劉守文 りゅうしゅぶん
?-910
唐末・五代の武将。盧龍軍節度使
劉仁恭の子。
劉守光の兄。光化年間(898-901)初頭、父の命により滄州を陥落させ、滄州・景州・徳州の三州の地を併合し、父により滄州節度留後に任じられた。内黄で
朱全忠の将
李思安と戦ったが、軍は自身以外が全滅という大敗を喫した。天祐四年(907)弟の
劉守光のクーデターにより父が幽閉されると、
劉守光と抗争したが、敗北して捕らえられ処刑された。
列伝・史料
外部リンク
最終更新:2024年07月14日 00:51