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盤上の駒

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盤上の駒 ◆9L.gxDzakI



 孤独の中の神の祝福。
 音楽家フランツ・リストの手によって作曲された、全10曲からなる「詩的で宗教的な調べ」の第3番である。
 生前のリストは、いかな楽曲であろうとも、初見で弾きこなせるほどの力量で知られており、
 故に「ピアノの魔術師」と呼ばれ、未だ彼を超えるピアニストはいないとさえ言われているそうだ。
 そして彼の作曲したこの曲は、世界的に有名なイギリス人少年ピアニストにして、
 人類史上に残る大天才ヤイバの遺伝子を分けたブレード・チルドレンであるアイズ・ラザフォードが、
 幼少期に好んで弾いていた曲であるという事実を知る者は、少ない。
 そしてその1人である鳴海歩少年の兄は、在りし日のリストと同じ天才的なピアニストであり、
 悪魔の才知を持ったヤイバを討ち滅ぼした神――鳴海清隆であった。
 孤独の中の神の祝福。
 求めよ、さらば与えられん。
 人は苦境に立たされた時、神へと祈りを捧げ救いを求める。
 そして然るべき慈悲を与えられた時、人は神へと感謝を述べる。
 ならば自身が神として生まれた者は、一体何に救いを求めればいいのか。
 神が与える者でなく奪う者であったなら、一体何に祈りを捧げればいいのか。
 祈るだけではいられない。
 救われるだけではいられない。
 自分を救うのは自分自身。
 不確かな神にすがるのではなく、自ら暗闇を進む者だけが。
 誰にも決して奪えない、佳いものを手に入れることができるのだ――。


「土屋キリエが殺られたか……」
 誰にというわけでもなく、ぽつりと俺は呟いた。
 ブレード・チルドレンを観察・研究する、ウォッチャーなる派閥の構成員・土屋キリエ。
 そのブレード・チルドレンでもなければ、ましてや神や悪魔の血族なんてものでもない、
 言ってしまえばノーマルな人間に過ぎないあの女が、よもや俺よりも早く死んでしまうとは思いもしなかった。
 ある意味俺を取り巻く面子の中では最も主戦場から遠く、故に最も安全な位置にいるのがアイツだと思っていたんだが……
 ……ともあれ、土屋キリエがどういう経緯でこの殺し合いに関わっていたのか……俺にそれを知る術はまだない。
 今はそれを推測するよりも、彼女が言い残した通り、名簿を確認することを優先すべきだろう。

 ……それにしても……
 「死ぬな」「みんな、生き残れ」……か。
 あれもあれで、意外と動物には優しかったり、意外と可愛げがあったりしたんだが……正直、今回が一番意外だったかもしれない。
 もう少しドライな奴だと思ってたんだがな。
 何でも運命に委ねちまったようでいて、アイツも意外と、俺達寄りの人間だったのかもしれないな……

 ……と、違う違う。
 名簿を最優先で調べるって決めたばかりなのに、いきなり横路に逸れてどうするんだ。
 改めて背中のデイパックを下ろし、中から白紙だった名簿を取り出す。
 すると土屋キリエが言っていた通り、白一色だったはずの紙切れには、見事に参加者の名前がびっしりと浮かび上がっていた。
 そんなに驚く気になれないのは、電撃やワープといったもっととんでもないものを見せられたからか?
 あんな漫画みたいなものを見てしまった後では、正直これくらいで驚けという方が無茶だ。
 そういうわけで、平常心を保ったまま、ひとまず知り合いの名前を探していく。
 名前の記載は五十音順。一番最初に目についた名前は、ブレード・チルドレンの浅月香介
 竹内理緒がいるとは聞いてたが、まさか浅月までいたとはな……
 細かいことには頭が回るが、大局的には大雑把な奴だ。
 放送の時点ではまだ死んでないらしいが……頼むから死んでくれるなよ。
 未来日記所持者の天野雪輝や協力者安藤、それから錬金術師なる人間らしいエドワード・エルリックを通過し、
 次に目に留まった名前は我妻由乃……なるほど、ガサイユノってのはこう書くのか。何となく“らしい”字面という印象を受けた。
 そしてそのままカ行を読み進めていき――

