博物館から抜け出してきた?
何かの弾みでスイッチが入って、何かの目的で工場に来た?

意外にも、リンは二手に別れようとしない。囮にされないようにしているのか。
戦闘力がないこちらに押しつけるのは簡単だろうが、先刻の交渉術で警戒値が最大にされている。口先では何を言っても信用されないに決まっている。
結局、足を頼りに逃げる他なかった。

とにかく浴衣は走りにくい。裾を割って足を出せば多少は楽になるだろう。ごく近くにいい年頃の異性がいさえしなければ。
全裸で街中を爆走した身分でいうのもなんだが、うら若き乙女である。二度三度と同じ痴態は晒せないのだ。
落ちている鉄屑が裾にひっかかる。浴衣が少しずつぼろになっていく。
雪対策する前にまた仮の服を見つけなければなりませんね、と思った途端、銃弾が掠める。
ロボットの顔立ちが間抜けなせいか、どうも緊張が削がれている気がする。
ワープポイントまで行って、ロボットが来る前に塞いでしまえばこっちの勝利なのだが、非常口まではまだ随分遠かった。
それに、工場北側はあと少しで立ち入り禁止区域になる。迂闊に外へも飛び出せない。

――二足歩行可能な武器搭載ロボットなんて、清隆さんもびっくりですよ。

「逃げるなあぁぁぁ!!
パッチはどこだあぁぁぁあああ!!!!」

ロボットはなぜか泣きながら追ってきた。本当に、どういう仕組みか分解して調べてやりたい。

しかし、パッチ?
修正ファイル?

「エイトさん、ここが何の工場なのか知っているのですか!?」
「知らない!大体直す物は工場に揃ってるって相場が決まってるんだ!!」

身も蓋も、ついでに暴れる根拠さえもなかった返事。どうもおつむが弱いらしい。
この場合はCPUというべきか。

ガシュガシュと走る機体は、ここで初めてミスをした。それはもう、情けないまでにこけた。
2メートル近い巨体が、床に伸びたコードに引っ掛かり、ひよのとリンの間をスライディングして壁にぶち当たったのだ。
自力で立つには不便すぎる造りをしたロボットは、まるで逆さにされた亀のようだった。
介護ジェットとやらを噴射し方向を変えるも、また別の壁へ衝突する結果に終わった。
弾みでそこらに落ちていた鉄線に自らがんじがらめになる。
挙げ句の果てに、

「はっ、話せばわかる!だから殴らないでください~~」

命が無いロボットに、命乞いをされてしまった。


☆


「人生色々あるのは身を持って知りましたが、ロボットの人生相談に乗る日が来るなんて思ってませんでしたよ」

ひよののため息で、ロボットは錆そうになる。
リンが中身を確認したが、中身が空洞ではないと知るやいなや投げ出した。
自称:介護用執事ロボは、随分と感情的な性格をプログラムされているようだ。
素晴らしい自立AIも、この短気さで台無しになっている。
泣きながら愚痴るエイトの言葉の端々には、情報がちりばめられていた。
リンを不快にさせた駆け引きを再びせずに済んだのは幸いである。

エイトは復讐を誓う相手がいると漏らした。
復讐の相手とは、大富豪の三千院ナギとその執事綾崎ハヤテ。身体の特徴から綾崎ハヤテと割り出せる人物とは面会済みだった。
他でもない、博物館で。
もしこのエイトが博物館の展示物ならば、彼の死を知らずにたどり着くのは考えにくい。
また、不燃ゴミ処理場に捨てられてからのデータがなく、気づいたら工場付近にぶちまけられていたそうだ。
エイトは本人曰く唯一無二のロボットで、前身となった似ても似つかぬロボの他にはいない一個体とのこと。
思い出すのは、給湯室にいる間、こっそり確認した掲示板の書き込みだ。


『9 名前:バトロワ好きな名無しさん 投稿日:1日目・昼 ID:XO7all1TH
 荒唐無稽な話だが、君たちの探している知り合いは、君たちの知る彼らではない可能性がある。
 それぞれが違う時間から呼び寄せられている可能性を、考慮に入れておいてくれ。』

(違う時間軸からの召喚ですか。確かに荒唐無稽ですね)

