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ガラクタの魂を鳴らす者(上)

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ガラクタの魂を鳴らす者(上) ◆RLphhZZi3Y




テトラポットが積み上げられたその隙間に、海水がぞぶぞぶ染みては引いていく。
潮風の悲鳴は、殺戮ステージと舞台になった島の泣き声に聞こえた。
この水平線と港の間の壁があるとのグリフィスの証言に、改めて銀時は目を細めて沖を見やる。船でもあれば確認できるが、脱出道具が放置されてるはずがない。
透明な玉子の半球が張っているらしいが、実際どうだろう。虹のように、全体が見えないだけでホントは丸いとかも考えられる。地下にももう半分あるのであれば、島は完全に隔離されている。

『けっ、骨壷の中にいるみてぇだ』

コンクリートの海岸線に沿い、スクーターは風を貫いて進む。銀時と沙英は二人乗りできない座席を無理矢理シェアし、狭いスペースに腰かけていた。
港街の車庫から鍵がついていたうっかりさんスクーターを盗、もとい調達して、ゆのがいると情報が入った旅館を目指していた。
ただでさえそれほど速度が出ない構造のスクーターに二人乗りしているのだから、エンジンMAXでも結構なちんたらぶりだ。

ひとつしかないお椀型のヘルメットを沙英に渡し、銀時はそこらへんに落ちていた鍋をかぶる。たなびくふんどしのこともあり、滑稽極まる格好での疾走となる。
ひのきの棒と鍋の蓋を装備と言ってのける某ゲームに一言文句垂れたい。

――ス●エニ敵に回してどーすんですか!?ガ●ガンの角に頭ぶつけて死にますよ!――

ツッコみはない。
明らかにガキの声で伝えられた仲間の名前。名簿の上ででろりと変色した奴らではなく、新八ボイスが浮かんだ。
『まぁ、あの阿呆がでてくるよりは妥当だろうな、なんせここには』
笑いが、足りない。

よくつるんでいた奴は絶え、銀時ひとりだけになってしまった。
百歩譲って妙はわからなくもないが、残りの二人、特にゴキブリ並にしぶとい沖田が呼ばれるなど、予想外にも程があった。
それこそ一人見れば三十人はわいてくる感覚である。
デパートで会った時にそのままヤキ入れておけばよかったか。
あいつらの葬式を他の奴らがサンバカーニバルと間違えるぐらい派手で粋なのにしてから、墓石蹴っ飛ばしてやる。だから万事屋に帰せオラ。

「銀さん」

銀時の腰に腕を回す沙英が、やっと口を開いた。

宮子の名を出した放送から、もうすぐ1時間が経つ。第一放送後の混乱もせず、無表情のまま涙と鼻水を流してきた沙英を引っ張り、ここまで銀時の自己判断で来たのだ。
沙英の心身暴走が一周回って冷静になっていたのはすぐにわかった。冷静に、といっても見た目だけだ。
振り切ってがむしゃらに走ってないだけで、折れそうな身体を膨れ上がった恐怖と空虚が完全に支配していた。
生気がひどく失われているのをフォローするべく、銀時は大移動を実行したのだ。
景色が変わるだけでも気分は違ってくるし、仲間の再開は一番の薬だからだ。
でももしかしてヤバかった?

背中にヘルメットが当たっていた感覚が消えた。
運転中だが、銀時には沙英が首を振っているのはわかった。
妙に湿っぽいのは、涙がこすりつけられたからか。

「私、仲間一人呼ばれたんですよ」
「知ってる」
「銀さんは三人呼ばれたんですよね」
「知ってる」
「なら、どうして」
「泣かないってか」
「……」
「オレがいい人な訳ないだろ」
「強いですね、ふんどしなのに」
「ふんどし関係ないだろ」
「寒くないですか」
「寒ぃよ。鳥肌とスネ毛ゾゾ立ち」
「バイク用のスーツとかあればよかったですね」
「そりゃあないよかマシだろうが」
「私、今フルフェイスのヘルメットが欲しいんです」
「それじゃ駄目か?」
「フルフェイス型だったら、こんな涙隠せられたのにっ……」

