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Eingeweide Schwert "Gelegenheit"(前編)

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Eingeweide Schwert "Gelegenheit"(前編) ◆JvezCBil8U



はるかおおぞらよりだれもをみおろす

このだいちのうえをひとりただあるく


*****

《運命とは眼前を切り開くもの》

鷹の世界は、遥か雲の領域にまで足跡を刻み込んでいた。

生きとし生けるものが、命の息吹の残滓が、そこに在るよろづ全てのものが睥睨されている。
はや永きの眠りに沈んだものは多く、未だ目を閉じるのを渋り続けるものはなお多い。

天空は高く、広く。
雲海の切れ目に見える数々の人の在り様が、鷹の進むべき道を照らし出す。

眼下、彼の影と時折交わるのは転がった3つの死体。
いや、男女2つの屍と不気味なカラクリ人形だ。
少し離れた所には鎧の残骸のようなものも散らばっている。
……死体に用はない。

――デパートの方角を振り返る。
つい先ほど言葉を交わした二人の姿は、とうに見えない。
その屋上を通り越す。
ずっと先の地上には、ぽつりと米粒のように黒い人影がひとつ見受けられた。
遠目にはよく分からないが、何かの建物からちょうど出てきたところのようである。
その眼の周りはやけに黒っぽく染まっており、何かマスクのようなものでも付けているのかもしれない。
デパートの方に向かいじわじわ寄ってきているのが見て取れる。

しかしそれより目立つのは、デパートのすぐ近くで開演されている凄惨な宴だ。
思わず鷹は、口元に手を添え目を背けてしまう。
……アレには、近づいてはならない。
つい先ほど見た『悪夢のような光景』を思い出してしまい、怖気がする。
それは確かに『それ』そのものについて感じ入るものでもあるが、それ以上に『それ』に陶酔せんとする自分の中の何かが恐ろしい。
本来ならデパートで出会った二人に、警告に戻るべきなのだろう。
だが、臓物の祭典に近づくと自分が自分でなくなるような気がして――、鷹はどうしても踏み切る事が出来なかった。
大丈夫だ、と頷く。
あの剣士はそれなりの使い手のようだった。ならば、わざわざ危険に身を曝すような愚行はすまい。
そう口の中で繰り返した。

《運命は迷いを断つ》

そこから北に目をスライドさせてみれば、赤に身を包む金と黒の髪の男の姿が届いてくる。
どうやら交戦中のようで、鷹ですら感嘆させるほどの立ち回りを見事に披露していた。
木立に隠れてその男以外の姿はよく見えないが、どうやら彼を含め3人ほどが入り混じった乱戦であるらしい。
……いや、4人か。
通りすがった不気味な風体をした男が、彼らに気付かれぬままに、まるで医者が診療をするかのようにじっと脇から観察していた。
四人に声をかけようかと思うも、しかし鷹は思い直す。
あの赤い男は、強い。『現時点の』鷹の親友や、鷹本人すら超えるほどに。
もしかしたら不死のゾッドに並び立つ――あるいはそれ以上でさえあるかもしれない。
仮に彼が殺し合いに乗った人物であれば、下手な接触は危機を招くだけだ。
そうでないなら是非鷹の団に誘いたいが、その手を打つのは背中を任せられる仲間と合流してからにすべきだろう。
されど、先刻確認した通りあの朋友たる威丈夫は影も形も見当たらない。
この島の南部にはその気配がない。

《運命とは進み行くもの》

だから鷹は、北を目指す。

北へ。

北へ――。


*****

《運命とは自ずと向かって来るものなり》

薄暗く、黴臭く。
剥き出しの木地が経年にも負けず磨き上げられたその中に。
光の帯の差し込む中に、舞い踊る埃が風に遊ぶ。
風の由来するは一人の男。
ごそごそ、がさがさ。
無造作に適当に、何かを探すために体を動かせば、停滞し淀んだ空気は僅かながらに流動をはじめるのだ。

