韋倫

韋倫 いりん

716-798
中唐の官人・藩鎮。京兆の人。韋光乗の子。蔭位によって藍田県の尉となり、楊国忠によって鋳銭内作使判官に任命された。安史の乱が発生すると、玄宗にしたがって入蜀し、監察御史・剣南節度行軍司馬・置頓判官を歴任したが、宦官に憎まれて衡州司戸参軍に貶された。第五琦に推薦されて商州刺史・荊襄道租庸使となり、康楚元の反乱を鎮圧して康楚元を捕虜とし、功績によって衛尉卿、寧州・隴州の刺史を兼任した。山南東道節度使となったが、李輔国に反抗して秦州刺史となった。吐蕃・党項(タングート)と戦ったが敗れて巴州長史、務川県の尉に左遷された。代宗が即位すると忠州・台州・饒州・韶州の刺史・韶連郴都団練使に任じられた。徳宗が即位すると太常少卿、和吐蕃使となり、帰還すると太常卿、御史大夫となっが、宰相盧𣏌に憎まれて太子少保に左遷された。太子少師・郢国公に昇進し、致仕した。『旧唐書』『新唐書』に伝がある。

列伝

『新唐書』巻一百四十三 列伝第六十八 韋倫
『旧唐書』巻一百三十八 列伝第八十八 韋倫

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最終更新:2024年03月18日 20:49
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