淡々とした会話が途切れた。
向かい風が、二人を磨っていく。空っぽになった胸がひりひりしてるのはそのせいだ。
それに、悔しさを隠す仮面を欲しがる気持ちは、銀時にだってある。
沙英に見られないのをいいことに、銀時は先刻まで一緒にいた沖田のために、鼻水を一筋垂らしてやった。





銀時が旅館のある辺りを通り過ぎてしまいそうになったので、必死に止めた。
旅館へ行く、と明言していた割には抜けている。道の間違いを認めない銀時を説得する前に、のろのろスクーターから飛び降りた。
銀時が慌てて追うのを横目に、沙英は走る。
スクーターが通ってきた道の景色から覗く、きれいな旅館を目指して。

――旅館だ。きっとゆのはいる。だってあの旅館は、ひだまり荘みたいに、明るい場所にあるんだから――

沙英の歩幅は、旅館の崩壊を認めるに従って小さくなっていった。
念願の目的地へ着いた頃には、枷を引き摺るような足取りに変わっていた。

沙英は逆に、ゆのがここにいないことを願った。
ゆのがいたと言われたはずの旅館は半壊していた。
風呂場は外から丸見え、脱衣場は形残らず大破、業務用の洗濯機ですら吹っ飛んでへこんでいる。
ボロボロでズタズタでグシャグシャでベシャベシャな旅館を、一瞬でもひだまり荘に重ねてしまったのを悔いた。
楽しかった時間が粉々になっていくのを表した姿だった。実感してしまった。
帰りたい。ヒロも宮子もゆのも、誰も欠けていないひだまり荘へ。それだけなのに。
運命は現実を直視しろと突きつけてくる。
網膜に刻めと押しつけてくる。
翻弄されろと引き寄せてくる。
ゆのを置き去りにしたグリフィスを恨みたくなった。
危険人物がいる場所にひとりぼっちにされたら、どれほど混乱するか。
そのまま、旅館を破壊するまでの戦闘に巻き込まれていたら、どれほど泣きわめくか。
グリフィスは承知の上でゆのをひとりぼっちにした。
責任は重い。
だが同時に、それが無駄なことも知った。

彼は貴族然としていて、自分に復讐を持ちかけた。そういう無常はびこる世で育っているのは平凡な沙英でも察せられた。
彼の考えは、多分理解はしえない。

けど、それが『仕方ない』の枠で収まらないのははっきりしている。
仕方なくなんてない。
仕方ないなんてことはない。
『仕方ない』なんて考えちゃいけない。
グリフィスに絶対問い詰めてやる。
グリフィスを絶対怒鳴りつけてやる。
グリフィスに、グリフィスに……!

「諦めたら、そこで試合終了だっての」

「……え?」

『仕方ない』の逆の言葉が聞こえた。
いつの間にか追いついた銀時が、横で顎を掻いていた。
「俺の言葉でゆーなら、……あー、いい例えがねぇや。人の話を例えに出した方が楽だわ。
ゆのってのは変態放送部に呼ばれてない。なら旅館ン中しっかり探しておいても悪くはねーだろ。
押し入れとかで救助待ってたりすっかもよ?」

銀時は、沙英がゆのの絶望的な安否を嘆いていると思っているらしい。
沙英の恨みの刃が、ぐっと丸くなった。グリフィス云々呟いているより、綺麗事であっても『諦めない』でいる方がずっといい。

『七匹の子ヤギ』のお母さんになった気分だった。
末っ子ヤギはもちろんゆの。
きっと、見つかる。
小さく、心に光が灯った。


#####


放送は緩やかに、涼やかに流れていく。犠牲者の数だけ、慟哭は上がる。
島を泥のような雲が包み、じわじわ温度を下げていく。温度が1、2度違うだけで、人間の思考は変わる。
雪など慣れてない者にとっては脅威の一言である。