 ………………………
 ………………………
 ………………………

「……おい……これは何の冗談だ……?」
 結論から言おう。
 我妻由乃や安藤といった、ここで初めて会ったばかりの人間と、
 それから最初に死んだミズシロ火澄を除けば、俺の知る名前は合計5つ。
 だが、その全てがまだ生きていることを喜ぶ余裕は、その時の俺には全くなかった。
 5人の内訳は、1人が普通の人間で、残りがブレード・チルドレン。
 1人の人間は結崎ひよの……今の今まで名前を忘れてて、たった今ようやく思い出せた、例のおさげ髪の女だ。
 残るブレード・チルドレンは、浅月香介、高町亮子、竹内理緒。
 そして――

「どうして……カノン・ヒルベルトが、ここにいる……!?」

 いるはずがなかったんだ。
 他のブレード・チルドレン3人のような偶然は、こいつには起こらないはずだったんだ。
 だって……だって、そうだろう?

 アイツはこのゲームが始まる数時間前に――火澄に殺されてたんだぞ!?

 動揺を口にすることはしなかった。だが俺の思考は確実にパニックに陥っていた。
 これは一体どういうことなんだ!?
 何も書かれてない名簿に文字が浮かび上がることは許そう。
 まるで超能力のように電流を操ったことも許そう。
 この際俺達全員を会場へ移動させたワープだって許そう。
 だがこれだけは確実におかしい!
 どうしてこの目で死亡を確認した人間が、平然とこの殺し合いに参加させられてるんだ!?
 死者が蘇るなんてこと――それこそありえるはずがない――!

 ………………
 ………………
 ……いや、待て。こういう時こそ落ち着くんだ。
 思考を止めるな――推理しろ。
 額に浮かんだ汗を拭い、つとめて冷静さを取り戻そうとした。
 答えを求める行為自体は悪手じゃない。問題はそこに焦りや混乱が介在することだ。
 頭を冷やして考えなければ、大事なことを見落としちまう。
 知識労働を行う上での、最大の敵は己の激情――こんな理不尽な状況でも、取り乱しちゃならないんだ。
 ふぅっ、と1つ息をつく。幾分か気が楽になった気がした。

 さて、起きてしまったことはこの際仕方ないと認め、それを頭ごなしに否定するでなく、
 それが現実に起こった事象であると肯定した上で推理する。
 同姓同名の別人であるという可能性は、残念ながら薄い。十中八九、こいつは俺の知るカノン・ヒルベルトと考えていいだろう。
 わざわざそうするメリットがないからだ。
 この殺し合いをショーとして考えるなら、死んだはずの人間との再会の方が、考えすぎの取り越し苦労の方が観客受けはいい。
 そこでこのカノン・ヒルベルトを、本当に生き返った本人と仮定――普通に推理する上ではとんでもない暴論だが。
 しかしこいつを認めるとなると、暴論は暴論なりに、とんでもなく証明が難しくなる。
 一度死んだ命が蘇るというのは、この世の理というやつに反することなんだ。
 これまで身に起こった超常現象や、デューク東郷を通じて聞いた錬金術も、基本的にはある程度常識で説明できることばかり。
 たとえば放電現象は、巨大な発電装置を利用すれば事足りる。
 突然文字の浮かんだ名簿は、時間差でインクが滲むような仕掛けを用意すればいい。
 ワープに関しても極端な話、そう感じられるよう、催眠術による暗示をかければ誤魔化せる。
 物の形を変える錬金術も、質量保存の法則を律儀に守っているのだそうだ。
 こういう科学で代用可能な現象なら、正直現状が現状なだけに、信じてやっていいと思っている。
 そういう世界もある、の一言で片付くからだ。
 未知のエネルギーを撃ち合ったり、誤魔化しの利かない状況ですら瞬間移動をやってのける世界よりはリアルに近い。
 もっともこの思考自体、ただ単に物理法則を逸脱した異世界の事例を知らないから、という前提があってのものなんだが。
 そして死者蘇生にという現象は、明らかにそちら側の世界に相当する。
 こればかりは、置き換えが不可能と言わざるをえない。
 それこそ死者との対面および対話だけなら、催眠によって知覚する虚像でもいいわけだが、生憎とここは殺し合いの場だ。
 幻は人に殺されないし、幻は人を殺せない。
 不死身のくせに完全に無力、なんて奴を、殺し合いに参加させる理由なんてどこにもない。
 なら、どうやって死んだ命を作り直す?
 どうやって無から有を引きずり出す……?