これを踏まえると、安藤の話す『鳴海のカノジョ』像と、『鳴海』の認識の微妙な食い違いも納得がいく。
一個体が二つ存在するのは、ロボットである以上博物館のロボットがレプリカであるのも捨てきれないが、

(もし同一体であるなら厄介ですねぇ。
この島・各々の住む世界に加えて、未知の引き出しがあるやもしれません)


★


リンの期待は、場違いにも膨れ上がった。
アルのような命をつなぎ留める印は見当たらず、機械仕掛けのホムンクルスでもなさそうなエイトの体。
まさしく不老不死そのものだった。
エドが確かに工場内にいる気配を感じていたにも関わらず暴走機器に付き合っていたのは、紛れもない不死への興味だった。


#####


《三つのボールを、狭いエリアに立つ人間の的に当てる。全部避けきれたら的の勝ち。一つでも当たれば投げた側の勝ち。》



地を蹴る。
爪先の針の切っ先が砂を巻き上げ、鈍い風に散った。
天翔る馬のように、中空へ脚を躍らせる。踵は蹄の如く雲を叩き撥ね返し、翼の代わりに託されたフリルを存分に広げた。
両足を揃えて着地する。あくまで華麗に、優雅に。
アルカロイドが塗りたくられていた針を、目の前の無防備なヒラメ筋にプレゼントする。
残念ながら毒は流されていたが、林檎のように赤い血は、殺意を性欲に変換して依存する身体に熱を注いだ。
大股で飛び上がり、細い腰をひねる。浮かぶ白い太ももは太陽の残滓と重なり、骨すら透き通るほど艶やかに見えた。
コンマ数秒のはずの回転が、ひどくゆっくりと輝いた。重点に磨いた足技が、雲間の光を湛えて宙を切る。
くるぶしが、男の側頭へと見舞われた。
しかし惜しくも薙ぎ払われる。
悲鳴を洩らす女を肩に担ぎ直し、男は武器を手にする。
みなぎるのは破壊衝動。
幻ともとれる、甘美な絶対有利な立場に酔いしれた。
天然パーマに死の接吻を交わし、眼球を潰すには、まだリーチが足りない。
戦うには忌々しいまでに長い距離と、戦うには狂おしいまでに短い時間が愛しい。

少女を下ろさず、業物を抜く男。太く固そうな足に、赤い涙が垂れている。
胸にはじけるのは興起と魅力の泡。
いつか見た、優しいお兄様と重なる。
集められた男はフェミニストばっかりだろうか。必死に弱者を守る男性は美しい。だからなぶり、ねぶり、はみたくなる。
じわじわ追い詰めたい。

相手も人ひとり抱えている割には軽いフットワークだ。横一振り、刃を滑らせられる。
刃が起こす風は士気を携え、鋭い衝撃波になる。
皮膚が削がれて血の温かさを感じたが、またそれも幻だった。傷はついていない。
社交ダンスに似たステップを踏み、突きをかましてきた。脇腹に大穴が空いていてもいい攻め込みだったが、

すりっぷ

ぬるりと滑った。
ただ、服は裂けた。
素敵なスリットがはいる。
尻が地面につくギリギリまで屈み、収縮した筋肉を解き放つ。高く高く跳躍し、膝を曲げ男の前頭部に一発かます。
少女を棄てれば避けられたのに。本当に優しいお兄様。
脳内モルヒネは大量分泌している。火傷の痛みも感じない。火照るのは身体の表面よりも、頬と胸と下半身。
だって、乙女ですもの。
風が一時止む。羽の化身であるスカートが膝下まですとんと隠す。
ちょいと生地をつまんで空気の階段を駆け上がる。
刃がどこかにかけられた気がしたが、無視する。
幾分狙いとはズレて、面の皮をごく薄く剥がした程度に終わる。
無関心そうな顔をしていても、背筋がぞくぞくする危険な香りが漂うこの男を手込めにしたい。
縦に爪先を下ろす。
ふんどし男の、大事な場所を守る砦に切り込みを入れた。
少し距離が足りず、腰に回す布の部分がほつれただけだった。だが、いずれ切れるだろう。ずるをしたミサンガのように。