『昔、八甲田山っちゅう映画があってな…』
『それ雪山で人が物凄い勢いで死んでいく映画ですよ』

既に旅立った二人の会話が不吉なまでに再現される時間は、そう遠くない。


静けさが満ちる中で、単身動く影があった。ゆっくり起き上がる。工場東側に散らばる、支給品らを眺めた。ここに彼の求める物はなさそうだ。足りないモノを補うには、目前にある工場へ行くのが一番らしい。
愛する人のための復讐は今始まったばかりではないか。
彼女の笑顔を取り戻すため、あの生意気な小娘と青二才をぶっ殺してやる。
さぁ。
さぁ。
サァ。

工場に入る。ガラクタばかりだ。彼は金属片に、己が捨てられた怨念を重ねた。有効に活用させてもらおう。
徘徊を始めた彼の存在は、まさしく爆弾と同じであった。



ほぼ同時刻、ポーカーフェイスのスナイパーが工場西側へ到着した。不自然に枝の折れた痕跡を進み、また僅かな足あとを辿り、世界最高峰を誇る男は護衛対象が歩いた場所を一切逸れずにやってきたのだ。
仕事は最後までやり通す無言実行は、もはや精神論だけでは説明できない。

放送の内容は一言一句頭に叩きいれた。工場の北側はじきに封鎖、呼ばれた人間は二十人。前回と合わせて全体の約半数だ。

その内の数人が、ここで凄惨な死をとげている。頸動脈をかっさばいた、一面の赤色がゴルゴを出迎えた。
手当たり次第かき切ったような肉塊が、むせかえる臭気を放ち始めている。窓の光に輝き、死のオブジェは彩られた。
千切れた白い皮膚がぼつぼつ浮かぶ海に感情移入するほど、彼の神経は細くない。
ぬかるむ血溜まりを観察し、量から推測する被害者の人数、死亡推定時刻を考察する。少なくとも三時間以上前の惨劇だと予想した。
安藤少年と、彼を捕獲した別の人間の血液ではない。
これだけ派手で一方的な攻撃方法は、自身の持つ知識では実行不可能だ。
水を操る少女同様、得体の知れぬ能力がひしめいている証拠だった。
一階からひとつづつ、扉を開けていく。



東側からの侵入者。
西側からの侵入者。
互いはまだ、顔を合わせてはいない。




人生の苦楽を共にした弟。
兄弟として刻んだ月日は踏みにじられた。それも覚悟の上で元の身体を欲していたのは事実ではある。
人体練成の禁忌を破ったのだから。

だが、あいつは違う。
巻き込まれるべき人間じゃない。
口うるさい幼なじみで、
右腕左脚のパートナーで、
こんな荒くれ兄弟の支えで、
……大切な、存在。

地獄ならとっくに見てるなんて、言えた義理か。沸騰した頭が冴えて、空気が抜けきった軽い倦怠感が漂う。
全身からほとばしっていた激情が、陽炎のように揺らいで消えてしまった。
次いで現れたのは、期待も希望も飲み込みかねない、饐えた汚泥だった。ふつりふつりと心の底に沈殿していく。
『神』はどれだけ布陣を強くすれば気が済むのだ。

「リン、鏡、あるか?」

給湯室に放送中集まったのはエド、リン、イマリの三人だった。
エドが話し始めるまで誰も言葉を交わさず、また誰もが山ほど言いたいことを抱えているような静けさであった。
タカマチも放送で呼ばれてしまった。イマリが『やっぱり』という面持ちでいる。薄々予想はしていたらしい。

「コレでいいカ?」

リンは据え付けの鏡を力業で外し、どっしとエドの前に立てた。
どこにでもある洗面所に使う鏡だった。俯いて腰かけていたエドだが、自分の下半身が映っているのはしっかりわかった。情けないぐらい小さく見える。
組んでいた指をほぐし、機械鎧を撫でた。歯を食いしばる。

瓦割りの如く鋼鉄の右腕で破壊した。
狭い世界に響く、反逆魂の音。

なんかするなら予告しロと、リンが散る破片から飛び退く。
エドを中心に砕けた鏡は、反射して天井に光の花を咲かせた。一枚の適当な花びらを拾って中を覗く。
自虐的な笑いが込み上げてきた。