 ………………
 ………………

 ……待てよ……
 もしもその認識の時点で間違いだったとしたら?
 本当に俺が聞かされたのは、現実的な話ばかりか?
 何かが引っ掛かる。
 何かを忘れている気がする。
 思い出せ。何か見落としはなかったか。
 これまでに仕入れた情報のどこかに、1つでも仲間外れはなかったか……?
 ………、!
「人体の常識を無視した、バラバラの実……!」
 そうだ、それだ。
 完全なファンタジーが存在しないのではなく。
 完全なファンタジーは存在していたんだ。
 それもほぼこの殺し合いが始まった瞬間に、そいつは俺達の手に握られていたんだ。
 そもそもバラバラの実というのは、今は安藤が持っている、悪魔の実という物の1つなんだそうだ。
 食べた人間は泳げなくなる代わりに、身体の各部を自在に分割することのできる、文字通りのバラバラ人間になる。
 改めて真剣に考えてみると、この実は他のファクターに比べあまりに異質だ。
 もしも本当に身体がバラバラになったなら、患部からの大量出血で失血死するか、もしくはショック死してしまう。
 泳げなくなるというのも怪しい。
 人間の体積はちゃんと水に浮くようにできているのだから、個人の水泳技術にかかわらず、
 万人をカナヅチにするためには、その体積をいじらなければならない。
 その時点で人体は人体でなくなる。
 錬金術流に表現するなら、人間を別の動物に錬成し直すということだ。
 当然、ヒトゲノムから別の生き物は作れない。
 悪魔の実の質量がそのまま身体に還元されたとしても、圧倒的に質量が足りない。
 つまり悪魔の実のメカニズムは、科学では説明のつかないファンタジーということだ。
 それを許容するということは、その実のある世界だけでなく、他にも似たような世界があってもおかしくないってことだ。
 人が未知のエネルギーを撃ち合う世界があっても。
 人が瞬間移動をする世界があっても。
「人を生き返らせる術がどこかの世界にあっても……」
 不自然じゃない、ってことか。
 ……何てこった。
 頭を抱えたくなった。
 面倒事はよくあることと思ってたが、まさか今回は、ここまで荒唐無稽な事態になっていたなんてな。
 トンデモ展開には慣れっこなつもりだったが……頭を抱えるどころか、頭痛さえも覚えそうな心地だった。

 カノン・ヒルベルト復活への誤解については、俺の落ち度としか言いようがない。
 死人が生き返るなんて非常識を認めたくなかったから、常識で代替できる事象を荒探しし、
 あたかもそれが絶対の法則性であるようにこじつけて誤魔化し、非常識を封じ込めようとした。
 犯罪捜査や謎解きにおいて、絶対に犯してはならない悪手の1つだ。
 そもそもおかしいというのなら、今手元にある未来日記だっておかしいんだ。
 仮にその正体が、超高度な行動予測用プログラムだったとしても。
 機械の位置から見えもしない人間の現状を把握し、そこから行動を予測することなど、現代科学にはありえない。
 何度も言うが、もうこうなった以上、「そういう世界もあるんだから仕方ない」と言うほかないらしい。
 そうして健全な現代人から見れば、暴論に暴論を重ね更に暴論を上塗りしたような理屈の下に、
 俺はカノン・ヒルベルトの件に一区切りをつける。
 思考停止? ほっとけ。
 リアルの世界からファンタジーの世界へ飛ばされる心地というのは、世の中の少年漫画で描かれたそれよりも相当キツいらしいんだ。
 そうしてようやく落ち着いたところで、俺はさっきの放送についての考察を、本格的に開始する。
 掴めるものは自分達のような存在だろうと利用しろ――土屋キリエはそう言っていた。
 ならお言葉に甘えて、この一連の流れから利用できそうな情報を探させてもらうようにしよう。
 さっきの放送を大まかに纏めると、大体こんな形になる。

