湯群 とうぐん
?-882
晩唐の武将。
龐勛の叛軍に将となり、泗州の守将となったが、龐勛が弱体化すると
諸葛爽と共に朝廷に帰順した。乾符四年(877)までに朝廷より嵐州刺史に任じられた。沙陀を頼って援助しており、朝廷は湯群を疑い、中和二年(882)十月に懐州刺史に改易し、河東節度使
鄭從讜は使者を派遣して任命を通達したが、湯群は怒って使者を殺害し、沙陀に内応した。鄭從讜が派遣した
張彦球と戦って籠城したが、捕虜となって斬られた。
本紀・列伝・史料
『新唐書』
巻九 本紀第九 僖宗 中和二年十月、同年十一月条
『新唐書』
巻一百八十七 列伝第一百一十二 諸葛爽
『旧唐書』巻十九下 紀第十九下 僖宗 乾符四年条、中和二年十月条
『旧五代史』巻五十三 唐書二十九 列伝第五 李存進
『資治通鑑』巻二百五十五 唐紀七十一 僖宗中之下 中和二年十月条、同年十二月条
最終更新:2026年07月30日 23:30