「はっ、はは、
鏡ん中にスカーがいるぞ。初めて会った時の奴がいる。
あいつと同じ目してるよ、オレ」

恨むなんて感情があるのは人間だけ。退廃した倫理を煮えたぎった釜にぶっこんだ、酷い闇を孕んだ形相があった。

「人のふり見て我がふり直せ、か。自分見て自分治さなきゃいけねぇなこりゃ。
そうだ、どちらかがあきらめたら終わりなんだ。鉄槌かますまで止まってられるかよ」

戒めに、手鏡程度の破片をデイバッグに入れた。

今回の放送は、エドにひとつの確信を持たせた。
『セリム・ブラッドレイ』を隠し蓑にした七つの大罪の頭、プライドがいる。

工場のプラントドームにあった錬成陣は、肉親と幼なじみ、短いながらも行動を共にした仲間らを奪った舞台の存在意義だ。
かつてクセルクセスを消滅させたアレを、他の世界の奴らが関わる知識と融合させて、『何か』を成し遂げようとしている?
その過程にぶちこむ人間を選択した基準は?



――絶対神をつくるため、だろうか。



相反する二つの力を持つ者がいたとしよう。例とするならば『希望を吸収する力』と『絶望を吸収する力』。
希望と絶望、どちらを抱いても勝つ。

相性が正反対の世界の奴らを選出しているとしたら。
そいつらが殺された場所が、アメストリスの紛争のように、あらかじめ仕組まれていた予定調和なポイントエリアであるならば。
情報が欲しい。違う世界の情報を組み合わせれば、本来噛み合わない、すれ違うことすらなかったピースがつながるかもしれないのだ。
やはり島中央の神社がキーである。確認しておくべきだ。



《エドの推理は、真相はともかく随分と的を射ていた。

未来を映す力に対して、運命をねじ伏せる能力者がいた。
加虐支配する妖艶な妖怪に対して、妖怪を穿つことに特化した人間がいた。
同等の価値を交換して成り立つ能力に対して、質量保存の法則を無視して別物へ変換する能力者がいた。

もし、平和穏便にスタート時の人間全員と話ができたなら、相性の良し悪しが一発でわかる表が作れただろう。
きっとジャンケンのように強弱ぐるりと輪を描いていた。
もうかなわない、無意味なifだ》




リンが壁にもたれながら、小声で寄ってきた。
イマリはよろしくない顔ではあったが、介入せずに流し台に座っている。

『侵入者ガ来タ』
『マジかよ……何人だ?』
一息置いて、リンは細目をうっすら開く。

『西側一階に一人ダ。
 更にだナ。また一階の話だガ、空間がおかしい場所があル。はっきり感覚がある西側の奴は、そこで反応が出たり消えたりしてイル』
『なんだそりゃ?まだ全員一階にいるのか』
『……安藤らしき奴は三階にいル。さっきから動かなイ』
嫌悪をあらわに、リンは吐き捨てた。
「そうだ安藤!あいつ何やってんだよ」
「安藤さんに会ってないのですか」
イマリが口を挟む。

安藤との邂逅が導かれたものが、エドを絶望の底へ叩きつけるための『神』の采配ならば。えげつない『神』のことだ。
安藤も、『神』に不幸をつきつけられるのを前提とした出会いとして、エド達を見繕われた可能性がある。
例えばそれさえなければ弟と合流できたかもしれないとかだ。
お互いの傷穴に塩を塗る出会いが示すのは全ての崩壊、すなわち神が望むゲーム進行なのだろう。

――もしそうなら、たまったもんじゃねーぞ!そっちがその気なら、安藤とイマリとの出会いを最大限に生かしてやる!