「なーにをオレぁやってんだろーね……」

呟くその声には強い溜息が付帯しており、息は風となって壁の御幣を揺らしどこかへと抜けていく。

《運命とはその糸で人をとらえるものなり》

『ちょうどいい、手伝ってくれ』

顎に手を当て、暢気すぎるほどの歩みで石段を上ってきた少年の、自分を見るなり放った第一声がそれだった。

『は? いきなりなに言ってんだ?』

とらという名の化生と戦うのに備え、体力を温存しようと考えていた男――秋葉流
どうせ一瞬で殺せるとの見積もり通り、ならば適当に情報でも聞き出そうと近づいたものの、どうも勝手が良くない。
少年は自己紹介すらせず、こちらの喋る機会を失わせるかのように言葉を次々と吐き出していく。

『殺し合いが始まってからもう大分経つ。
 なのにこんな――普通なら来ようともしない場所にいる時点で目的は同じだろ。
 だったら四の五の面倒臭い事言ってるよりも手を動かした方が得だと思わないか?
 別に言葉を交わすのは、探し物をしながらでだって出来るんだしな』

合理的だが、あまりにマイペース。流石の流も唖然と口を開ける。
直後、『俺はあっちを調べてみるが、妙なもの以外に何か探しとくべきものはあるか?』などと告げてすたすたと本殿の方向へ行こうとする。
どうにか独鈷杵などの金剛杵や錫杖のような神具法具の類を見繕うよう声をかけるのは間に合ったが、少しばかり調子が狂う。

結局そのやり取りに毒気を抜かれてしまい、また得物を探す人手として利用させてもらうという目論見も加わって、とりあえずは放っておく事にしたのだ。
こちらが殺気を放っているのに全く動じなかった態度からするに、見た目通り脳が茹だっているか修羅場慣れしているかのどちらかだろう。
とはいえ、腕っ節が強い様子もないし、やはり前者か――、などと考えながら手を動かす。

山の中にあるこの神社は、その立地条件にもかかわらずかなりの大きさだ。
とりあえず目に付く施設を並べてみるだけでも、
本殿、拝殿、社務所、手水舎、宝物殿、神木、鳥居――といくつも挙げる事が出来る。
石碑や狛犬などといった細かいものまで含めれば、さらに数は増える。
その中には『赤薔薇を咥えた黒き白鳥の像』などという突っ込みどころ満載の代物まである始末だ。

それぞれの施設の全てを見て回ったわけではないが、いくつかの施設は既に流は探索を終えている。
まず手始めに向かったのは、やはり一番目につく拝殿だ。
拝殿とはその名の通り、拝むための場所である。
つまり賽銭箱などが置かれている場所であり、祭礼を取り行うためのスペースでもあるのだ。

よく誤解されることではあるが、賽銭箱の向こう側――拝殿の中には御神体は存在しない。無論、例外はあるが。
御神体などの神の宿るヨリシロは、本殿という拝殿より一回り小さい専用のスペースに収められているのが通例だ。

当然流もその辺りの事は熟知しており、拝殿では大したものは見つかるまいと思っていた。
そしてその予測は見事的中。
備え付けられた種々の祭具は武器にするにも心もとないものばかり。
完全に儀礼の為だけに存在しているのだろう。
ただ、祭壇の中央にある二重螺旋の彫り込まれた御柱だけが、やけに力を放っているように感じられる。
……持ち運べるような代物でもない以上、役には立たないが。

拝殿を一通り眺めた流が次に向かったのは、2本並び立った神木だった。
それぞれ『はじまりの樹』『絶園の樹』という名が看板に銘打たれたそれらの樹から、細い注連縄を頂戴したのだ。
広域結界を作るための手助けをする道具としては、まずまずの品だろう。

そしてこの神木のすぐ近くに、特記しておくべき一つの建造物を発見する。
ちょうど滝とは反対側の位置に石造りの小さな階段が備え付けられていたのだ。
そこを下っていくと、どうやら西の方――地図で言う研究所の方に繋がっているらしい。
それらしき建物は見えないが、地形の起伏にはところどころ不自然な箇所がある。
おそらく研究所は山体をくり抜いて造られており、石段の先はそのどこかに繋がっているのだろう。
神社は避難所として利用されるのも珍しくはない。ならば、研究所からの非常口として機能しているのかもしれない。

