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張雄

張雄 ちょうゆう

?-893
唐末の武将・群雄。泗州漣水県(江蘇省南京市)の人。馮弘鐸と共にいずれも武寧軍節度使の一部将であり、馮弘鐸と共に時溥に疑われたから、兵三百で長江を渡り、白下に立て籠もり、蘇州を奪取して根拠地とした。戦艦千隻以上、兵五万の兵力を誇り、天成軍と自称した。徐約の襲撃によって蘇州を失ったが、海上に身を隠し、趙暉に上元を根拠地とさせ、軍数万となった。楊行密は揚州を包囲すると、畢師鐸に救援を求められて同盟し、多額を金銭を受け取ったが、結局救援しなかった。趙暉が襲撃してきたため、趙暉とその全軍を殺害し、上元を昇州とし、張雄は朝廷から昇州刺史に任じられた。まもなく卒した。馮弘鐸が代わって昇州刺史となった。『新唐書』に伝がある。

列伝


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最終更新:2026年07月14日 10:52
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