ただ、安藤を迎えにいくにしても、難があった。リンが安藤にもイマリにも敵意むき出しなのだ。
イマリ一人残すのは危険だし、リンとイマリを二人で待たせるのもやめておきたい。かといってイマリと二人で出かけるのは、侵入者の正体がわからない以上、得策ではない。

リスクの一番少ない方法は……


#####


研究棟を出た。
雲が湧くだけ湧いている。
ゆのの姿はとっくにない。
どんなハタラキを見せてくれるか、流は楽しみでもあり、愉快でもあった。
ゆのに三人殺せと言った。流にしてみれば大した人数でもないが、一般人にとってはきつい数字だろう。

だから、一般人だからこそ堕ちるような殺人ノルマを仕向けた。
十人だ二十人だと脅すより現実的な数値にしておいた。決して無理な人数ではないところがミソである。
死体に麻痺して、『たった三人だ』と思い込んだら、流の思惑通りだ。

ちょっと考えればわかる。
残りは半数だ。三十人ちょい÷三人=生き残りの十分の一。
ちょっと置き換えるだけでどえらい数字に見える。
ゆのが三人仕留められたら、ネットにタレる。事実だから、気兼ねなぞいらない。
十分の一も~~とかいったら殺人鬼に聞こえる。孤立無援でオシマイだ。

大量に殺れと言ったところで実感がなくて、出来ないのがフツーの人間。
現実味のある人数を殺れと命令して、かつ連帯感を少しでも持たしてやれば出来てしまうのがフツーの人間の性。
フツーというよりフツーの日本人っていった方がいいのか。大体日本人ってのはそんなのばっかだ。
ゆのが別の世界の一般人だったら、もう少し別の言葉けしかけておいたが、そんな面倒な保険不要だった。それに関してはラッキーだ。

「どこに行くの……?」

スズメバチが指くわえて聞いてきた。相変わらず頬を赤らめてハァハァしている。

「ああ?ヒトサガシだよ。面白れぇ奴を見つけによ」

首輪探知機は、領域を拡大してもせいぜい直径五百メートルのカバー程度だろう。点滅する光は三つだけで、辺りの反応は無しだった。

「つまんねぇな、まだ三十人はいるはずなのによ。全っ然戦ってねーよ」
蝉との戦闘は面白かった。攻撃をすり抜ける動きと度胸。

――あれはよかったねぇ、欲しいぐらいだ。あって損する訳じゃないしな。

あれ以来、手応えがあって胸がすく人間には出会えてない。
論理小僧、馬鹿虫女、白馬に乗ってそうな金ピカ野郎、手だらけ世界滅亡女。

なんだこのガラクタ置き場みたいなレパートリーは。
うしおを陥れて、自分の戦闘欲を満たしてくれる奴は残ってるのか。

とりあえず歩くかね、と地図を広げて探知機と重ねたときだった。
探知機がいきなり反応しだした。ゆのの反応のようにじりじり画面外へ向かう動きではない。
本当にパッと、画面に出現したのだ。テレポート能力者がいるのかと思うほどに急だった。
反応が示す箇所へ首を回す。すぐに納得した。
直後、ズゥゥンと森を揺らす響きが届いた。

「……見えたか?」
「ええ。人間が二人、空から落ちてきたわ。何にもない場所から突然」

ロビンの目は完全にロックオン状態になっていた。ルフィやらサンジやらの敵を見定めた、泥々な眼だった。
ロビンには誰もがそう見えているようだが。

体格から、男と女の二人組だろうと判断する。
探知機の反応は消えない。あれだけ高い場所から落ちても無事なのだ。是非とも面を拝んでやりたくなった。

「行くのね。行きましょ。とってもいいものみたい」

フリルのスカートをたくしあげ、スズメバチがせかした。肩をくねらせて、期待に酔っている。

「空から降る仕組みかよ、面白れぇ」


#####


エドらと巡り合わせ「られた」安藤の不幸は既に始まっていた。
安藤は殺人日記の次に、殺人日記よりも物騒かもしれない代物を、工場の片隅で見つけた。それが運命を変えるとも知らずに。