 ・ピアノの曲が流れる。曲は「孤独の中の神の祝福」。
 ・参加者名簿の解禁を宣言した(恐らくこのタイミングに、名簿に文字が浮かび上がったと思われる)。
 ・死者の名前が読み上げられた。
 ・禁止エリアが読み上げられた。
 ・しばらく間を空けた後、この殺し合いの核心を語ろうとする。そしてその瞬間に、何者かに殺害された。

 それにしても……「孤独の中の神の祝福」か。
 ラザフォードがよく弾いていた曲で、俺もカノン・ヒルベルトとの戦いの時に、学園の音楽室で弾いた。
 恐らくあの女もまた、ムルムル達によって無理やり協力を強いられた、孤立無援の状態だったんだろう。
 唯一この曲目との違いがあるとするなら、神が祝福をもたらす者じゃなく、孤独をもたらす敵だったということか。
 なら、アイツは一体何を思って、あの曲を流したんだろうな……

 ……また話が逸れた。本題に戻ろう。
 まずこれらの発言から、一体何が得られるかということだが……実は一番最初に目につくのは、放送での発言内容じゃない。
 “放送で発言を行った土屋キリエの存在そのもの”が、第一のヒントになりうるんだ。
 このゲームの主催者について、もう一度振り返ってみよう。
 ムルムルは未来日記のゲームの主催者であり、シンコウヒョウは雷を操る超人だ。
 そして一方の土屋キリエはどうだろう。
 器量もよければ頭もいい、27歳のおねえさん――それがアイツの自称した、自らの人となりだそうだ。
 少しばかり頭がよくて、少しばかり器量がいい。
 だが、それだけだ。
 彼女は俺達のような無力な一般人であって、超人的な特殊能力を持っているわけでもない。
 奴らから見れば何の取り柄もない……いや、いっそ自分達とは別の、下等種族として見なしてもいい存在に過ぎない。
 その程度でしかない土屋キリエを、わざわざ別世界の壁を超えてまで、自分の下で働かせようとするだろうか?
 答えはノーだ。
 本来なら土屋キリエなんかよりも、もっと無茶苦茶な世界から実力者を招いた方が自然なはずだ。
 それこそ奴ら主催者の中に、土屋キリエ――いや、ウォッチャーに対して特別な思い入れのある奴でもいない限り。
 そう。
 これが土屋キリエ自身から導き出せる、放送に隠された最初のヒント。

 兄貴がこの殺し合いに関わっている。
 彼女の存在が、その可能性をより濃厚にする。

 兄貴――鳴海清隆は天才だ。
 それもただの天才じゃない。
 誰よりも強く、誰よりも高い。兄貴が一度望んだならば、手に入らない物なんて何もない。
 鳴海清隆という男は、史上最強の大天才だ。
 人類の歴史をさかのぼっても、唯一ミズシロ・ヤイバが並び立てるぐらいだろう。
 それくらいの頭脳と器と豪運の持ち主なら、奴らの参謀役くらいには選ばれるかもしれないし、
 他に土屋キリエの顔見知りで、そのレベルに到達しているであろう人間を俺は知らない。
 だからこの仮説は、少なくとも仮説程度にはなりうる。
 土屋キリエは兄貴の手足として、兄貴によって俺達の世界から連れてこられた人間だった――と。