そして今流が探索をし始めたのは、宝物殿とは名ばかりの倉庫だ。
大抵のものが箱に仕舞い込まれているため、探索には一苦労しそうである。
試しに一つ箱を開けてみたところ、『念仏くんストラップ』などというインチキ臭い上に全く売れそうもないゴミが束になって詰め込まれている。
こんなイロモノばかりの箱に入っているのだとすれば、目ぼしいものを見つけるのも面倒くさい。
なのでとりあえず箱に手をつけるのはやめ、剥き出しになっているものから調べることにした。
使いやすさを考慮してなのか入り口近くによく使うであろうものが、奥の方に物々しい箱の群れが積まれているという配置になっている。

その、『よく使うであろうもの』が、流にとっては非常にありがたい。
錫杖や法螺貝の笛、鈴、注連縄、御幣に破魔矢。神道というより修験道系の道具だが、こういう所にあってもおかしくはない。
どれも法力を通すにはそれなりに適した神具である。
適当にデイパックに放り込んでは眇目で辺りを見回す流のその耳に、不意に声が届く。
先刻の少年の声で間違いない。

「――ちょっといいか?」


*****

《運命は閉ざされた門を開ける》

見た事のないはずの光景がフラッシュバックしていた。

そのイメージはどこから来たのだろうか。今のこの時点と、とてもよく似た風景だ。

そう――、『あの時』も、こうして石段を登り続けていた。

歩み続けていた。

電車を乗り継ぎ、緑溢れる片田舎へと足を延ばす。

歩いて歩いて昇りつめた先に、不意に声が耳に届いた。

それはよく知る男の声。

森に囲まれた社の入り口。やけに記憶に残る赤の鳥居。

一人の男が本を読みつつ、缶を口元へと持っていく。

傍には誰もいない。

もう、いない。手放した。

きっとそうなるだろうという予感が、渦巻いていたのだ。

彼女はただ、奪われるためにだけ与えられたものだったのだ、と。

それでも自分の支えとなっていたのは、誰にも決して奪えないとても佳いもの。

すなわち――、


「悪いがそれは、企業秘密だ」


《運命は救世者の道となる》

ペチンと頬を叩き、意識を揺り戻す。
――先刻、石段を上っている時垣間見たあの光景は、きっとただの白昼夢。
特に意味があるとも思えないあのビジョンに気を取られ、現実を忘れては話にならない。
今為すべきは、行動だ。

鳴海歩は周囲の状況を捉えるために意識を先鋭化させながら、手元の携帯電話を操作する。
今はとにかく、よろしくない状況だ。
そういうスキルがないから仕方ないとはいえ、まさかあのblogに載っていた危険人物と鉢合わせしてしまうとは。

……不安も不振もおくびにも出さず、『あの男が危険人物だと知らない自分』を演じきる事にはおそらく成功した。
多分、疑われてはいないだろう。距離を取った以上はこのまま逃げ出すのも可能かもしれない。
けれど、その手はマズい。
あの殺気はカノン・ヒルベルトにも匹敵、いや上回ってさえいるかもしれない。とにかくヤバい。
このまま野放しにすれば、確実に被害は拡大していく。
ならばそれを食い止めるための手をひとつ、打っておきたい。
確かにそれには自分が死ぬ可能性というリスクもあるだろう。
だが、自分一人の危険程度で被害を抑え込む――あるいは遅らせられる可能性があるならば、打たない手はないのだ。

と、その前に済ませておくべきことも多々あるのも確かだが。

「……あいつ、やっぱり趣味が悪いな」

本殿の柱に寄りかかりながら、あの男の気配がないことを確認して画面を覗き込む。
はあ、という思い切りのいい溜息は、掲示板に書かれた内容に関してだ。
よもや自分の義姉の名を語るとは、色々な意味で心臓がキリキリと痛む。
執筆者はおそらく、してやったりとばかりに笑っている事だろう。