したらば掲示板に、とある少女と男についての内容がいくつか連投されていた。

1:気のいい兄ちゃんに協力求めたら肺をブチ抜かれたんだけど(Res:8)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 4 名前:ラッキースターな名無しさん 投稿日:1日目・昼 ID:mIKami7Ai
 ×印の髪飾りを付けた少女には注意してください。
 既に何人かの人間を殺しているようです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 7 名前:ラストバタリオンな名無しさん 投稿日:1日目・日中 ID:NaiToYshR
 ここは危険なので手短に。
 僕も×印の髪飾りを付けた少女に襲われました。
 彼女は白いワンピースを着ているので注意して下さい。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

8 名前:絶版発売中な名無しさん 投稿日:1日目・日中 ID:tAkaO03rD
第一放送前、×印の髪飾りを付けた少女に襲われた。
水を操る力を持っているらしい。水辺にいる場合は気をつけてくれ。
ほとんど勝ち目はない。


6:【生きている人】尋ね人・待ち合わせ総合スレ【いますか】(Res:10)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 9 名前:バトロワ好きな名無しさん 投稿日:1日目・昼 ID:XO7all1TH
 荒唐無稽な話だが、君たちの探している知り合いは、君たちの知る彼らではない可能性がある。
 それぞれが違う時間から呼び寄せられている可能性を、考慮に入れておいてくれ。


 そしてゾルフ・J・キンブリーに妲己。
 友を虚仮にしてくれた君たちを、僕は絶対に許さない。
 いずれお礼に行くから、なるべくその時まで生きていてくれよ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
10 名前:容姿不明な名無しさん 投稿日:1日目・日中 ID:tAkaO03rD
キンブ じ



携帯が落ちた。
弾みで書き込みが完了してしまう。
キンブリーへのアピールのつもりだったが、これでは意味がわからない。
鳴海に、東郷に、エドに、リンに、伊万里に、名も知らぬ少女に、キンブリーに、会場の人間全てに対抗する、強大な力を得る段階に入ったのに。
安藤は殺人日記以前の深刻な問題と直面していた。


止まらない。
血が止まらない。

止まらない。
目眩が止まらない。

止まらない。
動悸が止まらない。

止まらない。
呼吸の乱れが止まらない。

止まらない。
震えが止まらない。

頭が随分ぼんやりする。
現実に引き戻すのは、すすけた息苦しさと破裂するような心臓の鼓動だった。

どうして?
いきなり心筋梗塞になった?
違う。違う。違う。

指が、身体が、眼球が、舌が、カタカタと意思に反して震える。
何だ。
何だ何だ何だ何だ何だ何だ
何だ何だ何だ何だ何だ何だ
何だ何だ何だ何だ何だ何だ


わかる。どうしようもないくらいわかる。風邪をひくのが直前でわかるように。

リンとエドに使った長い腹話術。
慣れない体力消費。
鳴海とエドへの羨望感、劣等感、重圧感。
潤也と一緒にいる、第一級危険人物キンブリーへの殺意。
ひよのへの敵対心。
それらがない交ぜになった上での、殺人日記への興奮。
これが決定打らしい。

――加えて能力制限の力が働いて、本来の時期より早まっているのだが――

腹話術の副作用だ。

大量の鼻血を生産コンベアにぶちまけた。
自由になった手の平で鼻を覆うと、すぐに真っ赤な泉ができた。コンベアに上半身を突っ伏す。まだ血は垂れる。

疑いようもない。身体が、脳が、五臓六腑が、副作用の悲鳴を上げ始めている。
朝の気絶はこれの予兆だったのか。猛スピードで身体が内側から壊れていく。
これ以上腹話術を使ったらどうなる?自分の能力の使いすぎで……

錬金術は等価交換が基本なんだろ?一からは一のものしか作れないんだろ?
どうして、どうしてこんなちっぽけな力にこんなでかい副作用があるだよ!?
ハイリスク・ローリターンなんて最悪だ。諸刃の剣どころか、とんだ時限爆発だ。
こんな理不尽、あってたまるか。
そうだ、賢者の石。万能なら、この不釣り合いな副作用を和らげてくれるぐらいしてもいいじゃないか。錬金術師のエドだって、これは同等のリスクじゃないとわかってくれる。
少しでいいから軽減させてくれ。