 他に放送の内容から、すぐに割り出せることと言ったら、向こうが反逆の可能性を見越していることの裏付けくらいか……
 いずれにせよ、今はまだかけた時間が足りないな。もう少し吟味するか、次の放送を待ってみるか。
 とりあえずは、名簿の方に注意を向けることにしよう。
 手に持っていた名簿を見直し、そしてそこで思い出して、禁止エリアの位置と時間をメモする。
 この殺し合いに参加させられた知り合いは、結崎ひよのと4人のブレード・チルドレンの計5人。
 これら5人の知り合いのうち、まずは浅月香介、竹内理緒、高町亮子の3人を味方として考える。
 中でも竹内理緒は特に、俺や清隆を信頼してくれている。信じられすぎて、少し重いが……多分、裏切ることはないだろう。
 次点は高町亮子。こいつには竹内理緒のような、強固な信仰心はない。
 それでもこいつには他のブレード・チルドレンにはない、強い正義感がある。
 殺すくらいなら殺されることを選ぶ、なんて大真面目に言うくらいだ……俺がゲームに乗らない限りは、協力してくれるだろうな。
 そして残るは浅月香介。
 こいつには信仰心も正義感もない。大事なのは神でも御大層な倫理でもなく、仲間達の安全そのものだ。
 だから、そうしなければ他のブレード・チルドレンが危ないと判断した時には、迷わず殺し合いに乗るだろう。
 とはいえアイツは俺が退院する時、一応応援はしてくれた。
 何も決定的なことが起こらない限りは、殺し合いに乗るよりも、こっち側につくことを優先してくれるだろう。
 それに……あまり賢い考え方じゃないが……浅月には高町亮子って首輪がついてる。
 アイツもあれで完全に尻に敷かれてるからな……高町亮子の望まないことは、なるだけ避けようとするだろうな。
 いや、“あれで”というより……見たまんま……か?
 ……どっちにしろ、気持ちは分からないでもないな。同情するよ。

 残る結崎ひよのとカノン・ヒルベルトについては、少々複雑なことになってくる。
 たとえば結崎ひよのの場合、兄貴が殺し合いに関与していなければ、今まで通り俺の味方として振る舞ってくれる。
 だが兄貴が関わっていた場合は話が別だ。
 俺が兄貴だったなら、鳴海歩を叩きのめす最後の切り札として、間違いなく結崎ひよのを使ってくる。
 アイツは俺を成長させ、最後の最後に裏切るために用意されたキャラクターと見て、大方間違いないだろう。
 いくら何でも考えすぎかもしれないが、それをやってのけるのが鳴海清隆だ。
 想定しうる最悪の事態――いや、普通は想定しえないほどの事態を想定しなきゃ、命がいくつあっても足りない。
 ……ともかくも、そういう事情があるわけだから、
 このゲームが兄貴の企みの一部だとするなら、結崎ひよのを完全に信用することはできないだろう。
 最後の最後、兄貴と俺が対峙した瞬間に敵に回るか……少なくとも、雲隠れくらいはするだろうな。
 それまでは戦力にはなるが、最後の戦いの頭数には入れないようにしておこう。
 ……もっとも、これも兄貴がアイツに自分の関与を伝えていた場合の話だ。
 兄貴はここにいるはいるが、結崎ひよのには何も知らせず、そのまま泳がせる、なんて可能性もありうる。
 というより、遊び好きの兄貴のことだ。この線が一番濃厚かもしれないな。
 いずれにせよ、アイツの動向は兄貴の出方次第、か……

