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陳詢

陳詢 ちんしゅん

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唐末の武将。陳晟の弟。光化三年(900)、陳晟が卒すると睦州刺史となった。銭鏐との関係が悪化し、徐綰が叛乱をおこすと田頵と内通した。銭鏐が桐廬の地を割いて杭州に隷属させると、陳詢は遂に銭鏐との関係を絶ち、蘭渓を攻撃したから、銭鏐は方永珍に陳詢を討伐させた。天祐元年(904)楊行密は将軍の闞晊・陶雅を派遣して救援させ、銭鎰・王求・顧全武らを捕らえた。天祐三年(906)銭鏐の将軍の楊習が婺州を攻撃すると陳詢は楊渥の元に逃れた。『新唐書』に伝がある。

列伝

『新唐書』巻一百八十六 列伝第一百一十一 周宝 陳詢

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最終更新:2026年08月16日 13:00
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