携帯だけはどうにか拾った。胴体とスラックスの間に挟む。
これは第二の心臓になるだろう。大切に扱わなければ。

「安藤!」

ああ、高嶺の能力者が来た。
チャンスが、たった一度のチャンスが潰れた。
死にかけの魚のするようにぱくぱくと口を動かす。
リンも伊万里も着いてきていない。

「おい、何があったんだよ安藤!?」
そりゃ見てもわからないだろう。襲撃されてもいないし、転んで顔面強打したようにも見えないから。
気づけば携帯以外の支給品含むデイバッグはコンベアに流され、口を開けた生産機器へ飲まれていた。
どういった品を作っているかは知らないが、異物混入で機械はいずれ故障する。

「体調、不良だ。ちょっとマズい、かも」
「給湯室行くぞ。そこで集合になってる。
……アンドウ、手かせどうした?」
「……外れた」
白々しい嘘だと、自分でも思う。エドも不信感たっぷりな視線を寄越す。
「外した、じゃないのか?
まあいい、肩貸せ、右腕回せ、歩けるか」
左手首を長い布で縛られた。義手の右腕に捕まれ、エドに肩を回す。手首の余り布の端を噛んだエドは、小さい体を安藤に貸した。
これで腹話術に手を打ったつもりか。

『手を拘束しなくても腹話術は使えるんだよな』

無防備な背中だった。
すぐに手をかけられそうな、格好のシチュエーションだ。
ただ、リンと伊万里はともかく、エドは首輪の解除と脱出に確保しておきたかった。
キンブリーの情報を得るためにもだ。
それに、同じ年子の弟を持つ兄として、一番共感を得られそうだったから。

覚束ない足で、身を委ねた。仮初の二人三脚だ。


錬金術の足の関節と太股に
ほとんど無音で



銀色の柱が立った。



遠くで何かが落ちる音がした。


#####

守られているとわかっていても、恐る恐るシェルターを開いた。
墜落した地面は、丸くえぐれてひびが入っていた。
銀時が沙英の九竜神火罩に助けられるのは二度目だ。

旅館の探索はとんとん拍子に進んだ。これといった敵もいなかったが、ゆのの姿どころか、猫の毛一本見つからなかったからだ。
誰かが先に来ていたやら、役に立ちそうな道具は持っていかれているようだった。
旅館の客間からキッチンまでくまなく探って、最後に残ったのがボイラー室だった。
妙ちきりんなボイラー室へ二人して踏み入れた結果が、片道切符の大★降★下!だった。

身も心も、弛みっぱなしの尻穴も縮みあがる、インド人もびっくりな絶叫トラップだ。
工場と研究所を近くに据えた、神社へと突っ込んだ。九竜神火罩がなければノーロープバンジーもいいところだった。

「九死に一生スペシャルで大トリ飾れるっての……胃が口からはみ出るかと思ったわ」
「あ、……うぅぁ……」

砂時計の最初の一粒が下へ落ちるほどわずかな時間が、生死の境目だった。地面へ真っ赤な花火を咲かせるまで一秒を切っての生還劇を演じたのだ。
沙英は必死に銀時を掴もうと足掻いていた。
九竜神火罩に引きずり込んだ途端に激突したショックと、相変わらずのコメディ口調で話してくれた銀時への安心感で放心している。
助かったとはいえ、正直余り思い出したくないシェルターだ。

――銀時的には主に……×××たところが――

腰が抜けていたが、沙英も防具を便所にされたダメージだけは相当残っているようだ。

デパートで戦りあった心拍数が一気に戻ってきた。戦車ヤバ女がどうにかなっても、トラップ張りまくりではどうにもならない。

着地点はどう見ても神社だ。
これが夢じゃないなら、旅館から島の中央の神社まですっ飛んできた(というか飛び落ちた)安っぽいSF映画並みの経験を積んだ訳だ。
よくもまぁ手の込んだイヤガラセトラップを考えるもんだ。