 そしてカノン・ヒルベルト。
 恐らく一番厄介なのはアイツだ。
 もちろん、アイツの潔さは十分理解してる。アイツは俺に負けた以上、大人しく俺の行く末を見届ける道を選ぶだろう。
 だから普通に考えるなら、俺の意志に反すること――殺し合いに乗ることはしない。
 そしてそれ以前の主義として、アイツは無差別に人を殺すことをよしとしない。
 普通に済む場合の話、だが。
 それこそが、最大の問題だ。
 アイツは殺戮者としてのスイッチの入りかけた、非常に危険な状態にある。
 少しでも心を揺るがす何かが起これば、間違いなくアイツを虐殺の悪魔へと変える、時限爆弾のスイッチだ。
 そして俺達の常識を超えた超人達のはびこるこの戦場は、いくら最強のブレード・チルドレンといえども危ない。
 というより、そういう厄介な連中と、既に接触してしまった可能性もある。
 ここに兄貴がいるならば、まず間違いなくそういう位置を奴のスタート地点に選ぶだろう。
 自分を殺させるべく、俺の怒りを煽るための最適なカノン・ヒルベルトの使い方――それはアイツを狂わせて、かつての仲間達を殺させることだ。
 一度は避けた最悪の結末を突きつけられ、恐らくはその果てに俺の手でアイツを殺すことになるのだから、最悪も最悪に効くだろう。
 いずれにせよ、カノン・ヒルベルトとの合流を急がなければならない。
 アイツが最悪の事態に陥り、見境なく人を殺す悪魔に成り果てる前に、だ。

 ……ん?
 そういえば……カノン・ヒルベルトという名前に、何か引っ掛かるような……
 ………
 ………
「……しまった」
 額に右手を当てて漏らした。
 ふぅ、と1つため息をついた。
 そういえばカノン・ヒルベルトの名前は、我妻由乃との通話の時に、偽名の1つとして拝借した名前じゃないか。
 これはまずい。
 このままじゃアイツは俺ではなく、本物のカノン・ヒルベルトを俺だと見なしてしまう。
 そんな状態で両者が顔を合わせようものなら、話は全く噛み合わない。人違いと悟るまでに時間もかからないだろう。
 そしてそれがばれようものなら、俺はとんでもない嘘つき野郎と見なされ、一気に信用を失うわけだ。
 となるとなおさら、カノン・ヒルベルトとの合流を急がなきゃならない。我妻由乃と顔を合わせてしまう前にだ。
 いや、未来日記があるのだから、あの女と直接連絡を取る方が早いが……それはまだ待った方がいいかもしれない。
 自分の発言をすぐに覆すのもまた、相手の信用を削ぎ落としてしまう悪手だ。
 だからまだ自白するのは早い。
 自分から名乗るくらいなら、名簿のカノン・ヒルベルトというのがお前のことなのかと、
 相手が確認を取ってくるのに答えるという形の方がいいだろう。
 とはいえいつまでも連絡を待っていては、先にカノン・ヒルベルトと鉢合わせるかもしれない……
 ……よし、1時間だ。
 向こう1時間待って、その間に連絡がなかったら、大人しく白状することにしよう。

 ところで、こうして考察を進めていくうちに、1つ気になったことがある。
 これは万国共通のまっとうな論理の下に感じた違和感と言うよりは、俺達の世界だからこそ感じる違和感だ。
 改めて名簿を見直してみる。記された名前を確認してみる。
 結崎ひよの。
 浅月香介。
 竹内理緒。
 高町亮子。
 カノン・ヒルベルト。
 ミズシロ火澄。
 そして放送を行った土屋キリエ。
 どいつもこいつも、俺がブレード・チルドレンの問題を通じて関わった連中ばかりだ。
 それぞれ運命の構図上で各々の役割を持ち、俺と接触してきた連中の大多数が、このゲームに集められている。
 気味が悪いほどの徹底ぶりだ。
 だが同時にもう1つ、気味が悪いと思う点がある。
 集まりすぎているために感じる気味悪さとは真逆の、ある1点だけが欠けているために感じる気味悪さ。
 これだけの知り合いがここにいるのに。
 これだけ偏屈に集めたのに。