『私はいつでも、管理人さんを信じてますよ☆ 』

まあ、それでも頼りにしてしまっているのは間違いない。
渋々ながら、とりあえず今のうちに返事でもしておこう。
そう思ったのだ――気が変わった。

意趣返しだ。
今連絡をするのは、敢えてやめておく。
考察はまだ確証のないあやふやなものばかりで、最低限の事はblogに書いてしまっている。
現時点で彼女だけに伝えておくべき情報はない。
ならば、然るべきタイミングまで放置しておこう。ちょっとばかりの嫌がらせだ。
どうせ殺したくらいじゃ死なない少女だ、しぶとく生き残っているに違いない。

それに、信じている、というのなら――、別にわざわざ礼を言うまでもない。
当然のこととして成された事であるのなら、形にせずともきっと分かる。分かってしまう。

……こんな自分の反応まで見透かされている気がして、しょうがなくもあるのだが。
もう一度大きく長くゆっくりと、気疲れを隠さず息を吐く。

どうやら『結崎ひよの』は、この殺し合いの中では自分の味方として立ち回ってくれるのは変わらない。
それが確かめられただけでも収穫だ。
たとえ『結崎ひよの』が幻想だとしても、『彼女』は自分を信じると告げている。なら、十分だ。

秋瀬或の方は、とりあえず無難な内容だな。
 貪欲に情報を握り込もうとしてるが……、まあ、こいつに関しては手の打ちようがないか」

それよりも、と再度掲示板に目を通す。
今現在は訪ね人のスレッドに2件の書き込みがあるにすぎない。
警戒を幾重にも張り巡らせているのだろう、最低限の情報しか記されていない代物だ。
おそらくは先に秋瀬或のblogにコメント公開要請を寄せたのと同一人物か。

『2 名前:厨二病な名無しさん 投稿日:1日目・朝 ID:NaiToYshR
 書き込みの確認を行う。

 3 名前:ブレードハッピーな名無しさん 投稿日:1日目・朝 ID:NaiToYshR
 かつて道を別った俺の片割れに聞く。あの砂漠の星を離れ、お前は今、何処にいる?』

とはいえ、ここには個人を特定できるだけの重要なキーワードが記されているのは確かだ。
そうでなくては呼びかけの意味がない。
重要なのはおそらく『片割れ』『砂漠の星』だろう。
またも秋瀬或曰くではあるが、参加者の中に砂漠の星出身の人物がいるのは確かなようだ。
そして片割れ、という表現には、兄弟姉妹といったイメージが存在する。
――その兄弟のどちらかに接触できれば、もう片方とも繋がりを作れるかもしれない。

最後に。
本来なら先刻送られてきたメールの送り主、すなわち竹内理緒と連絡をすぐにでも入れたい。
だが、あの危険人物に竹内理緒の存在を知られるのはマズい。
メールで済ませられれば良かったのだが、結崎ひよのとは違って竹内理緒はblogの文章の主が自分以外の誰かではないかと疑っているようだ。
その為にわざわざ直接の通話をご所望している訳で、しかし彼女との接触はそれなりに長い時間に及ぶものになる事が予想される。
……となると、やはり迂闊に連絡を入れる訳にはいかないだろう。
幸い、竹内理緒からのそれには、折を見てで構わないとある。

とりあえず、ネット上の情報確認はこの程度でいいだろう。
あまり電脳世界に入れ込み過ぎれば、現実で手痛いしっぺ返しが来る。

じぃ、と、胸元を見つめる。
そこに収められているのは、『医療棟ID』と書かれたカードキーだ。
社務所の中で見つけたそれは、他に見繕ったいくつかの小品と共に並べられた、あからさまに怪しいお守りの中に隠されていた。
どこのカードキーかは分からないが、見当は多少はつく。
時間を見繕って調べてみるのもいいかもしれない。