へたっている沙英を抱えて、とりあえず無傷っぽい建物に上がらせてもらった。もちろん土足で。無礼?神なんぞ知るか。

「なんか助けてもらってばっかなんだが。どうするよオレ男が廃っちゃ」
「ここ、どこ、ですか」
「話は最後まで聞くう!神社の境内だ」
「ちょっと、行きたい場所があるん、ですけど、いい、ですか?」




神社東側。
工場が少しばかり顔を出す箇所で、沙英の目的物を見つけた。

「絵馬、です」
「これが目的か?ただの板だろ。『神』を語る割にはお粗末なもの用意してんな」
「失礼な。ゲン担ぎです。銀さんも何か願い書きますか?」

木の板がびっしり神社の柵に結びつけられていた。
それぞれに願い事が書いてある。大量の他人の願いは興味あるが、沙英が不粋だとじっくり読ませてくれなかった。
サラサラと支給品の筆記用具で絵を描いて、一分もしない間に見事な銀さんが出来上がった。

「おお、上手ぇ!!」
「私が何の学校に通ってると思ってるんですか。
……銀さん、軍艦島って知ってます?」
「何いきなり?それ食えるの?かっこいいの?」
「食べれるものなら食べてみて下さいよ!私の世界にある無人島です」

恋愛専門だが、沙英はプロの小説家である。知識は多少なりとも一般人より多く持っている自覚はある。

「まー、なんて物騒な名前だこと」
「俗称ですよ?コンクリ島というか、廃墟島なんです。滅茶滅茶な造りをしてて、一時はすごい人口密度だったそうなんです。
そこにもですね、神社があるんです。島の中央、アパートを見下ろす高台に」
「シチュは似てるな」
「あっちは崩壊して、ほとんど残ってないんです。ある意味、移民のために作られた神社だから絵馬とかないのは当たり前なんですけど。
銀さんの言う通り、条件が似てるから不安なんです。デパートとか旅館とか見て、大切な場所に似たところが壊れるのはもう嫌だって。
少しでも違う場所を増やしておきたいなって」
「それで神頼みか?」
「神なんて、もうどうでもいいです。けじめです。ただの」


それぐらい許されたっていいでしょ?

『一度だけでいいから、銀さんをひだまり荘に呼びたい』
ささやかな願いを絵馬に託した。
眉をハの字にして、儚げに沙英は笑う。



キレイな顔に、緩やかな弧を描いた線がついた。
マジックで描かれた絵馬の銀時が、塗り潰された。



「あら、失敗しちゃった」
「っあ、ああああっ!!!!」

沙英の額に、ぞっくり刃の通った痕がついた。前髪は傷痕をなぞってパッツン切りとなり、風に飛ばされていった。
沙英へ投げられた何かの軌道を逸らした銀時ではあるものの、完全に防げはしなかった。転がる奇妙なボールが凶器らしい。
傷自体は命に関わらないが、頭は血管の束だ。出血が続けばまずい。

「素敵なお姉さまに、お召し物を無くされたお兄さま。
うふふふ、かぁごめかごめ。
私たちは籠の中の鳥。
いつ出られるのかしら?
後ろの正面だぁれ?」

痛々しい火傷を包帯の端からチラ見せる、ゴスロリドレス娘がいた。
美しかったであろう黒髪は、所々むしれておかしな髪型になっている。
フリフリのレースと薄ら笑いがよく似合う、「自我が狂った」子である。

「後ろの正面?てめぇしかいねぇだろ!?」
「そうなの……残念ながら私ひとりだけが正面なの」

噛み合うようでいて噛み合わない。
だがこの電波系妄想少女がノっているのは確かだ。スカートをたくしあげ、指をくわえた。
頬は紅色、潤んだ瞳、首は細く黒髪が流れてかかっている。
素晴らしいアウトラインの太ももに蜂のタトゥーが入っていて、包帯の白さとのコントラストがやたら映える。
つまりは、まぁ、エロい。
銀時のデイバッグの蔵書たちのようだ。

「嬢ちゃん、ふざけるのはこれぐらいにしてお家帰りな」
「うふふふ、蜂、蜂、お家がない。
風来坊のスズメバチよ」




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