「どうして、ラザフォードだけがここにいない……?」

 何故奴だけが、この殺し合いの場にいないのか。
 アイズ・ラザフォード――俺を取り巻く5人のブレード・チルドレンの、最後の1人。
 カノン・ヒルベルトが最強のブレード・チルドレンなら、アイツは最高のブレード・チルドレンだ。
 他を圧倒する知恵と風格を持ち合わせ、誰よりも深く真実に踏み入った男。
 構図的に見て、恐らく最も重要な位置にいるだろうブレード・チルドレン。
 これだけの駒が揃えられている中で、何故そのラザフォードだけが、殺し合いに呼ばれていないのか?
 それこそ本来なら、呼ばれるべきブレード・チルドレンの最後の1人は、死んだカノン・ヒルベルトじゃなくアイツだっただろうに。
 兄貴が殺し合いに関わっているのなら、普通はまず間違いなく呼び寄せているだろう。
 仮に関わっていなかったとしても、ただ偶然ハブられた……とは考えがたい。むしろ“ただ偶然入っていた”の方がそれらしい。
 こいつのことも、一見するとただの考えすぎにも思えるだろう。
 だが俺達からすれば、むしろこう考える方が自然なんだ。
 俺達を縛る運命の構図は、誰が意図したわけでもなく、そうして気味悪いほどに整然とされてきていたんだ。
 言っちまえば、これが俺達の世界における悪魔の実や錬金術――よそには当てはまらない独自の慣習、なんだろうな。
 ともかく、結崎ひよのや火澄に他のブレード・チルドレン、おまけに土屋キリエまで呼ばれているような環境だ。
 ラザフォードだけが仲間外れというのは美しくないし、実際、八割方このゲームに関わっていると見て間違いない。
 その場合土屋キリエのように、主催者サイドにいると考えるのが妥当だ。
 ただの人間の彼女よりは、血統書つきサラブレッドのブレード・チルドレンの方が、奴らに選ばれる可能性も僅かに高くなるだろうしな。
 俺の義理のねーさん――鳴海まどかさんがいないのも気になるが、可能性が高いのはラザフォードだ。
 ねーさんの実働員としての役割は、カノン・ヒルベルトとの戦いで終わってるし、
 兄貴もみすみす自分の妻を死にに行かせることはしないだろう。
 兄貴がいなかった場合でも、ムルムル達がわざわざねーさんを呼ぶ理由が余計になくなるからな。
 問題はラザフォードほど見苦しく、仲間を守るためにもがき足掻いている奴が、
 何故浅月達が巻き込まれているのを、黙って静観しているか、だが……今はまだ分からないな。
 真相に迫れるのは、少なくとも、アイツの存在のウラが取れてからだろう。

 今現在で推測できることは、大体これくらいか。
 俺達の中からまだ死者は火澄以外に出ていない……できればこのまま、全員生還させてやりたい。
 ブレード・チルドレン達も……もちろん、結崎ひよのも。
 ……なぁ、兄貴。
 アイツが俺を踊らせるだけの駒だと知ったら、俺が怒るとでも思ったか?
 そりゃあ確かに、認めたくないし口に出したくもないが、俺はアイツを確かに信頼しちまった。
 技術者としても、精神的な寄り辺としても、少なからずアイツにすがっちまってるのは確かだろうさ。
 アイツぐらいなら信じられる。心のどこかで、俺はずっとそう思ってきたに違いない。
 だから、兄貴がひとたび手を振れば、アイツが俺の前から消えちまうような、そんな幻に過ぎなかったのは正直悲しい。
 ……だが、それがどうした。
 俺の強さは持たざる強さだ。
 それが誰からも強さと見なされるのは、誰から見ても不幸で、推測される未来すらも無残な奴が、実際に笑って示した時だけだ。
 俺はアイツのいる日常に、細やかなりにも希望を感じちまっている。
 だからアイツがいるだけで、端からは結構幸せに見えちまう。
 それじゃあ説得力がない。

