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杜建徽

杜建徽 とけんき

863-950
唐末・五代の武将、五代十国呉越の宰相(在任923-950)。杜稜の子。父と共に銭鏐に帰順し、軍功を挙げて「虎子」と称された。光啓年間(885-888)常州の丁従実を征討した。董昌討伐に功績があり、武安都指揮使、都指揮使となる。天復二年(902)杭州を救援して徐綰を平定。天復三年(903)杜建徽の娘の嫁ぎ先である睦州刺史の陳詢が銭鏐に背いたから、懐疑を受けたが、陳詢への書簡が鹵獲されると、銭鏐への降伏を勧める文言が書かれていたから、嫌疑が晴れて浙東営田副使、常州刺史、行軍司馬に任じられた。呉越歴代五王に仕え、宰相にのぼった。『十国春秋』に伝がある。

史料

『十国春秋』巻八十四 呉越八 列伝 杜建徽

外部リンク

維基百科,自由的百科全書 杜建徽(中文)
https://zh.wikipedia.org/zh-tw/%E6%9D%9C%E5%BB%BA%E5%BE%BD

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最終更新:2026年08月16日 02:05
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