馮弘鐸 ふうこうたく
?-907
唐末の武将・群雄。泗州漣水県(江蘇省南京市)の人。騎射を得意とし、信念を曲げずに堂々と自分の考えを述べる人物であったという。
張雄と共にいずれも武寧軍節度使の一部将で、共に
時溥に疑われたから、張雄に従った。景福二年(893)八月、張雄が卒すると昇州刺史となった。
楊行密と同盟したが、潤州の割譲を求めたため、関係が悪化。
天復二年(902)、楊行密の将
田頵の攻撃を受けて大敗。敗残兵を率いて海に出ようとすると楊行密に引き止められ、軍門に降った。そのまま楊行密に仕え、天祐四年(907)卒した。『新唐書』に伝がある。
列伝
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最終更新:2026年07月14日 10:51