 ……分かるよな、兄貴。
 突き詰めれば、アンタが手を回そうと回さなかろうと、そんなことは最初からどうでもよかったんだ。

 俺はアイツがいたからこそ、ここまで戦ってくることができた。
 だからこそ、兄貴を倒したその先を戦うために。

 どちらにしろ俺は、いつかはアイツを手離さなくちゃならなかったんだよ――。


【F-6北西/森/1日目/朝】
【鳴海歩@スパイラル〜推理の絆〜】
[状態]:疲労(小)
[服装]:月臣学園の制服
[装備]:小型キルリアン振動機“チェシャキャット”(バッテリー残量100%)@うしおととら
[道具]:支給品一式、無差別日記@未来日記、コピー日記@未来日記
[思考]
基本:主催者と戦い、殺し合いを止める。
 1:天野雪輝と我妻由乃からの連絡を待ち、無差別日記と雪輝日記の交換に赴く。
 2:我妻由乃から連絡が入ったら、本物のカノン・ヒルベルトがこの殺し合いに参加していることを告げる。
   もしも1時間連絡がなかったら、自分から連絡する。
 3:また、我妻由乃から連絡が入ったら、或に連絡。取り引き場所付近に潜伏してもらう。
 4:神社を目指し、主催に関する情報などを探索。その後北上し竹内理緒を追ってみる。
 5:島内ネットを用いた情報戦に関して、結崎ひよのと接触したい。
 6:首輪を外す手段を探す。
 7:殺し合いに乗っていない仲間を集める。
 8:安藤と東郷が携帯電話を入手したら、密な情報交換を心がける。場合によっては合流。
 9:第三回放送の頃に神社で安藤たちと合流。
 10:自分の元の世界での知り合いとの合流。ただし、カノン・ヒルベルトの動向には警戒。
[備考]
 ※第66話終了後からの参戦です。自分が清隆のクローンであるという仮説に至っています。
  また時系列上、結崎ひよのが清隆の最後の一手である可能性にも思い至っています。
 ※主催者側に鳴海清隆がいる疑念を深めました。
  また、主催者側にアイズ・ラザフォードがいる可能性に気付きました。
 ※我妻由乃の声とプロファイル、天野雪輝のプロファイルを確認しました。由乃を警戒しています。
 ※会場内での言語疎通の謎についての知識を得ました。
 ※錬金術や鋼の錬金術師及びONE PIECEの世界についての概要を聞きましたが、情報源となった人物については情報を得られていません。
 ※安藤の交友関係について知識を得ました。また、腹話術について正確な能力を把握しました。
 ※秋瀬或からの情報や作戦は信頼性が高いと考えていますが、或本人を自分の味方ではあっても仲間ではないと考えています。
  言動から雪輝の味方である事は推測しています。
 ※雪輝日記についての大体の知識を得ました。
 ※未来日記について、11人+1組の所有者同士で殺し合いが行われた事、未来日記が主観情報を反映する事、
  未来日記の破壊が死に繋がる事、未来日記に示される未来が可変性である事を知りました。
 ※探偵日記のアドレスと記された情報を得ました。管理人は或であると確信しています。
 ※結崎ひよのの名前を思い出しました。

【鳴海歩の考察】
1:24時間ルールや参加者への制限の存在、ムルムルの言動、優勝への言及がないことなどから、
  誰か一人が勝ち残ることに意味はなく、殺し合いという状況そのものが目的であると推理。
2:実力者と常人が混合して参加している事から、常人こそがゲームにおいて
  鍵となる可能性があると思考。(ただし、現状では妄想程度だと判断)
3:ムルムルの言動や竹内理緒の存在などから首輪の解除や主催者への反逆は可能であり、言論も自由だが、
  そうした行動も最初から殺し合いに組み込まれていると推理。
4:『新しいゲーム』は『前のゲーム』に見立てて行われていると推測。
  『前のゲーム』とは、未来日記を用いた殺し合いである。
5:内通者が存在する可能性を想定。
6:火澄が見せしめにされたのは、火澄がヤイバの弟である事を知る人間へのメッセージと推測。
7:ムルムル達がわざわざキリエを仲間に引き入れる必然性が薄い。
  清隆がゲームに関与していて、キリエは清隆が連れてきた人員だと考える方が妥当だと推測。(故に清隆がゲームに関与している可能性が高まる)
  また、構図的に見て、ラザフォードが何らかの形でゲームに関与している可能性が高いと推測。



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