張蟾 ちょうせん
?-889
唐末の官人。平盧軍節度使の
王敬武の配下で、棣州刺史。龍紀元年(889)王敬武が卒すると子の
王師範が留後となったが、
昭宗は太子少師の
崔安潜を平盧節度使に任命したため、王師範はその赴任を拒否した。張蟾は崔安潜を迎えたから、王師範から部将の盧弘を討伐に差し向けられたが、かえって張蟾と盧弘は同盟を結んだ。盧弘が王師範に殺害されると、張蟾は
朱全忠の救援を求めるも、王師範に棣州を攻撃されて陥落、捕らえられて斬られた。
本紀・列伝
最終更新:2026年08月06日 00:19