眼鏡の少女がもがきだす。
少女は肩の妙な飾りを途中まで発動させたが、男に拒否される。待ち一辺倒に転ぶとまずいなんて叫ばれ、しゅんとなっていた。
その通り。待つのは性に合わない。立ち向かう無謀な顔、逃げ場のない恐怖に怯える顔が好物だから。

刃の乱れ斬りをかいくぐる。服がどれだけぼろ切れになっても構わない。
お荷物のせいで実力を発揮できない男だけをいたぶるのは癪でもある。男の頭に手を置き、それを軸に上空へ半回転する。
男の背中側に、担がれた少女の頭がある。着地寸前、少女の頬をそっと撫でてやった。眼鏡の下の端正な顔立ちがくしゃりと歪む。
今まで少女の重みに耐え踏ん張っていた、たくましい二本足が浮く。男は武器を持つ片手だけで倒立前転し、勢いで背後の襲撃者を蹴り上げていた。

すりっぷ

打撃は無効。だがその勢いを生かし、少女を地面に落とさずに一回転した。
土産に一太刀浴びせられる。またぱらりと服が切れた。
惜しいところだった。もう少しで少女の額の傷へ爪を立て、顔面をひっぺがしてやれたのに。剥き出しの筋肉から飛び出た眼球が拝めたのに。

包帯が邪魔だ。
留め具をぴんと外す。
全身に巻きついた、膿だらけの包帯をいっぺんにほどいた。
新体操のリボンを思わせる、ふんわりとした一筋。
薄汚れた白い帯が、めくれるゴスロリ服の下の裸体を晒していく。魔法少女の変身を逆再生させたかに見えた。
腕も顔も胴体も、大切な商売道具の脚も、冷たくなってきた空気に触れた。

白夜叉と少女は息を飲む。
今まで攻撃してきた女が隠していた姿を見た。
焦げ、焼け、削げ、剥け、禿げ、切れ、脹れ、擦れ、蒸れ、腫れ、垂れ、濡れ、
動くのもままならないはずの重度の火傷を負っていた。
包帯に染みた膿が固まり、取る際に少量の肉も一緒に剥がれる。
麻痺させていたのは血肉への興奮と戦闘欲だ。醒めないクスリを打ったように、すっきりしている。なのに夢の中にいるように、ふわふわしている。
両立しえない二つが、確かにそれぞれ成り立っていた。

「……冗談はほどほどにしろよ、オネーサンよぉ」
「冗談?私に本気も嘘気もなくってよ。
そのお姉様を置いていけば、逃げる時間を与えますわ」
「それこそ冗談にしか聞こえねぇな」
「……本当に、素敵なお兄様。その娘には勿体ないくらい」

包帯が砂利にまみれる。
傷を清潔に保つ防護壁はなくなった。
後ろ歩きで距離をとろうとする男を追う。眉間へ深々と針を突き立てるまで、どこまでもつきまとおう。



――スコン



軽い音が降ってきた。
見ればさっきまではなかったはずの、空のペットボトルが転がっていた。
共通支給品の一つ、飲食物のものだ。
プラスチックらしき軽い円錐が容器の底に接着され、側面には三角の翼が貼ってあった。
なぜか、火のついた煙草も数本くくりつけてある。
もう一本、今度ははっきり飛んでくる影を確認できた。
発射点は百メートルほど先の工場の屋上からだ。
援護射撃のつもりか。


こんな頼りない、ペットボトルロケットが。


難もなくよける。
情けないゴミはまた転がる。

曇天でなければ、最後の一発が地に映る影でわかったはずだった。
ほぼ真上から、三つ束ねられたペットボトルが体当たりをしに落ちてきた。
視界にあまり入って来なかったのは、このペットボトルだけ大きく高く放物線を描いた軌道だったからだ。
二発目、いや一発目が発射されるよりも前に空中にいたに違いない。
最初の二発は囮だ。

小賢しい。
針付きのシューズではたき落とした。
冷たい水が服と頭にかかる。

いや、水ではない。
匂い、量、両方とも推進用に使う水とは考えられない。
気化熱に体温を奪われた瞬間、煙草の火が唸った。



ガソリンが、爆発した。



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