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陸徳明

陸徳明 りくとくめい

550-630
南朝陳・隋・初唐の官人。本名は陸元朗。字は徳明で、字によって世間に通行した。蘇州呉県の人。周弘正に師事し、太建年間(569-582)、徐孝克に反駁したことが注目されて任官した。隋の煬帝によって秘書学士に抜擢され、国子助教となる。越王楊侗辟署されて司業となる。王世充が帝号を僭称すると、子の漢王王玄恕に束修の礼を行わせようとしたが、自ら巴豆剤(ハズの種子。熱性の下剤)を服毒して拒絶した。唐代になると文学館学士、太学博士、国子博士に補任された。秦王府十八学士の一人に数えられる。子に陸敦信がいる。『旧唐書』『新唐書』に伝がある。

列伝

『新唐書』巻一百九十八 列伝第一百二十三 儒学上 陸徳明
『旧唐書』巻一百八十九上 列伝第一百三十九上 儒学上 陸徳明

外部リンク

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』陸徳明
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最終更新:2026年02月27日 00:50
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