勢いをつけ、柱に預けていた背を起こす。
無言で歩き始め、ゆっくりと本殿の前に回っていく。
木造で白塗りのその建物は、拝殿より一周り二周り小さいながらもそれ以上の圧を以って、島の中央に君臨していた。
この島で最も高い場所に、荘厳ささえ伴って鎮座していた。

入り口にはごつい錠前やお札のようなものなどで厳重な封印が施されており、中に入る事は叶わない。
その如何にもといった風体が、歩に自然と唾を飲むという行為をさせていた。

おそらくここには何かがある。
だが、今は時期ではない。

――分かるのはただ、それだけだった。


*****

《運命とは戦うことに他ならず》

「――ちょっといいか?」

がさごそと小さいながら良く響く音を洩らしていた、宝物殿の前に立つ。
聞き咎められないほど小さく息を吸い、出来る限り自然に声を。
返事を待たずに言葉を連ねる。

「なあ、あんた……」

「あん?」

こちらとあちら。
外と内。
明所と暗所。

壁を挟んで対話する。

「しばらくは表に出ない方がいい。
 あんたの目的は知らないけど、参加者の頭数が多いうちはもう動くべきじゃない」

ぴたり、と宝物殿の中の動きが止まった。

「……何が言いてえ」

この機会を作るために、共同で探し物などという提案をしてみせた。
向こうに相手がいる以上こちらに直接危害を加えるのは壁をブチ抜いてでなければ不可能だし、そんな無茶が罷り通るにしても正確な位置は掴めていない。
たとえ日の下に出て追おうとしても、暗闇に慣れきった目ではこの場所はあまりに眩しすぎる。
多少の時間は稼げるはずだし、森の中に逃げ込めば逃げのびる可能性は更に上がる。

そうした布石を打った上で、この男の動きをしばし封じるべく言葉を紡いでいく。
これが成功すれば、多少の時間稼ぎはできるはずだ。
戦術的でなく戦略的な意味合いを持つそれは、きっと自分たちにとって有益に働くはず。

「あんたはもう他の大多数の参加者にマークされてる。今はそうじゃないかもしれないが、いずれ必ずそうなるはずだ。
 ……ネットにあんたの情報や似顔絵が曝されてるんだよ。
 多分、その情報の載ったページのURL記したファックスとか音声情報とかがこの島中にばら撒かれてる。
 殺し合いに乗ってようが乗ってなかろうが、参加者全員にあんたの顔や能力が知られるのは時間の問題だ」 

沈黙。
じりじりと突き刺すような朝の光が痛いくらいに眩しい。
玉の汗がぷくりと浮かび始めるのは、しかし暑さのためなどでは決してない。

「そんなに殺られてーのか? んなハッタリが通用するとでも思ってんのかよ」

不意に投げ掛けられたその言葉は起伏も何もあったものではない。
あまりにも無感動かつ無感情に、ただ『邪魔をするなら殺す』という意思だけを実直に示していた。

「ん? わざわざ真偽を問わなきゃならないほど頭の回転遅くないだろ、あんた。
 疑うのは別にいいけど、そうしてくれた方が俺もあんたも得だってだけの話さ。なんなら言伝くらいは請け負ってもいい。
 伝えるだけ伝えた後で、その言葉の受け取り主を説得するくらいはさせてもらうかもしれないけどな」

……そう。
こんな言葉を投げかけられる時点で、何らかの情報ソースがあるはずだというのはあの男にも分かっているはずだ。
同時にそれは、ネットという媒体に彼の情報が流れている証明にもなる。

相手の立場で考えてみよう。こちらが提示している情報は、主に2つある。

   * 島中に男が危険だという情報がばら撒かれている。
   * 逃げられるはずなのに逃げず、男がしばらく動かない事を誓う代わりに言伝を行うという交渉を行おうとする。 


