王丘 おうきゅう
?-743
盛唐の官人。魏晋南北朝以来の名門・琅邪王氏の出身。相州安陽県(河南省安陽市)の人。字は仲山。王同晊の子。
王同皎の従子。制科に貢挙されて及第し、奉礼郎、偃師県の主簿、監察御史となる。開元年間(713-741)初頭、考功員外郎に遷り、紫微舎人、吏部侍郎となり、
銓選を掌り、さらに黄門侍郎となった。懐州刺史となり、尚書左丞、右散騎常侍となる。
蕭嵩の推薦で宰相候補となったが、
韓休を推薦した。官人の考課、諫言に優れたが、発言にどもりがあったから、
玄宗に嫌われた。『旧唐書』『新唐書』に伝がある。
列伝
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最終更新:2026年04月24日 08:18