まず、前者の情報は、時間が立てば男にも気付く機会があるはずだ。
だから真偽を確かめるのは非常に容易。つまり嘘を吐くメリットがこちらになく、信憑性は高いと考えるだろう。
しかも、男は一方的に情報を知られたままという不利な条件で戦う事を回避できることになる。
そもそもこの情報を知っていた可能性は、歩を見て平然としていたところをみると低い。故に、交渉の取っ掛かりとして十分機能する。

そして、後者の条件は互いにメリットしかもたらさない。
探偵日記』に書かれた記述が正確ならば、男は無差別に殺戮をしているのではないことが読み取れる。
だから男はしばらく動かず潜む事で目的を達成できる可能性が上がるし、自分たち殺し合いに載っていない面子にとっても余計な争いを減らす事が出来る。
男自身が動かない事によるデメリットは、言伝という形である程度解消できるはずだ。

「言伝をちゃんとするって保証はどこにあんだよ」

「ないな。だけど、不必要にあんたからの信用を落とすメリットはこっちにはない。
 あんたとしても、情報ソースとして俺を確保しておけば使い道はあるだろ?
 共闘なんて甘い事は考えてないが、情報交換の機会を残しておくのは損にはならない。
 誤情報に踊らされる、なんて幼稚な事態には陥らないくらいに分別がなきゃ、あんたみたいなやり口はできないはずだからな」

場合によっては情報提供を行うという意思表示。
殺し合いに乗った相手にそんな事をするとはいかにも矛盾しているようだが、これが成功すれば多少は動きを封じられるのもまた事実。
そうなったら儲けもの、程度の口約束でしかないのも事実ではあるが、しないよりはずっといい。

《運命とは力に曲げられぬもの》

「俺の武器は論理だ。言ってみりゃそれ以外に取り柄なんてないんだ。
 訳の分からない超能力も持っていないし、身体能力もとてもじゃないがあんたにゃ勝てない。
 あんたを殺せるような道具だって持ってはいない。
 あくまでも、お互いにメリットのある行動指針を提示しているだけさ。
 ま、さっきから再三言ってるように俺の言葉が真実だと思う必要はないけどな」

……そろそろ、潮時だろう。
撤退に行動を移さねば、激昂に触れる可能性もどんどん上がっていく。
いつでも森に逃げ込めるよう意識を壁の向こうに集中させて、鳴海歩は静かに問う。

「それじゃあ聞いとくが、誰かへの言伝はあるか?」


《運命とは出口を見せぬもの》

「……兄様と姉様に、伝えたい。もっともっと、私を愉しませてほしいの。
 まだまだ体が疼いて止まらないわ……」


ぞく、と震えが走る。

ただ直感に任せ、体を沈めた。

ぶゥん、と死神の鎌が頭上を駆け抜ける。

「兄様……。賢い兄様、遊びましょ?
 ほうら、蜂がやってきたのよ……」

若い女の声がすぐ後ろに。
こんな時に――と歯噛み。
けれど歩は、振り返らない。
蹲ったまま状況分析。
背後からの奇襲を行ってきたという事は、おそらく相手はこちらが振り向いたその隙を狙うはず。
カノン・ヒルベルトとの交戦の経験が役に立った。
場数を踏んだ相手の反応速度には、一度動いてしまえば対応できないのは身に染みている。

考える猶予はコンマ秒。
地面に落ちた影を見て推測。
おそらく相手は無手か、仕込み武器などを用いている。
この間合いを離れられれば僅かながら余裕が出来るだろう。

来るのはどちらだ?
左? 右?
どちらに避ければ正解なのか?

「――正面だ」

膝の伸縮を用いての低空バックステップ。

「あら……!?」

鼻先を、艶めかしい白さの肢が掠めていく。

――相手の初手は、首を狙ったハイキックだった。
得意はおそらく足技と推測。
ならば低い姿勢を保ったまま、相手の蹴りに合わせて股下を潜り抜ければいい。

見事それは叶えられ、軸足に一撃をお見舞いせんと。
転ばせでも出来れば逃げる時間は余計に稼げる。
しかし、

「な、」

つるりと足払いが滑って有効打は与えられず。
異常な現象に戸惑うも、動きの流れを止めはしない。
背後を取り、更に距離を稼いで息を吐く。

「兄様、積極的……。でも駄目よ、スカートの中を覗いたりしちゃあ。
 それはもっともっと後のお楽しみなの」

ふっ、ふっ、ふっ、ふ、と小刻みに肺に空気を満たす。
あらためて襲撃者を眺めてみれば、見目も麗しい令嬢だった。
だが、鳴海歩はそんな事はどうでもいいとばかりに脇に寄せておく。
まあ、このような姿形が彼の女性の趣味ではないというのも事実だが、重要な問題ではない。警戒すべきは今の出来事、だ。
どういういう理屈かは分からないが、この少女にはまともに打撃が通用しないという事を理解。
それだけを念頭に置いて、現状打開を開始する。


――いや、しようとした。


「飛んでさされ」


《運命とは一直線に落ちるもの》

ザク。

「ぐ、あ……っ」

肩が、イッた。

体内に異物がめり込み奥へ奥へ奥へと沈んでいく嫌な感触と、吐き気すら感じるほどの激痛。
にじむ、と呼ぶにはいささか早く、されど噴出と呼ぶには静かすぎるほどにじわじわと、歩の服が血に染まる。
鳴海歩の顔が、この島へ来て初めて歪んだ。
歯を食いしばって思考力が持って行かれないよう、踏み止まる。

「――やっぱ、軽ィなあ。微妙に狂っちまったぜ。
 独鈷の要領で飛ばせるって見込みは間違いじゃなかったけどな。
 ホントなら今頃そのいけすかねぇツラのド真ん中に、その肩にプレゼントした破魔矢が突き刺さってたはずだったのによお!」

ケタケタケタケタ、ケタケタケタケタ。
人間性を排除した笑いが場に沁み渡る。
砂利を蹴飛ばす無造作な歩みの足音が、これ以上ない戦慄をもたらした。

「……ま、いいさ。どうせ今のは試し撃ちだ。
 次は外さねえ。
 その次は2本同時だ。
 更にその次は3本か、4本か? まあ何本でも同時に飛ばせるだろうさ」

俺は、何でもできちまうんだからよ。

いつの間にかお外に出てきていた男の口がそう告げている。

――そんな言葉でも、必死になって現実に自分をつなぎとめるよすがへと。

マズい。
あまりに、マズい。

前門の虎、後門の狼。

この状況から逃げる算段が悉くブチ壊された。

あの『探偵日記』には、何やらとんでもないムチとやらの情報が記されていた。
今回の攻撃がそれでなかったのは僥倖だが、しかし向こうに飛び道具の選択肢が増えたのはあまりにまずい。

こちらには安藤から預かった結界発生器――バリアがある。
しかしそれは、バッテリーという形の制限時間の課せられた代物だ。
だからこそ、いざという時にはそのムチにカウンターの形で用い、相手の油断を誘った隙に逃走する心積もりだった。

だが、今は相手はここで調達した破魔矢を武器に用いると語っている。
……語調からして、それは切り札などというにはほど遠い。
ならばたとえバリアで跳ね返したとしても、逃げ出せるほどの隙を誘うのは難しいだろう。
必殺の一撃でなければ動揺は望めない。

どうする?

どうする!?

目の前の少女の奇襲が、今ではなかったなら。
男との交渉だけに、専心出来ていたなら。
そのどちらでも、まだ逃げられる目があった。

けれどその二つが組み合わさって、歩の自由を雁字搦めに奪い取っていく。

「なぁにがオレノブキハロンリダー、だ、くっだらねえの。そんなモンがどうやって今のてめーを助けてくれるよ?
 いーいザマだなァ、どうだよ一番の頼りにしてたもんに裏切られた気持ちはよ。
 てめーの信じた論理とやらは、それこそクソの役にも立ちゃしねえ!」

げひゃひゃひゃひゃひゃ。

口が裂けんばかりに歯を剥き出した下品な笑いが木霊していた。

一通り嘲りを済ませた後、男は人形めいた動きでぐるりらと体を、顔を近づけてきた。
一片たりとも喜の表情は含まれていない、ただ不快感だけを前面に押し出した凄まじい形相がそこにある。

「……おい。そのドタマん中ぁ、腐ったカボチャみてーに空っぽなんじゃねえだろうな。
 今てめえは絶体絶命の窮地なんだぜ?
 休戦協定取りつけたと思った矢先に裏切られたってのに、どうしてんなツラしてんだよてめえはよ!
 ちったあ泣き叫んで喚いて悔し涙でボロボロになって見せやがれよ。んなつまんなそぉー……な顔で澄ましてんじゃねえよ。
 俺を愉しませるのがてめえの役割だろうがッ! サボってんじゃねえやァッ!」


《我が運命は未だ死を告げず》

――鳴海歩は、まだ、諦めには達していない。どんな時でも一人で立ってみせると、そう心に刻み込んだ。

だからこんな状況でも、ただひたすらに戦局を見極め切り抜ける術を模索する。

「お口の良くない兄様……、横取りはずるいわ。
 賢い兄様、こっちを見てほしいの。二人相手だなんて興奮しちゃう……」

……状況は、三つ巴。
二人を上手く潰し合わせられれば、そこに隙は生まれるはずだ。
その為にはとにかくこちらに興味を持たせなければ。
あまり切りたくはなかった札だが、仕方ない。
秋瀬或から得た利益、存分に使わせてもらうとしよう。

「……やれやれ。酷い言われようだな。
 まあ、それは水に流しとくとして。……本当に俺を殺してもいいのか?」

言葉を以って、論理を以って。
この絶望を打開する。孤独のままに立って、笑ってみせる。
たとえ一度それを否定されようとも、己が揺るぐ事はない。
それが――、ブレード・チルドレンを巡る一連の事件で育んできた彼の在り様だ。

「俺は、“神”の陣営の関係者と繋がりがある。その情報やコネを手に入れたくはないか?」

持てる知恵と道具を全て駆使して、生き足掻く。


《運命は救世者を見捨てない》


その言葉そのものではなく――生き様に。

『決して人の夢にすがったりはしない……、誰にも強いられることなく自分の生きる理由は自らが定め進んでいく者……。
 そして、その夢を踏みにじるものがあれば全身全霊をかけて立ち向かう……。たとえそれがこの私自身であったとしても……』

――鷹は、友と成りうる資質を見出すのだ。

《運命とは駆け抜けるもの》

銀の閃光が煌めいた。

瞬くその間に少年の姿は消え失せる。

光の鷹は、すでに遥か空に。
そのかいなに気高き少年を掻き抱いて、何処までも高く、ただ高く。

男と少女は僅かに呆然。然るに驚愕。
続く言葉は興奮主と成す数多の感情。

蒼月潮ととらに伝えとけ!
 とらぁ、てめーをメタクソにすり潰してグチャグチャにして、うしおの前でぶっ殺してやる!
 てめーらが腰抜けじゃねーってんなら、広い場所――、そう、競技場で待っていやがれ、ってな!」

去りゆく彼らの背に投げ掛けられる声は、やる気が全くないようでいてどことなく事態を楽しむ調子が含まれている。
その気になれば鷹を撃ち落とす事も出来るだろうに、それをしないのはいかなる心積もりか。

「逃げられちゃった」

ヘラヘラ笑う男とは逆に、少女は少しばかり不機嫌そうに眉をひそめる。
この展開は面白くないのだろう、その眼には欲求不満がありありと浮かびあがっている。

「貴方が邪魔しなければ、もう少し楽しめたのに……。
 責任取ってくれるかしら? 蜂を怒らせたら怖いのよ……」

されど、男は――秋葉流は少女を歯牙にもかけず、ただ見下ろすのみ。


「おもしれぇじゃねえか、暇潰しに遊んでやるよ」


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